閑話5 ここは神聖なる学舎です
人気のない第三訓練場の裏を通りかかったコルトーの耳に、
「ねえ、キスして」
とねだる声が微かに聞こえてきたので、声の出所を探りーー問題の現場を見た。
王立学園に入学して二年、弱冠十四歳にもかかわらず、全学年を通して最も有名であり、女生徒たちの心を捉えて離さないローラン・シャルトルと、その現在のパートナーだ。
上流階級の人間は、何かとパートナーが必要な場面があるため、早くから相手を定めておくことは、ごく普通のことではある。しかしローランの場合、相手を固定させておらず、常に誰かが彼のパートナーの座を狙っている状態だ。
(ほー、色男も大変だな)
コルトーは素直に感心し、そして同情した。
コルトーの目には、ローランは極めて合理的な人間であるように映っている。彼はパートナーに対し、この上なく紳士として振る舞っているが、相手に特別な感情は持っていないと思われた。
「こんな場所でするものじゃないだろう?」
優しく、しかしたしなめるような声。
このくらいの年齢になると、異性に肉体的な関心が出てくるものだ。しかしローランは情欲に安易に溺れず理性的だ。さすがは優等生の鏡だと、改めて感心した。
「ここは神聖な学び舎だ。誇り高き王立学園の生徒として相応しく、節度を守って学生生活を送る必要がある」
そう言ったローランは結局、彼女の望みを聞き入れることなく、逆に諭してその場を離れたのだった。
なんというか、その時は「優等生だなぁ」とローランを「少し堅苦しいくらい真面目な生徒」だと評価していた。
ーーそれが、三年前の出来事だ。
そして今。
同じ場所を通りかかると、声が聞こえた。
三年前と違って何を話しているかは聞こえなかったが、ふと視線を向けると壁に向かって手を付いている少年の後ろ姿を認めた。太陽を模したかのような金の髪、そしてすらりと伸びた立ち姿はローラン・シャルトルだろう。
こちらからはローランの背中に隠れて見えないが、壁側に誰かがいるらしい。ローランはそちらに向かって、何か話しかけているようだ。
(リアーヌか……)
顔は見えないが、ローランが強引に詰め寄る相手など、リアーヌしか考えられない。
(そういえば昨日、無謀にもリアーヌに告白した学生がいたって噂になってたな)
ちょうどローランが欠席の日だったのだが、その日を狙ったのだろう。
(……いくら、その時にいなくても、必ずバレるっつーの)
最近のローランは、リアーヌが上手に受け入れているからだろうか、随分と穏やかな雰囲気を醸し出している。
だからこそ、
(いらん波風を立ててくれるな)
と、勇敢かつ無謀な男子生徒のことを少しだけ恨めしく思った。
(外面はいいが、内面は魔王だろう、あいつは)
ローランのリアーヌに対する執着は並々ならぬものがある。リアーヌを彼から奪おうとする者があれば、どのような手を使ってでも全力で排除する。そのくらいはしてのける人間だとコルトーは確信している。
ただ、最近のリアーヌは満更でもない様子なので、ローランは何も不安に思う必要はないように思うのだが。
(だいたい、あの学園祭)
あれは絶妙な角度で客席からは見えなかったし、リアーヌは必死に否定していたがーー本当に口づけていただろう。
(……)
今ならまだ間に合う。踵を返し、何も見なかったふりをして、この場を去るべきだが。
……よせばいいのに、好奇心が先立って、つい魔法で聞き耳を立ててしまった。
(いや、おれはリアーヌの保護者も同然だからな。リアーヌの交友関係を知っておく義務がある)
と自分の行為を正当化して。




