第153話 樹牙
わざわざマムのお喋りに付き合ったのは、情報を抜く以外にも目的があったからだ。ズバリ、じっくりホワイトの濃霧を辺りに展開させ、初手からのゾンビ化を狙っていたんだ。どれだけ格上であろうと希少種であろうと、ゾンビ化させてしまえば使役可能、それは以前に当のホワイトが証明してくれた。こちらの配下になってくれれば、欲しかった情報も思いのまま、故にこれが最も合理的な策なのだ! ……ってな。まあ相手が素直に濃霧を吸ってくれれば、って話でもあるのだが。
「これは毒かな? それとも他の状態異常? どちらにせよ、素直に受けてあげるつもりはないかな~~~。あ、今から私とベッドインしてくれるのなら、その後で検討する余地はあるかもだよ?」
周囲に展開された濃霧が一気にマムの方へと押し寄せ、空間全てを感染の霧で満たそうとする。が、同時にマムは自身の体からピンク色の靄のようなものを放出し、ホワイトの濃霧と衝突させていた。互いが互いのテリトリーを侵食するが如く、白と桃色が拮抗する。おいおい、何だよそれ?
「男としては魅力的な提案だが、残念な事に検討の余地はない。そこに至る前に死ぬだろ、絶対」
「折角できたお友達をそんな風に扱ったりはしないよ~~~。このレベルの探索者と会えるのは稀、お喋りができたのは幸運、その上でイイ事までできるなんて、この先そう何度もある事じゃないからね。だから、ねっとりたっぷり末永く仲良くしてもらうよ。勘違いされやすいけど、私って結構面食いなんだよね。ああ、顔って意味じゃないよ? 探索者としての質の話。やっぱり私に見合う相手じゃないと、食べ甲斐がないんだよね。その点で言えば、ベクトちゃんとオルカちゃんは超合格♡ ねえねえ、私のペットになってよ。私、献身的に可愛がるよ~~~?」
「挑発しているようにしか聞こえんなッ!」
「ん? ペットってところが? 食料と言われるよりマシじゃない? 私の配慮を分かってよ~~~?」
と、頭の痛くなる会話が成されているが、この間も俺達は攻撃を続けていた。俺は飛ぶ斬撃を、オルカはドラゴンブレスと氷剣を織り交ぜた狙撃を、シュラも果敢に連続攻撃を仕掛けているのだが、不意打ちの時同様、まるで全ての攻撃をすり抜けているかの如く、マムは完全な回避を実現させていた。それもホワイトの濃霧に抵抗している限られた空間、押し入れ程度の広さの中で、である。
いや、いくら何でもこれはおかしい。奴が放つピンクの空間が攻撃に合わせて多少の移動をしてはいるが、それでも総体積は変わっていないんだ。回避可能な可動域と攻撃の密度が釣り合っていない。サイズ的にも回避不可能な攻撃を仕掛けている筈なのに、奴はすまし顔でお喋りを続けていやがる。俺達が見ているのは幻で、本物は別の場所に居るって事か? だが、それだとホワイトがにおいで気付く筈だ。今見ているマムはまず間違いなく本物、って事はマジで尋常でない回避能力を、それこそ、物理法則を捻じ曲げるほどの何かを持っている……?
……分からん。ただホワイトの濃霧にだけは抵抗している辺り、完全に無敵って訳ではない。防戦一方なのも、決して余裕がある訳じゃ――
「良いねぇ、私を巡って男女や獣ちゃんが争う状況って最高! さて、そろそろ私も攻撃しようかな~~~? 大丈夫、私はSもMもイケるから!」
――違った。これほどの猛攻を受けて尚、マムは実力と手の内を明かし切っていなかった。奴が指揮者の如く独特な腕の動きを見せたその次の瞬間、森の木々が一斉に唸り出す。
「これは……周りの木々を操っているのか!?」
トレントが擬態するだけあって、ここらの木々は超弩級のサイズを誇る。それらが一斉に動き出し、本物のトレントのように俺らに襲い掛かり始めたとなれば……流石に物量で不味い事になるんじゃ?
