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そして放課後。
リアーヌは仕方なく、ローランと共に学習室で勉強をしていた。
さらさらとペンがノートの上を滑る音が、二人だけの静かな室内に響く。
いつもはローランも自分の課題を解いているが、今日は何故か教科書を開いたまま、ただじっとリアーヌの手元を眺めている。
(気が散るし、やりにくいな……)
と思っていると、今まで勉強中に話しかけてくることはなかったローランが、
「リアーヌ」
と不意に声をかけてきた。
「一学年上の五年生に、ジャカールという先輩がいるんだけど」
唐突な雑談である。
ーー本音を言えば、勉強中は話しかけないでほしいのだが、そう訴えれば「友人は勉強の時でも雑談くらいするものだ」と返されるのが目に見えている。
(なんかーーもしかして私、ローランの思考が理解できるようになってる?)
ちょっと怖い進化である。
これ以上、深く考えるのは恐ろしいので、大人しくローランの話を聞いておくことにした。
なお今世の学内については、リアーヌは編入生なので、知らないことの方が多い。
が、ジャカール家は以前の世界で、学園内のみならず学外でも有名だった。第一王子派ーー否、第二夫人アンジェラ派の急先鋒として世間一般で知られた一族だ。
毒婦アンジェラを後ろ盾に、恐喝や私刑そして横領など、悪どい行為を繰り返していた鼻つまみ者である。
前の世界では第一陣営ーー第一王子付きの騎士たち総称であるーーに属しており、襲撃の際、自分のみならずシリル王子に対しても卑猥な侮辱の言葉を投げつけてきたので、なます斬りにした。後悔も同情も、これっぽっちもしていない。
「編入生のリアーヌは先輩のことは知らないかもしれないけれど、一般常識としてジャカール家のことくらいは聞き齧ったことはあるだろう?」
「そう、ですね……あまり詳しくはないですが」
領地に引きこもっていたため、少し世情に疎い自覚はあるが、ローランに一般常識がないと思われるのも癪なので、
「シャルトル家に近い考え方の家系、でしょうか」
と応じてみた。するとローランは微笑みを浮かべ、
「そうだ」
と答えたのち、ふと真顔になった。
「リアーヌ」
「ん?」
「答え合わせがしたいんだが」
「え……まだ解き終わってないんですけど」
まだリアーヌが問題を解いている最中であることは、ローランの方からも確認できるはずだ。
しかし、すっとローランの手が伸びてきて、ペンを持つリアーヌの手を握り締め、その動きを制した。
何故、邪魔をするんだろうと迷惑に思っていると、ローランはすぐに手を離すと、ゆっくりと口を開いた。
「この世界に、ジャカール家という家系はないよ」
「……え?」
一瞬、言われたことの意味が分からず、首を傾げる。そんなリアーヌを見て、ローランが微笑んだ。
「正確に言うと、勃興する前に潰された。世間一般に知られた家ではない。ついでにジャカールという先輩も『今は』この学園にはいない。試験の足切りにあって入学できなかったらしい」
今は、という言葉を強調しながら、ローランは流麗に言葉を繋ぐ。
「ジャカール家と聞いて第一王子派という言葉が結びつく人間は、きっとこの世に、君と俺だけだ」
自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。今、リアーヌの顔は真っ青だろう。対照的に、ローランはこの上なく機嫌が良さそうに見えた。
今の会話は誘導尋問であり、リアーヌはまんまとそれに引っかかったのである。ローランは真っ直ぐにリアーヌを見つめ、
「そうだろう? ……アンリ」
と、迷いなくそう呼んだ。




