第86話:ただの草刈りと、鋼喰いの魔界蔦の強制補強材化(暗黒錬金術ギルドの焦燥と次なる手)
第86話:ただの草刈りと、鋼喰いの魔界蔦の強制補強材化(暗黒錬金術ギルドの焦燥と次なる手)
黄金の城塞『日だまり郷』の朝は、大宇宙の理すらも凌駕する究極の平穏と、胃袋を強烈に刺激する極上の匂いと共に幕を開ける。
今日のアルドは、朝からキッチンの調理台に巨大なまな板を置き、凄まじい手際で『特製・神仙ピクニック弁当』を作り上げていた。
「よし! メインは『飛竜肉の極厚カツサンド』で、サイドメニューには大精霊の加護を受けた『シャキシャキ温野菜のバーニャカウダ』。デザートは星屑リンゴのコンポートだ!」
アルドがエプロン姿で次々と重箱におかずを詰めていくと、その圧倒的な生命力と香りに引き寄せられ、神竜ポチとモフモフの星狼シロがキッチンカウンターの下で尻尾を千切れんばかりに振って待機していた。
このカツサンド、一口齧れば飛竜の豪快なエネルギーが全身の細胞を瞬時に活性化させ、三日三晩不眠不休で戦い抜けるほどの活力が湧き上がる『究極のスタミナ食』である。
「うむ……! この黄金色に揚がったカツの衣、見るだけで我が魔界の闘争本能が心地よく刺激されるわい!」
元・魔界大帝サタナスが、つまみ食い用に用意されたカツの切れ端を口に放り込み、あまりの美味さにワナワナと肩を震わせていた。
そんな賑やかなキッチンの喧騒から少し離れた、防音・防諜の魔法結界が幾重にも張られたリビングの長テーブル。
そこでは、大公レオハルト、情報局長アーキヴァル、元・大賢者ゾルタンの三人が、深刻な顔つきで王国の広域地図を広げ、極秘の『戦術会議』を行っていた。
「……大公閣下。先日の『猛毒の粘液獣』による水脈汚染計画を我々に(極上の入浴剤として)潰された暗黒錬金術ギルド『黒き蓮』ですが、奴らはいよいよ焦りを見せ、次の一手を打ってきました」
アーキヴァルが、手元の書類を指先で弾きながら冷徹に報告する。
「我が情報局の感知網と、城塞の屋根で日向ぼっこをしていた元・混沌の王アザトス殿の『空間振動感知』により、王都の物流の要である『大峡谷橋』に異常な魔力反応を確認しました」
ゾルタンが、魔力測定器の不吉な赤茶色の波形を指差した。
「ギルドの幹部ゼロスが放ったのは、古代の錬金術で生み出された『鋼喰いの魔界蔦』です。この蔦は、鉄や石の概念そのものを分解して養分とし、無限に増殖する最悪の寄生植物。奴らの狙いは、王都と外部を繋ぐ大峡谷橋を物理的に崩落させ、王都の物流を完全に遮断することでしょう」
「物流を絶てば、王都は孤立し、物価は跳ね上がる。そこへ奴らが法外な価格で物資を売りつけ、経済を掌握しようという腹か。……どこまでも卑劣な連中だ」
大公レオハルトは、怒りで眉間を深く寄せた。
「ええ。ですが、我々が『事前に』その動きを完全に把握している以上、王都の橋のネジ一本すら落とさせることはありません。敵の悪意が橋を食い破る前に、根こそぎ刈り取って差し上げましょう。……橋に絡みつく蔦の処理といえば、アルド様にとって最も得意とする『お掃除』の領域ですからね」
アーキヴァルは、悪魔のように完璧な微笑みを浮かべ、手帳のページに『対・暗黒錬金術ギルド・請求書(第二弾)』と優雅な筆記体で書き込みながら、一枚の『依頼書』を迅速に作成した。
ちょうどそこへ、出来立てのカツサンドをタッパーに詰めてやってきたアルドに、アーキヴァルは深々と頭を下げて依頼書を差し出した。
「アルド様、美味しいお弁当作りの最中に申し訳ありません。大公閣下より、急ぎの『清掃とメンテナンスの依頼』が入っております」
「おや、急ぎのお仕事かい? どれどれ……『王都の大峡谷橋に、異常な速度で成長するガンコなツタが絡みつき、橋の鉄骨をサビさせている。橋が傷む前に、至急ツタの草刈りと、サビ止めのメンテナンスをお願いしたい』……なるほど!」
アルドは、依頼書を見て真剣な表情でコクリと頷いた。
「橋にツタが絡まると、隙間に水が溜まって鉄がサビちゃうからね! 交通の要所が崩れたら大事故になっちゃう。よーし、今日は僕の特製『事象刈り取りの魔導草刈り機』と、『絶対防錆の神仙オイル』を持って、橋をピカピカの安全状態にしてこよう!」
