第84話(閑話):ただの請求書と、悪徳侯爵の完全なる破滅(傲慢なる影の支配者の末路)
第84話(閑話):ただの請求書と、悪徳侯爵の完全なる破滅(傲慢なる影の支配者の末路)
アステリア王国の王都、その中心部に位置する貴族街。中でも一際広大な敷地と豪奢な造りを誇るヴァンダル侯爵家の本邸。
その最上階にある、厳重な魔法結界と分厚いミスリル鋼の扉で守られた執務室の中で、王国の裏社会を牛耳っていた影の重鎮、ヴァンダル侯爵は、かつてないほどの恐怖と焦燥に駆られていた。
「どういうことだ……! なぜ、私の放った密偵どもから一切の報告が上がってこない!? なぜ、王都は今も平然と機能しているのだ!」
侯爵は、血走った目で部屋中を歩き回り、高級な調度品を次々と蹴り飛ばしていた。
彼の絶望は底知れなかった。
王都を大飢饉に陥れるために大穀物庫に放った『深淵の疫病獣』は、なぜか極上のパンを焼くための**「神仙酵母の妖精」と化し、王都に空前のパンブームを巻き起こした。
西の農地を干上がらせるために放った『灼熱の太陽獅子』は、農地を最適な温度に保つ「全自動の冷暖房コントローラー」に成り下がり、農家たちに未曾有の豊作をもたらした。
そして、最後の切り札として王城の地下に放った、全てを喰らい尽くすはずの『暴食の魔界蟲』は、王城の基礎を完璧に補強した上に、王都の地下に頑丈で美しい「絶対免震の地下空間」**を構築してしまったのである。
「あの『黄昏の守護者』とかいう田舎の便利屋……! 奴ら、一体何の狂った魔術を使っているのだ!? 私の莫大な財産と権力を注ぎ込んだ災厄が、悉く『王都のインフラ整備』に利用されているではないか!」
侯爵は、自身の爪を噛みちぎらんばかりの勢いでギリッと歯を食いしばった。
「ええい、こうなれば仕方がない! 一旦この国を捨てて、隣国の帝国に亡命する! 私の隠し財産と、この『古代魔神の契約書』さえあれば、どこへ行こうと王になれる!」
侯爵が、壁の裏に隠された秘密の金庫を開け、莫大な金貨と禁忌の魔導具をカバンに詰め込もうとした、まさにその瞬間だった。
――ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
いかなる攻城兵器の直撃にも耐えると豪語していたミスリル鋼の扉が、まるで紙屑のようにひしゃげ、部屋の中心に向かって吹き飛んできた。
凄まじい衝撃波が部屋中の高級家具を粉砕し、侯爵は悲鳴を上げて壁際に吹き飛ばされた。
「な、なんだ!? 何事だァァァッ!」
もうもうと立ち込める粉塵の中から、コツリ、コツリと、死神の足音が響いてきた。
「……やれやれ。防犯用の結界とやらが張られていたせいで、扉をノックするのに少しだけ力が入りすぎたな」
身の丈を超える巨大な神具の斧を肩に担ぎ、まるで散歩でもしているかのような軽やかな足取りで現れたのは、元・帝国最強の将レイヴンであった。彼が放つ『絶対的な闘気と殺圧』だけで、部屋に駆けつけようとした侯爵の私兵たちは白目を剥いて泡を吹き、次々と床に崩れ落ちていく。
そして、レイヴンの背後の影から、音もなく滑り出たのは最強の暗殺者シノン。さらに、冷徹な執事服に身を包んだ情報局長アーキヴァルと、王家の紋章が入った重厚なマントを翻すアステリア王国の重鎮・レオハルト大公の姿があった。
「れ、レオハルト大公!? き、貴様、我が侯爵邸に武装して押し入るとは、明らかな反逆行為だぞ! 貴族院が黙っていると……!」
侯爵は腰を抜かしそうになりながらも、虚勢を張って喚き散らした。
「反逆行為、だと? それはこちらの台詞だ、腐れ外道め」
レオハルト大公は、氷のように冷たく、絶対的な怒りを孕んだ視線を侯爵に突き刺した。
