第160話 マッサージ・リベンジ
夢魔の祝福といい異常進化種といい、今後の探索の見通しが悪くなる情報ばかりが目に付く今日この頃。ただまあ黒檻は元々が絶望の闇鍋的な世界だ。俺が強くなったように、先々に待っている絶望もより強力なものとなった。ただそれだけの事である。運が良ければ、もう遭遇する事もないかもだしな! よし、良い感じに希望が見えて来たぞ! 未来は明るい!
「なあ、相棒――」
「――待て、言わんとしている事は分かる。だが敢えて何も言わんでくれ、頼むから」
「お、おう、分かっているのなら良いのじゃが……」
時には現実から目を逸らす事も必要なのだよ、ダリウスソード君。でないと俺のメンタルが参ってしまいます。
「ふむ、ならば次は明るい話題に移るとしよう。ゼラ、ドラドラが『融合』を経てエンドになったのだが、その能力について調べてくれないか?」
「っと、そうそう! エンドが居たんだった! ゼラ、急ぎでお願い!」
「説明で乾いた喉をドワーフ殺しで潤したかったのですが、仕方ないですね」
干した小魚をポリポリ食べつつ、本当に仕方なさそうに作業に入り始めるゼラ。あ、もうシリアスは完売しちゃったんスね。
森焼き焔竜樹(息吹・炎土LV5、耐性・炎LV4、吸収・土LV2、飛行LV5、魔法・炎樹LV5)
但しシリアスを投げ捨て飲兵衛モードに入ろうとも、仕事は早い。秒で出してくれた訳だが、むう、これは……!
「これって二属性のブレス? 同時に放つのか、それとも選択制なのか気になるな。待てよ、これがあるのなら『融合』で似たようなものが作れそうか? あ、でも素材になる霊刻印がない……」
「いや、それよりも別属性の吸収が出て来たのがでかいわい! レベルこそ低いが、土系統の攻撃を完全に無効化できるのは凄まじい!」
「私は新しい魔法に目を引かれた。実際に使ってみないと分からないが、名前からして、この魔法も炎と土の二属性体制だぞ」
新たな霊刻印の登場に絶望を忘れ、無我夢中になる俺達。これら力に加えて飛べるってんだから、エンドが活躍の場に困る事はなさそうだ。
「これは次の探索が楽しみ――ふわっ……」
不意に欠伸を漏らしてしまう。やる事をやって気が抜けたのか、疲労と眠気が同時にやって来たみたいだ。と言うか――
「えいっ! えいっ!」
――今も続いているイレーネの棒叩きが、それらを促進している気がする。心なしか乾布摩擦をした後みたいにポカポカだし、こう、体の芯から温まっていると言うか……あ、やばい、マジで夢の中にゴーする寸前。
「イレーネ、今日のところはそろそろ寝ようと思うんだが、大丈夫かな?」
「あ、そうですか? でしたら、ベクトさんはベッドでお休みになってください。その間に最後の儀をやっておきますので」
「えっと、横になったら直で寝ちゃうかもなんだが……」
「全然問題ありません。ちょっとしたマッサージをして、気の流れを整えるだけですので」
「あ、そう? ならお言葉に甘えようかな?」
神聖なる棒叩きが心地よかったのもあり、眠気が全開な俺はイレーネに全幅の信頼を寄せていた。むしろ、マッサージ効果で更なる夢の奥地へと旅立てると、そう思いすらしたんだ。……心のどこかで、何かを忘れている事を感じながら。だが、今の眠気の前では魚の小骨にも劣る引っ掛かりに過ぎず、俺はこれをスルーしてしまった。
「私も休みたいところだが、その前に牧場の様子を見に行かなくてはな。フフッ、今日は存分にブラッシングしてやりたい気分だ……!」
「ワシはアリーシャの相手でもしようかのう。あの神童、ワシを振るたびに剣の腕がメキメキ上がって面白いんじゃよね」
「アリーシャの相手をしているって言うか、アリーシャに使われているって言うか……まあ良いか、それじゃおやすみ~」
