第158話 聖なる儀式
俺は教会にダッシュし、イレーネに会うなり解呪を懇願した。この首飾り、絶対呪われているんです! 悪質なストーカー効果とかあるんです多分! ……と。そんな俺のただならぬ様子にイレーネは気合いを入れ、例の呪物を見てくれたんだが――
「これは……ちょっと無理そう、ですね」
「な、なぜにッ!?」
――早速無理そうだった。
「い、いえ、解呪できないとかの話ではないんです。こちらの首飾り、恐らく呪いの類は関係していないかと。全くそういった気配を感じませんし、むしろ神聖なオーラがあるような……?」
「イレーネ、百歩譲って呪いじゃなかったとしても、神聖なオーラとかは絶対ないぞ。うん、あいつに限ってそれはない」
「べ、ベクトさん、一体どのような体験をなさったので……?」
「……ノーコメントで」
少なくとも、イレーネやアリーシャに喋る内容ではないよなぁ。特にアリーシャ、教育上よろしくない。
「すまん、真っ向から否定しちゃったな」
「いえ、何か事情があっての事なんですよね? 私は全然気にしていませんので」
イレーネが天使の笑顔を振りまき、ただそれだけで俺の心を癒してくれる。うう、同じ無垢な笑顔の筈なのに、マムとは全然違うんだなぁ……!
「あの、ベクトさん? いかがされましたか?」
「ああ、日々の安らぎ、その大切さを実感していたところだ――いや、何でもない。ちなみになんだけど、本当にこの首飾りから神聖な感じがするのか?」
「はい、ほんの僅かに程度ですが。ただ、首飾りの名称も夢魔の祝福に変わっていたんですよね? 我々聖職者にとって、夢魔は悪質なモンスターとして認知されています。そのような者が祝福をもたらすのは、確かに考え辛い……えと、気を付けるに越した事はないかと。持ち運びに不安があるのであれば、私が預かり、形だけでも清めておく事もできますが……」
「うーん……正直お願いしたいところだけど、やっぱり俺が持っておくよ。ないとは思うけど、遠隔操作でイレーネに変な事をしてきたら怖いし、バレるのが前提でこの名前に変化させているのも怖い。うん、手放したら向こうからやって来そうで三重に怖いなぁ……」
「すみません、やはり呪物かもしれませんね」
そんな訳で、夢魔の祝福(自称)は俺が持つ事になりました。なあに、かえって免疫力がつくってものさ。
「何に対しての免疫力なんだよおおお!?」
「ベクトさん!?」
その後、本気でイレーネに心配された俺は、全力の除霊と解呪を実行されるのであった。何か聖水らしき液体風呂に浸けられて、聖樹から作ったらしい神聖なる棒でめっちゃ叩かれた。効果は……肩凝りが解消された、かな?
「い、今戻ったよ……」
「おう、どうじゃった――えと、顔に何を貼っておるんじゃ、相棒?」
「イレーネお手製の聖水シート。邪悪を退け美容にも効果があるらしい」
「えいっ、えいっ!」
「それと、なぜイレーネに棒でしばかれているんだ? ハッ、もしやイレーネに何かしたのか!?」
「違う違う、これ一応神聖なる儀式だから」
ちなみに酒場に戻った今も、神聖なる棒叩きは現在進行形で進行中だ。色々と誤解されそうになるも、一周回って冷静になった俺は理知的に説明&これを解決。まあ、例のブツに関しては何にも解決していないんだけどな。ただ、不思議と儀式を進めるごとに健康的になっている気がする。この棒叩きも、イレーネの絶妙な力加減により意外と気持ち良いのだ。……これ、もう小一時間ほど続くらしいんだけどね。地味にイレーネの持久力が凄い。
「例の加護は少なくとも呪いではないみたいでさ、そのまま俺が持っておく事にしたよ」
「そ、そうか。それならば、なぜその儀式をやっているのかと言う疑問が残るのだが……あまり人の趣味趣向を詮索するものではないからな。私達は視線を逸らしておこう」
「じゃな。相棒、ワシらの事は気にせず、存分に楽しんでくれ。あ、いや、わざわざここに戻って来たと言う事は、むしろ見られたい、のかの……? やだ、ワシの相棒ったらレベルが高い!?」
「違うからね!?」
クッ、どうやら理知的な説明は失敗していたようだ……!
