第183話 メッセンジャー
原初炎樹海に存在するマグマの海、そこは残炎の深海へ向かう入口な訳だが、現在この場所からは大量の黒霊達が逃げ出していた。と言うのも海面が激しく隆起し、時折数本ものレーザービーム、呪いに塗れた土砂や炎が飛び出すなど、大変に危険な状態にあったからだ。マグマの中で一体何が起こっているのか、それを理解する黒霊は居なかったが、同時にこれに関わってはならないと、そう本能で感じ取っていたようだ。結果、屈強である筈の彼らはその場からの離脱を選択、我先にとエリア移動を果たして行った。
「おやおや、双方とも本気でやり合っていますねぇ。この世界は実に複雑怪奇、時には話し合いでは済まない事も起こり得ます。そういった時は拳をぶつけ合い、直に真摯に理解してもらう他ない。ええ、ええ、それも仕方なき事です」
しかし、丸っきり無人と言う訳ではなかった。この場にただ一人だけ、様々な災厄を吐き続けている海面を間近にて見守る者が居たのだ。その者の足下には白く輝く魔法陣が描かれており、あらゆる暴力を弾いていた。
「争いは自然の摂理、人もまた例外ではありません。その結果、片方が死に至ろうとも仕方のない事なのです。野性の猛獣が肉を欲するように、我々もまた犠牲の上に生きているのですから」
その人物は大抵の者が見上げるほどに大柄で、馬鹿でかい十字架を背負っていた。この時点で大分危ない姿をしているが、その話し方といい雰囲気といい、どこか温和そうな印象を覚える。神父の如き衣装を纏い、丸眼鏡の奥に温かみのある目を覗かせているのも、その大きな要因となっているのだろう。
「まあ、アレです。色々とそれっぽく説法を垂れましたが……下々の者がどうなろうと、私と女神が生き残れば万事オーケー! それが私の大目標、ひいては女神の意志となるのです! さあ、存分に殺し合いなさい! 横に並ぶ者が減った分、私と女神の距離が縮まるのですから! フハハハハハハハハッ!」
……尤も、こんな地獄に居られる上位探索者である時点で、この男がまともである保証は明後日にシュートされている訳だが。彼は狂信の探索者、名をダディと言う。死の巫女の信徒を自称し、自分のみが入信できるオリジナル宗教を作り出した聖職者である。死の巫女を盲信しながら、他者が彼女を信仰する事は許せない――そんな独占欲の下で色々と拗らせてしまった彼もまた、最新と鬱屈に並ぶ探索者なのだ。
――ザパァン!
感極まったダディが高笑いを決めていると、隆起したマグマから、また何かが飛び出した。但し、今回のそれは攻撃の類ではないようで。
「おっとっと? どこからか聞き覚えのある狂気的な笑い声が聞こえて来るぞっと。あ、今のはアラリャネさんの事を言っている訳じゃないよ? 字面は同じでも種類が違うからね、君の笑い声は」
「あ、貴方の前で笑った覚えが、まま、まるでない、のですが? そろそろ、死・ね」
マグマ内部で見苦しくも激しい戦いを繰り広げていた張本人、クレストロとアラリャネである。近場の陸に着地した二人は尚もアームと炎の腕で殴り合いを継続しているが、視線だけはダディの方へと移していた。
「そ、それで、何で貴方までここに、居るのです? まま、まさか貴方まで私を害しに、来たと?」
「ッ! フッ、今頃気付いたのか、アラリャネさんよぉ! その通り、何を隠そう僕とダディは同盟を組み、硬い絆で結ばれているんだ! さっ、そんなところでボケっと笑ってないで、君も手伝ってくれたまえよ、ダディ君!」
「や、やっぱり……!」
「勝手に私を巻き込まないでほしいものですねぇ」
この間既に、黒い靄を纏ったマグマ群がダディを狙って降り注いだが、魔法陣の上に居る彼は一切動く事なく、これを防御。魔法陣の外枠に目に見えない壁のようなものが展開されているのか、ダディにダメージは見受けられない。
