第89話:ただの窓拭きと、幽冥の怨霊鳥の強制からくり化(古代狂信教団の空回りする呪詛)
第89話:ただの窓拭きと、幽冥の怨霊鳥の強制からくり化(古代狂信教団の空回りする呪詛)
黄金の城塞『日だまり郷』の朝は、大宇宙の理すらも凌駕する究極の平穏と、食欲を暴力的なまでに刺激する香ばしい匂いと共に幕を開ける。
今日のアルドは、朝から中庭にしつらえた手作りの石窯に薪をくべ、絶妙な火加減で『特製・神仙窯焼きピザと、星屑トマトのミネストローネ』を焼き上げていた。
「よし! メインは『飛竜の燻製ベーコンと幻獣チーズのマルゲリータ』で、スープは野菜の甘みを限界まで引き出した特製ミネストローネだ!」
アルドがエプロン姿で熱々のピザを巨大な木製のピザピールに乗せて取り出すと、その圧倒的な生命力とチーズの香りに引き寄せられ、神竜ポチとモフモフの星狼シロが石窯の周囲でちぎれんばかりに尻尾を振って待機していた。
このピザ、一口齧れば幻獣チーズの濃厚なコクと飛竜肉のエネルギーが全身の細胞を瞬時に活性化させ、星屑トマトの酸味が致死の呪いすらも中和する『究極のスタミナ回復食』である。
「うむ……! この黄金色に焦げたチーズの伸び具合と、生地のサクサク感! 見るだけで我が魔界の闘争本能がフニャフニャに溶かされそうになるわい!」
元・魔界大帝サタナスが、つまみ食い用に用意されたピザの切れ端を口に放り込み、あまりの美味さにワナワナと肩を震わせて涙ぐんでいた。
そんな賑やかな中庭の喧騒から少し離れた、防音・防諜の魔法結界が幾重にも張られた城塞のテラス席。
そこでは、大公レオハルト、情報局長アーキヴァル、元・大賢者ゾルタンの三人が、深刻な顔つきで王都の中心部を指し示す立体地図を広げ、極秘の『戦術会議』を行っていた。
「……大公閣下。先日の『混沌の泥土竜』による大劇場崩壊計画を我々に(極上の床暖房として)粉砕された古代狂信教団『深淵の瞳』ですが、奴らはいよいよ焦りを見せ、次の一手を打ってきました」
アーキヴァルが、手元の書類を指先で弾きながら冷徹に報告する。
「我が情報局の感知網と、昨夜空を飛んで夜風を浴びていた大精霊女王ティターニア殿の『大気汚染感知』により、王都の象徴である『太陽の大時計塔』に異常な魔力反応を確認しました」
ゾルタンが、魔力測定器の不吉な漆黒の波形を指差した。
「教団の司祭ザガンが放ったのは、古代の呪術で生み出された『幽冥の怨霊鳥』の大群です。この魔鳥は、あらゆる光と希望を喰らい、周囲の空間を底なしの絶望へと変える大宇宙の害悪。奴らの狙いは、大時計塔を黒い怨念の巣で覆い尽くし、王都中に『狂乱と絶望の鐘』を響かせて、民の精神を崩壊させ邪神への生贄とすることでしょう」
「王都の時を刻み、民の生活を支える時計塔を、邪神の呪いの発信源にしようというのか。……どこまでも卑劣で救いようのない連中だ」
大公は怒りで眉間を深く寄せた。
「ええ。ですが、我々が『事前に』その動きを完全に把握している以上、大時計塔のガラス一枚すら曇らせることはありません。敵の悪意が王都に響き渡る前に、根源から綺麗に磨き上げて差し上げましょう。……高所の窓拭きと歯車のメンテナンスといえば、アルド様にとって最も得意とする『お掃除』の領域ですからね」
アーキヴァルは、悪魔のように完璧な微笑みを浮かべ、手帳のページに『対・狂信教団・請求書(第二弾)』と優雅な筆記体で書き込みながら、一枚の『依頼書』を迅速に作成した。
ちょうどそこへ、出来立てのピザとスープを運んできたアルドに、アーキヴァルは深々と頭を下げて依頼書を差し出した。
「アルド様、美味しい朝食の最中に申し訳ありません。大公閣下より、急ぎの『清掃とメンテナンスの依頼』が入っております」
「おや、急ぎのお仕事かい? どれどれ……『王都の太陽の大時計塔に、大量の鳥が巣を作り、窓ガラスがフンと煤で真っ黒になっている。さらに歯車の油が切れて変な音が鳴っているので、至急ガラスの清掃と歯車の注油をお願いしたい』……なるほど!」
アルドは、依頼書を見て真剣な表情でコクリと頷いた。
「時計塔のガラスがフンまみれになっちゃうなんて一大事だ! 景色が見えないし、時計の針が錆びて止まったらみんなが困っちゃう。長年の汚れと油切れで、ギシギシ嫌な音が鳴ってるんだろうね。よーし、今日は僕の特製『事象払拭のガラスクリーナー』と、『概念潤滑の神仙オイル』を持って、大時計塔を鏡みたいにピカピカにしてこよう!」
