第193話 悪魔もどき
鉄格子の道を進んだ先、そこは大広間の中心部と思われる場所だった。これまで道を形成していた左右の鉄格子が、大黒霊の巣の入り口、その境界線上に合わせて外斜めに進み、またその途中から逆方向の斜めに進み――言ってみれば、上から見て菱形の形を作るようにして設置されている。この菱形空間こそが大黒霊の巣であるらしく、いつものように嫌な予感がヒシヒシと、いや、バシバシとぶつけて来るのであった。
「こっから見る限り、巣の中にあるのは……ひと際豪華な接待席があるな。ソファやテーブルが黄金仕様、それどころかテーブルの上にあるボトルやグラス、食器や料理まで純金だ」
「百歩譲ってボトルが金ピカなのは分かるが、食い物が金ってどう言う事じゃよ? 成金趣味を拗らせて、口に入れるものまで金にしたのか?」
「演出の一環……とも言い切れないのが、黒檻の怖いところだな。ところで、そこに座る人骨も金色な訳だが」
「もう白骨ですらねぇ……」
オルカが指摘する通り、豪華絢爛なソファの中心には金色の人骨が座していた。本物か偽物か、それを確認する術はないが、これまた随分と悪趣味なものだ。
「しっかし他の席とは違って、青霊もどきの姿はないんだな? ああ、いや、大黒霊の巣ってそう言うもんか」
これまでの大黒霊戦を思い出すに、巣に入ってから敵が出現するパターンばかりだった。今回もその例に漏れず、この巣に足を踏み入れてから何とやら、なんだろう。
「ええと、他に気になる点は……巣を囲っている鉄格子、少し間隔が広がってるか?」
通路側の鉄格子の隙間を確認し、再度巣の方をチラリ。うん、やっぱ鉄格子と鉄格子の間が大きくなってるわ。頑張れば、そのまま向こう側に通り抜けられそうだ。ただ、それは逆側からも同じ事が言える訳で。
「巣に入った途端、周りの席から青霊もどき達が乱入――そんな展開も普通にありそうだな」
「正直、この大広間に居る青霊もどきは数え切れないほどだ。本番は氷で壁を作るなり、何かしら対策すべきだな」
「それ以外にギミックになりそうなものは……おっと、天井にどでかいシャンデリアがあるぞい」
ダリウスにそう言われ、巣の真上へと視線を移す。確かに、天井には巨大なシャンデリアがあった。これも黄金に輝いており、そう言うデザインなのか、真下に向けてスパイクが何本も並んでいる。天井は結構高く、そこまでは『空蹴』を一度使う必要がありそうだ。位置は……ちょうど金ピカな人骨が座っている場所、その真上だな。ふんふん、位置にしても形状にしても、これはアレを落とせと言う黒檻からのメッセージなんだろうか?
「状況確認はこんなところだな。いつも通り、最初は見に回るぞ。大黒霊の出現位置、周囲の反応、その他諸々の流れを見極めよう」
「了解した、いつでも構わない」
「見に回ったまま死ぬでないぞ~」
オルカが俺の横に並び、同時に大黒霊の巣の中へ。踏み込むのは一歩だけ、いつでも出られる状態を維持しておく。
「さて、どこから何が出て来るか……っと」
その変化は直ぐに気付く事ができた。つうか、気付かない方がおかしいってもんだ。今この瞬間、鉄格子の外に居る青霊もどき達の視線が、同時に黄金人骨の方へと集まり出し――
「あの人、とっても素敵、まるで輝いているみたい……」
「うん、食べ応えもありそう、美味しそう……」
「何で今まで気付かなかったんだろう……」
「でも量が少ない、急がないとなくなっちゃう……」
「そうね、急がないと急がないと、私の王子様が食べられちゃう……」
――大胆な告白をしながら、一斉に人骨の方へと駆け出した。それまでの捕食対象だった白骨はこの時点でガン無視、最早新たな御馳走しか目に入らないって様子だ。目にハートを宿した青霊もどき達は全方位から迫り、だがその進路上には破壊不可オブジェクトである鉄格子がある。当然、全力疾走で来た奴らはそれらに阻まれ、ガンガンとぶつかってしまう訳で。しかししかし、鉄格子同士の間隔が甘い為に、無理矢理に体を捻じ込めば中には入り込める訳で。
