第168話 炸裂
俺が時計塔の側面に仕掛けていたのは、『魔法・氷刻』による氷の壁だ。そこに踏み込んだ青霊もどきは、足下が滑る程度でダメージを負う事はない。が、何が起こったのか理解する事もなく、一秒と言う僅かな間ではあるが、その動きを完全に止めてしまう。当然の事だが、戦闘の最中における一秒は致命的だ。ましてや今の奴は壁走り中、つまりは無理矢理空中に居るようなもの。走るのを止めれば重力によって地面側に引き戻され、完全なる無防備を晒す事となる。
「斬り刻む!」
「撃ち焦がす!」
飛ぶ斬撃と竜の息吹、その嵐を青霊もどきへと容赦なく叩き込む。頭部や心臓と言った人体における弱点はもちろん、四肢や他の部位にも隙間なくだ。そうしてオルカが奴の右脚、その膝近くを穿った頃、漸く奴は倒され魔具に吸収されるのであった。
「おっし、討伐完了!」
「ああ、やっとだ。想像以上にタフだったな」
「ラストはオルカの攻撃で仕留めたようじゃったが、あそこが青霊もどきの弱点だったんじゃろうか? 確か、右膝の辺り?」
「何でそんなところが、と言いたいところだけど、中身があんな意味の分からないもんだからなぁ。そこが弱点の可能性もあるし、もしかしたら弱点部位が体中を移動している可能性だってあるぞ? まあ何にしても、今の一体だけじゃ断言はできないわな」
と言うか今更だけど、さっきのがこのエリアの通常種、なんだよな? ……マジですか、夢魔の森からいきなり強くなり過ぎだろ。明らかに数段上の強敵だったわ。
「こちらにダメージはないが、真っ向から戦っていたら、どうなっていたか分からないな。擬態と言う奇をてらう能力、凄まじいパワー、スピード、そしてあのタフさ――全てがこれまでの通常種の黒霊とは一線を画している。血液が『強酸』になっているのも嫌なところだ。接近戦で挑んだ場合、返り血さえも強力なカウンターとなってしまうからな。幸い、これだけ騒いでも他の黒霊は何の反応も示さないようだが……」
オルカにそう言われ、改めて周囲を見回す。あれだけ青霊もどきがダイナミックな暴れっぷりを見せた後だってのに、周囲の青霊もどき達は尚もそこから動こうとせず、最初に見た時のように待ちの態勢を維持していた。完全に我関せず、である。
「周りがどれだけ騒ごうとも自分自身が脅威に晒されない限り、動く気はないって事か? こっちとしてはありがたい限りだが……何か、かえって不気味だな」
「しかし、あの青霊もどき以外の黒霊は居ないのかのう? いくら見回しても、娼婦姿の者しかおらんぞい」
「確かにそれは気になるが、その前に検証を重ねるべきだ。まずは本格的に探索を進める土台を固めたい」
はい、全くもってその通り。そんな訳で次なる標的を定め、再び黒霊の迎撃を開始。次なる標的はその付近に一体だけ他の青霊もどきが居る者を選んだ。近くの黒霊が攻撃された場合、そいつも反応を示すのか検証する為だ。
「ふむ、やはり『強酸』なしの方がダメージの通りが良いな」
「本当に血がそれで構成されているのなら、何かしらの耐性系の霊刻印も持っているのかねぇ? こう、溶けない感じの?」
結果、攻撃後に動き出したのは狙撃が直撃した標的のみで、近くに居た奴はまたしても完全スルー。あいつらは仲間意識がかなり希薄であるらしい。
「二体目の止めは腹部の辺りだったか? 一体目と違ってハチの巣になる前に倒せたし、弱点部位に当たったと見るべきかな」
「弱点が個体によって異なる、或いは体内で移動している説が有力になって来たな」
「それと、さっきの奴も相棒の氷トラップにまんまと引っ掛かっておったのう」
「ああ、その点も含めて俺らや他の黒霊に興味関心がないんだろう。戦いの様子を見てさえいない。相手が近寄る、または自分が攻撃されない限り、不動の我が道を行くってこった」
堕落歓楽街の黒霊は通常種においても強敵、しかし連携の“れ”の字も確認できないのは朗報だ。時計塔に仕掛けた氷トラップも暫くは有効だし、これは結構な狩り場になるんじゃないか?
