第210話 娑婆
城の探索は前準備をしっかりしていた事もあり、これ以上ないほどに順調に進んだ。厄介な貴族ゾンビへの対策もバッチリで、目が合った瞬間に処しこれをクリア。こちらには高レベルの感染耐性もあるから、心にゆとりを持って対応できるのがでかい。ああ、何と健康的な探索である事か。俺が求めていたのはこれなんですよと、ここに強く言っておきたい。
まあ、流石に当初の目的であるマチ・イタミの発見は簡単にはいかないだろうが、何度も探索を進めていけばいずれは! と、俺のモチベーションは上がるばかりだ。でも、異常進化種のマムには遭遇したくないな! なんて、そんな事も思ったり。てへへ!
「いやあ、フラグって怖いですね」
本当なら頭を抱えたいところだったが、一転して笑顔でそう言ってしまう俺。なぜかって? 目の前にマムが居るからだよッ……!
「やっほー、ベクトちゃんにオルカちゃん。久し振りだね、元気に生きていたかな~~~? 随分と強くなったんじゃな~~~い?」
ど真ん中に謎サイズのベッドが置かれた謎の部屋にて、俺達はマムと遭遇してしまう。彼女はベッドに横たわり、上機嫌な様子で俺達に手を振っていた。オルカは剣を手に既に臨戦態勢の構え。一方の俺はと言うと――
「イエーイ、元気に生きてまーす!」
――道化を演じていた。もうやけである。俺は生き残る可能性を最後まで探すぞ!
「おっと、ノリが良いね! 笑顔も良い感じだし、そんなに私と会いたかったのかな? まったく、愛い奴だね~~~。あ、私があげた加護、役に立った?」
「ああ、堕落歓楽街で心底世話になったし、そう思ってくれるとありがたいよ。で、マムはこんなところで何を?」
「何をって、ここは私の居城だよ? ベッドの上で寝転がったって、別に変ではないでしょ? ま、今日のところはベクト君達を待ち構えていた訳ですが」
シット、オーマイゴッド! 俺は心の中でそう叫んだ。
「おいおい、俺如きを待ち構えないでくれよ。無断で居城に足を踏み入れたのは確かに悪かったが、こっちにも色々と事情があるんだ」
「うん、マチちゃんが目当てだよね? 彼女に協力を仰いで、ウダルルムを倒すんだっけ。うんうん、良いね、頑張りなよ!」
「……もう知っていたのか、耳が早い事だ」
可能性としては考えていたが、上位探索者達の動きはマムに読まれていたらしい。クレちゃんらがこいつを避ける理由が、何となく分かってしまうな。強い上に知能犯だもん。
「しかし、良いのか? ウダルルムはマムと同じ異常進化種、仲間みたいなものだろ?」
「いやいや、ベクトちゃんこそ何を言っているのさ? 同じ異常進化種だからと言って、私をあの見境の無い獣と一緒にしないでほしいな。別に異常進化種同士だからって仲間意識はないし、と言うか、むしろ毛嫌いしているんだよね~~~。ほら、あいつって野蛮の極みみたいなところがあるでしょ? そんな奴と同類にされるのが嫌なんだよね。だから、喜んでマチちゃんを貸し出しちゃう! あ、でも彼女との交渉は自分でしてね? マチちゃん、自分の意志でこの城に居るだけで、別に私の所有物とかではないから。気分的には所有物だけれどね!」
意外な事に、マムは他の異常進化種との仲間意識がないらしい。それどころか心底毛嫌いしているようだった。これは思わぬ幸運――なんて調子に乗っていると、揺れ戻しが来るからな。無心でいよ。
「なら、マチと直接交渉がしたい。彼女は今どこに?」
「さあね~~~? 暫く放置プレイをしてたし、確かこの辺りに居たと思うけど……ごめん、忘れちゃった! まっ、そんなに遠くには居ないと思うよ? 何とか自力で探してちょうだいな~~~すやすや」
そう言って、マムはベッドにて本格的に寝てしまった。マジか、この状況下で寝るのかよ……
