第182話 残炎の深海
屈強なる変異恐竜らが跋扈する『原初炎樹海』、探索者らに存在を噂されながらも、詳細が不明とされる超高難度エリア――なのだが、実のところそこにはまだ先が実在していた。その更なる未知の名は『残炎の深海』、原初炎樹海がマグマの上を歩く地獄とすれば、残炎の深海は絶えずマグマの中を泳ぐ事なる真の灼熱地獄だ。しかも、ここのマグマはただのマグマではない。超高温の炎が燃え盛るのと同時に、そのマグマ自体は極寒の如き低温を保持すると言う、明らかな矛盾が発生しているのだ。つまるところこのエリアを探索するには、低温と高温、そのどちらにも対応できる備えが必要なのである。当然ここでは呼吸が行えず、また異様に粘り気がある為に自力で泳ぐのは困難を極める。要するに、その他諸々に対しても用意が必須だ。
そんな奇々怪々なエリアを住処とする黒霊は、これまた異様な存在と言うしかない。何せこの馬鹿げた環境に適応しているのだ。黒霊の格としては原初炎樹海の恐竜はもちろんの事、『堕落歓楽街』の街娼らよりも上だろう。……だが、世の中にはそれよりもおかしな存在は居るものである。そう、好き好んでこのような地獄の中に身を投じる、頭のおかしな探索者達だ。
「ふい~、久し振りに来てみたけど、ここってば暑くて寒いな~。何て言うのかな、サウナに入りつつ水風呂も堪能している的な? 常時整ってる感じ? うわやば、それって滅茶苦茶気持ち良いって事じゃ~ん!」
不可思議なマグマに身を投じていたのは最新の探索者、クレストロ・デカルチであった。ベクトらと別れ自身の白の空間に戻った後、装備の最新を更新した彼はこの場へと転送、意気揚々と炎の海へと飛び込んだ。
「魚みたいな黒霊が自分達から寄って来て、食材も自動で手に入るサービス付き! おもてなし精神が五臓六腑に染み渡るでぇ……! まっ、僕に料理の心得なんて微塵もないんですけどねッ! 最新にもできない事はあるある、稀によくある!」
背中より伸びるアームの先にスクリューのようなものを装着し、それを回転させる事でマグマ海での推進力を獲得。特徴的なマスク、そしてその他装備にもこの環境に必要な要素を備え付け、彼は独り言を口にしまくれるほどに適応していた。そして自分好みの純愛を見た後だからなのか、クレストロは最高潮にご機嫌な様子だ。……だからこそ、つい迂闊な行動も取ってしまうようで。
「クッ、僕とも純愛ができるお嫁さんが居れば、こんなシーラカンスもどきも新鮮なお刺身としてさばいてくれるだろうに……! っと、待てよ待たれよ、ちょい待てよ。アレってさ、もしかしてさ?」
何かを発見したのか、海の底を凝視するクレストロ。その視線の先には海底にて体育座りをする、謎の人影があった。
「わお、あの陰気なオーラ、見間違える筈がない! アラリャネの探索人形じゃ~ん! こんなところにもあったんだね、世界不思議七不思議!」
水色の髪を見た途端、クレストロはそれを厄ネタであると認識した。それがアラリャネ本人でない以上、彼にとっては多少珍しくはあるが、それ以上に厄介でしかない存在だ。一切動いていないところ見るに、起動はしていない。であれば、このまま素通りするのが吉。いつものクレストロであれば、間違いなくそうしていただろう。
……が、今のクレストロは純愛脳に満たされており、装備の最新を更新した事でテンション爆上がりの状態だ。つまるところ平時よりも迂闊で無敵な心境、元々頭のネジが数本外れている惨事も手伝って、とても大胆な事をしたい気持ちで溢れてしまっていた。
「お~い、アラリャネさんや~い! 恋バナしようぜ、恋バナ~~~!」
そんな無茶苦茶を言って、腕部より攻撃を迷いなくぶっ放すクレストロ。放たれるは細い杭、かつてオルカの限定散弾型至近性ドラゴンブレスを正面から食い破り、その上で魔法・炎樹と建物を諸共分解した凶弾である。また今回のそれは水中仕様に更新されている為、この炎の海の中でも減速する事なく突き進んで行った。
