第146話 飛竜の山
辺り一帯を囲う険しき山、それら頂上からは溶岩が溢れ出し、赤き川を描いて大地を侵食する。だが、そんな山ならまだ大人しい方だ。酷い山は今も大噴火状態にあり、溶岩の雨を生成しての無差別な破壊を繰り返していた。炎に耐性を持つ黒霊であれば、当たったとしても即死を防ぐ事ができるかもしれない。が、探索者にとっては死活問題以外の何物でもないだろう。空から降り注ぐ溶岩の塊は、どんなに小さなものでも2メートルから3メートルはあるのだ。デカい、重い、熱いの三重苦、正にその体現である。
しかし、空ばかり気にしている訳にもいかない。このエリアには流れるマグマの他にも、場所によっては毒ガスが充満し、或いは毒沼が形成されている事があるんだ。足元を疎かにして毒沼に嵌り、脚を引き抜こうとしている間に溶岩の塊に襲われる、なんて最悪な展開も十分にあり得てしまう。まあ要するに、天然のトラップがそこかしこに存在しちゃっているのである。オマケに出現する黒霊も竜種など攻撃的な者が多く、それだけでも危険と言える。『飛竜の山』、全くもって油断のならない場所――だった筈なんだが。
「グゥオオオオオッ!」
「あー……」
現在、降り注ぐ溶岩に巻き込まれ、空を舞う飛竜っぽい黒霊が吐き出すブレスを正面から浴びております。が、ダメージはなし。それどころか『吸収・炎』のお陰で回復してしまう有り様で、相手の攻撃と火山の怒りを受けるたびに健康的になっている。心なしかお肌もツヤツヤ、もち肌とはこの事か。
「これが炎パックと言うやつか……」
「笑えん冗談じゃのう。でもって、馬鹿正直に躱していた序盤は何だったんじゃろうな……」
「『吸収・炎』がなければ、結構な難所の筈だったんだがな……」
今回、俺達が『飛竜の山』に来た理由、それは何か? 新たな仲間を見つけるのもそうだが、それ以上に『吸収・炎』があれば割と容易に探索ができるんじゃね? と言う、浅はかな考えが発端で――いや、もう浅はかじゃないな。むしろ、クリティカルな考えだった。もちろん油断せず石橋を叩くのが前提だが、オルカが既に見知っているエリアと言う要素も探索のしやすさに拍車をかけ、現在、順調な探索を極めている最中である。
「安全策で二刀流の状態なのも、全然ピンチにならない要因の一つか。ここまで順調だと、人って逆に不安になるよな?」
「ただでさえ頑丈なステータスに加えて各種耐性、『肉鎧』による防御の底上げと『再生』による永続的な回復効果もあるからのう。マジ鉄壁じゃよ、今の相棒」
「ヂュッ!」
「ゴォルルゥ」
「杖ズミさんとホワイトも大活躍中だもんな。俺と違って吸収能力はないけど、素の回避で迫る危険を全部躱し切ってる。で、敵とのすれ違い様には霧を嗅がせて、即座にゾンビにしちゃうし……」
「……ッ!」
「シュラの活躍も凄まじいぞ。自身に迫る溶岩の全てを得物で粉砕し、巨体からは想像もできない加速で細かな攻撃も躱している。足場にも気を遣っている辺り、立ち回りもかなり器用だ」
「あの巨体で全然ダメージを負っていない辺り、ある意味でホワイトら以上におかしな事を成し遂げておるよね。相対する黒霊は半殺し状態で、しっかり相棒が止めを刺せる状態にしとる」
「……ッッ!」
「ああ、うん、助かるよ。今のはしっかりこっちで倒しとく」
今のままで命懸けで探索して来たのが嘘みたいだ。ハードモードから打って変わって、今日は楽をさせてもらっています。俺が何をせずとも勝手に『吸収・炎』が自動で回復してくれるし、ホワイト達が自己判断で最善を尽くしてくれるし、黒霊のゾンビ化と無力化を見事なまでに完遂――殆ど安心安全全自動モードと言うか、この楽さに慣れたら探索者として弛んでしまうなと、そんな心配をしてしまうほどだ。いや、マジで今俺がしてんの、炎パックで美容効果を享受しているくらいのもんよ?
