第82話:ただの日よけ設置と、灼熱の太陽獅子の強制冷暖房化(悪徳貴族の焦燥と次なる手)
第82話:ただの日よけ設置と、灼熱の太陽獅子の強制冷暖房化(悪徳貴族の焦燥と次なる手)
黄金の城塞『日だまり郷』の朝。今日はいつもより少しばかり日差しが強く、初夏を思わせるような陽気が城塞を包み込んでいた。
こんな日は、アルドの作る極上の冷たいスイーツが一段と輝きを増す。
「みんなー! 今日はちょっと暑いから、朝のデザートに『特製・星屑ゼリーのミント添え』を作ってみたよ! しっかり冷やしてあるから召し上がれ!」
アルドが涼しげなガラスの器に乗せて運んできたのは、夜空をそのまま切り取ったかのように深い青色をしたゼリーだった。一口食べれば、大精霊の加護を受けたミントの清涼感が口いっぱいに広がり、体内の熱と疲労を一瞬にして彼方へと吹き飛ばす、まさに神仙級の冷菓である。
「おお……! この透き通るような冷たさと甘さ! 灼熱の地獄すらも極楽浄土に変えるほどの美味ですぞ!」
元・魔界大帝サタナスが、ゼリーの冷たさに感動の涙を流しながらスプーンを動かしている。
だが、ダイニングの端でゼリーを味わっていた氷の魔女グレイシアは、ふと眉をひそめて西の空を見つめた。
「……アルド様、このゼリーは完璧に美味しいのですが、外の暑さはどうにも異常ですわ。私の調整した庭の『絶対零度スケートリンク』の表面が、わずかですが溶け始めています。自然の太陽光ではなく、もっと暴力的な……星を焼き尽くすような熱線が西から放たれています」
グレイシアの報告に、長テーブルでコーヒーを飲んでいた情報局長アーキヴァルと元・大賢者ゾルタンが、静かに視線を交わした。
「……大公閣下。グレイシア殿の言う通り、王都の西側に広がる大穀倉地帯から、規格外の熱波が観測されています」
アーキヴァルが、手元のタブレット端末(魔力通信機)をスワイプしながら、大公レオハルトに報告する。
「ヴァンダル侯爵の奴め。先日の『深淵の疫病獣』による飢餓計画を我々に(極上の酵母として)潰されたことで、いよいよ焦りを見せ始めたか」
大公は、青筋を立てて低く唸った。
「ええ。侯爵は、疫病で小麦を腐らせることができないと知るや否や、今度は『灼熱の太陽獅子』を西の農耕地に召喚しました。あの魔獣は、存在するだけで周囲の水分を瞬時に蒸発させ、大地をガラスに変える超高熱の災厄。侯爵の狙いは、物理的な大干ばつを引き起こし、今度こそ王都の食糧供給を完全に焼き払うことでしょう」
ゾルタンが、測定器の針が熱量オーバーで振り切れているのを見て、冷ややかに吐き捨てた。
「民の命をなんだと思っているのだ、あの腐れ外道は……!」
「ご安心ください、閣下。奴が火を放つなら、我々はそれを『ただのボイラーの故障』として鎮火するだけです。……アルド様には、今の季節にぴったりの『暑さ対策』をお願いしましょう」
アーキヴァルは、悪魔のように完璧な笑みを浮かべ、手帳から一枚の依頼書を切り離した。
「アルド様、美味しいゼリーの最中に申し訳ありません。大公閣下より、急ぎの『出張修理』のご依頼です」
「おっ、こんな暑い日にトラブルかい? どれどれ……『西の農業特区にて、温室用の大型魔導ヒーターが暴走し、周囲一帯が異常な猛暑になっている。作物が枯れる前に、至急ヒーターの修理と、農業用の日よけ(サンシェード)の設置をお願いしたい』……なるほど!」
アルドは、依頼書を見てポンと手を打った。
「今の季節にヒーターが暴走するなんて、農家の人たちも野菜たちもたまったもんじゃないね! 水分が全部飛んで枯れちゃうよ。よーし、今日は僕の特製『瞬間冷却スプレー』と、絶対に日光を通さない『完全遮光サンシェード』を持って、畑を涼しく快適にしてこよう!」
アルドがニコニコと作業着に着替え、巨大な工具箱を持って部屋を出て行った後。
