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第211話 マチ・イタミ

 鎖で雁字搦めにされていた際は気が付かなかったが、彼女はどうやら裸の状態で逆さ吊りにされていたらしい。しかも、一切恥じらう事なく、隠す様子もないと来たものだ。俺は仕方なくダリウスを背に隠し、視線も逸らした状態を維持した。


「ベクト、今は気を抜いて良い場面じゃない。よそ見をするな」


 と、オルカからお叱りを受けてしまう。クッ、前を見据えるのが正解だったか……! しかし、ここまで来たのなら初志貫徹で通そう。


「いや、今はコンプライアンス的なものが危ういと思ってさ。なあ、アンタ? まずは服を着てくれないか? マジで視線に困る」

「あら、そう言えば何も着ていませんでしたね。一週間もあの状態でしたから、今はもう裸が普通の感覚になっていました。失礼しましたわ」


 そう言って、彼女はどこからともなく、バサリと衣服を広げた。そして、刹那の間にそれへと着替え終える。彼女が纏ったのは現代的なスクールブレザーにチェック柄のスカート、まさかの学生服だった。


「お待たせしました。私の名はマチ・イタミ、しがない探索者をしております。どうぞよしなに」


 どこかの令嬢の如く、気品さえ感じさせる仕草で俺達に自己紹介をする彼女。先ほどまで逆さ吊りで水責めをされていた人物とは、正直とても思えない。と言うか、あんな状況から脱出したばかりだってのに、全く堪えている様子がなかった。呼吸が安定しているし、汗の一つも流していないのである。流石は上位探索者、クレちゃんの同類といったところか。


「やっぱり、アンタがマチだったか」


 とりあえず、俺達も自己紹介をしておく。ベクトとオルカ、純愛の探索者らしいです。よろしゅう。


「これはこれは、素敵な挨拶をどうも。それにしても、純愛とは珍しいですね?」

「そこはまあ、あまり気にしないでくれると……と言うか、何で学生服? あまりに世界観とミスマッチじゃないか?」

「なぜかと言われましても……そうですね、私ってものぐさな性格でして、興味のない事にはとことん関心がないんです。制服ってほら、どこにでも着て行けますし、選ぶ必要がないから便利でしょ? 先ほど世界観がどうこうと仰いましたが、探せばそういった現代的なエリアも案外あるんですよ」

「えっ、あるの!?」


 衝撃的事実、このタイミングで発覚。


「その話しぶりから察するに、貴方も私と同じ文明レベルの世界出身のようですね。尤も、自分の情報については何も知らないのでしょうが」

「あー、そこは全ての探索者に共通するところだな。で、そろそろ本題に入りたいんだが――」


 マチに異常進化種討伐の話をし、情報を共有する。


「――とまあ、そんな訳なんだ。俺とは初見だが、クレストロ達の事は知っているだろ? そいつらから伝言を頼まれた訳だ」

「あの方々から、ですか。それは……確かに興味深い話ですね」


 ある程度納得してくれたのか、彼女は手を口元に寄せて、考えるような仕草を取った。出会い頭こそ混乱の極みだったが、こうして対面すると至極まともに見える。まあ、そうだよな。上位探索者が変人揃いと言っても、全員が全員そうだとは限らないんだ。クレちゃんからもたらされた情報にも、きっと何か間違いが――


「異常進化種随一の狂暴性を持つとされる、百亡の獅子ウダルルムの噛みつきぃ……ふへっ、さぞ痛いんでしょうねぇ……! 一体どこまで私を引き裂いてくれるんでしょうか? 胴体真っ二つ? それとも踊り食い? 殺意を向けられただけで魂が飛ぶと聞きますし、メンタルへのダメージも期待できちゃいそうですぅふへへへへへへ……!」

「「「……」」」


 ――間違いない、彼女は変態だ。何かウダルルムに食われたり廃人にされたりを想像して、トリップし始めているんですけど!?


