8話 猫耳パーティと銀色の獣
ミカたちが泊まっていた温泉宿は、建物こそバレンガルド様式のものだ。
バレンガルド様式の建物は、屋上がテラスになっているものが存在する。
温泉宿の屋上も、森や街道を一望できるようなテラスになっていた。
「ショーティア、何があった!?」
「ミカさん! わたくしにも何がなんだか……」
遠くで何かが起きている。必然的に、宿の来客者たちはテラスへやってきていた。
青空の尻尾は、全員テラスへやってきている。青空の尻尾だけではない、おそらくは温泉宿に泊まっていた他の客たちもやってきている。おそらくは冒険者達であった。
ミカたちを合わせると、20人ほどがテラスにやってきていた。
爆発音を警戒してか、冒険者たちは、その身に戦闘用の装備を身に着けている。ミカたちも例外ではない。
「いったい何が起こってるんだ……」
「ウチにもわからねぇ。でも、遠くで何か燃えてるのは確かだぜ!」
アゼルの言う通り、テラスから見える遥か遠く、森の方角。そこでは炎が燃え盛り、黒い煙が上がっている。
「ミカ、どうやら何か爆発があったようだよ」
「そうだな……だがあの爆発の規模、ただ事じゃない。クラスターボムとまでは行かないが、バルーンボム数体分の爆発には相当する」
「ですがミカ殿。何かあったにせよ、爆発は我々のここから遠く。自分らには関係ないのでは?」
そうルシュカがミカに尋ねたときだ。
「……にゃ」
シイカが、炎が燃え上る方角を指さした。
「どうしたシイ。なんで指さし……」
ミカがシイカが指さした方向を見る。
シイカが指さす方向。視界の端に見える木々が、倒されていっていた。まるで巨大な何かが移動しているかのように、森の中を何かが進み、木々が倒されている。
『お、おい、なんだあれ』
『こっちに方に来てないか?』
『何かヤバイのが近づいてきてるんじゃ』
『だ、大丈夫よ! 今ここにはAランクパーティもいくつか居るし、何が来ても……』
周囲の冒険者たちも、森の中で動く何かに気づく。それは確実に、ミカたちの居る温泉宿の方向へと近づいてきていた。
「ミカ、あのように動くモンスターって心当たりあるかい?」
「……一応ある。巨大な蛇のヨルムンガンド、巨大なジャイアントオーク……多くはAかSランクモンスターで、木々を倒して移動できるような奴は居るが、どれも木々より巨大か、小さくてもあそこまで早く移動できないはずだ。それこそ、もっと強いモンスターでなければ」
「ミカ、それはまさか」
森の中を木々を倒しながら動く何か。それはまるで温泉宿の存在に気づいたように、一直線に。そして次第に加速して、ミカたちの方へと近づいていた。
『へん、やっぱこっちに来てやがる』
『出てきたところを、私の元素魔法でぶっ飛ばしてあげるわ!』
『おっと、狩人の俺を忘れちゃ困る。爆弾矢で一発さ』
『こりゃ、ベルセルクの俺の出番はないかもな!』
周囲の冒険者たちは、意気揚々と迎撃態勢を取る。余裕を見せている。
だが、ミカは違った。
「ああ、そのまさかだクロ。おそらくは」
木々を倒し進む何か。それが温泉宿に近づくと、突然、森の中から何かが飛び出した。
それは狼。いや、ただの狼ではない。
月の光に照らされ、輝く銀色の体毛。鋭い爪、筋肉質な体。ここまでは狼の特徴だ。
だが普通の狼と異なっていたのは、その体つき。体格はゆうにミカの四倍はある巨体。それでいて、体付きはどこか人間を思わせる。
それはまるで、おとぎ話に出てくる人狼。その人狼が赤色の瞳で、テラスに居る冒険者たちをにらみつけていた。
「おそらくは……Sクラスだ!!」
攻撃に備えていた周囲の冒険者たち。だが、その人狼のあまりの速さに、攻撃に転じることができなかった。
人狼がテラスへ到達するよりも早く、温泉宿を覆うように巨大なバリアを、ミカは展開する。
「ぐっ!」
ミカが作成したバリアを、人狼がその手で殴り付ける。その瞬間、バリアの範囲外、温泉宿の周囲の生えた木々が、衝撃波で根本から吹っ飛んでしまった。
『お、おいなんだ今の』
『あの人狼の攻撃!?』
『嘘だろ……Aクラスのモンスターに、あんな攻撃する奴見たことねぇ!』
『ということは……Sクラスだっていうの!?』
