8-1 貴方の情けは無用です
その事件は編入して3ヶ月が過ぎた暖3の月に起こった。
「すまないが席を変わって欲しい」
ローランが、唐突にそう切り出した。ーーリアーヌの隣の席の男子生徒に。
予想だにしていなかった展開に、リアーヌの頭には、
(え? 何で??)
と疑問符が飛び交う。
元々のローランの席は窓側後方で、その場所は彼が敢えて選んだものだと思われる。
(廊下側だと硝子窓があるから、落ち着かないだろうし)
眉目秀麗な彼は、どうしても人目を引く。授業の関係で教室を移動する際、すれ違う一般クラスの女性が、うっとりとローランの姿に見惚れている光景を何度も見かけて「けっ」と内心、毒を吐いていた。
特別クラスは一般クラスとは別棟にあるが、実験室などの一部の実習室はこの棟にあるので、立ち入り禁止というわけではない。
そのため、ローランが廊下側の席だと、彼に憧れる女生徒に常に覗き込まれて、気が休まらないだろうから、窓側を選択していたローランは正しい。
しかし彼はこう宣った。
「俺は浅慮だった。セネヴィルさんは例のない特別クラスの編入生だ。試験の範囲も分からなかっただろうし、俺は級長としてしっかりと補助するべきだった」
リアーヌの成績が悪かったのはリアーヌ自身の落ち度であり、ローランのせいではないのだが。しかし彼は級長として、責任を感じてしまったか。ーーあるいは何か別の思惑があるのか。
(やっぱりセネヴィル家の人間に恩でも売っておこうとか)
前回のこともあるので、彼の「親切」を信じられないリアーヌである。
「彼女には今、手助けが必要だと思う」
ああ、試験の結果が未だに尾を引いている。つくづく目測を誤ったことを悔やんでいるリアーヌとは対照的に、ローランは爽やかに、
「先日みたいに学習室を使うのもいいけれど、隣の席の方がやりやすいだろう?」
と聞いてきた。更に、
「セネヴィルさんも、気軽に色々なことを聞いてほしいな」
と、とても好青年風に声をかけてくるが。
(……いや、気軽に何も聞きませんけど?)
今までリアーヌが自分からローランに話しかけたことがあるだろうか。いや、ない。
隣の子よ、どうか断ってくれ、と切に祈るが、
「ああ、そうだね。シャルトルさんがいれば、きっとセネヴィルさんも安心だろうね」
とリアーヌの願いも虚しく、隣の席の子はいそいそと席を立つ。
(あー、ローランの元の席、いい場所だよね)
日当たりがよく、窓を開けると爽やかな風が吹き抜ける。そのうえ、教師の目も届きにくい。
それに、やはりローランは特別クラスの中でも特に秀でた存在で、皆から一目置かれている。そんな彼に頼み事をされて断れる人間はいないだろう。
クラスの雰囲気が「シャルトルさん、とっても親切」という優しい空気で満たされる。ここでリアーヌが断固拒否すれば、リアーヌの強情さが際立つだけだろう。
周囲から外堀を埋められ、断りにくい雰囲気に流されてしまいそうになるが……。
(このままではいけない)
リアーヌは心を決めた。
翌日、ローランが一人でいるところを捕まえ、声をかけた。
「シャルトル様。少しお話したいことがあります」
⭐︎
学生生活は二度目だ。この間はうっかり資料室が分からないという失態を犯したが、人が滅多に来ない空き部屋があることは覚えていた。
その空き部屋にローランと共に入るなり、リアーヌは切り出した。
「シャルトル様は、ご自身のことを分かっていらっしゃいますか?」
「?」
何の話か全く見当もつかないといった様子のローランに、リアーヌは溜め息を漏らした。
「シャルトル様は、とても素敵な殿方です。この学園で初めてお会いして、こんなに素敵な方がいるなんてと見惚れてしまいました」
リアーヌは心にも思っていないことだが、客観的に見て彼が女性の心を捉えて離さない魅力の持ち主であることは疑いようはない。見惚れる方が、女子として普通の反応だろう。
かつてのローランは、自分の魅力を冷静に分析しており、必要であれば、それを駆使することを厭わなかった。
つまり彼は、自分が女性の気を引きやすい容姿と能力を持っていることを自覚していた。人格が大幅に変わっていなければ、今回もそうだろう。
となれば、女性が自分を巡って争いを起こすことがあることも、理解しているはずだ。
「学園に来たばかりの私でも、シャルトル様が学園で大変な人気を誇る殿方であることが分かるのです」
特に一般クラスの女生徒からの人気は凄まじく、圧倒されてしまう。
「シャルトル様が編入生の私を心配してくださっていることは、ありがたく思っております」
しおらしさを演じるべく、そっと目を伏せた。
「ですが、周囲にいらぬ誤解を与えたくないのです」