「これは『魔法・樹牙』と言ってね、周囲の樹木を利用して攻撃に転用する力なんだ。なくても使う事はできるけど、あった方がもちろん強力♡ けれど魔法だから残弾アリ、つまりは有限。私みたいに躱し続ける事ができれば、他の手を切る必要が出て来るかもね~~~」
周囲の木々が枝や根を巨大な針に変形させ、自身の重量を被せながらの攻撃を放って来た。一体どれだけの威力が篭められているのか、その攻撃を受けた大地は抉れに抉れ、地面まで揺れ始める。もう威力が巨大ロボが放つパイルバンカー染みたものになっているんじゃ……? しかも危惧していた通り、それが全方向から絶え間なくやって来る訳で。
「ああクソ、強くなったと思ったらこれだよ!? 俺の安寧はいずこに!?」
「ベクト、試練の時だぞ! 何としてでも生き残れ!」
愚痴を言っている暇もなく、俺達はこの災害に立ち向かう事になってしまう。但し俺自身はまだ負担の少ない方だ。役割としては前衛でダメージを負う前提の構成だから、多少の攻撃を受けたところで『再生』で回復する事ができるし、『空蹴』もあるから回避もしやす――いや、あのパイルバンカー受けて本当に大丈夫か? 回復する前に耐久値の底が抜けたりしない? ……余裕があるとは決して言えないが、視界にマムを捉えられる位置取りを常に意識! 余計な事を考えて恐怖を覚えたら死ねる!
一方、オルカは徹底して能力で迎撃し、攻撃を弾き飛ばしていた。ただここの木々は炎に強く、オルカのドラゴンブレスで燃え尽きる事はない。怯む様子もない。故にやるのであれば、一点突破型強酸性ドラゴンブレスで一つ一つ丁寧に処理する必要がある。氷漬けもある程度有効だが、攻撃で既に何度か使っているのもあり、回数制限を考えると乱発は厳禁。トレントとの相性の良いシュラと合流して、守ってもらいながら狙撃に専念するのが最良の選択だろうか。
「……ッ!」
「おお、このおっきなの凄い! おっきくて硬いのに、体力も底なしっぽい!?」
……俺はツッコミを入れないぞ。さて、そんなシュラはマムが絶賛するほどに無双中である。迫り来る枝&根っこパイルバンカーを屠りまくり、縦横無尽の活躍をしている。たった今オルカが肩に乗って合流し、一点突破型強酸性ドラゴンブレスが攻撃に加わった事で更に躍進。このままマムの方に前進して行けば、そのまま首を落とせるんじゃないかってくらいの勢いだ。
ただ、あまりマムに接近するのは危険な気がするんだよな。奴が放つあの桃色空間、今はただホワイトの霧を遮断しているだけだが、それとは別に厄介な力が備わっている感じがする。それこそ、『感染・濃霧』のような嫌な感じだ。シュラの武器が通り過ぎるだけなら問題なかったが、シュラ本体があの桃色空間に入ったら、一体どうなるかが分からない。……そうだな。
「貧乏くじを引かせる事になるけど、試す価値はあるか」
レベル5の『召喚・屍』であれば、この戦場のどこにでも格納した黒霊を召喚する事ができる。マムの間近、あの桃色空間の中にだって可能だ。つまり……すまん!
「ありっ?」
シュラの活躍に気を取られていたマムの真横に召喚するは、この森で仲間にしたばかりの蔓人間! その蔓な鞭には『麻痺』と『感染』が付随されており、少しでも触れれば身動きに制限が掛かる! 完全に不意を打ったこの状況で、鞭のプロである蔓さんの攻撃を躱せるものかって、うわぁ……