「オルカ」
「ああ」
この場に突っ立っているだけでは危ない、そう判断した俺達は真上へと跳躍。鉄格子に掴まる事で、一時的に宙を避難場所とした。
「まずは予想通りの展開って感じか。奴らの目標が俺達ではなく、あの金ピカ骸骨ってところは違うが」
「モテモテじゃのう。うむ、全然羨ましくはないが」
後続に無理矢理押し込まれ、鉄格子の前に陣取っていた青霊もどき達が次々に巣の中へと侵入して来る。ブリッジやハーピィのような変化は今のところしておらず、見かけ上は人型の美女のままだ。
「ダリウス、まだ美女のままだぞ。羨ましくないのか?」
「いやいやいや、まだじゃろ? この先の展開が読めておるじゃろ?」
「二人とも、ふざけてないで目の前に集中しろ」
案の定と言うべきか、金ピカの間近にまで迫った青霊もどきらは、ここに来ての肉体変化を発生させていた。ある者は美しかった頭部そのものを大きく肥大化させ、ラフレシアの如き肉の花を引き裂きながら開花。ある者は腹部に新たな口を作り出し、その中から幾本もの触手を伸ばす。またある者は大きな赤ん坊のような姿となって、泣き叫びながら金ピカの脚を噛み砕き――おっと、思ったよりも新種が豊富だな。全部違う姿に変化したんじゃないか?
「ほれ、一寸先は地獄じゃ」
「それよか、この種類の多さに困惑だよ」
「どのような姿になっても、あの骸骨が目当てな事に変わりはないようだがな。問題は……」
「ああ、あの金ピカを食い終わった後、どうなるかだ」
今や金ピカどころか、彼(彼女?)が座っていたソファまでもが見えなくなっている。代わりにそこにあるのは、群がる青霊もどきの山、いや、最早異形の塊とも呼べる光景だった。そして押し寄せる青霊もどきの波が、漸く収まって来た頃。
「「「「「オ、オゴ、オゴゴゴッ……!」」」」」
塊の中から幾重にも重なった女の声が、しかし人の言葉とは思えない、まるで悪魔が発しているかのような叫びが俺達の耳を蝕んだ。更に、その次の瞬間――
「「「「「オゴオオオオオッ!」」」」」
――異形の塊が動き出し、新たな形となって立ち上がった。
「ギリ人型、いや、本当に悪魔を模してんのか?」
あれだけの青霊もどきを搔き集めただけあって、純粋に質量が凄まじい。頭には羊の巻き角、背中には蝙蝠の翼、尻には先端に矢印を宿した尻尾、それら要素に加えて全体的にでっぷりと肥満体型――そんな悪魔の如き見た目となったこいつが、この巣の主なんだろう。ところどころに素材となった青霊もどきの形跡、顔や腕などが見受けられる辺り、じっくり見るとなかなかにグロテスクだ。継ぎ目が皮膚割れしているみたいで、あまり凝視はしたくないな。右手にはこれまた巨大な棍棒を持っているが、これもその肉体と同じく、集まった青霊もどきで形成されている。あ、額の部分にあの金ピカ骸骨が埋め込まれているな。生きとったんか、お前。
「「「「「オゴオオォ……!」」」」」
青霊もどきの集合体、いや、もう悪魔もどきで良いか。悪魔もどきは俺達の姿を視認するなり、手に持った棍棒を大きく振りかぶり始めた。
「どうする、一度出るか?」
「ああ、だがその前に」
オルカが剣を構え、その剣先を天井のシャンデリアへと向けた。
「さあ、どうなる?」
剣の先から放たれた正確無比なブレスがシャンデリアの根本を捉え、貫く。その結果、何が起こるのかと言うと――当然、シャンデリアが落ちる。そして真下には攻撃間近の悪魔もどきの頭部が。
「「「「「オゴオオオオ!?」」」」」
落下したシャンデリアは見事悪魔もどきに突き刺さり、辺りに悪魔めいた悲鳴が響き渡った。




