第172話 目指す先は
一日の休暇を挟み、再びやって来ました堕落歓楽街。諸事情により少し寄り道する必要もあったが、今日も今日とてここはピンクの靄塗れ、転送の起点となる女神像はギッチリと歯車の間にイン。うーむ、変わらぬ日常がここにある。
「この女神像に安息が訪れる時は、果たして来るんだろうか……」
「一体何の話じゃ?」
「いや、何でも。よくよく考えてみたら、俺も人を不憫に思えるほどの余裕なんてなかったわ」
時計塔内部の階段を使用し、屋上に繋がる扉から外へ。まずは周囲の状況確認からだ。
「黒霊の様子は……うん、前と変わらないかな? 相変わらずその場から動かないし、数もそう変わらず、見た目上は新しい種族が増えている様子もない」
「黒霊があの三種のみとは考え辛いのだがな。まあ、こればかりは攻撃してみなければ分からないのだが」
「じゃな。で、今日はどうする? 早速、探索の方を進めるのか?」
「いや、まずは前と同じく、ここでオルカに狙撃してもらおう。相手が自爆するタイプじゃない限り、『感染』で仲間にする事ができる筈だ」
「そして探索の先陣を切ってもらう――のは良いのだが、如何せん『感染』のレベルが低いからな。上手く行くかどうかは運否天賦だ」
そう、そこが後で気付いた今作戦の懸念点である。ホワイトらに高レベルな『感染』系統の霊刻印ができた事で、最近の俺らは自分で敵を『感染』させる事がなくなった。霊刻印の構成からはもちろん外され、キンちゃんの倉庫からも姿を消す有り様である。つまり、『感染』持ちの黒霊から再び貰いに行く必要があった訳で……うん、さっきの寄り道の話はそう言う事だ。で、今回の霊刻印の構成はこんな感じ。
霊刻印(ダリウス)
◇飛剣術LV5
◇増殖LV5
◇召喚・屍LV5
◇耐性・溶解LV6
◇空蹴LV4
◇強健LV4
◇魔法・氷刻LV4
霊刻印(オルカ)
◇魔法剣術・氷LV5
◇竜人・炎LV5
◇修繕LV6
◇照準LV6
◇感染LV2
◇耐性・溶解LV6
◇魔法・炎樹LV4
このエリアの黒霊は強力な『強酸』持ちばかりだから、先日入手した『耐性・溶解』をオルカと共に身に着ける事にした。レベル6の霊刻印なだけあって、恐らくは無効化できるようにはなっている筈だ。俺は『融合』と、オルカは『隠密』と入れ替えている。
で、わざわざ現地で再度入手して来た『感染』だけど、レベル2と他と比べて随分と低い。相手は耐性持ちではないから効くには効くんだろうけど、実戦的にはどうなんだ? と言うのが正直なところである。夢魔の森で鳴りを潜めた魔法の状態異常と違って、こっちは物理的に伝わるものだから、あそこまでの影響は受けないと思うが……ううむ、どうだろうか。
「ベクト、どれを狙う?」
「どれと言っても、攻撃前の状態じゃ見分けがつかないからなぁ……ええと、あいつにするか」
「了解だ。念の為、迎撃準備をしておいてくれ」
前回の如く射線の通っている相手を狙い、ドラゴンブレスでのスナイプを狙うオルカ。前回と差異があるとすれば、そこに篭められた霊刻印が『強酸』から『感染』に切り替わっている事だけだ。
「さて、一発目から弱点部位に当たる事はないと思うが」
解き放たれるブレスの魔弾、それは青霊もどきの頭部へと吸い込まれて行き、やがて大きく仰け反らすに至る。
「良かった、今ので倒された訳ではないようだ」
「ああ、それでいて爆弾でもない。幸先が良いな」
今回狙撃した相手はブリッジ――もとい、人狼タイプの青霊もどきだったようだ。俺達を発見するなり四肢を変化させ、獣の如くこちらへと向かって来る。今回は『隠密』がない為なのか、見つかるのが早かったな。