「またまた、この場に及んで照れなくたって良いんだぜ、ダディ神父? それともアレかい? 君はここへたまたま赴き、偶然僕らと出会ったと言うのかい? それこそ無理な言い訳ってもんだぜ、現実を受け入れよ?」
「ですから、色々と違います」
「ど、道理で、戦っているクレストロから何か知らない香りがすると思った。事前にダディと会って――ん、んん? でも、ダディとはまた違う、匂い……?」
クンクンと鼻を動かし、首を傾げ始めるアラリャネ。今の彼女は探索人形を操っている筈だが、どうやら周囲の匂いを嗅ぎ分ける事が可能であるらしい。
「戦闘中って、何でマグマの中で匂いを嗅ぎ分ける事ができるんですぅ? てか今更だけど、よく皆そんな軽装備でこんなところに来られるね? 化物が過ぎん?」
「は、話を逸らさないで、ください。ク、クレストロ、貴方、誰か知らない人と、いえ、人達と会いました、ね? これ、だだ、誰です? わた、私と同じボッチ系探索者である筈の貴方が、誰かと知り合える筈なな、なんて、ない筈なのに……!」
「いや、勝手にボッチ認定しないでくれへん? 僕ってば案外社交的よ? 純な恋愛話とか大好物だし。ねっ、僕の同盟者!」
「そこで私を見ないでほしいですねぇ。これ以上の要らぬ疑いをかけられないうちに言っておきますが、私が今日ここへ来たのは、さる方からの話を伝える為です。所謂メッセンジャーと言うものですよ」
「「さる方?」」
クレストロとアラリャネは思った。それはまさか、お前の中にだけ存在するイマジナリー死の巫女じゃないだろうな、と。
「なぜか失礼な事を言われた気がしましたが、きっと気のせいでしょう。ええ、お二人が私の女神を貶す発言をするなんて……する筈がないですよね?」
「ないな~い、僕は純愛を応援する側だからね! それが確かな純愛であれば、壊す理由なんて欠片もないよ」
「そ、それよりも誰からのメッセージ、なんです?」
「聞いて驚いてください、ルシウス・ルヴィンからです」
「「ッ!」」
クレストロとアラリャネは驚いた。あいつ、喋る機能が本当に備わっていたのか、と。そして、その相手がよりにもよってダディなのかよ、センスねぇな、と。
「ふーむ、本当に思い過ごしだと良いのですが、また失礼な事を言われた気がしましたねぇ」
「それよりも、そのメッセージとやらを早く頂戴な。あのルシウスが喋った事自体が奇跡だけど、僕らに言伝を残したのは、もう何かの前触れとしか思えないって」
「し、仕方ありません。クレストロを始末するのは、ああ、後に回し、ます」
一時的ではあるが、二人は争いを止めるようだ。それほどにルシウスのメッセージは一大事であるらしい。
「コホン……では僭越ながら、この私がルシウスの言葉をお伝えします」
ダディ曰く、ルシウスはこう言ったそうだ。……百亡の獅子ウダルルムを討つ、協力されたし。
「――以上です」
「え、それだけ?」
「はい、これだけです。わざわざ我が聖地に足を運び、適任者に伝えてくれとの言葉を残して、一瞬で去って行きました。私が声を掛ける暇もないほどでしたよ」
「なな、内容は分かりましたけど……ぐ、具体的な日時は?」
「それに適任者って、僕らレベルの探索者って事だよね? マチにも伝えるつもり? 彼女、今マムに捕まってんだよ? ダディの能力で居場所が分かるにしたって、流石にそこへ行くのはマゾが過ぎない?」
「そこはまあ、私が居場所を教える代わりに安全圏に居るアラリャネ女史に行ってもらうのが良いかと。ほら、残機とか沢山ありそうですし」
「な、なるほど、ダディも私の敵……そそそ、そう言う事、なんですね?」
「うん、だってダディは僕の同盟者だからね!」
「あ、これ巻き込まれましたねぇ」
「死・ね」
次の瞬間、三つ巴の戦いが始まってしまうのであった。




