第199話 とある資産家の日誌
「うわ、本当になくなった両脚が生えて来た……いや、心の底からありがたい事ではあるんだが、どういう理屈なんだ、これ?」
「霊薬で傷が塞がっている時点で、理屈もクソもなかろうて」
「ともあれ、これで帰り道も安心だな。もう私が出ても問題ないか?」
「両脚が生えて来た時の成長痛っつうの? それも収まったから……うん、大丈夫だと思うぞ」
戦闘後のあれやこれやが終わり、何とかダメージを回復させる事に成功。黄色玉の件もそうだが、後でグレアさんが引くほどにお礼を言わないと。それくらい今回も支給品の恩恵がとんでもなかった。
「しかし、まさか鉄格子の外側も巣の範囲内だったとはな。結局、巣の入り口以外は戦闘中も出入りが可能だったと言う事か?」
「みたいだ。青霊もどき達が外から中に入って来た時点で気付くべきだった。今更だが、それ自体がヒントだったんだな。最初から外に出ていれば、悪魔もどきが最大サイズになったとしても、鉄格子の外から戦えた――いや、その場合は相手も違う形態になっていたかもか」
「ちなみに、大黒霊はちゃんと倒せたんじゃよな? これでまた復活とかしたら、本気で洒落にならんぞい」
「それは問題ない。俺が爆風で吹き飛ばされたタイミングで、ダリウスに吸収されて行ったのがチラッと見えたからな」
「えっ、マジぃ? 霊薬のタイミングを計るのに必死で、全然気付かなかったのじゃ……」
その必死のお陰で、壁と正面衝突した後でも無事に生存できたんだけどな。こればかりはダリウスナイフに感謝だ。
「ベクト、肩を貸そうか?」
「魅力的なお誘いだけど、思ったよりも元気でさ。甘えるのは帰ってからにするよ」
「おーい、誰か塩をまいてくれんかの?」
「む、そろそろダリウスの糖分摂取量が限界か。ならば控えるとしよう」
「最初から控えて差し上げて?」
とりあえず、まだ未探索だった金の大広間をぐるっと巡って探索。その後、今回の主戦場となった菱形を描く中央の鉄格子へと戻る。
「大広間、相当に広かったのう。じゃが、前もって確認できていたテーブル席以外にものらしいものは発見できなかった。壁に扉が幾つも設置されておったが、どれも精工に創られた偽物で、殆ど装飾品の一部みたいなものじゃ」
「鉄格子の内部は……まあ、見ての通り酷い状況だな。破壊不可オブジェクトの鉄格子こそ無事だが、爆発の影響で床やら天井やらが派手に抉れている。あのまま鉄格子の内部に居たら、間違いなく死んでいただろう」
「バクさんどころでない威力じゃったらかな~」
「少しでも外に出るのを逡巡したらアウトな辺り、いつも通りの性格の悪さだったよ、全く……で、こっから行ける先が、あそこだけになった訳だが」
鉄格子の外に出て、大広間の奥へ奥へと進んだ先。そこにはひと際豪華で成金な扉があり、どうやらこれだけは偽物でないようだった。俺達は慎重に扉を開け、内部を確認する。
「ハァ、ここもギラギラな黄金仕様の部屋か……大きさは通常サイズの一室、見た感じ、執務室だったのかな?」
「大広間とは違い、既に荒らされておるのう。まるで何かに襲われた後のようじゃわい」
「唯一無事なのは……この本棚か? 尤も、置かれているのは一冊だけだが」
「どれ、読んでみるか」
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天星歴1674年4月7日
城塞内の動きがきな臭いとは思っていたが、まさか大聖堂の地下であのような研究をしていたとはな。十中八九、セレスティア帝国の影響だろう。理由は何であれ禁忌に手を染めるとは……実に素晴らしい! ああ、これは新たな商機に違いない。国はなりふり構わない体制で研究者と資金を集め、力を求めている。平時であればあり得ぬこの状況、何と餌の垂らし甲斐がある事だろうか。この歓楽街一の資産家である私が出資をすれば、かなり深いところにまで入り込めそうだ。司教とのパイプは既に繋いでいる。不相応な立場にあり、欲望に素直でもある彼は好ましい存在だ。どうか、いつまでも愚かでいてほしい。
天星歴1674年5月30日
例の研究が大いなる発展を遂げた。死体を兵士に? 素晴らしい、実に実に素晴らしい! これまで廃棄物でしかなかったものが資源となり、それが金儲けの手段として活躍すると言うのだ! 少し考えただけでも、運用方法は多岐にわたる。この技術が確立すれば兵士として、いいや、新たな時代の兵器としても取引ができそうだ! 敵味方関係なく暴れる? だからどうした、技術の進歩に犠牲は付きもの。今後の発展次第でどうとでもなる事柄だろうに。優秀な研究者の諸君には、もっと広く遠い視点で物事を考えてもらいたいものである。ああ、いや、余計な事は考えないでもらった方が都合が良いか? ククッ、これだから戦時は素晴らしい!
