第135話 不気味の道
大口を開き、俺を飲み込もうとする敵。しかし、その進路上に刃の太陽が立ちはだかる。氷の刃、炎の蛇、双方が衝突して急激な温度変化が成された為なのか、猛烈な爆風が巻き起こった。しかし、その程度で勢いを弱める投擲と突貫ではない。突き進む力はそのままに、互いの刃が交差し――蛇の大口を横から掻っ捌く形で、俺のブーメラン殺法が炸裂した。
「おっし!」
攻撃力は最高位でも、防御力はこれまでで最低。そう俺が予想した通り、奴の力は極端なものになっていた。刃の太陽は頭部から蛇ボディに、そこから更に尻尾までもを両断し、敵を見事な二枚おろしに――ん? ぶった斬った奴の炎の残滓が、こっちに段々と近づいて……?
「ベクト! 防御をッ!」
「お、おおおおおうッ!?」
咄嗟にオルカを構え、防御態勢を取る。直後、未だに炎を纏っていやがる蛇さんの頭部が俺に直撃、その場から背後に押し込まれてしまう。
「こい、つ、往生際がマジで……! 倒されたんなら、潔く魔具に吸収されろっての……!」
ギリギリ防御は間に合ったが、奴が纏う炎によって防御の上からもダメージを食らってしまう。奴のボディはすっぱりと両断した筈だ。この炎が接着剤代わりになって、蛇の形を維持しているのか? だが、黒霊に意識はもうないのか何も反応を示さな――あ、漸く吸収が始まった。
「う、後ろが一直線のトンネルで良かった……! 壁だったらそのまま潰されるところだった……!」
最後の最後までヒヤッとさせてくれる。あの後、次第に奴は剣に吸収されて行った訳だが、それでも相当な距離を吹き飛ばしてくれた。あっついのに、背中は冷や汗の上に冷や汗を重ねている状態だ。
「ふぅー、何とかなったか……あまりハラハラさせんでくれよ、相棒?」
「だが下手に回避をせず、正面から受け止めたのは正解だったな。奴が頭部の周りに展開されていた炎の渦、吸収され切るまでは結局あのままだったからな」
「ああ、正面からも相当焼かれたけど、避けていたら更に黒焦げにされていたよね、絶対……」
横に両断されたあの状態から数秒も持つなんて、どんな生命力だよって話だ。危うく相打ちになるところだったよ。
「と言うか、防御していた俺の両手が黒焦げなんだよねぇ……」
「あー、こう言っては何じゃが……腕だけでなく、割と全身がヤバい熱傷状態よ?」
「とても公には出せないな。まあ、名誉の負傷とも呼べるだろうが」
「道理で耐久値が半分を切っている訳だよ!?」
そんな状態の自分を見たら発狂しそうなので、即霊薬で治療してもらう。この戦い、まともに相手の攻撃を食らった場面はない筈なんだが、それでも随分なダメージを負ってしまった。一度でも判断をミスっていたら、一撃死も普通にあり得たんだろうな。つうか、あいつの攻撃全てが即死系だったような……うーん、想像以上に薄氷の勝利、もう二度とあいつとは戦いたくねぇわ……
「ブラキオサウルスから三つ首竜、その次はロケット蛇からの炎の蛇って、どんだけ形態変化を――っと、刃の太陽も戻って来たか」
確認すると、盾に付与した氷剣の効果は完全に切れていた。その上、盾自体もボロボロである。相手の防御が脆くなっていたとは言え、やはりあの炎の中を走らせたのは無茶だったか。いや、よくやってくれたし、よく戻って来てくれたよ、本当に。ぶっちゃけ、今回のMVPは君と空蹴の霊刻印だと思う。修繕を使って誠心誠意、完璧に直させていただきます。
「しっかし、改めて随分と吹き飛ばされたな。戦っている最中にも結構な距離を移動しちゃったんじゃないか?」
「その間に他の黒霊が出現しなかったのは運が良かったな。尤も並の黒霊であれば、戦いの余波で消し飛んでいただろうが」
「俺が吹き飛ばされただけで、消し飛ぶ事態にならなくて良かったよ……それはそうと、グレアさんから貰った支給品も相当使っちゃったな。気分的にも戦果的にも、一度白の空間に戻りたいんだけど……なぁ?」
「この先、女神像あるかのう?」
「そこなんだよなぁ……」
あれだけの激闘を経たとしても、黒檻は白の空間に帰るまでが探索。その非常口となる女神像を見つけない事には何も始まらない。
「入口の女神像のところにまで戻るか? いやでも、ここまで相当な距離を進んで来た訳だし、戻るにしても危険が……ん~、んん~~……」
悩みに悩んだ結果、このまま進む事に。こんなところまで来たんだ。いくら巨大ワーム基準のサイズとは言え、そろそろ後方の辺りには入っているだろう。となれば、別の女神像が見つかる可能性も――そんな希望を胸に、ダリウスからホワイトを出すのであった。ホワイト、お前の嗅覚だけが頼りだ!