――パシッ。
脅威を察知したのか、アラリャネの探索人形は体育座りの姿勢から右腕のみを振るい――あろう事か、その杭を指三本でキャッチしてしまった。毒か何かを仕込んでいるのか、杭に触れている指の表面がチリチリと嫌な音を発しているが、探索人形がそれを気にしている様子は特にない。
「おっと、やっぱ自動で防衛する機能が備わっているのか! 良いね、悪くない反応だ! 古臭いシステムを使っている割には新しい!」
「――だ、誰かと思えば、貴方ですか、クレ、クレストロ・デカルチ」
一瞬、前髪で隠れている探索人形の目の辺りが光ったかと思えば、その口より若干喉を傷めているような女の声が発せられた。その声は非常に小さく、それでいてあまり活舌がよろしくない。が、そこには確かな殺意と憎悪の念が篭められてもいた。
「い、今、私を攻撃しました? いえ、確認するまでもなくしました……よね? ここ、これ、刺さったら私が壊れるんですけど? 貴方を信じたいのは山々、ですけど、い、言い訳を聞いてあげたいのも山々、なんですけど……現実問題、害意には害意で返さないと……!」
「違うよ? 僕は君と恋バナがしたいだけ! 今のは攻撃じゃなくて呼び出し音、言わば呼び鈴を鳴らしたに過ぎないんだぜ!」
「い、意味が分からない、つまりは適当な嘘をついたんですね? わわ、私に嘘を、ついたんですね? ごめんなさい、すみません、ええと、その……貴方は万死に値します」
両手を海底に突き立て、打ち上げるようにそれを振るうアラリャネ。瓦解した大地は大小様々な破片となり、どういう訳なのか、その全てが黒い靄で包まれていた。何らかの力が働いているのか、一定方向に――具体的にはクレストロの方へと向かい、次々と浮上していく。
「おいおいお~い、そんな古臭い攻撃でこの僕を汚染するつもりかい!? こんなにも敵意がなくて! 最新を纏った!! この僕をッ!!! これは最早、大犯罪だよッ!」
「く、くたばって、ください」
「あらやだ、アラリャネってばお汚い言葉を――ッ!?」
口撃と共に何らかの反撃を行おうとしたクレストロであったが、唐突にその台詞と動きが止まってしまう。
「わた、私に私物を投じるなんて、迂闊、です」
一方のアラリャネの手にはいつの間に取り出したのか、クレストロそっくりな人形があった。そしてその人形には、つい先ほどクレストロが投じた杭が突き刺さっており――そうこうしているうちに、クレストロは穢された海底の破片に巻き込まれ始める。
「こ、言葉も発せないでしょうから、代わりに話して、あげます。そ、それらは黒檻に宿った呪いの集合体、触れただけでステータスの最大値をけ、削り……さ、最後には死に至らせます。どんな耐性をも、持っていようとも、これを防ぐ事は――」
――カチッ。
「……かち?」
杭を突き刺した人形から、何かタイマーのような音がした? そう認識したアラリャネが人形へと視線を移そうとした、その瞬間。
――ドガアアアアアアン!
今度はその人形が大爆発を引き起こした。
「……ヒャッハハハハハハ! うん、喋れる話せる叫べる嗤える! やっぱ今のが依り代で悪さをしていた感じだったね! 予め杭に時限式の爆弾を埋め込んでおいて正解だったよ! まっ、そうでなくても僕の最新には自動操縦機能が搭載されていますし? 僕が動けなくても勝手に判断してくれるんですけどねッ! どうだ、これが最新ですよっと!」
「……ええ、し、心底うんざりします」
爆風が不自然な形で集束し、その中より再び姿を現したアラリャネの右腕へと集束していく。先の大爆発で破損したのか、彼女の右腕は肘より先が消失してしまっていた。が、搔き集められた爆風のエネルギーがその代替となる腕の形へと押し込められ、瞬く間に真っ赤な腕へと変化させられる。
「そ、その最新とやらを根絶やしにされる、覚悟はす、済みましたか?」
「済んでませ~ん! 予定もないで~す!」
「死・ね」