「オマケにルシウスさんにアラリャネさん、ダディさんにクレストロさんまで勢揃い……? そ、それって不慮の事故が起きても不思議じゃないですよね? たまたま誰かの射線上に入っちゃっても、乱戦故に仕方のない事だった、ってやつですよね? つまり、皆さんの攻撃にも当たり放題? ……うっひょう何だその最高なシチュエーションは!? 参加を表明するだけで、そんな上手い展開があって良いものなのか!? うん、あって良い!」

「「「……」」」


 更に変な方向性でもトリップしていらっしゃる……なあ、この人本当に連れて行くの? 戦闘中、もろに邪魔になるんじゃないの?


「おいおい、どうするんだ? ずっとこの調子だったら怖いんだけど? マジで連れて行くのか?」

「ま、まあクレストロからの依頼じゃし、その辺りはワシらが心配する必要はないんじゃないか? ほら、ワシらが想像もしておらん、神算鬼謀な考えがある可能性が――あるのかのう?」

「少なくとも、盾としては機能しそうではあるがな。敵味方問わず、ではあるが……」


 うん、それってやっぱり邪魔になるんじゃないかな?


「ふう、イメトレもこの辺にしておきましょうか。次は本番です。そこでは裸で臨みます」

「ああ、やっと落ち着いたか――って違う!? おい、何で裸になる必要があるんだよ、そこで!?」

「え? いや、だって裸にならないと、趣味を謳歌している間にこの制服が消滅しちゃうじゃないですか。大規模魔法が直撃する時とかがそうですし、このレベル10の『強酸』を受けたって、一瞬で溶けてしまいますよ?」


 そう言って、先ほどまで自分の頭部が浸かっていたバケツを指差すマチ。何かまた酷い事を言い始めたぞ、この人!? つうか、その緑色の液体って、んなやばい代物だったの……?


「これまで私が趣味人として黒檻を過ごし、一体何着の装備を無駄にした事か……私が無事でも、装備が駄目になっちゃうんですよね、毎回。そこで私はある時に悟ったんです。そもそも攻撃を受ける時に、装備なんて要らないじゃん、って!」

「「「……」」」


 開いた口が塞がらないとは、正にこの事だろうか。俺達は揃って唖然としてしまう。


「……そもそも、攻撃を避けるという選択肢は?」

「ないですね。趣味は娑婆での唯一の心の拠り所です。それをなくしたら、私の心が死んでしまいます」

「この事を、他の探索者達は知っているのか?」

「もちろん、ご存じです。いつしか私と顔を合わせると、頗る嫌そうな顔をするようになりましたが、その憐れむような視線がまた良いと申しますか……あ、今のあなた達の顔も、なかなか良い線いってますよ? もう数年ほど熟成すれば、更に濃厚で深い味わいになると思います」


 こんな事を整って品もある顔で言っているのだから、俺達の中でのバランス感覚が迷子になってしまう。


 ……とりあえず、伝える事は伝えたし、俺達の仕事はこれで完了だよな? あとはマチが自力で合流してくれるよな? よし、退散しよう!


「それじゃ、無事に伝えられた事だし、俺達はそろそろ失礼して――」

「――お待ちになって。ここへわざわざ貴方達が派遣された理由を聞いていません。先の件を私に伝えるだけであれば、クレストロさん方の誰かが来れば良かっただけの話です。しかし、そうはしなかった。何か深い訳があっての事、なんですよね?」

「深い訳? ……いや、単にその人らが、マムと関わりたくなかっただけだよ。この上なく浅い理由だよ」

「またまた、ご冗談を。そんな見え透いた嘘を仰らないでください。マム様は私の趣味に付き合ってくださるほど心優しい御方、避ける理由になんてなり得ませんよ」


 なると思うが? できれば俺らも避けたかったが?


「なので、私はこう考えました。あなた方は彼らに、それだけ期待されているのだと! フフッ、これは私も期待してしまいますね。お二人が持つ凶悪な攻撃に……!」

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