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9話 サポートヒーラーとリバウンド

(間違いない。Sランク以上。下手したら、あのドラゴンよりも……俺が今まで出会ったモンスターの中で、トップクラスに強い)


 ミカは思考する。目の前の人狼。それは、ミカが今まで経験したことのないタイプのモンスターだった。

 学術士というクラスは、相手の攻撃や味方の動きを予想し、的確にバリア、攻撃の軽減をする、サポートヒーラー。ゆえに、モンスターの生態などを頭に叩き込まなければ、大きな活躍は見込めないと言われていた。

 ミカは王国の図書館に通い、図鑑を読み込み、これまで冒険者たちが出会ってきた様々なモンスターの情報を叩きこんでいた。たとえ図鑑に載っていなかったモンスターであっても、既存のモンスター情報からある程度の生態、動きを予測することが出来た。

 しかし、目の前に居る人狼。ミカが見たことのないタイプだった。故に、攻撃の予測が難しい。情報の無い相手というのは、学術士にとって最も辛い敵だ。


(だが、ここまでの動きから、ある程度はわかった。こいつは本能に従うタイプ。敵とみなしたものを的確に排除する、天然のハンタータイプだ。しかも、見たところSランク冒険者ですら危うい相手。動きも素早い。誰かが囮にでもならない限り、逃げられないだろう。今俺ができる最善策は……)


 ミカは最善策を考えた。そして、一つの方法を思いつく。


「来るぞ! 皆集中しろ!」


 人狼は冒険者の集団へととびかかる。すると、おそらくはAランクであろう、盾を持った髭面の冒険者の一人が、人狼の前に立ちはだかる。


『俺はタンクだ! 鉄壁の防御を誇るロイヤルガードだ! てめぇなんかに負けねぇ!』

 

 盾を構えるタンクであったが、人狼が盾に爪を立てると、いとも簡単に貫通してしまった。

 そのままそのタンクを持ち上げ、冒険者の集団へと投げつける。


『くそっ、なんだこいつは……爆弾矢をおかわりだ!』


 爆弾矢を構える狩人の青年。だが、その目の前で恐るべきことが起こった。


「よけろ!」


 ミカが叫ぶ。人狼が腕を振る。すると、その風圧が刃となって狩人を襲った。

 狩人がミカの声に咄嗟に屈むと、手にしていた矢、弓が斬れ。狩人の頭髪の一部が切り裂かれる。


『あ、危なかった……なんなんだいった……!?』


 狩人が居るのは冒険者の集団のど真ん中。見れば、周囲の冒険者たちの一部は、風圧の刃に体を傷つけられ、血を流していた。

 そして、狩人の持っていた矢、その先端が切れ、点火済みの爆弾矢が地面へと。


「範囲バリアだ! 防御バフもかける!」

「オールヒール、ですわ!」


 即座にミカとショーティアが魔法を唱える。瞬間、爆弾矢が爆発し、冒険者の数人がテラスの外へと吹っ飛ばされた。


『こっちを見なさい人狼!』


 さらに冒険者の一人が人狼を挑発する。

 見れば、人狼を挑発した冒険者の周囲には、複数人の魔法使い系のクラスが杖を構えていた。

 さらに、複数人の近接系クラスの冒険者が、人狼へととびかかる。


『口を開きやがれぇぇぇ!』


 ウォーリア、シーフ、ヴァルキュリアと言った近接系クラスたちが人狼の口を開こうと刃を人狼の体に突き立てようとする。だが、剣、ナイフ、槍、すべて人狼の体を通らない。

 だが幸いにも、近接系クラスたちを威嚇するように人狼が口を開いた。


『今よ! 口の中なら魔法だって!』

 

 元素魔導士、暗黒魔導士、陰陽師といった、遠隔魔法アタッカーの冒険者たちが一斉に魔法を人狼の口に放った。

 だが、ほんのわずかに口の中が傷ついただけ。極微小の傷。血が流れない程に軽微なものしか与えられなかった。


『まじかよ……俺たちの全力の魔法がほとんど効かねぇ!』


 人狼は側に居た近接系クラスの冒険者を腕の一振りで吹っ飛ばし、次の狙いを遠隔魔法アタッカーたちに定める。

 そして威嚇するように口を開いた人狼。その口の中に。


「グリモアショット!」


 ミカが魔法を複数放った。口の中と胴体で強烈な爆発を起こし、一瞬人狼がひるむ。口の中からわずかながら血を流し、胴体にも大きくは無いが傷がついていた。


(口の中に魔法流動耐性は無い。胴体も魔法耐性が高いが、俺の魔力量でなら魔法流動耐性を貫ける。だが……)


 ミカが放った魔法の威力は、以前よりも弱かった。その理由は、ミカが持っている本、グリモアに由来する。


「ミカさん、本が……」


 ミカの持っているグリモア。その一部が黒ずんでいた。

 ミカが待っているグリモア。それはごく一般的な学術士が使う、低級のグリモアだった。強力すぎるミカの魔力出力に耐え切れず、本の一部が黒く変色していた。

 

「紅蓮の閃光から追い出されたとき、持っていた上級のグリモアも差し押さえられたが……はやいところ新調すべきだった」


 それでも、ミカによって手入れや強化がされていたグリモアだ。下手なSランクモンスター相手でも、早々壊れることはない。

 だが問題は、相手がSランク級であり、なおかつ守らねばならない者が多かったこと。

 ただでさえ最初に人狼を阻むべく、クラスターバルーンの攻撃を防ぎ切ったときと同じバリアを展開していたのだ。その後も強力な防御バフやバリアの連発もあり、ついにグリモアが損傷してしまった。


