第167話 青霊もどき
「しっかし、マムの言っていた会話のできる黒霊ってのは、あの青霊もどきの事なのかねぇ」
ふと思った事を口にする。現在俺達は辺りで一番の高所である時計台に移動し、実力を測る為の獲物を探している最中。これだけ高い場所でもピンクの靄は充満しており、やはりこのエリア全体がこんな感じであると実感。祝福がなかったら逃げ場がないパターンだったな、これ。
「会話のキャッチボールができるのかは甚だ疑問じゃがな。先の様子を見るに、一方的に言葉を発しているだけのように思える」
「仮にできたとしても、形式的な会話に留まるだろうな。恐らく、新たな情報をそこから得るのは難しいぞ」
「むう、やっぱり会話可能な黒霊って異例中の異例なのか……」
青霊もどきが発している言葉も、模倣している青霊がモデルっぽいしなぁ。マムのような強い自我はあまり感じられない。つまり、やっぱ異常進化種がおかしいって話。
「ベクト、ダリウス、ちょうど良さそうな黒霊を発見したぞ」
「おっ、早速か。どこだどこだ?」
「ほら、あそこだ。一体だけ孤立した黒霊が居る」
青霊もどきは基本的に大通りや夜の店の前に陣取っていて、そこから動く事は稀だ。蔓さん三世をバクッといった時も、自らは動かずに獲物が来るのを待っていたくらいだからな。たった今オルカが発見した青霊もどきは、良い感じに他の個体から離れていて、尚且つ俺達の攻撃が通る位置に居た。射線上に他の黒霊の姿も見当たらないし……よし、あいつなら攻撃したとしても、他の黒霊が反応する事はないだろう。
「不意打ちをされて物理的に離れた位置に居る俺達にどんな反応を示すか、ちょいと検証させてもらおうか」
「準備は良いか?」
「ああ、頼む」
了承し、オルカの肩に軽くを手を置く。これは最近分かった事なんだが、オルカが人の姿に実体化している今の状態であったとしても、僅かにでも接触していればオルカが所持する『隠密』などの力を共有する事ができるんだ。まあ、言ってしまえば魔具として触れているようなものだから、なのかな? だから勘違いしないでほしい、これはハラスメントではないのだと……!
「相棒、何かすんごい葛藤してない?」
「すまん、こんなご時世だからつい、な」
「……? 何の事だかよく分からないが、作戦通り攻撃を開始する」
オルカが長剣の剣先をターゲットに向け、次の瞬間に一点突破型強酸性ドラゴンブレスを放出。『照準』を搭載し針の穴を貫くほどに正確無比となった狙撃攻撃は、青霊もどきの頭部、しかも眉間部分を見事に貫き――ん、んんっ? 貫き、いや、貫いてねぇッ!? 僅かに陥没させる程度に留まってる!
「む、目立たぬよう隠密仕様で撃ったとは言え、想像以上に硬いな」
「マジ驚きの硬さじゃて。しかし、どうやらまだ見つかってはいないようじゃな」
オルカの狙撃を耐え抜いた青霊もどきは、不気味なほどに表情を変えないまま辺りを見回していた。眉間からはドロリと黄色い血……? の、ようなものが垂れており、それが不気味さを更に増幅させている。
――ジュッ!
……えーっと、何か垂れ落ちた奴が血が、接触した地面を溶かしたんだけど? ほんの数滴の血で、陥没させた奴の眉間以上に大地が陥没してる。おいおい、小規模な落とし穴みたいになっているんだけど?
