閑話5-2
「ねえ、ここは誇り高き王立学園の敷地内ですよ?」
「ああ」
「私たちはその生徒として、節度を守った学生生活を送る必要があると思いませんか?」
……どこかで聞いたことがある台詞だな、とコルトーは思った。以前とは男女の立場が逆だが。
「そうだな」
肯定が返ってきて、ほっとした様子のリアーヌだったが、
「でも、誰も見ていない」
というローランの強弁に凍りついたようだ。そして。
「そういう問題じゃ……んぅ……っ」
何とか絞り出そうとしたリアーヌの抗議の声が、不意に途切れた。
それと同時に、コルトーの目の前に魔力の帷が降りてくる。目隠しの魔法だろう。たちまち二人の姿が見えなくなる。
やっべ、と思った。
(おれの存在に気付いていたってことだよな)
さすがに覗き見させる趣味はないらしい。
それにしても、以前の優等生ぶりは一体何だったのかと思うほどの豹変ぶりだ。……いや、まあ、リアーヌが関わらない限りは、今でも十分、上手に仮面を被ってはいるようだが。
(ここは神聖な学び舎だったんじゃないのか……??)
……相手の情欲に翻弄されて、リアーヌも大変だなぁ、と同情した。
(……)
教師として、何としてでも止めるべきか。コルトーは唸った。
(いや、でもリアーヌだからなぁ)
嫌なことは嫌だとはっきり言える女であり、そうするだけの力もある。多少、翻弄されることはあっても、好き放題は絶対にさせないはずだ。
相手がローランだからといって遠慮する性格ではない。
ローランも何だかんだ言いつつ、リアーヌの嫌がることは絶対にしないだろう。
と考えていると、魔力の帷が砕け散った。それと同時に、
「もう、本当に信じられない! この色情魔!!」
と怒鳴りながら、真っ赤になって走り去っていくリアーヌの姿が見えた。微妙に服が乱れていたのは見ないふりをした。
……時間的に、口づけ以外ができる余裕はなかったことは間違いない。保護者として安堵したのも束の間。
ローランが、こちらに向かって真っ直ぐ歩いてきた。
(うわ、こっちに来やがったよ……)
思わず逃げたくなったが、教師の矜持で何とかその場に踏み止まった。
ローランはコルトーの前で立ち止まると、
「逃げられてしまいました」
とおどけたように言いながら、苦笑いを浮かべつつ肩を竦めた。
「コルトー先生は、覗き見が趣味なんですか? 三年前も見てましたよね」
探るような瞳が自分を見据えていた。
(前のも気付いていたのかよ!? ってか覚えているのかよ!?)
怖い。怖すぎる。
この調子だと、掴んだ人の弱みなども全て記憶しているのかもしれない。敵に回したくない、と心から思ったが取り敢えず、
「不純異性交遊は禁止だからな。教師として目を光らせておかないと」
と教師として威厳を守るべく厳しくーーは無理なので、無難で当たり障りのない台詞で応じた。
「私たちは純粋に想い合っていますから、不純ではないですよ」
ローランは詭弁を弄した後、はあ、と溜め息を溢す。
「それでリアーヌは、いつになったら許してくれると思いますか?」
許してくれるって、何を? と純情ぶるような年ではない。しかし、
「え? それをおれに聞く!?」
とは突っ込んだ。
常人の感覚なら、相手の身内に色事の相談は躊躇うものではないか。
しかし思い直す。相手は魔王ローランだ。常人の感覚を期待するのは間違いなのだろう。
コルトーは、悩める生徒のために考える。
(いや、そうか。まだヤってないのか……)
リアーヌが必死に否定していた時も、ただ誤魔化しているだけで、とうの昔に一線を越えているのかと思っていた。
同時に、さすがは鉄の女リアーヌと感心した。この男に全力で迫られたら、うっかり流されてしまったとしても責められない。
「あいつ、意外と真面目だから、学生のうちは無理なんじゃね?」
それを聞いたローランは、絶望の淵に叩き落とされたかのような表情になる。
「……あと一年もあるじゃないですか。耐えられない……何とか丸め込んで……」
ぼそり、と苦しげに呟かれた声は、聞かなかったことにした。