挨拶の後、イレーネを連れ二階の自室へと向かう。それから少しして俺はベッドに横たわり、無事夢の世界へと旅立つ――予定だったのだが、唐突な激痛に襲われる事に。
「ッッッ……!?」
そう、棒叩きですっかり忘れてしまっていたが、イレーネのマッサージはとんでもなく痛みを伴うものだったんだ。声ならぬ声、そして激痛に叩き起こされ、俺の眠気が明後日の方向へシュート。無事、行方不明となる。
「ベクトさん、無理して起きている必要はありませんよ。力を抜いてゆっくりお休みになってください」
「ち、違う、眠気を我慢している訳じゃッッッ……!」
こうして俺は眠れぬ夜を過ごす事となる。こんな致命的な事を忘れていたのは反省点だが、面倒臭らず慟哭装備一式を脱いで寝巻に着替えていた事は、素直に褒めてくれて良いと思う。まあ、でなれかばここで俺の旅は終わっていたのだが。
「おごッ……!?」
「ベクトさん、そんな必死に眠気に耐えて……私、感動しました! もっと気合いを入れて儀式に臨みますね!」
あかん、マジで終わるかもしれん。
◇ ◇ ◇
いつの間にか気を失って、いや、眠っていたらしい俺は、アリーシャのダイブを腹部に受ける事で起床した。小柄なアリーシャと言えども、この不意打ちを食らえば目ん玉が飛び出しそうなものだが、不思議と痛みはなく、むしろ爽快な目覚めを迎える。
「お兄ちゃん、何だか調子良さそうだね?」
「ああ、体が羽みたいに軽くってさ。相変わらず凄いな、イレーネのマッサージ……」
生き地獄を味わう代わりに、翌日は頗る調子が良くなると言う。お陰様でダイブも柔軟に受け止められたようだ。今の俺は水、それくらいに柔軟である。
「いや、どんだけ柔軟になってんだよ……」
「お兄ちゃん?」
「何でもないんだ。ところでアリーシャ、皆は今何してる?」
「えーっと、ゼラお姉ちゃんはずっとお酒を飲んでて、オルカお姉ちゃんは牧場の動物達のブラッシングをしてる!」
「おかしいな、さっきの今かな?」
確実に数時間は寝た筈なんだけどなぁ。
「それからサンドラお姉ちゃんはさっき寝たばかりで、ダリウスソードは……あれ、どこに置いて来たっけ?」
悲報、ダリウスどこかに置き忘れられる。
「こらこら、あんなでもダリウスはお兄ちゃんの魔具なんだから、置きっ放しは駄目だぞ?」
「ご、ごめんなさ~い……」
「ん、分かればよろしい。あいつは一人になると寂しくで死んじゃう、兎みたいな奴なんだ。責任もって、ちゃんと探し出す事! 約束できるな?」
「うん、お兄ちゃんとの約束! 多分だけど、花畑の辺りにあると思う! 新技の練習とか、そこでしていたもん!」
「ハハッ、新技か。流石はアリーシャ師父だ」
「えへん!」
アリーシャなら、そろそろ霊刻印なしで斬撃を飛ばしたりするんじゃないかな? いや、冗談抜きで。この前遊びのつもりで剣の模擬戦をやったら、本気で負けそうになったからな、ハッハッハ! ……マジ神童やでぇ。
「じゃ、アリーシャ捜索隊、行って来ま~す!」
「おう、いってらっしゃい。帰って来たら手を洗うんだぞ~。ついでにダリウスソードも洗って差し上げろ~」
「は~い! っと、その前に伝言伝言! イレーネお姉ちゃんがお兄ちゃんを呼んでたよ! 知らせたい事があるって!」
「イレーネが?」
「そ! 今の時間なら教会かな? ちゃんと伝えたからね~」
そう言って、アリーシャは元気に部屋を飛び出して行った。アリーシャ師父の察知能力の前では、ダリウスなど直ぐに発見されてしまうだろう。フッフッフ……なんてアホな事を考えている暇はないか。しかし、イレーネは何の用だろう? 夢魔の祝福について何か分かったとか? そういや首飾りの方は……変わらず、か。儀式は不発、やはり呪いの類ではないようだ。