リビングの影から、レイヴンとシノンが音もなく立ち上がった。
「主の『日よけ設置』の邪魔をする、放火魔のネズミどもは、俺たちが先に処理しておく。……さあ、侯爵を追い詰めるための【第二の証拠】を回収しに行くぞ」
クランメンバーたちによる、緻密な情報網に裏打ちされた「能動的な悪の粉砕」が、再び静かに動き出したのである。
***
その頃、王都の西に広がる大穀倉地帯。
ヴァンダル侯爵は、遠く離れた安全な高台の天幕から、魔法の遠眼鏡で農耕地の惨状を見下ろして下劣な笑いを漏らしていた。
「クックック……! 見ろ、あの圧倒的な熱線を! 『灼熱の太陽獅子』が完全に顕現したぞ!」
農耕地の中央では、全身が燃え盛る恒星の炎で構成された巨大な獅子が、天に向かって咆哮を上げていた。その咆哮一つで川の水は瞬時に干上がり、緑豊かだった麦畑はチリチリと音を立てて燃え上がりかけている。
「これで西の農地は完全に灰燼に帰す! 大公派の奴らがどれだけ足掻こうと、この大干ばつは止められまい! 行け、太陽獅子よ! 全てを焼き尽くし、王都を飢餓の恐怖に叩き落とせ!」
侯爵が勝利を確信して叫んだその時、監視役の密偵が血相を変えて天幕に飛び込んできた。
「ほ、侯爵閣下! 太陽獅子の真正面に、麦わら帽子を被り、腰にスプレー缶をぶら下げた青年が立っています! なぜか鋼鉄すら溶かす超高熱の領域にいるのに、汗一滴流しておらず……!」
「なんだと!? ええい、またあの忌まわしい便利屋か! なぜ私が動く先々に湧いて出るのだ! 構わん、太陽獅子の『超新星の吐息』で、骨の髄までプラズマに変えてしまえ!」
***
「よし、暑さ対策と修理の準備は完璧だ!」
アルドは、干上がりかけた巨大な畑の中央に立ち、手作りの『事象冷却のスプレー缶』と、黒い巨大な布『絶対遮光のサンシェード』を用意していた。
――当然ながら、その素材は常軌を逸している。冷却スプレーは、氷の魔女の絶対零度の魔力と海神リヴァイアサンの深海水を圧縮した『大宇宙の熱振動を強制停止させる神仙冷気』。サンシェードは、次元の狭間を泳ぐ虚無竜の影を織り上げた、いかなる概念的熱量も完全に遮断する『究極の天幕』である。
「うわぁ……。大公様が言っていた通り、これはひどいな。ヒーターが完全に壊れて火を噴いてるし、あまりの熱さで陽炎が歪んで、ヒーターの形が『炎のライオン』みたいに見えるぞ。おまけに、空気がカラカラで息苦しい」
アルドは、首に巻いたタオルで汗を拭いながら、プロの便利屋としてのダメ出しを始めた。
彼の驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、大宇宙の星を焼く太陽獅子の本体を、「限界を超えて暴走し、強烈な陽炎を引き起こしている極度に危険な大型魔導ヒーター」だと完全に誤認していた。
「よし! こんなに熱を出していたら、野菜が全部干からびちゃう! 一気にスプレーでヒーターを冷やして、日よけのテントを被せてやるぞ!」
アルドは、腰から『事象冷却のスプレー缶』を取り出し、致死の熱波が吹き荒れる中を、鼻歌交じりにズンズンと太陽獅子に近づいていった。
『……ガァァァァ……? ナンダ、コノ矮小ナ人間ハ……? 我ガ絶対灼熱ノ領域ノ中ヲ、ナゼ微塵モ燃エズニ歩イテイラレル!?』
灼熱の太陽獅子は、触れた瞬間に細胞が蒸発するはずの熱線の中を、平然と歩いてくるアルドを見て激しく動揺した。アルドの事象改変オーラは、魔獣の放つ絶対の熱を「ちょっと真夏のビニールハウスみたいで暑いな」程度に強制的に緩和させていたのだ。
『コザカシイ! ナラバ直接、我ガ『超新星ノ吐息』デ魂ノ底マデ灰ニシテクレルワァァァッ!』
激怒した太陽獅子は、口の中に恒星のエネルギーを圧縮し、アルドを大地ごと蒸発させようと極大の炎を放った。