アルドが意気揚々と作業着(完全防汚のオーバーオール)に着替え、巨大な清掃用具箱を持って部屋を出て行った後。
リビングの影から、レイヴンとシノンが音もなく立ち上がった。
「主の『窓拭き』の邪魔をする、薄汚い狂信者のドブネズミどもは、俺たちが先に処理しておく。……さあ、奴らの教団を完全に解体するための、第二の証拠集めの始まりだ」
クランメンバーたちによる、緻密な情報網に裏打ちされた「能動的な悪の事前粉砕」が、音もなく動き出したのである。
***
その頃、王都の大時計塔から少し離れた廃教会の地下。
狂信教団『深淵の瞳』の司祭ザガンは、水晶球に映る大時計塔の様子を見つめながら、狂気に満ちた高笑いを上げていた。
「クックック……! 素晴らしいぞ。我が教団の誇る『幽冥の怨霊鳥』が、大時計塔の魔力を喰らって凄まじい勢いで増殖している! あの怨念の呪いは、いかなる浄化魔法も受け付けん。数時間後、正午の鐘が鳴る頃には、大時計塔から放たれる絶望の音色が王都中を狂気の渦に巻き込み、愚かな民どもは同士討ちを始めるのだ!」
ザガンは、傍らに控える黒法衣の信者たちに傲慢な視線を向けた。
「大劇場での生贄計画は謎の『極上床暖房』への変異という予測不能の事態で失敗したが、物理的な精神破壊ならば防ぎようがあるまい。行け、お前たちは時計塔の周囲を見張り、絶望の鐘が鳴り響く瞬間を記録してこい!」
自らの完璧な陰謀が進行していると信じて疑わない悪徳司祭の笑い声が、薄暗い地下室に虚しく響き渡っていた。
***
「よし、窓拭きと注油の準備は完璧だ!」
アルドは、太陽の大時計塔の最上部、巨大な文字盤の裏側にある展望室の窓際に立ち、手作りの『事象払拭のガラスクリーナー』と、長いノズルのついた『概念潤滑の神仙オイル』を用意していた。
――当然ながら、その素材は常軌を逸している。ガラスクリーナーは、天界の浄化水と大精霊の息吹を限界まで濃縮した『大宇宙のあらゆる汚れと呪いを消し去る神仙洗剤』。神仙オイルは、星の核から抽出した純粋な潤滑油で、いかなる摩擦や軋みも永久に無くす『絶対滑水のコーティング剤』である。
「うわぁ……。大公様が言っていた通り、これはひどいな。展望室の窓ガラスが、真っ黒なフンと煤で埋め尽くされてるぞ。おまけに、なんだかギシギシと嫌な音(精神を削る呪いの音波)がするし、窓の周りを真っ黒なカラスみたいな鳥がバタバタと群れてて、すごく不衛生だ」
アルドは、ワイパーを片手に、プロの清掃業者としてのダメ出しを始めた。
彼の驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、大宇宙の光を喰らう怨霊鳥の本体を、「長年放置されて異常繁殖し、景観と衛生環境を著しく損なっている極度にガンコな害鳥の群れとフン汚れ」だと完全に誤認していた。
「よし! こんなに汚れていたら、せっかくの王都の景色が台無しだ! 一気にクリーナーで窓をピカピカにして、ギシギシ鳴ってる歯車に油をさしてやるぞ!」
アルドは、腰からスプレーボトルを取り出し、致死の絶望の呪いが充満する展望室の窓ガラスに向かって、鼻歌交じりにワイパーを振り上げた。
『……ギエェェェェ……? ナンダ、コノ矮小ナ人間ハ……? 我ガ絶対絶望ノ領域ノ中ヲ、ナゼ発狂セズニ歩イテイラレル!?』
幽冥の怨霊鳥の大群は、触れた瞬間に精神が崩壊するはずの呪いの空間を、平然と歩いてくるアルドを見て激しく動揺した。アルドの事象改変オーラは、魔鳥の放つ絶対の絶望を「ちょっと鳥の羽音がうるさくて集中できないな」程度に強制的に緩和させていたのだ。
『コザカシイ! ナラバ直接、我ガ『幽冥ノ漆黒羽』デ魂ノ底マデ狂ワセテクレルワァァァッ!』
激怒した怨霊鳥の群れは、呪いで構成された巨大な竜巻となって、窓ガラスを突き破りアルドを丸呑みにしようと襲い掛かった。
「うわっ! この鳥、窓に体当たりしてきて危ないな! でも、この特製・ガラスクリーナーの泡なら、どんなフン汚れも鳥の羽の脂も一発で落とせるぞ!」
アルドは、襲い来る怨霊鳥の巨大な群れと窓ガラスに向けて、事象払拭のクリーナーのトリガーを限界まで引き絞った。
――プシュワァァァァァァァァァァッ!!!!
