7-2
「図書館に学習室がある。そこへ行こうか」
教室より学習環境が良いだろうということで、ローランに学習室に案内された。
学習室は校舎とは別に建てられた図書館の一画にあり、共同スペースと個室がある。個室には特別クラス専用の場所が数室用意されているようだ。
手慣れた様子で特別クラス用の個室を借りようとするローランを、リアーヌは慌てて押しとどめた。
「シャルトル様。確かに個室の方が集中できるとは思いますが、私たちは異性ですので、個室は少々問題かと。あらぬ噂を立てられるとシャルトル様もご迷惑でしょう? 共同スペースにいたしましょう」
何が何でも二人きりになど、なりたくない。その一心で、それっぽい理屈を付けた。
しかし。
「申し訳ないのですが、個室でお願いします」
と学習室の管理も兼ねている司書に言われ、リアーヌの望みは敢えなく断たれた。それでも諦めきれず、
「な、なぜでしょうか?」
と食い下がると、司書は申し訳なさそうに答えた。
「すみません。シャルトル様が共同スペースにいらしたら、一部の学生が騒いで他の利用者の迷惑になってしまいますので」
「そうですか……」
司書が語った理由は、さもありなんというものだった。確かに真面目に勉強をしている学生の邪魔をしてはいけない。
(それにしても、相変わらず人気があることで)
けっとやさぐれた気持ちで、学習室の鍵を受け取るローランを眺めた。
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個室には一人用と二人用があり、当然、今回は二人用の部屋である。四角いテーブルが真ん中にあり、向かい合うようにして椅子が置いてあった。
教科書とノートを机上に置き、鞄は床に置いてある荷物入れに入れる。そして椅子に座ると対面に座ったローランが、柔らかな口調で声をかけてきた。
「俺も自分の課題を解いているから、分からないことがあったら遠慮なく聞いてくれ」
………分からないことは、この状況なのですが。
とは言えず、リアーヌは、
「ご迷惑をおかけしてすみません」
と神妙に答えておいた。
せっかく学習室に来たのだ。この際、ローランがいることは忘れて、集中して復習をしようと頭を切り替える。
王立学園が教える科目は「武」「魔」「礼」「法」「歴」「政」「算」「薬」「言」の九科目である。それらは大科目と呼ばれ、その中に小科目があるものもある。例えば「政」の大科目には「政治」「経済」「外交」という小科目がある。
特別クラスは、原則として全ての科目を履修し、一般クラスは、九科目のうち六科目を選択して学ぶ。
リアーヌは政科目の経済の教科書を出して、今日の授業の内容をさらうことにした。
ローランは薬科目調剤の記述式問題集を解いているようで、考え込んでいる。
(催淫効果のある薬の調剤方法とその解毒方法……)
学生に何てものを教えるんだと思いつつ、ノートに書き込まれた解答をちらっと盗み見をして、
(あ、間違えてる)
と気付く。
そんなリアーヌの視線に目敏く気付いたローランが顔を上げた。
「……? どうかした?」
「い、いえ」
リアーヌは、定期試験で下から二番目であり、成績が良い学生ではないのだ。ローランが解いているような難解な問題が解けるなど、あってはならない。それに、
「成績悪いのに催淫効果の薬にだけやたら詳しいな、こいつ」
なんて思われたら、いかがわしい女学生という烙印を押されてしまう。
リアーヌはそっと視線を外し再び勉強を再開する。ノートに、この国の経済の強みと問題点について教科書に書かれていることをまとめていると、不意にローランが声をかけてきた。
「セネヴィルさんは勉強が苦手?」
この間の成績を見れば分かるだろうし、そう思ったから手伝おうと申し出たのでは、と嫌味を言いたくなったが、ぐっと堪え、
「お恥ずかしながら、あまり得意ではありません」
と殊勝に答えておく。するとローランは首を傾げた。
「そう? そんなふうには見えないな」
そんなふうに見えないとは、どういう意味だろう。勉強が得意そうな顔でもしているのだろうか? ローランの感覚が理解できない。
首を捻っていると、不意にローランの手が伸びてきて、リアーヌのノートを指差した。
「セネヴィルさんの字って、少し特徴があるよね」
「へ?」
急な話題の転換に、リアーヌは咄嗟に対応できず間の抜けた声を上げてしまった。そんなリアーヌに、ローランは柔らかく微笑みかける。
「綺麗というより丁寧で、少し右上がり。真面目そうな感じがする」
「あまり気にしたことはないのですけど、読みやすい字は心がけています」
リアーヌはそう答えて、ノートにまとめる作業を再開した。ローランは、その手つきをじっと見つめていた。
……すごく、やりにくい。
リアーヌは手を止めて、ローランを見た。そして楚々とした淑女を演じるべく、そっと目を伏せつつ、
「あの、あまり見ないでもらえます? ……恥ずかしくて」
「あ、ああ。すまない」
慌てて目を逸らすローランの反応が少し意外だったが、これで視線を逸らしてくれるのならば良かった。
まあ、女であり好敵手になり得ない自分にローランが興味があるとは思えない。紳士としてあるまじき無遠慮な視線を送ったことを恥じたのだろう。
アンリだった時には、当然、そんな反応をされたことがなかったので、新鮮だな、と思った。




