第10話:便利屋の休日と、伝説のクランが誓う「平穏」
第10話:便利屋の休日と、伝説のクランが誓う「平穏」
日だまり郷の朝は、いつものように穏やかな陽光とともに訪れた。
アルドは丸太小屋の縁側に座り、村を見渡していた。秋の深まりを感じさせる冷えた空気が、彼の頬を心地よく撫でる。
「さてと。今日はとくに急ぎの依頼もないし、みんなで少し遠出して、川で魚でも釣ろうかな」
彼がそう声をかけると、小屋の中から四人の影が飛び出してきた。レイヴン、エルミナ、シノン、そしてアーキヴァル。彼らはアルドの言葉一つで、即座に「ただの村人」としての仮面を完璧に被り直す。
「いいですね、アルド様! 最近、川沿いのハーブの状態も気になっていましたから、絶好の機会です!」
「ふん、釣果で貴様らに負けるつもりはないぞ、エルミナ」
「……俺は水際で罠のチェックをしておく。魚が採れれば、燻製にするのに都合がいい」
「皆様、アルド様のお供です。くれぐれも無作法のないように」
彼らがアルドの背後に従う姿は、一見すると「のどかな村の便利屋と、その手伝いをする住人たち」という絵にしか見えない。
しかし、その実態は――かつて大陸を席巻し、今や歴史からその名を消した最強のクラン『黄昏の守護者』が、その創設者であるリーダーを護衛する、人類史上最も贅沢な「ただの休日」であった。
一行は、村からほど近い清流へと向かった。
アルドは竹竿を器用に操り、適当な枝を削って作った浮きを投げる。
「おっ、いい引きだ!」
アルドが竿を上げると、銀色に輝く大きな魚が宙を舞った。
――読者には明かしておこう。彼が釣り上げたのは、ただの魚ではない。千年の間、水の精霊の加護を受け続け、その肉を一口食べれば万病を癒し、魔力を純化させる神話級の霊魚『聖竜鱗魚』である。この川には一匹しか生息していないとされ、かつては国一つを傾けてでも追い求められた幻の食材だ。
「わあ、美味しそうな魚だね! 今日はこれで塩焼きにしよう!」
「アルド様、さすがです……! この聖竜鱗魚を、まさかこんなにも軽々と釣り上げられるなんて!」
エルミナが感動のあまり鼻息を荒くするが、アルドは「あはは、まぐれだよ」と笑い飛ばす。
その光景を、川辺の茂みから見つめる影があった。
この辺境一帯を探索していた、某小国の特務部隊。彼らは昨今の「日だまり郷」の異常な平穏と、不可解なまでの情報の遮断を怪しみ、何者かがこの地に「世界を滅ぼすほどの何か」を隠していると確信していた。
「見たか……あの青年の釣った魚。鱗が黄金に輝いているぞ……。あれこそ、伝説の竜の肉……! 手に入れれば、我が国は大陸の覇権を握れる!」
隊長格の男が、欲望に目を血走らせて合図を送る。
「全員、準備はいいか! ターゲットの青年が油断した隙に、その魚を奪い、村ごと殲滅して連れ帰るぞ!」
十数名の工作員が、一斉に茂みから躍り出た。
彼らの手には、対魔獣用の拘束具と、どんな防御も貫くという特注の魔力兵器が握られている。
――しかし、彼らがアルドの釣り座まであと数メートルの位置に踏み込んだ時。
レイヴンが、薪を運ぶのと同じような動作で、無造作に腰の斧を抜いた。
シノンが、魚をさばくための小刀を空中に放り投げた。
それは、攻撃ではない。ただの「排除」であった。
レイヴンの斧が振るわれる。ただ、一閃。
それだけで、工作員たちが持っていた最高級の魔力兵器は、分子結合を完全に無視され、何千もの粒子となって空に霧散した。
シノンの放った小刀が舞う。ただ、一回転。
それだけで、工作員たちの足元の空間が切り裂かれ、彼らは一歩も前に進むことができず、地獄の淵に突き落とされたかのような恐怖に戦慄して硬直した。
「……何の用だ? アルド殿の休日に、無粋なハエが群がっているようだが」
レイヴンが低く、恐ろしい声で呟く。
「貴方たち、アルド様が今、魚を釣って楽しんでいらっしゃるのが見えないのですか? 目障りです。今すぐ視界から消えなさい」
エルミナが杖を地面に突くと、川の水が龍の姿となって工作員たちを威圧した。
「ひ、ひぃぃぃっ……!! な、なんだこの圧力は!? 伝説の『黄昏の守護者』……!? いや、そんなはずは……!?」
工作員たちは、目の前にいるのがかつて大陸を震わせた「伝説のクラン」の残党だと気づき、恐怖のあまり失禁して地面に崩れ落ちた。
「……ほう。少しは名を知っているようだな。ならば、分かっているな?」
レイヴンが斧を肩に担ぎ直し、一歩踏み出す。
「次はない。この村を一度でも嗅ぎ回るようなら、貴方たちの国そのものを地図から消す」
工作員たちは、武器も名誉も全て放り投げ、獣のような悲鳴を上げながら森の奥へと逃げ去っていった。二度と、日だまり郷という名の「禁忌」を口にすることはないだろう。
「……ふう。騒がしい虫がいたな」
シノンが何事もなかったかのように小刀を鞘に収める。
一方、アルドは。
「ん? なんだか向こうで草が揺れたけど、シカでもいたのかな? まあいいや、それより魚が焼けたよ!」
アルドは焼き上がった聖竜鱗魚をみんなに配り、キラキラと輝く身をほぐして口に運んだ。
「うん、最高だ! みんなで外で食べると、やっぱり美味しいね」
その言葉に、クランのメンバーたちは一様に目を潤ませた。
「ええ、本当に……。世界を救うことよりも、アルド様と囲むこの食卓こそが、私たちにとっての唯一の『平和』なのです……」
「記録完了。本日の休日も、アルド様の平穏は完璧に守られました」
伝説のクランのリーダーとして、今日も「ただの休日」を堪能するアルド。
その背後では、世界を滅ぼしかねない敵がまた一人(あるいは十数人)、ただ「魚を食べている男」の威圧感だけで排除されていた。
彼の「日常」という名の伝説は、こうして、村の外へと少しずつ、だが確実に広がり続けていく。
日だまり郷の夜は更け、暖かな星空の下、最強の便利屋の冒険譚は、これからも終わることなく続いていくのであった。
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