アルドが噴射した『神仙洗剤の泡』が、怨霊鳥の放つ呪いの突風と激突した瞬間。
星を絶望に沈めるはずの強靭な怨念のエネルギーは、アルドの「ガンコな窓の汚れを落として綺麗にしたい」という圧倒的で暴力的なまでの意思の前に、化学反応を起こしたかのように「シュワワワワッ!」と音を立てて、ただの『水に溶けやすい無害な石鹸水』へと強制的に分解・中和され始めた。
『ギ、ギャァァァァァァァァッ!? な、何ダコノ異常ナ洗浄力ハ!? 我ガ全テヲ狂ワセル深淵ノ怨念ガ、タダノ窓拭キ洗剤デ泡ダラケニサレテ浄化サレテイクゥゥゥッ!?』
「よし、汚れが完全に浮いてきたぞ! ここで一気に、ワイパーで窓を鏡みたいに磨き上げる!」
アルドは、世界樹の枝で作られた『ワイパー』を両手で構え、泡だらけになって悶絶する怨霊鳥の群れごと、窓ガラスを「キュッキュッ!」と小気味良い音を立てて激しく拭き上げ始めた。
――キュピィィィィィィィンッ!!!!
大宇宙の法則が、アルドの「完璧な窓拭き」という意思に完全にひれ伏す。
ワイパーが擦られた軌跡から、怨霊鳥の禍々しい絶望の魔力は完全に拭き取られ、代わりにアルドの清掃が持つ『曇りのない究極の透明感』という概念が、物理的な限界を超えて魔鳥の存在そのものを書き換えていった。
「ついでに、ギシギシ鳴ってる歯車にもこの『神仙オイル』をたっぷり差しておこう!」
アルドが時計塔の巨大な歯車にオイルを注ぎ込んだ瞬間、呪詛を帯びていた歯車の摩擦音は、天界の音楽のように澄み切った神聖な音色へと変化した。
『ア……ァァ……。我ノ、大宇宙ノ希望ヲ奪ウハズノ怨念ガ、マルデ都合ノイイ【時間ヲ知ラセル為ノからくり仕掛ケ】ノヨウニ……!? イヤ、油ヲ差サレル度ニ、我ガ呪イノ魔力ガ、異常ナマデニ心地ヨイ【極上ノ癒ヤシノ音色ト可愛イ動キ】ニ変換サレテイクゥゥゥッ! 私ノ存在ガ、民ヲ狂ワセルノデハナク、コウシテ王都ノ人々ニ平和ナ時ヲ告ゲル「極上ノ全自動・からくり鳩時計」トシテ機能スルコトガ、コレホドマデニ満タサレルコトダッタトハ……!』
幽冥の怨霊鳥の凶悪な意思は、アルドの「窓拭きと歯車注油」によって完全に浄化され、書き換えられた。
万物を絶望させる禍々しい怨霊は、気がつけば「時計塔の文字盤から飛び出し、正午の美しいチャイムと共に愛らしい動きで時を告げる、超高性能な『エコからくり精霊(見た目は真っ白で可愛い鳩)』」へと姿を変えていたのである。
「よしよし! 窓ガラスはピカピカになって、王都の景色が一望できるようになったぞ! 歯車の嫌な音も消えて、なんだかすごく綺麗な鐘の音が鳴るようになったね。おまけに、時計から可愛い鳩が飛び出してくるからくりまで直ったみたいだ!」
アルドがワイパーを置いて額の汗を拭うと、時計塔を覆っていた陰湿な空気は一瞬にして晴れ渡り、鳴り響いた正午のチャイムは、王都中の人々の心身の疲れを吹き飛ばす『奇跡の神仙メロディ』として街に降り注いだ。
***
一方、その光景から少し離れた大時計塔の裏路地。
狂信教団の司祭ザガンが放った信者たちは、大宇宙の災厄である怨霊鳥が、たった一つの窓拭きスプレーと潤滑油で「可愛いからくり時計の鳩」に成り下がった光景に言葉を失い、恐怖と絶望で完全に腰を抜かしていた。
「ば、馬鹿な……。幽冥の怨霊鳥が、ただのからくりの鳩扱いだと……!? ザガン様が心血を注いだ王都狂乱計画が、ただの『窓拭き』で……!」
「た、退却だ! 直ちにこの絶望的な異常事態をザガン様に報告し……」
信者たちが踵を返そうとした、まさにその時。