アルドが意気揚々と作業着に着替え、巨大な工具箱と草刈り機を持って部屋を出て行った後。
リビングの影から、レイヴンとシノンが音もなく立ち上がった。
「主の『草刈り』の邪魔をする、薄汚い錬金術師のドブネズミどもは、俺たちが先に処理しておく。……さあ、奴らの組織を完全に解体するための、第二の証拠集めの始まりだ」
クランメンバーたちによる、緻密な情報網に裏打ちされた「能動的な悪の事前粉砕」が、再び音もなく動き出したのである。
***
その頃、王都の大峡谷橋から少し離れた岩山の洞窟。
暗黒錬金術ギルド『黒き蓮』の幹部ゼロスは、魔法の遠眼鏡で橋の様子を見つめながら、下劣な高笑いを上げていた。
「クックック……! 素晴らしいぞ。我がギルドの誇る『鋼喰いの魔界蔦』が、橋の主柱に完全に根を下ろした! あの蔦が放つ強酸の溶解液は、いかなる魔法障壁も貫通し、鋼鉄を豆腐のようにドロドロに溶かす。数時間後には、王都の誇る大橋は無惨に谷底へ崩れ落ちることだろう!」
ゼロスは、傍らに控える錬金術師の部下たちに傲慢な視線を向けた。
「水脈計画は謎の『美肌入浴剤スライム』への変異という予測不能のバグで失敗したが、物理的な崩落ならば防ぎようがあるまい。行け、お前たちは橋の周囲を見張り、崩落の瞬間を魔導具で記録してこい!」
自らの完璧な陰謀が進行していると信じて疑わない悪徳錬金術師の笑い声が、薄暗い洞窟に虚しく響き渡っていた。
***
「よし、草刈りとサビ止めの準備は完璧だ!」
アルドは、大峡谷橋の巨大な主柱の前に立ち、エンジン式の『事象刈り取りの魔導草刈り機』と、大きなスプレー缶に入った『絶対防錆の神仙オイル』を用意していた。
――当然ながら、その素材は常軌を逸している。草刈り機の刃は、冥界の死神の鎌を溶かして円盤状に打ち直し、大精霊の風の魔力で超高速回転させる『大宇宙の概念すらも両断する究極の刈り払い機』。神仙オイルは、星の核から抽出した純粋な潤滑油で、いかなる腐食も永久に防ぐ『絶対不壊のコーティング剤』である。
「うわぁ……。大公様が言っていた通り、これはひどいな。橋の鉄骨に、真っ黒でトゲトゲした不気味なツタがびっしり絡みついてるぞ。おまけに、ツタから変な酸っぱい汁(鋼鉄を溶かす溶解液)が出てて、鉄がボロボロにサビちゃってる」
アルドは、草刈り機のエンジンをブルンッとふかしながら、プロの便利屋としてのダメ出しを始めた。
彼の驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、大宇宙の鋼鉄を喰らう魔界蔦の本体を、「長年放置されて異常繁殖し、橋の景観と耐久性を損なっている極度にガンコで厄介な雑草」だと完全に誤認していた。
「よし! こんなにツタが絡まっていたら、橋が重みとサビで崩れちゃう! 一気に草刈り機で綺麗に刈り揃えて、サビ止めオイルでコーティングしてやるぞ!」
アルドは、草刈り機の刃をギュイィィィン!と超高速で回転させ、致死の溶解液が滴る中を、鼻歌交じりにズンズンと橋の鉄骨へと近づいていった。
『……ギシャァァァァ……? ナンダ、コノ矮小ナ人間ハ……? 我ガ絶対溶解ノ酸ノ雨ノ中ヲ、ナゼ服ガ溶ケズニ歩イテイラレル!?』
鋼喰いの魔界蔦は、触れた瞬間に骨まで溶けるはずの溶解液の中を、平然と歩いてくるアルドを見て激しく動揺した。アルドの事象改変オーラは、魔界蔦の放つ絶対の酸を「ちょっと服が汚れそうな嫌な樹液だな」程度に強制的に緩和させていたのだ。
『コザカシイ! ナラバ直接、我ガ『鋼喰いノ大顎』デ魂ノ底マデ噛ミ砕イテクレルワァァァッ!』
激怒した魔界蔦は、鋼鉄すら噛み砕く無数のトゲの生えた蔦を束ね、アルドを頭から丸呑みにしようと襲い掛かった。
「うわっ! このツタ、風でバサバサ動いてすっごく刈りにくいな! でも、この特製・魔導草刈り機のパワーなら、どんな太い茎でも一発でスパッと切れるぞ!」
アルドは、襲い来る魔界蔦の巨大な触手に向けて、超高速回転する『事象刈り取りの刃』を横凪ぎに一閃した。
――ズババババババババッ!!!!