「ベクト、部屋の奥に扉がある。背後にマムを残すのは不安要素でしかないが、ここは進むしかないだろう」
「ここで帰る方がマムの逆鱗に触れそうじゃしのう」
「それもそうだな……よし、行こう」
俺達はマムの大きく迂回して、部屋の外側の方を歩いて行く。扉には鍵が掛かっておらず、押せば開く状態となっていた。そそくさと部屋を出る。
「ふう、無事に出られたか……同じ部屋に居るだけで、何てプレッシャーだよ、本当に」
「あれでいて、本人は敵意も殺意も出さずに寝ているだけじゃからのう」
「ともあれ無事に済んだ事を喜ぼう。しかし、マチの居場所は分からず終いか。なかなか探索に時間を要しそうだな」
「マムが邪魔しないのであれば、全然望みはある。彼女の気が変わった、なんて最悪な出来事が起きないよう願っておこう。さ、改めて行こうか」
こうして俺達は気を引き締め直し、改めてマチを探しに出発するのであった。
「……(ジュジュジュッ)」
「「「……」」」
そして、曲がり角を一つ曲がったところで発見してしまう。天井から逆さ吊りにされ、頭部を謎の液体で満たされたバケツの中に入れられた、謎の人物を。
「お、おい、これって……」
「いや、じゃがそんな事ってある!? さっきの今よ!?」
「と言うか、生きているのか?」
「た、多分……?」
体つきからして細身の女性と思われるその者は、全身を太い鎖で雁字搦めにされていた。これはマムが用意したものなのか、それは不明だ。ただ、この鎖が恐ろしく頑丈だって事は分かる。俺達でも破壊するのには苦労するだろう。身動きが一切できない彼女からすれば、尚更だ。
そして次に気になるのは彼女の頭部を隠している、あの緑色の謎の液体。絶えずジュウジュウと熱しているような、或いは強酸に溶かされているような音を発していた。よく見たら水面から煙が出ているし、どちらにせよろくな液体ではないだろう。堕落歓楽街の青霊もどきの血よりも厄介そうである。
「逆さ吊りからの水責め、それも危険な液体を使っての拷問か……マムは放置プレイがどうこうとか言っていたけど、まさかこの状態で放っておかれたのか?」
「あの様子からして、相当長い間放置しとったよね? え、その間は無呼吸?」
「いや、流石に何かしらの霊刻印を使っている筈だ。上位探索者でも自力でのそれはない筈――」
オルカがそう言いかけたその時、緑の液体からブクブクと泡音がした。
「これは……口から漏れ出した空気か! やっぱ生きてる!?」
「ベクト、急いで引き上げよう。上位探索者でも万が一の事がある」
「おう、急ぐのじゃ!」
俺とオルカが彼女を引き上げようと踏ん張る――が、微動だにせず。マジで一寸も動かなかった
「おっも!? な、何だこの圧倒的重量感は!?」
「鎖の重さ……ではないな。この鎖は頑丈だが、重さについてはそこまで常識外れではない。となれば、彼女自身の重さがとんでもない事になるが……」
またその次の瞬間、鎖からビシリと言う音が鳴った。金属の輪が破損し、連鎖的にそんな悲鳴が聞こえて来たのだ。俺とオルカは彼女が自力で脱出しようとしている事を察し、後ろへと下がった。やがて鎖に走る亀裂はその全てに達し、破壊による断末魔が辺りに鳴り響く。
「あー……一週間ぶりの娑婆ですね。自由過ぎて逆に不自由、やはり人間、ある程度縛られてなんぼでしょう」
鎖が破壊された後に床に降り立ったのは、烏の濡れ羽色の髪を腰まで伸ばした少女だった。一瞬、髪と顔が酸で焼けていた気がしたが、彼女が顔を上げた時には完全に治っており、可愛いと綺麗を鮮やかに混ぜたような顔立ちが視界に映る。しかし、それ以上に気になるのは――
「――おい、何で裸なんだ?」
俺は瞬間的に視線を外し、オルカからの糾弾を回避した。




