15 女?心は複雑です
リアーヌが大きな溜息を吐くと、ローランが大層不本意そうに、
「俺の顔を見て溜息を吐くの、やめてくれないか」
と言った。
ここは学習室の個室である。
例によって、
「リアーヌ。一緒に学習室で勉強しよう」
と同級生がいる教室で言われると、一緒に行かざるを得ない。断れない状況を作り出す、狡猾な手口である。
清廉な白騎士になるだろうと目されている彼のお腹の中は、本当は真っ黒だ。まったくーー。
(この間のことも、まだ整理できていないのに)
この間のことーーローランがリアーヌの正体を知っていることを暴露し、さらには髪に口づけまでしてきた、あの事件だ。
リアーヌの頭の中は、まだぐるぐるしているが、当のローランは至っていつも通りである。ーーからかわれているだけのような気もした。
「何でこんな、いちいち私に絡んでくるのかな……」
小さな声でぼそりと呟くと、耳聡く聞きつけたローランに、
「別に絡んでない。友人として、共に勉学に励みたいと思っただけだ」
と詭弁を弄された。何だろう。友人という言葉は、こんなに便利で万能な言葉だっただろうか?
(友達とは……?)
首を捻って今一度、言葉の意味を思い出している間にも、反撃まで飛んできた。
「それこそ君がアンリだった頃、随分俺に絡んできたよな」
「うっ」
それを言われると痛い。
試験で負けるたびに「次は絶対にお前に勝つ!」と絡み、試験の結果が出るたびに「答案を見せろ!」とまとわりつき、模擬試合があると「俺と相手をしろ!」と迫ったり、わりとウザく絡んでいた自覚はある。
大層迷惑だっただろうし、その点については申し訳なく思わないこともない。
しかし、この世界での出来事ではなく、リアーヌには預かり知らぬことである、ということにした。
「しつこく絡まれて嫌だったのでしょう? 人が嫌がることは、やってはいけませんって教わらなかった?」
「俺の家が、そんな道徳的な教育をしていたとでも?」
「………すみませんでした」
ローランの生家シャルトル家は、決してローランに優しかった家庭ではない。そして道徳心を持っている家でもない。
そこは「友人」であれば気軽に突いて良い部分ではなかった、と素直に反省した。
リアーヌの謝罪を聞くとローランは表情を緩め、そして、
「それに鬱陶しいなと思ってはいたが、無視はしていない。ちゃんと相手をしていただろう? 君も俺を見習って相手をするべきだ」
と訴えた。
ああ、アンリだった時の自分に忠告したい。
ローランにうざく絡むと後悔するぞ、と。
⭐︎
「そういえば、一度聞きたいと思っていたんですけど」
これ以上、この話を続けていると藪で蛇を突きそうなので、リアーヌは話題を変えることにした。といっても、今のリアーヌがローランに聞きたい話題といえば、以前の世界のことしかないが。
「君から質問してくれるなんて珍しいな。何でも答えるから、どうぞ」
ローランは、ぐいっと前のめりになってくる。リアーヌは、これ以上近づかれないようローランの額を押さえながら尋ねた。
「私を殺した時って、どういう感情だったのかなって」
清々したと思ったのか、意外に悲しく思ったのか。当時のローランの感情を聞いてみたかった。すると彼は「何だ、そんなことか」といった表情で即答した。
「君をちゃんと殺してあげられたと思ったな」
「チャント、コロシテ、アゲラレタ……??」
その言葉は、まるで異国の言葉のように聞こえた。
その後、よく咀嚼して言葉の意味を理解したリアーヌは、
「え? なんか怖いんですけど」
と身を引きながら突っ込みを入れる。対するローランは、真顔だった。
「君は、騎士という狭い世界で、自分がどういう存在だったか自覚しているだろう? 騎士随一の美貌の持ち主。騎士の世界は決して綺麗なだけではない。君をどうこうしたいと考える輩は少なからずいた。ーー君と遭遇した次の敵が、君をただ殺すだけとは限らない。それが分からないほど、君は馬鹿じゃないだろう?」
「……」
第二王子付きの第二陣営筆頭騎士アンリ・セネヴィル。当時の自分が、騎士の中で少し特殊な立ち位置だったことは自覚している。騎士の華だの姫だの評された自分を、邪な目で見る輩も多かった。
(男所帯だから、仕方ないっちゃあ、仕方ないけど)
女っ気のない職場だ。女性の代わりを線の細い中性的な男性に求めることを、完全に禁止するのは無理だろう。
しかし、敵対する第一陣営の不良騎士のしつこさには辟易するところがあり、頻繁に返り討ちにしていたため、恨みを買っていた覚えは確かにある。
「それは、ちゃんと考慮してました」
考えなしと思われるのは癪なので、そう答えると、ローランは一つ頷いた。
「そうだな。君は常に毒薬を持ち歩いていたはずだ。ーー自決用に」
「……」
リアーヌは一度、息を呑みーー恐る恐る尋ねた。
「なんでそんなこと、知っているんですか……」
「俺も、そうしていたから」
まあ。
(そうですよねー)
国家機密の宝庫たる自分たちに、捕虜になるという選択肢はない。潔く死ぬことも、業務上の義務である。
「君に、死よりも重い屈辱を味わせたくなかったし、何より君は誇り高い騎士だ。戦って死にたかっただろう?」
ローランの瞳が真っ直ぐにリアーヌを見つめる。
その答えは、ずるいと思った。アンリの「騎士としての誇り」を守りたかったと言っているも同然だ。
少し絆されかけたところだったが、
「俺が君に対して、今も昔も誠実だったことは理解してもらえたかな?」
と余裕たっぷりに微笑まれると、意地でも認めたくなくなる。リアーヌはつんとそっぽを向いて、
「いいえ。何も分かりません」
と答えた。
そう、男心も女心も、複雑なのである。