「今のところ『感染』の兆しはなし、やっぱレベルが低いのもあって一発じゃ無理か。オルカ、もう何発か叩き込んでくれ」
「了解した」
それからオルカは三発ほど狙撃を行い、その全てを見事命中させた。青霊もどきは高レベルの『再生』持ちである為、ダメージの蓄積自体は大してない。が、流石にここまで連続で当てられては、『感染』の蓄積はしているようだった。明らかに動きが鈍くなり、これまでとは異なる挙動を取り始めている。
「ベクト」
「ああ、それ以上の狙撃は必要ないよ」
人狼は時計塔を登る間際のところで、完全にゾンビ化していた。『召喚・屍』で問題なく命令を聞いてくれるし、ピンク靄の影響もないようだ。
「ふぅ、取り合えずは第一関門突破かな。それもこれも、オルカが百発百中で当ててくれたお陰だ」
「『照準』が上手く当ててくれたんだよ、あまり褒めないでくれ」
「ガハハ、謙遜するでない。相棒ならきっと、一発は外しておったぞ~?」
「ダリウス、俺を甘く見るな! ……下手すれば二発は外していたかもしれん」
「ベクトこそ卑下し過ぎていないか?」
いや、正直魔法と同じく、そこまで狙撃の腕を磨いていないもので。投擲とはまた違う技術なもので。っと、そうこうしているうちに人狼が来てくれたか。……うーん、近くで見ればみるほど、いや、ノーコメントで。
「ええと、普段は人型の状態で居れたりする?」
「良いよ良いよ、そう言うのが好みなら~……」
と、待機状態の時のような完全な青霊の姿に戻る人狼。命令を聞いてくれるのは嬉しいけど、台詞回しは据え置きなのかぁ。服装もやっぱ夜な感じで、こっちの姿はこっちの姿で直視し辛い……!
「相棒さぁ」
「ダリウス、それ以上は言うな、分かってるから……!」
遠目に見ていたのと今とでは、色々と見え方が違うんだよ……!
とまあ、そんな言い訳をした後、念の為にもう一体ほど青霊もどきを狙撃し、使役する。次に来たのは人面鳥で、これで空中に対しても先駆けとなる者ができたと言う訳だ。しかし、二体目も爆弾でなかったのは本当に運が良いな。……若干、後のぶり返しが怖いけど。
「うし、これで準備オーケーだな。こっからが本格的な探索になるが……どっちに向かって進もうか?」
堕落歓楽街は屍街や霧裂魔都よろしく、街と言うだけあってエリア自体が広大だ。流石に寂寞放牧地とまではいかないが、少なくともこの時計塔から辺りを見回して、ピンクの靄が途切れている場所は見当たらない。となると、この視界一杯の景色は堕落歓楽街に属するエリアだ。地下には物病み溝渠のような下水道があるだろうし――うん、いつもの事ながら探索のし甲斐がある。
「今のところ、このエリアが城塞都市のどこの位置にあるのかは不明。唯一、見覚えのあるものと言えば……アレだな」
「まあ、アレだろうな」
「うむ、アレじゃよねぇ」
意見で出揃い、向く方向も揃う俺達。視線の先には城塞都市の中心部、物々しい城が聳え立っていた。
「城が向こうにあるとすれば、逆側は城壁の方、もっと言えば夢魔の森に繋がっている方か。秘密の通路が長かったとは言え、流石に城塞都市の逆側にまで繋がっているとは思えない」
「以前よりも城が大きく見える辺り、中心部に近付いていると見て間違いないだろう。ベクトの言う通り、屍街、霧裂魔都よりも内側に位置した城塞都市東部のどこかだろうな」
「まっ、城に近付けば近付くほどに、エリアのレベルも上がると言う事じゃよね。ここから城から遠のいても仕方あるまい。次の行き先は決まったようなものじゃな」
「だな。じゃ、あの城を目印に中心部へと進んで行きますか」
こうして俺達の堕落歓楽街本探索が開始されるのであった。