「あいつの血、ひょっとして『強酸』が備わっているのか? どっかの地球外生命体かよ……!」
「そのツッコミの意味もよく分からないが、私の『強酸』よりも高レベルなのは間違いない。要はレベル5以上はある。体内にそれを巡らせる事で、私の一点突破型強酸性ドラゴンブレスに対抗したのだろうか? ううむ、青霊もどき相手には『強酸』抜きでドラゴンブレスを使った方が良いかもしれないな」
「同じ霊刻印があるからって、耐性が付く訳ではないと思うのじゃが……むっ?」
「どうした、ダリウス?」
「いやー、それがのう……陥没させる程度に傷付けた奴の傷痕、何か治ってないかの?」
「……」
うん、治ってますね。陥没した場所が肉で埋め尽くされ、もう傷痕ひとつ残っていない状態になっとる。
「はい、『再生』持ちでもあると……『強酸』、それと青霊に化ける擬態能力と合わせて、霊刻印の構成が判明して来たな。よしよし、情報の開示は間違いなく良い事だぞ」
「それはそうだが……ベクト、ちょっと良いか?」
「どうした、オルカ?」
「奴の頭部が変形し始めたぞ」
「……」
うん、綺麗なお姉さんだった顔面がバカリと割れて、肉の内部から複数の目玉が出て来たね。何それ、物量で視界を補おうって魂胆? いやいや、いくら頭がよくしくないからって、そんな力業が通じる訳が――
「不味いな、見つかったぞ」
「げっ」
――通じてしまいました。ギョロギョロと四方八方に視線を飛ばしていた目玉の一つが、俺達の居る時計台を凝視していた。少し遅れて他の目玉も一斉にこちらを向き、うわ、キモ……
「ゾンビとは違ったグロさがあるなぁ。つか本当にどんな中身をしてんだよ、あの黒霊」
「そんな一口感想を述べている場合ではないぞ、相棒!」
「その通りだ、続けて狙撃する!」
『隠密』を解除し、完全火力特化のドラゴンブレスを解き放つオルカの長剣。今度は青霊もどきの首元にヒットし、完全に穿つ事に成功する――のだが、奴はそれさえも気にする様子がなく、受けた反動を利用してブリッジの体勢へと移行。おいおい、目玉だらけの頭部と胴体が、文字通り皮一枚で繋がっている状態なんだが? まだ生きているのかよ!?
「オルカ、どうやら奴にとって頭部はそれほど重要な器官ではないらしい! 油断せず、奴が消滅するまで攻撃を続けてくれ!」
「了解した、が……!」
次弾が外れ、オルカが苦悶の表情を浮かべ始める。と言うのも、ブリッジ状態から両手両脚を醜くも逞しい肉のそれに変化させた青霊もどきが、とんでもなく獰猛な動きで回避したんだ。放たれた矢の如く建物の壁に飛び移り、そのまま壁を走ったかと思えば、また別の建物に跳躍し――瞬く間に距離を詰めて来る。しかもブリッジの体勢のままで、だ。最早、青霊の要素はか細い胴体しか残っていない。俺らの目には女性の体に怪物が寄生し、内部から肉体を変貌させているようにしか見えない。
「擬態型の癖に硬くてその上速いのかよ……! 不動を貫いていた当初の姿勢はどこに行った!?」
「相棒、一口憤慨をしている場合ではッ!」
「分かってる、俺の攻撃も漸く届く距離だ!」
既に青霊もどきは時計塔の下部にまで到達していた。ここまで全くの無傷と言う訳ではないが、例の回復能力によって多少貫通した程度の傷口では塞がってしまう。ブラブラな状態で辛うじて繋がっていた首も、根本がくっつき始めているくらいだ。奴を打倒するには、回復力を上回るダメージが必須。そんな訳で時計塔の側面、俺達からすれば真下に向かって、『飛剣術』による斬撃を飛ばしまくる!
「心のこもった贈り物、嬉しい、嬉しい……」
時計塔の壁を駆け上る中、奴は口と喉だけを女性のそれに戻したのか、綺麗な声でそんな世迷言を発していた。
「ああ、憎悪的な意味でなら、確かにそうかもな! でもって、もう罠は仕掛け終わっているし、発動もしている!」
「うれ、うれぇ――」
時計塔の中腹にまで到達した青霊もどきであったが、そこに踏み込んだ途端に動きが止まった。あれだけ好き放題動き回っていたのが嘘のように、いや、時が止まったようにピタリと動かなくなったのだ。
「それだけ沢山の目があっても、時計塔の壁に氷が張っていた事には気付かなかったか。やっぱ頭はお察しだったみたいだな」




