第156話 ライン越え
「えー、あー、うー……そ、それは一体どういう意味で仰られているので?」
「あはは、ベクトちゃんったら急に敬語になっちゃって、面白いんだ~~~」
言動はともあれ、見た目だけは無垢な笑顔を振りまいておられる別次元の住人マムさん。いや、あんな不穏な単語を聞いたら思わず敬語も出るってもんだろ。何だよ、私のベスト探索者候補って? 拉致か? このまま俺は拉致され監禁されバッドエンドに突き進んでしまうのか?
「にしても、なるほどなるほど~~~。やけにあっさりと青霊のポイントについて教えてくれたと思ったら、私にエリア侵入制限がある事を察していたとはね。今回の反省点を活かして次の探索者をより完璧に騙すとか、その辺の不穏要素を全部投げ捨てた訳じゃなかったんだ? 他の探索者がどうなろうと俺は関係ないぜ! って言うダーティーな一面があるのかと勘違いしちゃった。むしろ感心要素だったんだね~~~」
凄い勢いで頷いて、勝手に納得を深めていらっしゃる……いやまあ、もちろんそんなダーティー考えは微塵もないけど、あの時はマムを倒す前提で作戦を練っていたんだよなぁ。うん、これは言わない方が良いか。
「それでさ、もしかしなくてもオルカちゃんって黄霊だよね? 一瞬で剣の姿になって、ベクトちゃんの手元に戻って行ったし! それなりに黒檻に馴染んだ私だけど、黄霊を直に見たのは初めてだったよ~~~。これだけでもレアな体験をしちゃってお得感満載、みたいな? ねえねえ、もう一度人の姿に戻ってくれない? 良いよね、私がご機嫌になるから、良いよね?」
「……オルカ」
「ハァ、選択肢が粉砕されてしまっているな……」
渋々、と言った様子で人の姿に変化するオルカ。
「おお~~~、間近で見ると尚更に感動ものって感じぃ。しかも強い、更に可愛い! 何だ、最強の探索者はここに居たのか?」
「お前は何を言っているんだ?」
「嘘偽りなく忌憚もない感想だよ。実際、姿を変えられるまでは本物の探索者と勘違いしていたくらいだし、全然見分けがつかないもんだね? ……ちなみに、二人って肉体関――」
「――それ以上言ったら、もう何も喋る事がなくなるぞ?」
普通にライン越えである。
「ちぇっ、まあ十分にお喋りはしたし、仕方がないか~~~。話を戻すけど、ベクトちゃんは合格! なんだけど、今のところは取って捕まえる気はないから安心して♡」
「……今のところは?」
「そ、今のところは! ぶっちゃけさ、さっきの私の攻撃で生き残ったとしても、どっちが片方だけで、それも四肢が吹っ飛んだ状態くらいになるだろうな~、なんて予想していたんだ。それでも生き残った事には変わりないから、良い感じに治療をしてフェロモン漬けにして、マイホームで愛玩具兼室内犬として飼ってあげようと思っていたんだけど~~~」
「あっけらかんと酷い事を言ってくれるな……」
「あはは~~~、まあまあまあ! ともあれともあれ、なのにベクトちゃん達は私の予想を良い意味で裏切ってくれた! 五体満足な上に大したダメージもないって、本当に凄い事なんだよ? だから私は確信したの。この子達はもっと上に行ける探索者になるってね~~~」
俺達の肩をポンポンと叩いた後、マムは『夢魔の森』の方へ――とは言っても、もう森と言える要素がないのだが、兎に角そちらの方へと歩いて行った。もう用件は済んだ、そう暗に言っているように。
「さっきの爆撃、『夢魔の森』の西側にもばら撒いておいたからさ、気が向いたらその辺りを探索してみてよ。ひょっとしたら『堕落歓楽街』への近道が見つかるかもしれないよ~~~?」
「……そこに行けって言う命令か?」
「ううん、別に? 私がそんな事をしなくたって、ベクトちゃん達は勝手に成長してくれるだろうし、強制とか必要ないでしょ。ただ、そっちにも面白い場所があるよって、純粋に私からの厚意の証♡ どうせ強くなるのなら、なるはやでお願いしたいところだからね~~~。で、次に運命的な出会いを果たした時、私のお眼鏡に適ったら――今度は最上級のもてなしをして、私のワンちゃんにしてあげる」
「……」
「うふふっ、そんな怖い顔しないでよ~~~。黒檻の世界は呆れるくらいに広大なんだよ? 探索中に意中の相手と出会うなんて、奇跡に奇跡が重ならない限りはないな~~~い。だからこそ、運命的な出会いを期待しちゃうんだよね。そんな訳で私、とっても期待してるから。ばいば~い♡」
ピンク色の靄がマムの体から溢れ出し、森の奥の方へと拡散していった。それらが消えた時には、マムの姿も居なくなっていて……ああ、可能だろうなとは思っていたけど、あの桃色空間は拡散もできる感じなのね。参っちゃうよ、本当に。
「はぁ~~~……とりあえずは助かったみたいだな」
念の為に寂寞放牧地側にまで移動し、その場で地面に腰を下ろす。死の気配が遠のき、緊張が一気に解けてしまったみたいだ。いけないな、ここはまだ黒の空間だってのに。
「黒檻の世界は広いな。ああ、いや、マムの言っていた意味とは違うんだが……」
「大丈夫、俺も全く同じ感想を抱いているところだ。前にゼラが言っていた事、真の意味で理解できた気がするよ。どんな方法でどんなに強くなったとしても、より貪欲にルールを覆していかないと無理だわ、これは」
流石にマムレベルの黒霊が何体も居るとは思えないけど、想定するなら最悪くらいがちょうど良い。それを知れたのは大きな収穫だ。石橋さんのアップデートを完了、新石橋さんのこれからの活躍を期待したい。あと、『夢魔の森』より難度が上のエリアしか出歩けないってのも、情報としてデカいな。少なくとも街の知り合いで挑戦するような探索者は居ない訳だし。
「しかし、これからは青霊にも安易に近寄れなくなるのう。次にエンカウントする時は、きっと今日の姿とは違うもんになっておるじゃろうしな」
「ああ、それな――って何かずっと黙っていな、ダリウス? 久し振りに声を聞いた気がするぞ」
「下手に喋って相棒の思考を圧迫しないよう、ワシなりに配慮しておったのよ。ぶっちゃけ、オルカとの意思疎通とホワイト達への指示出しで一杯一杯じゃったろ?」
「……まあ、うん」
仲間内で冴え渡るツッコミ役として名を馳せる俺も、先の戦いはツッコミを忘れるくらいに手一杯の状態だった。まあダリウスも空気を読める魔剣ではあるから、仮に喋っていても大丈夫だったとは思うが。
「それにさ~、彼奴に興味を持たれていたら、割とワシもピンチだったと思うんじゃよね。ほら、オルカに興味津々じゃったろ? あのノリでワシの事も認知しておったら、絶対ワシの姿にも関心を寄せておったもん! あの状況じゃと断れないじゃん!? でも折角のワシの初登場がそことか、何か嫌じゃん!? 絶対変な空気になるじゃん!?」
「ダリウス、お前……」
そんなくだらない事を心配して――ちょっとだけ気持ちが分かっちゃうのが、何か悔しい。
「まったく、調子の良い事だ。ところでベクト、今日のところはもう帰還した方が良いんじゃないか? 肉体的にダメージが少なくても、精神的なダメージは多大だぞ。色々な意味で」
「確かに、色々な意味でそうだな……」
と言う事で、今回の探索はここで終了――いや、ちょっと待てよ? 何か『融合』の予感がするぞ?