「お楽しみのところ申し訳ないのですが、今回の探索で遭遇したと言うマムについて説明しても良いですか?」
「だからお楽しみじゃ――えっ、マムを知っているのか?」
ゼラのまさかの発言に、俺のツッコミが思わず中断されてしまう。
「ええ、我々案内人が最もその存在を危惧する最悪の黒霊、その一体ですから」
「そ、そんな大物だったのか、あいつ」
「この黒檻には探索者の敵として、大黒霊と黒霊が存在します。今のベクトにはこれらの説明を改めてする必要はないでしょう」
「ああ、大体は理解しているつもりだ」
「では、黒檻を闊歩する黒霊には大枠でどのような種類があるでしょうか?」
「黒霊の方か? ええと、正式な名称かは分からないけど、そのエリアでよく見るタイプが通常種、たまにしか遭遇しないのが希少種って呼んでいるな」
「「たまに?」」
「そこ、うるさいよ」
うちの面子で言えばトレントが通常種、ホワイトやドラドラは希少種と呼べるだろう。シュラなどの『融合』を経て今の姿に至ったタイプは……もしかして、どこかのエリアに居たりするのかな?
「素晴らしい、正しい知識をお持ちのようですね。より詳しく言いますと、通常種の黒霊は時間経過で一定の数が必ず配置されるタイプ、希少種はごく低確率でランダムな場所に配置されるタイプになります。双方ともエリアごとに出現する種が決まっていますので、エリアを跨いで他の黒霊が移動をしない限り、想定外の出現は基本的にしないでしょう」
「割と序盤にハゼちゃんが登場して、その基本から外れたのが俺なんだけどね」
「それはまあ、相棒じゃし」
「うむ、ベクト故に仕方なしだな。黒檻を責めるのはあまりに酷だ」
「何か俺が悪いみたいな感じになってる!?」
好きでトラブルを吸引している訳じゃないんですよ! それで悲しんでいる俺や勘さん新石橋さんだって居るんですよッ!?
「話を戻しても?」
「え? あ、ああ、すまん。脱線したな、続きを頼むよ」
ジョッキを掲げていないシリアスなゼラが出て来ると、温度差で風邪をひいてしまいそうだ。この空気の中でイレーネにえい! えい! と叩かれている俺が場違いみたいじゃないか……
「しかし、今回ベクト達が遭遇したマムはそのどちらにも属さない例外的存在です。黒霊として出現しておきながら、気の遠くなるような時間を巡り独自の進化を果たした個体――私達はこれを異常進化種と呼んでいます」
「い、異常進化種、か……?」
「当然だが、初耳の情報だな。そのような話は今まで耳にした事がない」
「異常進化種はその強さのあまり、この世界から直々にエリア移動の制限を科せられた者達ですからね。一体目二体目辺りの大黒霊と戦っている探索者とは、まず遭遇する機会がないのです」
「あー、そういやマム自身も言っていたよ。最低でも『夢魔の森』くらいの場所じゃないと、エリア制限で来る事ができないとかって」
「マムは世界に三体存在する異常進化種の中で、唯一まともに話の通じる相手……遭遇しただけでも奇跡的な運の悪さですが、最悪の最悪は回避できたようです。ベクト、なけなしの幸運を噛み締めてください」
「も、もう俺を責めるのは止してください……って、三体しか居ないのか?」
思ったよりも少なかった。いや、あんな化物が三体も居ると考えれば、それはそれで恐ろしい事なんだが――待て、アレで話が通じる相手、だと……!?