『間違いねぇ……だが、あれを受け止める学術士が居るなんてな……』
『学術士……役立たずだと思ってたけれど、実は有能なクラスなんじゃない!?』
周囲の冒険者たちも、その人狼の危険さを実感する。
だが、バリアを張り続けるミカを、青空の尻尾のメンバーは心配する。
「ミカ、大丈夫なのかい?」
「大丈夫だ。あのドラゴンの時より魔力を練る時間はあったから、そうそうバリアは砕けない」
「ですが、魔力の消費が激しいのではありませんか!?」
「そこも問題ない。魔力には自信があるからな。正直、あいつは今までとは比べ物にならないやつだ。だが、隙をついて攻撃すれば……!?」
ミカが息をのんだ。人狼はバリアに複数回攻撃を与えたかと思うと、バリアを破れないと知ってか、バリアに対して爪を立てた。
すると、人狼はまるでバリアを破壊するのではなく、無理やり通ろうとするかのように、バリアに体をねじ込み始めた。それはさながら、布に小さく開いた穴を、無理やり広げてこじ開けるかのように。
「はは、魔法流動耐性か……恐ろしいほどレアな能力だな」
「な、なんだよその耐性ってのはよぉー! ミカ!」
「モンスターが持つ耐性でな。魔法を体の表面で流して、魔法攻撃をスルーってしまうって能力だ。つまり、魔法は効かない。確かにバリアは魔法だ。まさか、あんな風に破ろうとするなんてな……」
だがミカの張るバリアも至極強力なもの。人狼は数十秒かけて、ようやく体の半分をバリアから通り抜けさせた、というところだ。そんな人狼に対して。
『今がチャンスよ! 全力の元素魔法を見せてあげる!』
『俺の爆弾矢を食らいやがれ!』
『僕の聖魔法も! くらえ、ライトニングボルト!』
周囲の冒険者たちが、人狼に向かって攻撃を放った。全てバリアで動きが鈍った人狼へと直撃し、爆炎があがる。
「ミカ殿! 魔法ではない爆弾矢でなら!」
「……」
ルシュカの問いに、ミカは何も答えなかった。そして、ミカは感じた。
煙で見えなくなっているが、バリアをはったミカは感じた。人狼が、バリアの内部に侵入したことを。
その気配を察知したミカは、少し離れた位置に居たクロに言い放った。
「っ! クロ、伏せろ!」
「えっ、な、なんだい!?」
おそらくはアゼルもミカの言葉を察したのだろう。アゼルがクロの前に立つ。ミカはすぐさま、クロとアゼルに防御系のバフ魔法をそれぞれをかけた。
「防御バフをかけた! これでとりあえずは……」
「まかせとけ! ウチが守る! セイントスキン! ……ぐあああぁぁ!」
「わああ! ミカああぁぁ!」
アゼルがセイントスキンを発動した瞬間だった。アゼルの体は人狼に突進され、その背後に居たクロともども吹き飛び、遥か遠く、森の中へと突き刺さった。
「アゼルさん! クロさん!」
「くそ……だが、大丈夫だショーティア、防御バフをかけたから二人は無事だ! 魔法流動耐性持ちだから防御バフになっちまったが……」
相手は魔法流動耐性を持つ。魔力をすり抜けるように流す耐性ゆえ、場合によってはバリアも先ほどのようにすり抜けられてしまう。
ミカのバリアであれば弾ける可能性も多々あった。しかしミカは万が一のことと、あえて二人を吹き飛ばさせ、逃がすことを考えて防御バフをかけた。
「今はこっちのことを考えるんだ……くそっ、範囲バリアだ!」
テラスへと降り立った人狼は、周囲に居た冒険者3人に手を一振りする。その冒険者たちが鎧を砕かれると同時、寸でのところでミカが防御バフをかけ、冒険者達は森の方向へと吹っ飛んだ。
「な、なんでありますか……あの化け物は……! なんだか雰囲気が、あの時戦った大きい熊に似てるであります……」
「……にゃ」
ルシュカやシイカが萎縮する。それは、他の冒険者達も同じだ。
月の光に照らされた人狼。爆弾矢による傷は、一切見当たらない。
その人狼は突然、空を上げて吠えた。それはまさしく遠吠え。すると人狼はその赤い瞳で、冒険者たちをにらみつけた。その視界の中には、ミカを含め、青空の尻尾のメンバーが居る。
「みんな……まず言っておく。生き残り、逃げ出すことを考えろ」
ミカは手にした魔導書を、力強く握った。
「こいつは……Sランク以上だ!」