「――何か、あれ以来全然黒霊と遭遇しなくなったな?」
で、一時間ほど移動を続けているが、本当に誰とも会わなくなってしまった。また、歩いても歩いても景色が変わらないわで、メンタル的に来るものが……何も起こらないのも、それはそれで不安!
「不気味なほどに、な。それに、トンネル周りのオブジェクトも均一になって来ている」
「均一と言うか、粉々になった地面しかないと言うか……」
「その粉々な地面も真ん中の通り道にあるくらいで、もう殆ど金属の床が見え隠れしている状態だけどな」
唯一の視界の変化として、地面部分がドンドン低くなった事が挙げられる。入口では半円型だったトンネルも、今ではしっかりとした円形になりつつある。で、どこを向いても巨大ワームな色合いをしている訳で。
「まあ考えられるとすれば、黒霊達が壁の回転に飲み込まれて粉砕、オブジェクト共々トンネルに吸収されてしまった、ってところか。ランダム性の強い黒霊に怯える必要がなくなった事を喜ぶべきか、珍しい霊刻印の入手機会を逃した事を悲しむべきか……」
うん、普通に考えて喜ぶ場面だわ、これ。
「あの激戦の後なんだ、ここは素直に感謝するべきだろう。ベクトが窮地に立たされないのは残念だがな」
「ハッハッハ、オルカったらナイスジョーク」
「盛り上がっているところすまんが、相棒もオルカも前を見てくれ」
「「ん?」」
そんなダリウスの言葉を聞くのと同時に、俺は足を止めた。目の前には何もない。これまで通り、地面の下がったトンネルが続いているだけだ。……だが、探索者として感じ取ってしまう。
「うわ、張り付くような死の予感……この先、思いっきり大黒霊の巣じゃん……」
そう、大黒霊の巣の登場である。こんな広々とした巨大トンネルを貸し切るとは、なかなかに豪胆な相手のようだな! ……何て冗談を言う元気もないんですけどねぇ。これで四体目の巣、か。戻らずに進んだのは失敗だったかなぁ。
「さっきの三つ首とは違って、これは避けて通れそうにないな。いや、巣を突っ切ればワンチャン無視する事もできるか?」
「四体目の大黒霊ともなると、私にとっても全く未知の世界だ。正直、どうなるか想像もできん。ただ、その前に……」
「ゴォルルゥ」
一斉にホワイトが声を鳴らす方向を見る俺達。そこには純白の女神像が安置されており……いや、道のど真ん中に置いてあるから、ホワイトの嗅覚とか関係なしに発見できたわ。サイズ的にも俺の背丈と同じくらいのもんだし、見落とす方が難しいわ。
「巣の前に置いているのは、一応の黒檻の優しさ、なんじゃろうかのう」
「と、とりあえず、これ以上の無茶をする前に帰還するとしようか……」
「その前に、グレアにも一報を入れておけ。支給品が再度補給できるかも確認したいからな」
「了解」
諸々の要件を済ませた俺は、女神像への祈りを開始するのであった。




