9 学園の女神と白騎士
「もうすぐ武闘大会ですわね」
編入して五ヶ月が経った暑2の月初めに、マリアンヌが楽しげにそう告げた。
ーーー武闘大会。
騎士の国であるフィリウス王国で生活する民にとって、武芸に秀でていることは何よりの誉れである。そのため王立の学び舎であるフィリウス王立学園は、毎年、暑3の月に武芸の腕を競う武闘大会を開催している。
騎士を目指すアンリであった頃は、当然、参加していたが、いつも決勝戦でローランに負け、優勝したことはない。学園を卒業して騎士になった後も、胸に刺さった棘のように残っていた苦い思い出だ。
「リアーヌは参加しませんの?」
魔法も使用可であるため、女性の参加者もいないわけではない。しかし。
「いえ、私は見学することにしています」
騎士になりたければ、この大会に出場するのは必須というのが暗黙の了解だったが、そうでなければ出る必要はない。
何が悲しくて、女としてやり直してまでローランに叩きのめされなければならないのか。絶対に嫌だ。
そもそも純粋に勉学に励みにきたリアーヌには、武芸の誉など必要ない。その点では気楽なものだった。
「リアーヌの騎士姿は格好いいだろうって、密かに一部の女生徒たちが期待していましてよ。何と言っても黒騎士の家系ですから」
繰り返すが、セネヴィル家が黒騎士の家系と呼ばれるのは、その家紋にある。黒鷲の家紋が金糸で刺繍された礼装は、確かに格好いい。一方でシャルトル家は白薔薇の家紋だ。白薔薇の刺繍が施された真っ白な礼装もまた、ローランが身に付けると様になった。
(……向こうのほうが、絶対に着る人間を選ぶな……)
それを涼やかに着こなすローランの姿を思い出し、ちょっといらっとしていると、マリアンヌがぱんと手を叩き目を輝かせた。
「それにリアーヌは今年の学園の女神ですもの!」
「やめてくださいな……」
げんなりした。
最近知ったことだがこの学園には「学園の女神」という非公式の称号が存在するらしい。毎年、暖3の月に学内で密かに投票が行われており、美しいというより格好いい女性が選ばれる傾向があるようだ。
その学園の女神とやらに、今年は自分が選ばれているとのことだった。
(そんな制度、前にもあった??)
と思ったが、女生徒の間のイベントなので知らないのも当然か。
(アンリの時は、あんまり女子に関わらないようにしていたからなぁ)
別に硬派を気取っていたわけではない。
第一に、打倒ローランで頭がいっぱいだったこと。
第二に、いずれ領主になって政略結婚する予定なので、無責任に女性と付き合うのもためらわれたこと。
(……)
ーーいや、死んでまで言い訳するのはやめよう。
アンリは奥手で、女性のコミュニティというものを全く知らずに生きていてーー女性経験もないままその生涯を終えたのである。
何にせよ。
「基本的に武闘大会は騎士を目指す殿方の大会でしょう? 私が出るなんて、おこがましくて……」
神妙な顔つきを作ってそっと目を伏せると、マリアンヌは「ふふっ、冗談ですわ」と悪戯っぽく笑ったのち、武闘大会について簡単な説明を始めた。
「十五歳までは学年ごとに対戦相手が決まるのですが、十五歳から十八歳までは学年混合になりますの。現在まで無敗のシャルトル様は、上級生相手でも無敗を維持することができるのでしょうか。その辺が今回の大会の見どころですわね」
マリアンヌの説明に「そういえば、そういうルールだったな」と思い出す。
アンリも上級生相手に負けたことはなかったが、結局決勝でローランに負け続けたせいで、武闘大会には敗北という苦い印象しかない。
どちらにしても。
(まあ、ローランが優勝するな……)
あの男の強さは異常である。何というか、努力で超えられないものが確かにある。しかもローランは努力も怠らない。秀才や凡人では、絶対に勝てない相手だ。
そう思うと、見に行く気が失せた。ローランが華麗に活躍して女生徒の心を鷲掴みにし、男子生徒に憧れの目を向けられる。そんなローランの一人舞台を想像するとげんなりするのだが、
「楽しみですわ!」
とマリアンヌが楽しみにしているようなので、一緒に観戦するしかないだろう。