「三体目に行こうか。射線が通っているのは……あいつとかはどうだ?」
「近くに他の個体が二体居るな。これで今回も動かなければ、超個人主義な黒霊と考えて良いだろう」
「どうせ狙うのであれば、頭よりも四肢のどれかの方が良いのではないか? 機動力を削げるぞい」
「む、それは確かに。では、行くぞ」
「了解だ」
再びオルカの肩に手を置く。何度目の狙撃になろうとも、まずは揃っての『隠密』状態へ移行。目を増やされて発見されるにしても、これで数秒ほどは時間を稼ぐ事ができるからな。やらない手はない。やがて、オルカが剣先から攻撃を放ち――
――ドガアアアアアアン!
……何か、標的にしていた青霊もどきが爆発した。
「「「は?」」」
間髪入れず、俺達は揃ってこんな反応をしてしまう。いや、だって爆発するなんて想像もしていなかったんだもの。え、本当に何で爆発した? しかも結構な範囲を巻き込んでの爆発だったよ? ねえ、何で?
「オ、オルカ、一応の確認だけどさっきの狙撃、着弾と同時に爆発する系の新攻撃だったとか?」
「違う。仮にできたとしても、何の相談もなしにする筈がないだろう」
「だよな?」
「いや、これは不味いのではないか? 今の爆発、確実に近くに居た他の青霊もどきを巻き込んでおったぞ。どの程度の威力なのか分からんが、生き残っていた場合――」
「――オルカ!」
「ああ!」
ダリウスソードが懸念事項を述べている途中だったが、緊急事態が発生してしまった為、申し訳ないが中断させてもらう。ああ、そうだ。ダリウスが心配していた通り、事故に巻き込まれた連中が活動し始めたんだよ……!
「今の素的なプレゼント、私の為にぃ……?」
「ありがとうありがとう、嬉しい嬉しい……」
爆炎の中から飛び出したのは、二体のブリッジ四足歩行の怪物。あの爆発の中で既に大量の目玉を生成していたのか、その頭部は大変にキモイ事になっていた。で、もう俺達の事も完全に捕捉し、獲物として見做していらっしゃる。これだけでも十分に悪いニュースだが、どうも爆発に触発されたのは彼女らだけではなかったようで。
「天にも昇るこの気持ち、貴方にも、貴方にもぉ……」
「伝える伝える、思い想い重いよぉ……」
今度は爆炎の上の方から二体の鳥が、いや、翼を持った女、ハーピィ? ……それも違うな。逆立ちをしているみたいに上下が逆で、両脚が翼、頭部が真下にぶら下がった異形の怪物が現れた。言葉にするのも憚られる感じだが、顔の逆側には第三の腕が生えており、鋭い鉤爪が備わっている。よくよく見れば脚の代わりとなった両腕も似た変形を遂げており、何とも狂気染みていた。
「地面から二体、空からも二体! おいおい、このタイミングで新手の黒霊か!?」
今になっては全てが遅いが、恐らく、待機状態の青霊もどきはあの時点で複数の種類が居たんだろう。俺達が一体目と二体目で屠った狂犬ブリッジ、今回初めて目にした逆ハーピィ、そして攻撃を受けると同時に大爆発を巻き起こした三体目の標的――なるほど、動く条件が整う事で、漸くその正体が暴かれるって寸法かよ! 流石は黒檻、次々と陰湿なトラップを仕掛けてきやがる!
「じゃが、それで打ち止めのようじゃ! 相棒、気張れよ!」
「言われるまでもない! オルカ、ブリッジの方は氷に引っ掛かって一度落下する筈だ! そいつらが来る前に逆ハーピィを仕留めるぞ!」
「それはなかなかに骨が折れそうだな……!」