「――誰が、帰っていいと言った?」
路地の影の中から、音もなくシノンの短剣が閃き、信者たちの急所を正確に峰打ちで叩き伏せた。
退路の先からは、レイヴンが神具の斧を肩に担ぎ、凄まじい威圧感を放ちながら道を完全に塞いでいる。
「主の『窓拭き』の邪魔をする害虫どもめ。貴様らが喚び出した変な鳥のフンのせいで、主がどれだけガラスを磨くのに手間をかけたと思っている」
レイヴンが、冷酷な瞳で見下ろす。
「ヒィッ……! お、お許しを……! 我々は深淵の瞳の……!」
「貴様らは、我らが情報局長への【素晴らしい第二の証拠品】だ。……狂信教団、とやら。いよいよ迎える『組織の完全解体』への第二歩、きっちりと踏ませてもらったぞ」
シノンの冷たい宣告と共に、信者たちは完全に意識を刈り取られ、荷袋へと詰め込まれていった。
***
数日後。日だまり郷の黄金の城塞。
「……終わりましたね。星を絶望に沈める宇宙の怨霊鳥が、アルド様の腕によって見事なからくり鳩時計に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、大公から送られてきた莫大な報酬と、王都の時計職人ギルドから届いた感謝の懐中時計を確認しながら、手帳の『対・狂信教団・請求書』の第二ページ目に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第八十九種・幽冥の怨霊鳥の強制からくり化(ただの窓拭きと注油)』。対象:大宇宙の災厄ファントム・レイヴン、および狂信教団『深淵の瞳』の信者部隊。結果:アルド様の手作りクリーナーとオイルによって怨霊鳥は永遠の癒やしの音色へと概念を書き換えられ、裏で蠢く信者はクランメンバーによって完全捕縛。古代の狂信教団を追い詰めるための【第二の証拠】として回収完了しました」
「アルド殿が掃除したあの大時計塔、今では『奇跡の癒やし時計』と呼ばれ、正午のチャイムを聞くために世界中から観光客が押し寄せる超人気スポットになっているそうだな。教団の狂乱計画など、完全に極上の音楽体験のダシに使われたというわけだ」
レイヴンが、暖炉の前でシロ(星狼)の毛並みをブラッシングするアルドを眺めながら、不敵に笑う。
「ええ。ですが、奴らの悪あがきはまだ終わっていません。我々の情報網は、ザガンがいよいよ最後の禁忌に手を出そうとしていることを察知しています。奴が次にどんな汚い手を使ってこようとも……我々の完璧な情報網とアルド様の【究極の家事】が、全てを未然に粉砕します」
アーキヴァルは、分厚いバインダーを優雅に閉じた。
「奴が手駒を全て失い、組織が完全に崩壊し、自らの罪の重みに押し潰されるその瞬間まで、我々は淡々と【請求書】の項目を増やすのみ。いよいよ次回、完全なる破滅の引導を渡す時です」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、全てを計算し尽くした冷徹な死神の光が煌めいた。
最強の便利屋の「ただの窓拭き」は、王都の絶望の危機をただの清掃作業として解決し、狂信教団の野望を粉砕するだけでなく、王国に最高の癒やしをもたらす奇跡の時計塔を誕生させてしまったのである。
城塞の住人たちによる「能動的な悪の粉砕」は、国家を脅かす古代の狂信教団に完全なる破滅の引導を渡すための、完璧な最終局面へと駒を進めたのであった。
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