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辺境暮らしの便利屋冒険者、伝説のクランのリーダーに祭り上げられる 〜本人曰く「ただの日常」らしいです〜  作者: 盆ちゃん


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第9話:ただの帳簿付けと、世界を欺く神の筆

第9話:ただの帳簿付けと、世界を欺く神の筆

 日だまり郷に木枯らしが吹き始めたある日の午後。

 アルドは丸太小屋のテーブルに広げた帳簿とにらめっこをしていた。

「うーん……これからの季節、保存食用の塩や、ランプの油なんかがもっと必要になるな。レイヴンたちもよく食べるし、少し節約しないと」

 彼はカリカリと羽ペンを走らせ、村の「便利屋」としての収支を計算している。もちろん、彼が養っている居候クランメンバーたちは、外の世界でその気になれば国家予算レベルの富を一日で稼ぎ出せるバケモノ揃いなのだが、アルドは彼らを「訳あって無一文で転がり込んできた不器用な人たち」と信じて疑っていない。

「あ、インクが切れそうだ。王都から来る行商人から買うと高いんだよな……。よし、自分で作ろう」

 アルドは立ち上がり、先日作り上げたばかりの暖炉(特級魔導士の精神を崩壊させた超・魔力融合炉)から、燃えカスの炭を少し取り出した。それに、裏山の森で摘んできた赤黒い木の実をすり潰して混ぜ合わせ、水を一滴垂らして練り上げる。

 ――当然だが、それは「ただの自家製インク」などではない。

 アルドが取り出した炭は、世界樹の枝が原始の精霊王の炎によって極限まで精製された『星幽の灰』。そして混ぜ合わせた木の実は、神話の時代に知恵の神が育てたとされる『真理の果実』の変異種である。

 これらをアルドの手で混ぜ合わせた結果、完成した赤黒い液体は、光の加減によって宇宙の星々が煌めくような深淵の輝きを放つ『事象改竄の神墨アカシック・インク』へと変貌していた。

 紙に記した内容を「世界の真実」として大宇宙の理に強制的に書き込む、神の筆記用具である。

「よしよし、いい色だ。滑りも悪くない」

 アルドは試し書きをして満足げに頷くと、小瓶に詰めたインクの余りを手に、小屋の隅で分厚い手帳を広げているアーキヴァルの元へ向かった。

「アーキヴァル、いつも記録係お疲れ様。君はよく字を書くから、インクの減りが早いだろう? これ、僕のお手製なんだけど、よかったら使ってよ」

「アルド様のお手製……!? そ、そのような貴重な品を、私のようなしがない裏方がいただいてもよろしいのでしょうか!?」

「いいんだよ、裏山の木の実と灰を混ぜただけの安物だから。気にせずたっぷり使ってね」

 アルドは笑顔で小瓶を渡し、再び自分の帳簿付けに戻っていった。

 インクを受け取ったアーキヴァルの手は、ガクガクと小刻みに震えていた。

(……なんという恐ろしい魔力密度。小瓶の底に、小宇宙が形成されている……! アルド様はこれを「安物」と仰った。つまり、この程度の『真理の書き換え』など、彼にとっては日常の些事に過ぎないということ……!)

 アーキヴァルは畏敬の念に打たれながら、その小瓶を自らの心臓に近いポケットへと大切にしまった。

 その日の深夜。

 日だまり郷を囲む森のさらに外縁部、険しい崖の上に、十数人の黒装束の集団が音もなく展開していた。

 彼らは、アステリア王国の中央情報局から派遣された王属特務機関『見えざるフクロウ』。王国最高の隠密技術と諜報能力を持つエリート部隊である。

「……先月観測された謎の黄金の光柱、そしてフェンリス大公の差し向けた特級魔導士ルシウスの発狂。全てはこの『日だまり郷』を中心に起きている。我々の任務は、この村に潜む脅威の正体を完全に暴き出し、本国へ持ち帰ることだ」