「民の命たる食糧を人質に取り、私腹を肥やすために国中に災厄を撒き散らした罪。さらには王城の崩落まで企てた大逆罪。……国王陛下はすでに全ての証拠に目を通され、激怒しておられる。貴様の侯爵としての地位と領地は、たった今、国王の名において完全に剥奪された」
「なっ……証拠だと!? でたらめを言うな! 私がそんなことをしたという証拠がどこにある!」
「証拠なら、ここにたっぷりと揃っておりますよ、元・侯爵どの」
アーキヴァルが、眼鏡をクイッと押し上げながら、分厚いバインダーをドンッと侯爵の目の前の床に投げ捨てた。
同時に、大公の近衛兵たちが、ボロボロに縛り上げられ、猿ぐつわを噛まされた数十名の黒装束の男たち――侯爵が放ち、クランメンバーに裏で狩られ続けていた密偵たちを次々と引きずり出してきた。
「ヒィィッ……! か、閣下! 申し訳ありません、奴らはバケモノです! 魂を切り刻むと脅され、閣下の指示であることを全て吐かされました……!」
密偵の長が、泣き叫びながら侯爵にすがりつく。
「さて、ヴァンダル元・侯爵。本日は、我々『黄昏の守護者』から、貴方に**【ご請求書】**をお持ちしました」
「せ、請求書だと……?」
「ええ。アルド様は『ちょっとした倉庫のカビ取り、日よけの設置、シロアリの駆除』として、極めて良心的な価格で便利屋の依頼をお受けになりましたが……それらは全て、貴方が意図的に引き起こした『深淵の疫病獣』『灼熱の太陽獅子』『暴食の魔界蟲』という、大宇宙の理を狂わせる超特級の災厄の処理でした」
アーキヴァルは、悪魔よりも美しく、そして恐ろしい完璧な笑顔を浮かべた。
「これらを我々の主が『家事のついで』に片付けたとはいえ、大宇宙の事象改変には莫大な手間と、何より主の尊いお時間が割かれています。その正当な『事象改変経費』『大質量処理手数料』『星系存亡危機手当』、および貴方の放った害虫どもの『お掃除代』を加算した結果が、こちらの金額となります」
侯爵が恐る恐るその書類に書かれた数字を見た瞬間、彼の呼吸が完全に止まり、目玉が飛び出んばかりに見開かれた。
「ヒィィッ……!? ぜ、ゼロの数が……! こ、こんな額、我が侯爵家の全資産を売り払っても足りぬわァァァッ!」
「おやおや、たったの三兆Gですよ? 王国を三つほど買い取って、ようやく釣りが出る程度のささやかなお値段です。当然、貴方個人が裏で蓄財していた不正な資産を全て没収しても、利子の1パーセントにも満たないでしょうね」
「ふ、ふざけるなァァァッ! 誰がそんなイカれた請求書を支払うものか! 私はヴァンダル侯爵だぞ! 貴様らのような下賤な便利屋どもに、舐められてたまるかァァァッ!」
侯爵は完全に正気を失い、手にしていた『古代魔神の契約書』を天に掲げ、自らの命と引き換えに大公たちを道連れにする禁呪を詠唱し始めた。
「――遅いし、見苦しい」
侯爵が呪文の最初の一節を唱えるより早く、シノンの放った無数の短剣が、侯爵の両手足の腱を寸分の狂いもなく貫き、執務室の壁へと物理的に縫い付けた。
「ギャァァァァァァァァッ!?」
手から滑り落ちた契約書は、レイヴンが空中で軽々とキャッチし、そのまま片手で**「ビリッ」**とただの紙切れのように破り捨ててしまった。
「な……古代魔神との絶対の契約書が、ただの握力で破けただと……!?」
「主の平和な日常を脅かそうとした羽虫に、魔神とやらを語る資格などない。……紙質も悪いな」
レイヴンが冷酷に吐き捨てる。
「ヒィッ……! ま、待て……! 命だけは……! 金ならある! 隠し財産を全て渡すから!」
「安心してください。死なせはしません。貴方には、その莫大な借金を『労働』で返済してもらう義務がありますからね」