アルドが振るった草刈り機の刃が、魔界蔦の放つ猛毒の触手と激突した瞬間。
星の鋼鉄を喰らい尽くすはずの強靭な魔界の植物は、アルドの「邪魔な雑草を綺麗に刈り揃えたい」という圧倒的で暴力的なまでの意思の前に、物理的に「サクサクサクッ!」と音を立てて、まるで柔らかい芝生でも刈り取られるかのように、一瞬にして完璧な長さに切り揃えられてしまった。
『ギ、ギャァァァァァァァァッ!? な、何ダコノ異常ナ切断力ハ!? 我ガ全テヲ喰ラウ魔界ノ蔦ガ、タダノ園芸用ノ機械デ綺麗ナ形ニトリミングサレテイクゥゥゥッ!?』
「よし、邪魔なツタは綺麗に刈り揃えられたぞ! ここで一気に、切り口とサビた鉄骨に『絶対防錆の神仙オイル』をたっぷり吹きかけて、橋をコーティングしてあげる!」
アルドは、スプレー缶を取り出し、綺麗にトリミングされて悶絶する魔界蔦の本体と、橋の鉄骨に向かって、「プシューッ!」と気前よくオイルを吹きかけ始めた。
――ピカァァァァァァァァンッ!!!!
大宇宙の法則が、アルドの「完璧な草刈りと防錆メンテナンス」という意思に完全にひれ伏す。
オイルが吹きかけられた軌跡から、魔界蔦の禍々しい溶解の魔力は完全に封じ込められ、代わりにアルドのメンテナンスが持つ『建造物を永遠に守り抜く』という概念が、物理的な限界を超えて魔界蔦の存在そのものを書き換えていった。
『ア……ァァ……。我ノ、大宇宙ノ鋼鉄ヲ喰ラウハズノ力ガ、マルデ都合ノイイ【橋ノ強度ヲ上ゲル為ノ補強ワイヤー】ノヨウニ……!? イヤ、オイルヲ塗ラレル度ニ、我ガ呪イノ魔力ガ、異常ナマデニ心地ヨイ【絶対的ナ耐久力ト美しい景観】ニ変換サレテイクゥゥゥッ! 私ノ存在ガ、橋ヲ崩落サセルノデハナク、コウシテ王都ノ大橋ヲ永遠ニ支エ続ケル「極上ノ全自動・形状記憶エコ補強蔦」トシテ機能スルコトガ、コレホドマデニ満タサレルコトダッタトハ……!』
鋼喰いの魔界蔦の凶悪な意思は、アルドの「草刈りとサビ止めスプレー」によって完全に浄化され、書き換えられた。
万物を溶かす禍々しい魔界の植物は、気がつけば「大峡谷橋の鉄骨に美しく絡みつき、いかなる地震や暴風が来ても橋の構造を絶対に支え抜く、超高性能な『永久・エコ補強ケーブル(見た目は美しいエメラルドグリーンの蔦)』」へと姿を変えていたのである。
「よしよし! ツタの形も綺麗に整って、なんだかすごくお洒落なグリーンアーチの橋になったぞ! サビ止めオイルのおかげで、鉄骨も新品みたいにピカピカだ。これでみんな、安心して橋を渡れるね!」
アルドが草刈り機のエンジンを止めて額の汗を拭うと、橋を覆っていた陰湿な空気は一瞬にして晴れ渡り、太陽の光を反射してキラキラと輝く『奇跡の神仙大橋』へと進化を遂げていた。
***
一方、その光景から少し離れた岩山の陰。
暗黒錬金術ギルドの幹部ゼロスが放った密偵たちは、大宇宙の災厄である魔界蔦が、たった一つの草刈り機とスプレーで「橋を補強するお洒落なグリーンアーチ」に成り下がった光景に言葉を失い、恐怖と絶望で完全に腰を抜かしていた。
「ば、馬鹿な……。鋼喰いの魔界蔦が、ただの補強材扱いだと……!? ゼロス様の完璧な橋崩落計画が、ただの『草刈り』で……!」
「た、退却だ! 直ちにこの絶望的な異常事態をゼロス様に報告し……」
密偵たちが踵を返そうとした、まさにその時。
「――誰が、帰っていいと言った?」
岩の影の中から、音もなくシノンの短剣が閃き、密偵たちの急所を正確に峰打ちで叩き伏せた。
