第170話 時計塔
不測の事態を何とか収拾し、起動させてしまった四体の青霊もどきの吸収も無事終わった。俺が一発だけ大ダメージを食らってしまったが、まあこれも予想していた範疇ではある。結果的には大戦果と言えるだろう。
「けど、奥の手は全部晒しちゃったか。四体とは言え通常種相手でこれとなると、本格的な探索はマジで警戒しないとな。うーん、先行きが暗くて怖い」
時計塔から辺りを見回す。どうやら爆発に巻き込まれた後詰めの戦力は居ないようで、堕落歓楽街は嘘みたいに平和に――いや、別に平和ではないか。バイオ兵器なピンク靄とか常駐しとるし。あの爆発を受けても晴れる様子がないし。
「そう言うな、奥の手だって使ってなんぼじゃよ」
「だな。しかし、炎樹の魔法はなかなかに暴れ馬だった。一度発動さえしてしまえば長時間の使用が可能、この継続力は大きな利点だが……一方で少しでも集中を欠くと、恐らくは一気に暴走する。そうなれば敵味方の区別に関係なく、無差別に攻撃を始めるだろうな」
「そ、そんな狂戦士な魔法だったのか、アレ?」
「少なくとも、ベクトはまだ使わない方が良いかもしれん」
「ガハハ! 魔法初心者じゃからのう、仕方ないね!」
「うぐぐっ……!」
オルカにそう言われては、俺に反論する余地がなくなってしまう。悔しい、主にダリウスに笑われているのが悔しい……!
「さて、話は変わるがここからどうする? まだ魔法の残弾はあるし、霊薬も残っている状態だが」
「狂犬ブリッジに逆ハーピィ、それと自爆する迷惑系青霊もどきを倒した事だし、余裕があるうちに帰還したいところだな。ただ、贅沢を言えば女神像も発見したい。あの長い道のりを引き返すの、結構な苦行だろ?」
まあその苦行で安全に帰還できるのであれば、それを成すのも十分過ぎるほどにアリな選択肢ではあるんだが。それほどに堕落歓楽街を探索するのは命懸けだ。青霊もどきはどいつも危険で、特に自爆する奴には何かしらの対策が必須だろう。今のところ見分けすらつかないし、エリアの探索中に間近でご対面したら悲惨の一言だ。恐らく、街の所々が倒壊していた原因はこいつかね? ええと、つまりは屋内に居る可能性も十分にあるって訳で……嫌がらせも大概にしてくれませんかね?
「探索するのなら、道を歩くのは避けたいな。空を移動して……あ、でも女神像があるのは基本屋内か? うーん、建物の中に敵が居たらやばいんだよなぁ」
「安全を取って、来た道を戻った方が良いんでないかい? 無事に戻った後、奴らの霊刻印構成を確認できれば、何か策を思いつくかもしれんぞ?」
「やっぱそれが安牌ッスよねぇ……」
「では、あの半壊した屋敷に戻るとする――む?」
帰り道の方向を向こうとしたオルカが、何かに気付いたのか動きを止めた。
「どうした、オルカ? 何かあったか?」
「いや、落ち着いた事で思い出したんだが、先の戦いで炎樹の魔法を使っただろう? 時計塔の内部から」
「ああ、オルカの技量もそうだけど、地面から離れていても使えるもんなんだなと感心したよ」
「時計塔は大地と繋がっているからな、そこは大した問題にならなかったさ。それでその時、魔法を通して時計塔の内部を一部確認したんだが、黒霊の反応が皆無だったんだ」
「……ほほう、つまり?」
「今なら比較的安全に時計塔内部を探索できるぞ」
それは……大ッ変に魅力的な誘い文句である! この高所、時計塔の頂上には外を伝って来たからな。内部の探索については丸っと無視していたんだ。
「多数決を取ります。時計塔を探索した方が良いと思う人? はいッ!」
