第166話 堕落歓楽街
長い長い通路を出た先、そこは暖炉の中であった。暖炉ってあの暖炉かって? そう、その暖炉で間違ってない。燃やした薪で暖を取る、お屋敷とかにあるイメージそのまんまの暖炉だ。但しこの暖炉は長年放置されているのか、高価そうな見た目の割にすっかり煤で塗れてしまっていた。無論、今は火も燃えておらず、どちらかと言うと寒々とした印象に変わり果てている。
「なるほど、暖炉の裏に秘密の地下通路を設けていたのか。まあ、ありそうな展開ではあるな」
元々は隠し扉も備え付けられていたのか、出口付近に暖炉と同じ素材の残骸が散らばっている。誰が壊したのかは知らないけど、第一発見者はよく見つけたもんだよ。
「ベクト、周囲に敵影は?」
「今のところなし。どこかの談話室、なのかな? 結構広々とした部屋に通じていたみたいだ」
尚、部屋の半分ほどは崩れ落ちていて、瓦礫で埋め尽くされている模様。扉は……駄目だな、崩落した側にあったのか、それらしきものがない。天井も酷い状態だ。つか、部屋のこっち側以外は全壊状態じゃないか、この屋敷?
「あー、今は酷い状態だが……大方の予想通り、元々はお偉いさんの屋敷だったっぽいな。いやはや、暴動でも起きたのかってくらい酷い有り様だ」
「避難経路がある場所なだけあって、こちら側だけ特別頑丈に仕上げていたのかもしれんな。破損した天井を登って、上から周囲を確認してみるか?」
「ああ、そうしようか。マムの言葉通りなら、もうここは堕落歓楽街の中の筈だ。引き続き要警戒な」
ひょいひょいっと天井を登り、元々は別の部屋があったであろう二階部分へ。うーん、見事なまでに吹き飛んでいる。お陰で周囲は確認しやすくなっているが。
「で、ここが堕落歓楽街、か……」
辺りは全てピンクの靄の中にあった。そして歓楽街と言うだけあって、それらしき店が連なっている。酒場とか、あとは……夜の社交場、マムが好き好みそうな店とでも言っておこうか。建物のつくり自体は霧裂魔都と似たようなものだが、店が大半を占めている分、一つ一つの大きさはこちらの方が大規模だろうか。思ったよりも無事な建物が多い――と思いきや、ちらほらとこの倒壊した屋敷と似た状態の場所が見受けられる。
「無事な場所とそうでない場所の対比が凄い事になってんなぁ。何があったんだか」
「そこも気になるが……ベクト、わざと気付かないフリをしていないか?」
「い、いや、そんな事はないんだが、ちょっと触れ辛いと言いますか……」
仕方なく、視線を建物よりも下の部分に移す。そこには青白い肌をした女性達が居た。ああ、達と言うだけあって複数居て、しかも揃いも揃いって薄着と言うか、夜の歓楽街的な格好をしていると言うか……兎に角、直視し辛い姿をしていたんだ。仕草が色っぽく、誘い込むような表情もしている為、本当に目のやりどころに困る。
「いらっしゃ~い、いらっしゃ~い……」
「一緒にイイところに行きたいなぁ……」
で、言葉も喋ってんだから驚きだ。いやあ、マジで驚き驚き。
「あー……青霊が居るな、不自然なくらいに」
「ああ、立地とあの衣装からして娼婦なのだろう」
指摘し辛かったところをガツンと行きますね、オルカさん!?
「ふぅ、相棒は初心じゃのう。どうせ本当の青霊ではないのじゃから、そこまで気にする必要もなかろうて」
「そ、それはそうなんだろうが……」
ダリウスが指摘する通り、十中八九、あの青霊達は黒霊が化けた姿なんだろう。あれだけの数が一挙に出現しているのは異常だし、マムの時と同じように黒霊に襲われる様子も全くない。要は不自然なのである。
「まあマムと遭遇していなければ、結構混乱しただろうな」
「つうか、そもそもこの靄の事も知らず、割とデッドエンドもあったんじゃないかの?」
「そういう意味ではマムとの出会いに感謝――いや、その時はその時で、俺の中に眠る勘さんと新石橋さんが何とかしてくれたよ、きっと」
しかし、どうしたものかね。あの姿は仮初のものだと見破ったまでは良いが、それ以外がどんな黒霊なのかが分からない。山姥サキュバスのように隠れるタイプではないようだし、ホワイト達を出せない今、正面から仕掛けるのはちょいと怖い――ん?