「それでも今は……!」


 するとミカは、テラスに残された冒険者たちの前に出た。


「ここは俺があいつを押さえる。皆は逃げてくれ! ヴェネシアートへ行って、救援を!」

『逃げる!? 冗談じゃねぇ! あんたみたいな女の子を残して逃げられるか!』


 その時、人狼が冒険者の集団へととびかかった。同時に、ミカが周囲に魔法障壁を展開する。

 人狼の攻撃は魔法障壁の前に弾かれ、人狼はミカの魔法障壁をこじ開けようと試みる。


『あの人狼の攻撃をはじきやがった……』

『そういえばさっきの魔法障壁……確かこの子の……!?』

『それに俺たちが束になっても傷を与えられなかった人狼に傷を与えた……Sランク、いや、下手したらそれ以上の並の強さじゃねぇか……!』


 ミカの強さを目の当たりにした冒険者たち。それは、ミカが先ほど発した言葉の信頼へと繋がる。

 そして、魔法障壁を人狼が半ばこじ開けたとき。


「はやく行えぇぇぇー!」


 ミカが叫んだ。すると、テラスに残った冒険者たちが逃げ始めた。


「よし、ショーティア、ルシュカ、シイ! 皆も逃げ……!?」


 その瞬間だった。

 ミカの持っていたグリモアが、完全に黒ずみ、弾けた。


「くっ……!」


 その影響で若干弱くなったバリアを、人狼が突き抜ける。なおもミカは素手でその手を人狼に向け、バリアを展開した。


「魔法障壁、展開!」


 グリモアという、元素魔導士などで言う杖、つまり武器が無い影響は大きかった。

 ミカは学術士でも特に高い実力を持つ。実際、持っている魔力についても、通常のSランク冒険者の数十倍は持っている。

 魔法使いにとって武器というものは三つの役割がある。

 一つは魔力を増幅させる役割。武器に込められた魔力で、攻撃力や回復力を強化することだ。

 もう一つが、魔力の安定化。中級以上の冒険者であれば、魔力の増幅よりも、安定化が重視される。水槽などから水が吹き出すとき、大きな穴よりも小さな穴から吹き出すほうが遠くまで飛ぶ。魔法も同じ傾向があり、その調節を、武器を用いることで容易に行えるようになる。

 そして最後の一つ。これは最上級の魔法使いにとって重要になることだ。

 最上級の魔法使いであれば、武器を用いなくても最上の魔法を扱える。だが、強力な魔法を素手で扱うため、ある現象が発生してしまう。それが。


「ぐあっ……」


 バリアを張るミカの手が黒ずむ。まるで先ほどのグリモアのように。

 これが最上級の魔法使いにだけ、素手で魔法を使用した際に起きうるデメリット。攻撃やバリアなどのために変質させた魔力に、自身の体が侵されてしまう現象。『リバウンド』だった。

 

「このくらいなら……まだ……!」


 人狼がミカのバリアを破ろうと手を振り上げる。それに気づいたミカは、瞬時にバリアを消し去る。

 勢い余った人狼の手が、テラスの床へと突き刺さった。

 人狼が手を抜こうとしている間に、ミカは残っていた青空の尻尾の皆に言った。

 

「俺がなんとかする……皆は逃げ……」

「ポイントヒール!」


 その時、ミカは両手に暖かさを感じた。

 すると、側にはショーティアが。


「ショーティアもはやく逃げ……」

「リバウントが起きておりますわ!」

「大丈夫だ……この程度のリバウンドは……」

「大丈夫ではありません! リバウンドは、最悪自身の命を奪い、最悪でなくても、放っておけば後遺症が残ってしまう可能性があります。今、わたくしはあなたの手にポイントヒールをかけていますわ」

「ああ、遠距離でも、特定の一部だけヒールをかける魔法だったか」

「ええ。聖魔導士のヒールには、対象の魔力を整える効果もありますわ。リバウンドの治療にも使われています」


 ミカが両手を見る。見れば、リバウンドによる黒ずみは和らいでいた。 

 さらに、ミカの周囲にルシュカ、シイカが集まる。


「ミカ殿、大丈夫でありますか!?」

「……にゃ」


 ルシュカがミカへと駆け寄り、シイカは心配そうにミカの腕に触れた。


「皆、はやく逃げ……」

「そんなミカ殿を放っておけるわけ無いであります! みんな、生きのこるであります! ここ、こわいでありますが、がんばるであります!」


 シイカも首を縦に振る。


「みんな……」


 ミカは考える。確かに、今までにないほど状況が悪い。皆を逃がすために、この人狼を抑えるのに素手で魔法を使い続ければ、リバウンドで危険な状況になるだろう。

 万全であれば、皆を逃がしつつ人狼を追い払うこともできる。だが、万全ではない。下手すれば、自分の命さえ危ういかもしれない。自分がやられれば、人狼は逃げた皆を追う。そうすれば、全てが無駄に終わる。

 だが、もし皆で連携できれば。残った4人で連携すれば。少なくとも、自分一人で戦うよりも、生存率はグッと上がるだろう。

 それがミカが、次に考え付いた最善策であった。


「すまない皆……皆の力、貸してほしい」

「……にゃ」

「当然であります!」

「ふふ、当り前ですわ。おっぱい揉……んでいる暇はありませんわね」


 人狼が床から手を抜き出す。口を開き、ミカたちに威嚇をする人狼。

 テラスには、ミカたち4人と、人狼しか残っていない。

 逃げた冒険者たち、森の中で倒れているであろうアゼルやクロ、彼女たちを守るため、ミカは4人で人狼に挑むことを決意した。


「皆、気合を入れろ……来るぞ!」


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