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その日のことは、新しい人生を歩んでいる今でも、鮮明に覚えている。
暖1の月。アンリが十二歳になり、志を胸にフィリウス王立学園の門をくぐった日のことだった。
「……これをもちまして新入生代表の辞とさせていただきます。ーー新入生代表ローラン・シャルトル」
よく透る声が講堂に響き渡る。
入学の日の新入生代表の言葉。それを壇上で述べる学年首席ローラン・シャルトルの声だ。
壇上に登ったその姿に、アンリを含めた誰もが一目で「こいつは特別だ」と思わせる輝きを見て取った。物語の王子様然とした美しい容姿と洗練された動き。首席なのだから頭が良いことも分かり切っている。
ローラン・シャルトルという男は「完璧」を体現した人間だった。
そんなソツのない彼は、教室に入るなりアンリに声をかけてきた。
「君は、アンリ・セネヴィル君だね」
「……初めまして」
学年首席を取りそこねた悔しさを堪えてそう返すと、一瞬だけ妙な間が空いた。だがローランはすぐに気を取り直し、
「初めまして。俺はローラン・シャルトルだ。これからよろしく」
と手を差し出してきた。
隙のない流麗な所作で自己紹介されたその時が、アンリにとって苦悩の日々の始まりだった。
最初の印象と違わず、いや、それ以上に、ローランは完璧な男だった。
アンリは学園での六年間、成績上位者のみで構成される特別クラスを維持し続け、十分に優秀な成績を収めていた。が、剣術、学問、全てにおいてローランに勝つことができず、常に次席に終わった。
(宿敵シャルトル家の人間に負けることなど、あってはならないのに……!)
常に二位を取り続けるアンリとて、非常に優秀な生徒だろう。しかし王位継承権争いが激化するに伴って先鋭化している派閥争いのことを考えれば、シャルトル家のローランにだけは遅れを取ってはならなかった。
平たく言えば、二番では駄目なのだ。
学園でも派閥は対立しており、一般クラスの心無い第一王子派の生徒から「二番君」などと呼ばれ、嘲りを受けることも、しばしばだ。
「セネヴィルはまた二位かよ。だっせーな」
しかも、そんな時に、
「次席だって優秀な成績だろう? 彼に失礼なことを言うのはやめるんだ」
と当のローランに余裕綽々に庇われて、余計に惨めな気持ちになり、思いっきり睨みつけたものだ。
また、武の授業では剣術の試合が度々行われたがーーとにかくローランは強かった。あれは天性の才能だろう。
最初に試合をした時、ものの一分で打ち込まれて負けた。以降、アンリは研究に研究を重ねて、何とか五分程度は持つようになったが、結局、彼には勝てずじまいだった。
ローランはローランで、他の生徒には手心を加えているようだが、アンリには容赦なく打ち込んでくる。そして、
「君は手を抜いたら怒るだろう?」
などと時折、妙に煽るようなことを言ってくるのだ。ーー敵対派閥なので、当然ではあるが。
「クソが。余裕ぶっこいていられるのも今のうちだけだからな!」
と吠えると、ローランはくすりと笑って肩をすくめるのだ。
特別クラスの生徒はアンリを侮りはしなかったが、常に穏やかで優しげなローランと比べて、いつもピリピリしているアンリには近寄りがたい様子で、アンリは学園で孤立気味だった。
それでも、学年二位だ。十八才の時に、次席という最終成績を収め学園を卒業したアンリは、念願叶って王宮の騎士となり、第二王子付きとなった。一方でローランは第一王子付きとなったため、接点は一気に減った。第二王子派の騎士たちは概ね、由緒あるセネヴィル家に好意的であり、アンリを取り巻く環境は一気に穏やかになった。
しかし、そんな日々も束の間。
病弱な第二王子の療養先が、第一王子派に急襲された。
そこでローランと遭遇しーーーアンリは彼に殺されたのである。