「あれ、蔓さん三世じゃないか!?」
「なんと、生きておったのか、蔓さん三世!」
そんな俺達の会話をよそに、蔓さん三世は目の前の通りを駆け抜けて行った。もう死んだとばかり思っていた仲間との再会、それは大変に喜ばしい事であり、俺は直ぐ様にここに戻るよう指示を出そうとする。だが、同時に思う。やべ、まだ興奮状態じゃん……と。あと体中から血が吹き荒れ続けて、通り道が悲惨な事になっている。
「駄目だ、全然指示に従ってくれない!」
「お、おい、彼奴、青霊もどきらのところに向かっとるぞ……!」
止まらぬ血を放出しながら、破廉恥な青霊達の下へと向かう蔓さん三世。まるで彼女らに誘われるが如く、一直線である。お前にもそういう欲望があったのか、蔓さん三世! と、俺がそう心の中で叫んだちょうどその時。
「来てぇ、私の中に来てぇ……ええああああうばあっ!」
――蔓さん三世の間近に居た青霊もどきの顔が縦にパッカリと割れ、そのまま肥大化を開始。美声が酷いだみ声となり、メキメキと膨れ上がった肉の塊はハゼちゃんをも超えるサイズに。更には肉塊の内部より鋭利な牙がサメの口のように生え始め、もう女性の姿は下半身しか残っていなかった。しかもこの間の変化、一瞬である。
――バクッ!
あっ、蔓さん三世が丸呑みに。
――バキッ、ボギキッ!
違った、丸呑みからの丸かじりだった。刹那の間に俺達の前から姿を消した蔓さん三世は、何とも無残な最期を遂げてしまったようだ。
「美味しかったぁ、それでいて愛おしい……」
咀嚼後、ゴクリと蔓さん三世だったものを呑み込んだ青霊もどきは、これまた一瞬のうちに元の女性の姿に戻っていた。但しその腹は妊婦の如く膨れ上がり、彼女は愛おしそうにそれを撫で回し――おい、何だよアレ? 擬態した青霊の中身、まんま化物じゃねぇか。
「うわ~~~……なんちゅう恐ろしい姿なんじゃ。エロティシズムなエリアかと思えば、グロテスクと言う最悪のオチ! 詐欺じゃ、詐欺!」
「ダリウス、どうせ青霊じゃないとか言っておいてのそれか?」
「そう言う黒霊が居たって良いじゃない、男の子だもの!」
「お前さぁ……」
などとクソみたいなジョークを飛ばすダリウスソード。あ、いや、どんよりとしたこの雰囲気を少しでも軽くしようと、ダリウスなりにカバーしてくれているのか。
「……まあ、遠目に見ている分にはアリか?」
なあ、カバーしようとしているんだよね?
「ダ、ダリウスはさて置き……錯乱していたとは言え、蔓さん三世を瞬殺か。オルカ、どう見る?」
「あの姿はどう考えても撒き餌だ。靄によっておかしくなった者は、己の欲望に従って無防備を自ら晒して行く。そしてあのように捕食されてしまう訳だ。この環境に見事なまでに適応した黒霊と言えるな。だが、それ以上に――」
「――ああ、素の実力もやばい。この靄がなかったとしても、黒霊としての格はあの青霊もどきが上だろう。少なくとも、蔓さん三世クラスじゃ相手にもならない」
正体を現してからの動きが尋常でなく早かった。女の姿は本当に撒き餌でしかなく、中身は残虐ファイト大歓迎なパワータイプなんだろう。一応言葉を喋れるようだが、台詞の内容をよくよく聞いてみれば単調なものばかりで、知能はそこまで高くないと見た。それ前提で戦えば何とか、と言いたいところだけど、他にも何かありそうだ。少しずつ明かして行こうじゃないか。




