第191話 前向きに検討します
「前向きに検討を重ねた結果」
「今回は御縁がなかったと言う事で」
「おいお~い、ここでも即断否定か~い!」
マスクから滝のような涙を流し陽気にツッコミを入れると言う、何とも古風な物言いを器用にこなすクレちゃん。珍しいものを見せてもらったが、そのノリのまま参加するなんて間違っても言えないって。
「アラリャネの件でも断ったけど、俺らじゃ参加できるだけの実力がないんだよ。十中八九、足手纏いにしかならないぞ」
「そもそも、その面子と会う事自体がリスクになり得る事柄だ。それはクレストロも承知しているところだろう?」
「うん、確かにそう思っていた頃が、僕にもありました。けど、あの後に少し考えを変えてね。最悪な出会いを経て敵対するよりも、最良の出会い方をして運否天賦に任せた方が、結果的に良い方に転ぶんじゃないかってさ!」
「いや、俺らは出会い自体を亡き者にしたいんだけど」
まあクレちゃんの言いたい事も分からない訳ではない。操り人形が複数体存在するアラリャネ、一方的狂信者であるダディ、強者との戦いを至上とするルシウス、この危険人物達と意図せぬタイミングで遭遇するよりも、今回の招集に合わせてクレちゃんに仲介役&緩衝材となってもらった方が、リスクは圧倒的に少なくなる。純愛過激派として、その言葉に嘘はないだろう。ただ、それはそれとして、だ。
「何度も言うようだが、異常進化種と戦うには私達の実力が不足している。クレストロが推薦しようとも、他の探索者達が納得しないだろう」
「そう来ると思いまして、この僕が条件を取り付けて来ましたよん! ハハッ、まるで有能な営業のようだ!」
「有能な営業は現場を大切にすると思うんだけどなぁ。少なくとも事前に一声かけて、相談はすると思う」
尤も、その一声の時点でノーを突き付けていた思うが。
「まあ一応聞くけどさ……その条件ってのは?」
「よくぞ聞いてくれました! まずは第一の条件、大黒霊を最低でも五体倒している事! これは今から五体目の大黒霊を倒そうとしている二人にとって、ないも同然の条件さ! 楽勝楽勝、いけるいける!」
「全然楽勝じゃないし、今までの俺らの基準からしたら前代未聞の偉業なんだけどな」
「第一と言うからには、第二の条件もあるのか?」
「もち! と言うか、こっちが本命! まだ連絡が届いていないマチ・イタミに、今回の件を知らせてもらいたい! 可及的速やかに、しかし高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に、だ!」
恐らくはマスクの下では決め顔を決めているんだろう。ここぞとばかりに良い声での決め台詞である。だが、そんな決め決めよりも気になる事がある。
「……何でマチには連絡が行っていないんだ?」
「そりゃお前さん、誰もマチに連絡しに行こうとしないからだよ。ルシウスは目標としている異常進化種の監視に付きっ切りだし、アラリャネとダディは絶対に行きたくないって駄々をこねてしまってね、まったく、皆自分勝手が過ぎるってものさ!」
「それじゃ、クレちゃんが行ったら良いんじゃないか?」
「んーいやーそれはーちょっとなー? 僕の忙しい身ですしー、研究開発とかもありますしー? 決戦日までに大黒霊をもう一体くらい討伐したいなって、密かな野望を抱いていますしー? 残念だなー残念残念ー」
なんちゅうはぐらかし方だろうか。マスク越しだが、視線を外しているのが丸分かりである。
「……で、マチはどこに居るんだ?」
「お、やる気になってくれた!? おっしおし、そんなに遠くないから安心して! 僕が独自に調査した結果、マチは今、何とこの城塞都市の中心部に居るんだ! あら近い、思ったより近いですよ、奥さん!」
「私はまだ奥さんじゃないぞ。熱々の彼女だ」
「オルカ、そうじゃないそうじゃない……城塞都市の中心ってぇと、あの立派な城か。あからさまに攻略難度の高そうな場所だな。仮に行くとしても、そこに辿り着くだけで相当な時間がかかりそうだ」
「そこも安心しなよ、旦那! 僕が独自に調査した結果、そこへ至るまでの近道を発見したんだ! このルートは『堕落歓楽街』を攻略できる程度の実力があれば、何ら問題のない安全な道! そしてあのご立派な城についても、大黒霊を五体倒すだけの実力があればギリ行ける範疇なのだ!」