天星歴1674年7月13日
いやはや、ここ最近は実に忙しい。本当に困ったものだ。特権階級専用のエグゼクティブサロン、歓楽街の地下深くにて、秘密裏に運営される我がコミュニティ。連日連夜重要な会談が行われている訳だが、とても心休まる暇がない。大臣などは特にお盛んで、おっと、この事業に専念されているの間違いだったな。ともあれ、お忍びでいらっしゃる司教もそうだが、毎夜訪れるほどの没頭振りだ。そうなるよう調整し、お誘いした私がこう言うのも何だが、中枢の人間がこれではな。日々の苦悩をお察しします、国王よ。まあそのお陰で当初の思惑通り、影響力と言う私の根は深くまで浸透した。研究費? 出所不明の死体? ええ、ええ、投資として喜んで用意しますとも。私はこの国の愛国者ですからね、当然です。
天星歴1674年8月9日
少しばかり不味い事になった。他国に販売する予定だった例の試作機、それを秘密裏に運搬する予定だったのだが、馬鹿な担当者がその最中に致命的なミスを犯したのだ。見栄えの良い新鮮な美人の死体だったから、少しばかりおこぼれを貰おうと思った、だと? 馬鹿が! そのくだらない欲望を満たす為に噛まれたのだから、本当に救いようがない。オマケに試作機は行方を暗ましたと言う。感染力を考えると……駄目だな。今から徹底的に防ごうとしても、山火事にバケツ程度の水をかけるようなもの。幸いにも研究施設である大聖堂から歓楽街は遠い。万が一に備えて用意していた防壁で交通を遮断し、資産整理の為の時間稼ぎをするとしよう。最上の結果とまではいかなかったが、研究の詳細は私の手元にも届いている。これと金さえあれば、移転先での再開もそう難しくない筈だ。
天星歴1674年8月11日
あの馬鹿大臣がッ!!! 折角の厳戒態勢を歓楽街中に敷いていると言うのに、あろう事か奴は感染者を外から連れて来やがった! 何が彼女は無事だ、噛み痕を隠しやがって……! しかも運の悪い事に、その感染者は抗体を半端に持っていたようなのだ。そのせいで検問時には意識があり、弱りつつも受け答えもできる状態だった。本格的な発症が起こったのは歓楽街のど真ん中、それもシェルターとしての役割も持つ店で……クソがッ! 扱いやすい上客だと考えていたが、まさかここまで底抜けの馬鹿だったとは! クッ、こうなっては早急に緊急避難経路を使う必要がある。あそこにも幾らかの財貨を用意しているが……まるで、まるで足りん! 我が資産を搔き集めねば!
天星歴1674年8月12日
何と言う事だ。あのカスが連れて来た女、予想外の変異を果たしてしまった。ただの動く屍になるのではなく、外見上の容姿はそのままに、しかし肉体の一部を禍々しく変容させる化物となったのだ。オマケに奴を起点に感染した者も同じ怪物となってしまうようで、最早歓楽街中が地獄と化している。クハハ、少し前であればより優秀な兵器が完成したと喜んでいたところだが、まさか私の管轄地でそれが実現する事になるとはな。唯一この執務室だけは無事だが、もう外に出る事は叶わないだろう。……ふざけるな! この私がこんなところで終わりだと!? そのような戯言が許される筈がない、私は生きる! 無論、私が築き上げた財貨と共に!
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