退路の先からは、レイヴンが神具の斧を肩に担ぎ、凄まじい威圧感を放ちながら道を完全に塞いでいる。
「主の『草刈り』の邪魔をする害虫どもめ。貴様らが喚び出した変な雑草のせいで、主がどれだけ刃を振るうのに手間をかけたと思っている」
レイヴンが、冷酷な瞳で見下ろす。
「ヒィッ……! お、お許しを……! 我々は暗黒錬金術ギルドの……!」
「貴様らは、我らが情報局長への【素晴らしい第二の証拠品】だ。……黒き蓮、とやら。いよいよ迎える『組織の完全解体』への第二歩、きっちりと踏ませてもらったぞ」
シノンの冷たい宣告と共に、密偵たちは完全に意識を刈り取られ、荷袋へと詰め込まれていった。
***
数日後。日だまり郷の黄金の城塞。
「……終わりましたね。星の鋼鉄を喰らう宇宙の魔界蔦が、アルド様の腕によって見事なエコ補強ケーブルに成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、大公から送られてきた莫大な報酬と、王都の土木ギルドから山のように届いた感謝の品々を確認しながら、手帳の『対・暗黒錬金術ギルド・請求書』の第二ページ目に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第八十六種・鋼喰いの魔界蔦の強制補強材化(ただの草刈りとサビ止め)』。対象:大宇宙の災厄アイアンイーター・ヴァイン、および暗黒錬金術ギルドの密偵部隊。結果:アルド様の手作り草刈り機とスプレーによって魔界蔦は永遠の補強材へと概念を書き換えられ、裏で蠢く密偵はクランメンバーによって完全捕縛。他国の悪徳ギルドを追い詰めるための【第二の証拠】として回収完了しました」
「アルド殿がメンテナンスしたあの大峡谷橋、今では『奇跡のグリーンアーチ橋』と呼ばれ、その景観の美しさと絶対的な安全性から、新たな観光名所として大賑わいになっているそうだな。ギルドの崩落計画など、完全に極上の景観作りの手伝いにされたというわけだ」
レイヴンが、暖炉の前でシロ(星狼)の背中を撫でながら、不敵に笑う。
「ええ。ですが、奴らの悪あがきはまだ終わっていません。我々の情報網は、ゼロスがいよいよ最後の禁忌に手を出そうとしていることを察知しています。奴が次にどんな汚い手を使ってこようとも……我々の完璧な情報網とアルド様の【究極の家事】が、全てを未然に粉砕します」
アーキヴァルは、分厚いバインダーを優雅に閉じた。
「奴が手駒を全て失い、組織が完全に崩壊し、自らの罪の重みに押し潰されるその瞬間まで、我々は淡々と【請求書】の項目を増やすのみ。いよいよ次回、完全なる破滅の引導を渡す時です」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、全てを計算し尽くした冷徹な死神の光が煌めいた。
最強の便利屋の「ただの草刈り」は、王都の崩落の危機をただのメンテナンスとして解決し、悪徳ギルドの野望を粉砕するだけでなく、王国に最高の景観をもたらす奇跡の大橋を誕生させてしまったのである。
城塞の住人たちによる「能動的な悪の粉砕」は、国家を脅かす他国の暗躍組織に完全なる破滅の引導を渡すための、完璧な最終局面へと駒を進めたのであった。
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