第159話 異常進化種
黒檻に存在する三体の異常進化種、それら怪物は限られたエリアでしか活動を行えないが、逆に言えばその範疇であれば好き勝手に移動をし、暴虐の限りを尽くす最凶の災害であった。その者達についてゼラが知る情報を共有してもらい、以下の事が判明する。順番に見ていこう。
一体目、冒涜の落とし子マム。その時々で異なる青霊の姿に化けており、彼女の真の姿を見た者は居ない。唯一分かっている事と言えば、夢魔の一種(一般的な夢魔であれば山姥のような見た目)である事くらいだ。主に人間が築いたであろう街や城、その付近のエリアで活動する事が多く、目についた探索者を弄び、気に入れば愛玩動物として生きたまま巣(?)に持ち帰る性質がある。そうなってしまった探索者は以降、自身の白の空間に戻る事はなく、だからと言って死んでしまう訳でもない為、担当の案内人は際限のない長期休暇に入ってしまう事に。現在、十数名の案内人が無期限のバカンス中。その上、探索者がどのような状態に陥っているのかも不明だ。恐らくは自害もできない最悪の状態にあると想像できる。唯一会話が成り立つ事から、ある程度の交渉が可能なのが救い。但し本質は悪性の塊、その交渉を利用されるパターンも。戦闘においては広大な黒檻でも最強と言えるほどに強大な魔法を操り、またその種類も底が知れない。かと言って肉弾戦が弱い訳でもなく、むしろそちらもトップクラス。人の姿である為に的が小さく、戦闘中も好き放題に喋くり倒す為にやり辛い。『媚香』と呼ばれる変幻自在な特殊フェロモンを常時展開し、防御面においても鉄壁を誇る。
「交渉の余地はあるけど、捕まったらお先真っ暗タイプか……えっと、変な祝福を貰った上に、将来的に狙われている可能性の高いのが俺な訳だけど……?」
「本当にベクトは持っていますね。心から尊敬します」
「心にも思っていない事を言っているよね!?」
「同情はしているんですよ? ただ、それでも遭遇したのがマムでまだ良かったなと。他の二体だった場合、そもそも生還は無理だったと思いますので」
「……それがマムはまだ話が通じる云々に繋がるのか?」
「その者達について説明する方が早そうですね。二体目についてですが――」
二体目、穢された老竜ナガクシャカ。黒檻に存在する最古の竜種であり、最大サイズのドラゴンでもある。筋肉は殆どなく、骨と皮のみの姿。寿命の近い老人を否が応にもイメージしてしまうが、その実態は強靭にして堅固、一向に死ぬ気配がない、そもそも黒霊には寿命がないと、大変な見た目詐欺である。動作がゆったりしている為に動きが遅いように感じられるが、それは巨体故の遠近感から来るもので、実際はサイズ差もあって距離の概念が壊れる。しかし、ナガクシャカ最大の特徴はその巨体ではなく、全身が瘴気によって穢されている事だ。ナガクシャカが数秒でも滞在すれば、その場所は不浄の地と化し、一帯が底無しの毒沼で満たされてしまう。基本的に毒沼は浄化不能で、マムが行った爆撃以上のエリア破壊を常に最悪の形で行っていると考えて良い。それ故にナガクシャカの行動範囲は『古竜大腐海』と言うエリア名に上書きされる事になっている。三体の異常進化種の中ではそこまで動き回るタイプではない為、辛うじてエリアの浸食は最低限で済んでいるが、それでも半永久的な不浄は黒檻の世界としても放置できない為、いつぞやの巨大ワームのような破壊不可オブジェクト製の壊し屋が誕生、ナガクシャカ不在の場所を狙って破壊からのエリア再生を目指すようになった。言葉が通じるし喋る事も可能だが、思考が人間のそれとは別次元で異なる為、結局会話が成り立たない。
「あの巨大ワームってこいつの為に存在していたのか!?」
「元々黒檻の破壊と再生を司る立ち位置に居ましたので。そのゴーレムワームが破壊した後、全く別のエリアに変化したでしょう? 『古竜大腐海』でもその働きは一緒です。鬼の居ぬ間にエリアを破壊し、そこで力尽きると同時に自身が新たなエリアの苗床となる――そんなサイクルの下で動いていたのですよ」
「……その情報、もっと早くに教えてくれても良かったんじゃ?」
「これについてはつい先日情報が共有されたんですよ。ベクトが四体目の大黒霊を打倒し、ゴーレムワームを止めたタイミングです。ちなみに異常進化種についても、ベクトが帰還したこのタイミングで知りました」
「ぐっ、危機を乗り越えて漸く伝達かい……!」
恐らくは異常進化種と遭遇後、無事に白の空間に帰還できて、初めて情報が解禁される仕様なんだろう。やはり黒檻、圧倒的に性格が悪い! 普通、その時点でアウトだろッ!?
