33-2
「長い休みだったな」
いつものように学習室で勉強に励んでいると、不意にローランが語りかけて来た。
「帰省していました。色々することがあって。今年は卒業ですし」
リアーヌは先週と先々週、つまり二週間ほどまとまった休みを取り、スヴェン領に戻っていた。まあ、色々と用事があったのだ。
ローランが読んでいる本ーー「魔法追跡を遮断し証拠を残さない暗殺術」に視線を落としながら、リアーヌは口を開いた。
「ローラン」
「ん?」
「貴方は、私が学園に来た理由を知っていましたよね?」
尋ねると、何を今更、といった表情ですらすらと答えた。
「学校経営について学ぶため。ついでに俺以外の婿候補を見つけるためだろう? 前者はともかく、後者は……絶対に無理だな」
反論はできない。彼の言うとおり、リアーヌがこの学園に来た二つ目の目的を果たせる日は来ないだろう。
「俺より優秀で、俺より強い男じゃなければ、君には指一本触れさせない。そのために俺も日々、精進しているから」
彼は、ただでさえ強いのに、いまだに学業や鍛錬に余念がない。これ以上強くなってどうするのか。世界でも征服するつもりか。
ーーやろうとすれば、できそうなところが怖い。
「……でしょうね」
ローランは、リアーヌと添い遂げると心に決めているのだろう。
「だから、少し話があります。ーーついて来て」
リアーヌはそう言って、訝しげな顔をするローランの手を強引に取った。
⭐︎
リアーヌがローランを連れて訪れたのは、面会室だった。
扉を開けて視界に飛び込んできた景色に、ローランが不快を露わにした。
「何故、彼らがここに……」
「私が貴方の筆跡を真似て呼び出しました」
「……」
そこにいたのはシャルトル家の領主夫妻だった。彼らの領地は王都に近いうえ、長男ドミニクが領主代行を務めるだろうから、短時間、夫妻が不在にしても問題はないだろう。
何を考えているんだ、と訝しげにこちらを見やるローランの視線を躱し、リアーヌは領主夫妻に向けて微笑んだ。
「実はお二人にご報告がありまして。ローランのことなのですが……」
リアーヌは、すっとローランの腕に自分の手を添えて寄り添う。
「彼は既に私の夫となっておりまして」
「はぁ?」
シャルトル夫妻から、同時に声が漏れた。
ちなみにローランは瞠目しているが、辛うじて声を出すことは堪えたようだ。代わりに「どういうことなんだ」という目でこちらを見てきたが、リアーヌは「黙ってて」と視線で告げて、彼の家族に向き直った。
「ちなみにローランは私の夫ですけど、貴方がたは、私の義理の家族にもなりませんから、ご安心ください」
ローランと結婚しても、この家族と関わり合いになるのは、まっぴら御免だ。義理の両親として敬うことなど、決してできない。
しかし、ローランの両親は鼻で嗤った。
「何を馬鹿な……ローランはシャルトル家の一員だ。結婚するということは、我々と姻族になるということだ」
やはり、そう来たな、と思った。婚姻を理由にセネヴィル家を荒らそうと目論むだろうことは織り込み済みだ。
しかし彼らは大事なことを失念している。彼らを保護してきた毒婦アンジェラの力は、もうない。それに伴い、シャルトル家の力も、大きく削がれているのである。
しかも。
「いいえ。ローランは私の夫となる前に、既にシャルトル家から籍を抜いておりまして」
シャルトル家に籍を置く人間を、直接セネヴィル家に迎え入れることは、さすがにできない。
「エルヴィーユ家の養子となったうえで、私の元に婿に来てくれたんですよ」
エルヴィーユ家。王家に連なる名家だが、特に実権はない家系だ。
まさに、こういう時のために残されている家でもある。
「だから私も夫も、貴方がたとは金輪際、無関係となりますね」
ふふっと余裕の微笑みを見せると、シャルトル家当主が、苛立たしげに机を乱暴に叩いた。
「そんな勝手なこと、出来ると思ってるのか!」
案の定、ローランを愛してもいないくせに、手放すのは惜しいらしい。この家族のせいで、ローランが基本的に誰からの愛も信じない歪んだ性格になったと思うと、腹が立つ。
しかし感情を荒げるのは逆効果だ。自分は常に冷静を保ち、彼らに余裕を見せつけなければ、舐められる。
「貴方がたもご存知のとおり、絶大な権力があればできることもありますよね」
リアーヌは微笑んだ。
「エルヴィーユ家との養子縁組なんて、簡単にできるものではありません。ーーこの方が協力してくださったのですよ」
その言葉を合図に、入り口から一人の青年が入ってくる。ここにいる誰もが知っている顔である。
「王子……」
カミーユ王子は穏やかな物腰で辺りを見回した。
「彼女の言うことは本当だ。私がローランの養子縁組を了承した。彼は優秀な人材だから、是非、王家の一員として遇したいと思ってね。それにローランは私の親友だからね。ーーシャルトル家には立派な後継がいるから問題ないだろう?」
立派な、という言葉を強調したのは、皮肉だろうか。
「エルヴィーユ家は特殊でね。養子縁組をすると、それまでの籍は完全に抹消される。末端とはいえ王家の血筋に入るのだから、余計なしがらみは断ち切るようにできている」
王子の言葉を、リアーヌが噛み砕いて補足した。
「貴方たちにローランという子供はいなかった。ローランにも貴方たちという家族はいなかった。そういうことになりますね」
「何を……そんな馬鹿な……」
しかし、権勢を失いつつある彼らが、今や権力の頂点に立つ第一王子に返せる言葉はない。
(今はこれで十分かな)
彼らに対する後処理は、優秀な人材を確保しておきたいカミーユ王子が何とかするだろう。
「彼はローラン•エルヴィーユとして私の夫になったんです。というわけでローランはもう、シャルトル家とは縁もゆかりもない人なのですよ」
リアーヌはローランの腕に自分の腕を絡ませ、微笑んだ。
「では、ごきげんよう」
もう、こんなところにいる必要はない。
そして、私的に彼らと会うのは、これが最後になるだろう。