アーキヴァルが、無慈悲に宣告する。
「アルド様の城塞の地下深くで、元・魔界大帝サタナス殿が管理する『神仙熱源ボイラー』が、新たな『薪割り兼、燃料投下要員』を求めておりましてね。貴方のような権力にしがみつく生命力の強い元・貴族ならば、業火の燃え盛るボイラー室で、素手で薪を割り続ける単純作業を、不眠不休で五百年ほど続ければ、少しは借金も減るでしょう」
「なっ……ボイラー室の薪割り……!? 嫌だ! 助けてくれェェェッ! 私は高貴なる侯爵……!」
「連行しろ。そして、この屋敷にある不正な隠し財宝や魔導具は全て差し押さえ、国庫への返還と、クランの備品(アルド殿のボーナス)として回収する」
大公の無慈悲な命令により、ヴァンダルは猿ぐつわを噛まされ、ズタ袋に詰め込まれて物理的に拉致されていった。
かくして、アステリア王国を幾度となく危機に陥れ、民の命を金に換えようとした悪徳貴族の巨悪は、アルドがその顔を知ることも、名前を聞くことすらもないまま、クランメンバーたちの「完璧な裏の事務処理」によって社会的に完全に抹殺され、永遠のボイラー室の燃料投下要員へと変換されたのである。
***
その頃。
全てが終わったアステリア王国の辺境、黄金の城塞『日だまり郷』のダイニングでは。
「ふんふふーん♪」
アルドは、のんきに鼻歌を歌いながら、巨大なテーブルにこれでもかと極上の料理を並べていた。
「いやぁ、最近は出張の便利屋仕事がたくさんあって大忙しだったけど、やっぱりみんなで食べる晩ご飯が一番だね。大公様から『一連のトラブル解決の特別ボーナス』ってことで、また山のように金貨をもらっちゃったし、今日は王都のお肉屋さんから最高級の霜降り肉を仕入れてきたんだ!」
テーブルの上には、口に入れた瞬間に溶ける『神仙和牛の極厚ステーキ』や、大精霊の加護を受けた野菜がたっぷり入った『癒やしのポタージュ』、そして先日アルドが換気した穀物庫から届いた『究極のふかふかパン』が山のように積まれている。
玄関の扉が開き、王都での「ざまぁ」の総仕上げを完璧に終えたレイヴン、シノン、アーキヴァル、ゾルタンたちが、一切の殺気や疲労を感じさせない、清々しく爽やかな笑顔で帰還した。
「ただいま戻りました、アルド様。王都での『事務処理(借金の取り立てとゴミ掃除)』、滞りなく完了いたしました」
「お帰り、アーキヴァルさん! みんなも外の仕事でお腹が空いただろう? ちょうどお肉が最高の焼き加減で仕上がったところだよ!」
アルドの満面の笑顔と、キッチンから漂う宇宙の真理を凝縮したような極上の香りが、メンバーたちを出迎える。
「……ああ、この香りを嗅ぐと、本当に帰ってきたと実感するな。どれだけ外で薄汚い掃除をしようと、主の作る温かい飯が俺たちの魂を全て浄化してくれる」
レイヴンが、神具の斧を土間に置き、ふっと表情を緩ませた。
「アルド様のステーキ……これさえあれば、世界が何度滅びようとも我々は戦い抜けますね。さあ、冷めないうちにいただきましょう」
ゾルタンも、すでに胃袋を完全に掌握されている大賢者としての威厳をかなぐり捨て、ダイニングテーブルへと小走りで向かう。
大宇宙の法則を捻じ曲げるような巨悪の陰謀も、アルドにとっては「ただの出張清掃」であり、クランメンバーにとっては「主の食卓を守るためのゴミ拾い」に過ぎない。
伝説のクラン『黄昏の守護者』のリーダーは、今日も自らの規格外の力にも、裏で蠢いていたドロドロの陰謀劇にも全く気づかぬまま、仲間たちに囲まれながら、世界で一番温かく、平凡で幸せな「究極の日常」をエンジョイし続けるのであった。
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