「にしても、そのナガクシャカってのも相当やばそうだな。じゃあ、残る一体も?」
「やばいですよ? 三体目は――」
三体目、百亡の獅子ウダルルム。どうしようもないほどの破壊衝動を持つ大型の肉食獣――のように見えるが、その正体は膨大な数の黒霊を食らった空腹亡霊獅子。黒霊を食らえば食らうほどに強くなる特性を持つと同時に、食べても食べても満たされない飢餓感に苛まれ続けている。それ故積極的にエリアを渡り歩く災害となり、ウダルルムが通り過ぎた場所は暫く黒霊の居ない空白地帯と化す。時には最大レベルと化した大黒霊を食らう事もあり、黒檻のシステムをナガクシャカと同じレベルで壊している。黒霊を食らった分、その感情も引き継いでいるのか、恨み辛みと言ったあらゆるマイナス面がウダルルムの全身を巡っており、その負の情動は接触どころか近付くだけで正気を失ってしまうほど。ウダルルムに殺意を向けられでもすれば、どのような強者も一瞬にして廃人と化し、そのまま餌として処理される運命を辿るだろう。もちろん、探索者を食べた場合も強化が施される。活動範囲は特に限定されないが、敢えて言うとすれば獲物の数が多いエリアへ赴く傾向にある。五感が異様なレベルで発達しており、どんな手段を用いて隠れようとも必ず発見され、幽霊体である為に壁抜けを駆使して一直線に向かって来る。そこからの逃走は絶望的だが、その獲物以上に美味そうな黒霊が付近に居た場合に限り、ごくごく低確率でそちらに向かう事もある。言語を理解し喋る事もあるが、言葉が呪詛に自動変換されている為、耳にした瞬間にやはり廃人になってしまう。
「ろ、ろくな奴が居ない……!」
「だから言ったじゃないですか、マムはまだマシな方だって」
やばいやばいとは聞いていたが、こいつに関しては交渉の余地は全くなし、しかも積極的に獲物を狩るタイプ、それでいて察知能力がずば抜けていて、壁をすり抜け障害物を無視して来ると言う無法のオンパレードをかましている。マムのようなお遊び感覚もなさそうな辺り、マジで出遭ったら終わりである。
「確かに、遭遇したのがマムでまだ良かったのかも……?」
「ただまあ、マムは確実に後になって尾を引くタイプですけれどね」
「お前、人が気にしている事をずけずけと……」
何はともあれ、異常進化種とか言うこの世のバグについての情報を手に入れる事はできた。今のところ言えるのは、遭遇したら基本的にアウト、奇跡が起こる事に希望を託せって事くらいだけど、何も分からずに死ぬよりかは何倍もマシだろう。いやあ、そもそも遭遇する事自体が奇跡で、更なる奇跡を起こして生き残った俺達はとんでもなくラッキーだったみたいです。うん、今はそのありがたみに浸っておこう。じゃないとメンタル的によろしくないよ、本当に。