「まあオルカがそう言うのであれば、問題ないと思うがの。あ、罠には気を付けるのじゃよ? 転送の罠とか洒落にならんからな。そんな訳で、はい!」
「まあ私が踏む分には、転送された瞬間に魔具に戻って、ベクトの手に転移する事もできるが……ああ、うん、分かっている。そういう話ではないと言う事は分かっている。結論としては……はいだ!」
全会一致で時計塔の探索が決まる。ええ、分かっていますとも。ここに来て罠で詰むとか冗談じゃないです。これでミスしたらイレーネのマッサージを受ける! そんな気概で臨みますとも。
「中は……おお、歯車だらけだ」
オルカが魔法で開けた壁の穴より内部を覗き、どんなもんかを確認する。壁沿いに階段が続いていて、塔の中央部が機械仕掛け盛り沢山と言った構成のようだ。下手に弄ったら壊しそうだな、これ。但し現在は完全に停止状態にあるようで、歯車の一つも動いていない。
「つか多少の焦げ跡があるくらいで、思ったよりも無事だな? オルカの魔法でもっと酷い状態かと思ったんだが」
「あまり無茶が過ぎると、時計塔自体が崩壊するかもしれないだろう? 故に内部での動きは最低限に繊細に、ある意味で一番気を遣って操作していたんだ」
「あ、足元の見えないところに対して、そんな事ってできるもんなのか……?」
「ほ、ほら、相棒はだから魔法初心者なのじゃよ。もっと精進せんとなガハハ」
「……もろに動揺した棒読み台詞をありがとよ」
流石のダリウスソードもそんな繊細な作業をしていたとは思っていなかったようで、内心がとんでもなく透けて見える。だが確かに、オルカに比べれば俺は魔法初心者だったと痛感させられた。そんな高等なテク、できる自信が欠片もねぇですもん。
とまあ修練不足を実感しつつ、時計塔内部の探索を開始する俺達。黒霊の気配がないとは言え、この時計塔は結構な高さだ。多分、それなりに時間が掛かる――と、最初はそんな風に考えていたんだが、内部には階段と大型機械装置しかなかった為、探索は思ったよりもスムーズに進んでいった。罠の類も見つからず、ひたすらに階段を上り下り。
で、そんな順調な探索の最中に発見したものもあった。クックック、是非とも聞いて驚いてくれ。第一の目標に定め探していた女神像を、何とこの場所で発見したのだ! まさかホワイト抜きの状態で発見できるとはな。嬉しい誤算とはこの事だろう! ……ただ、その発見した場所が何と言うか、これまた予想外の場所にあったんだ。
「なあ、何で歯車と歯車の間に女神像が挟まってんだ?」
「分からん。いや、マジで分からん」
「ガッチリと固定されているな。ああ、それはもうジャストフィットだ」
どうやってここに挟んだ? と、思わず特大の疑問符を頭上に浮かべてしまう。女神像はそれくらい見事に歯車の間に挟まっており、心なしか苦悶の表情を浮かべているようだった。
「この時計塔が動いてないのって、ひょっとして女神像が動作を邪魔しているせいじゃないか?」
「かと言って、ワシらではどうにもならんぞ」
「探索者は女神像を動かす事ができないからな。機械の方を分解しようにも、知識がなければただ壊してしまうだけだ」
つまり、申し訳ないけど女神像にはこのままの状態で居て頂く感じである。本当に申し訳ない。いや、そんな悲しそうな顔をされても無理はもんは無理よ。
その後、一応時計塔内部の頂上まで探索を進めたが、屋上に繋がる隠し扉以外の発見は何もなく……俺達は大人しく挟まり女神像に祈り、白の空間へと帰還する事にした。グレアさんを連れて来る事ができれば分解くらいはできそうなものだが、例の靄があるせいで、と言うかこんな危険地帯に連れて来られる筈もなく。クッ、今日ほど自分の未熟さを痛感した日はない……!