「探索中に手持ち無沙汰になったの、もしかしたら初かもな……まあ、それはそれとして周囲一帯の観察はしているんだけどさ。時々、鉱山の入り口みたいな場所があるよな? あの奥はまた別のエリアに繋がっているとか?」
「ああ、そこは『黒曜採掘所』と繋がっているんだ。黒霊の強さはこことそう変わらないが、人が何とか行き来できる程度の狭い通路が基本となるエリアだ。故にシュラを出すのは厳しいだろうな。火口から下って侵入する危険エリア『原初炎樹海』にも繋がっているらしいが、生憎と私もそこまでは詳しくない」
「いや、十分な情報だよ。ちなみに『原初炎樹海』って言うのは、あの三つ首のオリジナルが居るところかな?」
「恐らくな。火山内部のマグマだまりが大地代わりになっていて、その上に炎の樹海が形成されている灼熱の極致、とでも呼べる場所だ。高い炎の耐性を持つのが侵入する最低条件で、そこに住まう黒霊はどれも『夢魔の森』クラス……フッ、早速行く気だな、ベクト!」
「フッフッフ……そんな期待に満ちた目をしたって、俺は行かないよ?」
「えー」
えーじゃない。何だよ、マグマだまりが大地代わりって!? それフィールド全域が即死トラップみたいなもんじゃん!
「だ、だが、今のベクトなら炎は敵ではないだろう? むしろ、海水浴に行くようなものではないか? 健康的にマグマ浴、みたいな」
「言葉巧みに導こうとしたって無駄だぞ。確かに炎に対しては無敵だが、それだけだ。前に俺がドラゴンブレスに『強酸』を混ぜた事があったろ? 炎属性は吸収できるけど、そういう混ぜ物までは防げないんだよ。俺如きにできる事が、そんな魔境で暮らしている黒霊達にできない筈がない!」
「流石に考え過ぎ……といかんのが黒檻じゃな。ま、今回は『飛竜の山』メインの探索で十分だろうよ。どうせこのエリアも探索し切れんからな」
「クッ、真っ当に反論されてしまった。まあ確かに、ここの希少種らしき黒霊にもまだ遭遇していない。急ぐ必要は皆無、か」
「そうそう、ホワイトの嗅覚を期待した宝箱探しとか、他にもやれる事は沢山――」
――ビュン……!
俺がそう言い掛けたその時、溶岩の雨が降り注ぐ空より何者かが飛来した。
「ゴオアアアアアッ!」
轟く咆哮。それを放ったのは、マグマの如く真っ赤な竜鱗を持つ大型の飛竜だった。腕は翼と一体化していてプテラノドンに似ているが、口と脚はティラノサウルスのように強靭、そして見るからに重量感満載な見た目である。しっかし、よくその体格で飛べるもんだ。呼吸と共に炎を口から迸らせている辺り、こいつもドラゴンブレスを使うのだろう。トータルで考えて……ああ、こいつは希少種っぽいな。今までの黒霊と明らかに格が違う。うん、違うんだが……
「声が鳴り止んだ辺りで、ホワイトがゾンビ化させちゃったんだよなぁ」
「ゴォル?」
「いや、仕事が早くて偉いなって」
「ゴォォルルルゥ♪」
「よーしよしよし、ホワイトは本当に偉いぞ~。杖ズミさんも奥の手を残したまま、出番を待てて偉いぞ~」
そして始まる、オルカの甘やかしタイム。ドラゴンな彼の不幸は、こちら側にそれ以上の格を持ったホワイトが居た事だろう。戦いは開始される事すらなく、相対と呼吸の時点で勝敗は決まっていたのだ。




