第180話 苦悶の女神
「はえ~、こんなところに女神像ちゃんがあったとはねぇ」
時計塔で歯車の間になぜか挟まり、今も苦しむ女神像。そんな彼女の下へ戻った俺達は、その悲惨な状況をクレちゃんに見せるのであった。これ、どう思います奥さん?
「で、この女神像ちゃんは何でこんな状態なの?」
「分からん。いや、マジで分からん」
「見てくれ、芸術的なまでにガッチリと固定されているんだ。ああ、それはもうジャストフィットだ」
俺らよりも探索者歴が長いであろうクレちゃんも、このような状態の女神像を見たのは初めてであるらしい。誰かが意図してこのような姿にしたのか、それとも想像もしないようなギミックの一つなのか、いくら考えても答えは出ない。が、今の俺達にはもの作りに長けたクレちゃんが居る。つまり、歯車を何とかして女神像を救出できるのは!? と考えた訳だ。
「しかし、意外だな」
「何が~?」
「いやさ、てっきりクレちゃんなら、そのマスクに内蔵したセンサー的なもので、女神像も発見できるものかと」
「ベクトに同じく。先の戦いでは隠れ潜んでいた私達を察知していたし、黒霊の弱点を正確に見抜いてもいた。故にそういった能力があるものだと思っていたのだが……」
「あー、なるほどなるほど、そういう事? 僕の最新を信頼してくれるのは嬉しいけど、どこまでも万能って訳ではないからね~。今回の仕様は戦闘寄りにして来たから、生物反応――いや、死霊は生きてないから幽霊反応? うん、兎も角そういう敵味方の類や弱点部位は察知できるけど、女神像ちゃんや宝箱きゅんは対象外だったのだ! ぶいぶい!」
マスクドダブルピースをかますクレちゃん。確かにこれは新しいかもしれない。
「って事は、調整次第では対象にする事もできるのか?」
「たりめぇよ! 最新は常に更新されるもの、停滞は許されないのだよ!」
俺らが霊刻印の構成を入れ替えるように、クレちゃんは気軽く装備の特性を変える事ができるって事か。それがクレちゃんが編み出した抜け道の力、技術屋の極致ってところだろう。グレアさんが目指す先、とも言えるかな。
「でさ、二人の願いはこの女神像ちゃんをここから救出するって事で良いのかな?」
「ああ、探索者じゃ女神像を移動させる事ができないし、となれば歯車を解体するしかないからな。かと言って、素人が手を出して良い装置でもないっつうか」
「うんうん、思慮深くて良い事だ。オーケー、その願いを叶えて差し上げるよ! じゃ、ちょっくら上から下まで、装置の連結を確認して来るから!」
クレちゃんはそう言い、背中のアームを使って機械装置の確認へと向かった。階段を使う必要もないとか便利だなぁ、あのアーム――とか思っている間にクレちゃん帰還。
「最新の僕、あっという間に確認完了! ふむ、どうやら純粋な機械装置のようだね。魔法の類は一切使われていないようだし、これなら何とかなりそうだ」
「おお、流石はクレちゃ――」
「――などと説明している間に歯車の切除完了! これで哀れな女神像ちゃんは救出されたよ!」
クレちゃんの仕事は早く、つか仕事が早過ぎてコメントも追いつかねぇくらいだった。移動に使ったアームは細かな作業にも使用可能なようで、器用に時計塔の機械部分を分解。これにて女神像は無事、その枷を外すに至る……が。
「ただまあ、女神像ちゃんはその瞬間、物理法則に従って落下して行く訳で」
「ああ、あんな重いものを受け取れない俺らは、その光景を黙って見守る事しかできない訳で」
「ガコンガコン鳴らしながら落ちていったな」
哀れ、歯車の挟撃から解放された女神像は、時計塔の真下へと落下してしまうのであった。いやあ、心から手助けしたかったんだが、前述の通り探索者にその権利はなく……まっ、巨大ワームの壁回転にも耐えていたんだ、きっと大丈夫だろう! 落ちる瞬間、また違った味の表情になっていた気がするが、うん、きっと大丈夫! 俺は女神像を信じてる!
――ゴゴ、ゴゴゴゴゴゴ……!
と、落下する女神像を見送っていたのも束の間、今度は地鳴りのような音が時計塔内部に轟き始めた。
「よーし、外した歯車を元に戻してっと。これで時計塔は元通りだよ! 混入物、いや、尊い犠牲がなくなった事で正常な状態になったね!」
「いやいや、混入物ではあったけど、まだ犠牲になったと決まってはないから。落下先で元気にやっている筈だから」
「ベクト、全然フォローになっていないぞ」
解放された女神像の事は後で確認するとして、今は機能を取り戻した時計塔の確認が先かな。てな訳で、俺達は時計塔の屋上部に行き、そこから時計の様子を確認する事に。さて、正常な状態に戻った事で、この機械装置はどんな変化をもたらしてくれるんだろうか。まっ、普通に考えれば時計が動き出して、時間によって鐘を叩くだとか、そんなところだとは思うが。
「……時計、動いてなくね?」
が、俺の予想は見事に外れてしまった。時計塔内部では相変わらず装置がゴウンゴウンと動いているのに、時計の針は微動だにせず――あの、クレちゃんさん?
「確かに動いてないね~、不思議だね~」
「どういう事だ? 内部の装置がまだ完全には復旧していないと言う事か?」
「いや、普通にあの装置が時計とは関係のないものだからじゃない? ほら、鐘とかもなかったっしょ、どこにも」
「言われてみれば確かにって、登って来てから言う、それ……?」
「いやあ、ちょっとここからの景色を眺めてみたくって、つい!」
ついじゃないが?
「であれば、あの装置にはどんな用途が?」
「それを知りたいのなら、時計塔の上じゃなくて下を確認すべきだね」
「「下?」」
全てのアームを下に向け、クイクイッとその方向を強調するクレちゃん。俺達は仕方なく階段まで戻り、更には時計塔の一階部分に下りて行く事に。うーん、見事な二度手間である。
「――これ、隠し扉か?」
「おっしゃ、やっぱり僕が予想していた通りだったね! 流石は最新の技術を習得した僕、完璧な読みだぁッ!」
そこには前はなかった筈の地下への入り口が姿を現していた。クレちゃんはこの仕掛けを予想できていたのか、アームでセルフ胴上げをするほどに喜んでいる。マジで器用だな……しかし、まさか女神像を外す事でこんなギミックが発動するとは――
「――って、そういや女神像は?」
あそこから落下したとなれば、この辺りに転がっている筈なのだが……辺りを見回しても、それらしき苦悶の表情は視界に入らない。
「ま、まさか……やけに感情表現の上手い女神像だとは思っていたけど、拗ねてその足で移動しちゃったとか!?」
「なっ……それは困るぞ、ベクト! アレは堕落歓楽街で唯一の転送ポイントだったんだ! 帰り道が面倒な事になってしまう!」
「おっと、これは僕がツッコミ役に回る感じかな? うん、新しくて良いね!」
まあ冗談はさて置き、ギミックで開いたあの入り口にチップインしたんだろうな。全く、慌ただしい女神像様だ。
「地下へ行くのなら新石橋さんの出番――と言いたいところだけど、女神像が転がって行ったのなら、少なくとも止まるまでは黒霊を範囲外に排除してくれる筈だ。急いで追いかけようか」
そんな訳で、隠された地下へと足を踏み入る事に。時計塔の螺旋階段を上、そして下へ、からの地下階段。んー、今日は階段を使ってばかりである。