 隊長である男が、冷徹な声で部下たちに指示を出した。

「まずは『千里眼の魔導器』を使用し、村の中心部を透視する。いかなる結界があろうとも、この王家伝来の宝具の視線を防ぐことは不可能だ」

 隊長が巨大な水晶玉のような魔導器を起動させる。

 しかし――彼らが村の様子を覗き込もうとしたその瞬間、崖の上の空間がぐにゃりと歪み、一人の青年がふらりと現れた。

「……夜分遅くに、ご苦労なことです。王都の『梟』の皆様」

 パリッとした夜会服に身を包んだアーキヴァルである。彼は片手に分厚い手帳を、もう片方にはアルドから貰ったばかりの『神墨』と羽ペンを持っていた。

「なっ!? 貴様、どうやって我々の絶対隠蔽結界を抜けて……!?」

「アルド様の聖域に、薄汚い覗き穴を開けようとする小虫を駆除するのに、理由など必要ありません」

 アーキヴァルは冷たく言い放つと、パタンと手帳を開き、羽ペンをインク瓶に浸した。

「本来ならば、シノンやレイヴン殿に頼んで皆様を物理的に『消去』してもらうところですが……アルド様は争い事を好まれませんので。今回は、平和的に処理いたしましょう」

 アーキヴァルが羽ペンを走らせる。

 彼が紙に書き込んだのは、以下のような一文だった。

『王属特務機関の調査報告:日だまり郷は完全なる不毛の荒野であり、黄金の光柱はただの自然現象の錯覚であった。当該地域にいかなる価値もなく、今後一切の調査及び接近を永久に禁ずる。この事実は王国の絶対の真理である』

 文字が記された瞬間、アルドのお手製インクが放つ小宇宙の輝きが、紙面から強烈な光となって溢れ出した。

「な、なんだこの光は!? ぐぁぁぁっ!?」

 『事象改竄』の発動である。

 特務機関の隊長をはじめとする十数名のエリート隠密たちの脳髄に、アーキヴァルの書いた「偽の報告」が「絶対的な世界の真実」として強制的に上書きされていく。

 彼らが持っていた『千里眼の魔導器』も、神の理に逆らえずにピキピキとひび割れ、粉々に砕け散った。

「あ……あぁ……」

 数秒後、光が収まると、隊長たちの目からは一切の敵意と知性が失われ、ただ虚空を見つめていた。

「おや? 我々は、こんな辺境の荒野で何をしていたのだ……?」

「隊長、ここはただの不毛の地です。我々の調査は終わりました。何もありません。王都へ帰り、陛下にそう報告しましょう」

「うむ、そうだな。ここに接近することは時間の無駄だ」

 彼らは完全に記憶と認識を書き換えられ、一切の疑問を抱くことなく、回れ右をして王都への帰路につき始めた。

 この日を境に、アステリア王国の公式な地図から「日だまり郷」の存在は完全に抹消され、いかなる権力者もこの地に干渉しようという思考そのものを抱けなくなるという、究極の隠蔽工作が完了したのである。

「……凄まじい」

 去っていく隠密たちを見送りながら、アーキヴァルは震える手で羽ペンを見つめた。

「ただの一行。ただの一行を記しただけで、国家の最高機密機関の認識を根底から書き換え、世界の理すら捻じ曲げてしまった。これが、アルド様が『安物』と呼んだインクの力……!」

 アーキヴァルは、夜空の月に向かって深々と頭を下げた。

「ああ、アルド様。貴方様の深謀遠慮、しかと受け取りました。貴方様の平穏なる日常を脅かす情報は、この私が全て、歴史の闇へと書き換えてご覧に入れましょう……!」

 翌朝。

 アルドは、丸太小屋のテーブルで朝のコーヒーを飲みながら、満足げに伸びをした。

「ふぁぁ。昨日は帳簿の計算がぴったり合ってスッキリしたな。新しいインクも滲まなくて書きやすかったし」

「アルド様」

 そこへ、アーキヴァルが恭しくお辞儀をして近づいてきた。

「いただいたインク、早速使わせていただきました。あまりにも滑らかな書き心地で、ペンが勝手に真実を紡ぎ出すかのような、素晴らしい一品でした」

「あはは、それはよかった! 書記仕事も楽じゃないだろうけど、無理しないでね。足りなくなったらまたいつでも作ってあげるから」

「もったいなきお言葉! このアーキヴァルの命に代えましても、アルド様の記録は守り抜きます!」

「だから命とか大げさなんだってば……」

 苦笑いするアルドの横で、アーキヴァルは今日もクランリーダーへの狂信を深めていく。

 最強の便利屋の「ただの帳簿付け」と「自家製インク」は、国家の目を完全に欺き、日だまり郷の鉄壁の平穏を盤石なものとしたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

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