「ああ、だから大黒霊五体の討伐が必須条件なのか」
「自称安全なルートも用意している辺り、お膳立ては完璧って事か。流石はクレちゃんだな」
「ヒャハハ、そんなに褒めたって究極の支援しかできないぞっと! じゃ、これでベクトきゅんとオルカちゃんが快く受けてくれる感じで――」
「――いや、受けないけど?」
キッパリと断っておく。最早、前向きに検討する余地もないって事で。
「ええっ、何で何で何でッ!? 今のは受ける流れでしょ、それに折角ここまで入念に前準備したのにッ!」
「クレちゃん、墓穴を掘ったな。前の探索者を紹介してもらった時の話、俺はちゃんと覚えているぞ。マチって奴は極度のマゾヒストで、己の欲望を叶える為に異常進化種であるマムの下へと向かったんだろ? つまり、今現在マチはマムと共に居る可能性が高い。そしてその居場所があの城だとすれば、そこはマムの住処って事だ」
「異常進化種を倒す仲間集めの為に、異常進化種の住処に行くのは元も子もない事だ。第一マチが生きている保証がなく、マムと遭遇しない幸運があるのかも分からない。クレストロをはじめとして、アラリャネやダディも嫌がる理由がハッキリとしたな」
「うぐぐぐっ……」
フッ、ぐうの音も出ないか。それにしたって、自分達が行きたくないからって理由は酷いもんだ。
「ま、待ってくれサブウェイ! マムについて黙っていたのは確かに悪かったけど、これは勝算あっての話なんだ! 僕達は無理だけど、ベクトきゅん達なら可能性があるッ!」
「俺らなら? どう言う事だ?」
「ベクトきゅん、前に言っていただろ? 前にマムと遭遇した事があるって。これって実は、とんでもなく凄い事なんだぜ? マムと出遭って捕まらず生き残るなんて、それこそマチとルシウスくらいにしかできない芸当なんだ。あ、前者は捕まっても生き残る、後者は普通に逃げ切れるって意味ね?」
「お、おう」
「つまりさ、二人はマムに相当気に入られている可能性が高い! その証拠にベクトきゅんが首にかけているそのネックレス、マムに貰ったものなんでしょ?」
「……よく分かったな?」
見ただけで装備品の能力が分かる霊刻印でも装着しているんだろうか。
「ああ、別に僕が見抜いた訳じゃないよ。前に君らに会った後、色々あってアラリャネと戦う事になったんだけどね、その時に僕に付着した匂い――そのネックレスの香りをピンポイントで嗅ぎ取られて、そのまま解析されちゃったんだ」
「は? おいおい、香りって……」
夢魔の祝福を手に取り、試しにクンクンと嗅いでみる。……無臭じゃないか、これ?
「理解しようとしたって無理無理。そもそも僕と一緒に行動したのはごく短時間だったのに、どうしてそれで匂いが移るんだって話だよ。ただまあ、どうもアラリャネの嗅覚はお犬様以上の代物のようでね、理屈どうこうの領域を超越しているみたいなんだ。うん、そこは素直に僕のミスだったかな、すまぬッ!」
勢いよく頭を下げたクレちゃん――かと思えば、今度は同じ勢いで顔を上げ始めた。
「がっ、同時にこれはチャンスでもあるんだ! マムからそんなお宝をプレゼントされたのであれば、さっきも言ったように二人はマムのお気に入りである事で間違いない! そして直ぐに拉致られなかったって事は、その将来性に期待されているんだ! 故に今直ぐにどうこうされる可能性はマジ低い! そんな君らが僕やアラリャネが拒否するこの任務を成し遂げる事ができれば、僕らは君達の実力を認め、大きな借りを作る事になるだろう! 変な方向にプライドの高い僕ら探索者にとって、借りを作るってのは度し難いほどに意味のある事なんだ! どんな形であれ恩人が相手なら、プライドが邪魔して変な事ができなくなるからねッ! 少なくとも、まだ顔を合わせていないマチ以外の面子はそうなる! これは確約、僕のプライドに懸けて確約しよう! でもってその他特典はまだまだ続いて――」
――その後もクレちゃんの説得は続きに続き、大黒霊を倒した後に結論出す、と言うところにまで戦況を押し戻されてしまうのであった。ぐぬぬっ。