「うわっ! このヒーター、ショートして火炎放射みたいになってるぞ! でも、この特製冷却スプレーなら一発で熱を止められる!」
アルドは、襲い来る極大の炎と太陽獅子の巨大な顔に向けて、事象冷却のスプレーのノズルを向け、思い切りトリガーを押し込んだ。
――プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
アルドが噴射した『神仙冷気』が、太陽獅子の放つ超新星の炎と激突した瞬間。
星を焼き尽くすはずの強靭な熱エネルギーは、アルドの「暴走したヒーターを急速冷却したい」という圧倒的で暴力的なまでの意思の前に、物理的に「ジュワワワワッ!」と、まるで焼け石に水をかけたかのように、一瞬にして完全に鎮火・冷却されてしまった。
『ギ、ギャガァァァァァァァッ!? な、何ダコノ絶対的ナ冷却力ハ!? 我ガ全テヲ焦ガス炎の身体ガ、タダノスプレー缶デ強制的ニ冷ヤサレテ凍リツイテイクゥゥゥッ!?』
「よし、火は完全に収まったぞ! でもまだ余熱があって暑いから、この『完全遮光サンシェード』を被せて、温度を一定に保ってあげよう!」
アルドは、シュウシュウと煙を上げて縮こまる太陽獅子(暴走ヒーター)の上から、『絶対遮光のサンシェード』をバサッと豪快に被せ、四隅をペグで畑の地面にカチンカチンと打ち込んだ。
――ピタァァァァァァァァンッ!!!!
大宇宙の法則が、アルドの「完璧な温度管理と日よけ設置」という意思に完全にひれ伏す。
サンシェードが被せられた瞬間、太陽獅子が撒き散らしていた禍々しい破壊の熱波は完全に遮断・調律され、代わりにアルドの天幕が持つ『農作物にとって最も快適な温度環境』の概念が、物理的な限界を超えて周囲の気候そのものを書き換えていった。
『ア……ァァ……。我ノ、大宇宙ヲ焼キ尽クスハズノ炎ガ、マルデ都合ノイイ【温室ヲ最適ナ温度ニ保ツ為ノ冷暖房システム】ノヨウニ……!? イヤ、調律サレル度ニ、我ガ呪イノ魔力ガ、異常ナマデニ心地ヨイ【作物ヲ育テル極上ノ適温適湿】ニ変換サレテイクゥゥゥッ! 私ノ存在ガ、大地ヲ枯ラスノデハナク、コウシテ美味しい南国フルーツヲ育ム「極上ノ全自動・気候コントロールAI」トシテ機能スルコトガ、コレホドマデニ満タサレルコトダッタトハ……!』
灼熱の太陽獅子の凶悪な意思は、アルドの「スプレー冷却とサンシェード設置」によって完全に浄化され、書き換えられた。
万物を蒸発させる禍々しい炎の獣は、気がつけば「農地の中央に設置された黒い天幕の中に鎮座し、周囲の気温と湿度を常に『究極の豊穣をもたらすベストコンディション』に保ち続ける、超高性能な『全自動・農業用冷暖房コントローラー(見た目はポカポカ光る可愛いライオンの置物)』」へと姿を変えていたのである。
「よしよし! 日よけのおかげで、日差しも和らいですっごく涼しくなったぞ! おまけに、ヒーターの余熱がちょうどいいポカポカ加減になって、これなら美味しいトロピカルフルーツがたくさん育ちそうだ!」
アルドが額の汗を拭って立ち上がると、干上がりかけていた畑の大地は一瞬にして潤いを取り戻し、枯れかけていた麦の代わりに、見たこともないほど瑞々しい神仙級のマンゴーやメロンがボコボコと実り始めていた。
「よかったよかった! これで農家の人たちも、熱中症にならずに美味しい果物を収穫できるね!」
アルドは、腰に手を当てて満足げに頷いた。
一方、その光景から少し離れた農地の防風林の陰。
ヴァンダル侯爵が放った密偵たちは、大宇宙の災厄である太陽獅子が、たった一つのスプレーと黒い布で「可愛いライオンの冷暖房器」に成り下がった光景に言葉を失い、恐怖と絶望で完全に腰を抜かしていた。
「ば、馬鹿な……。灼熱の太陽獅子が、ただのエアコン扱いだと……!? 侯爵閣下の大干ばつ計画が、全て、全てあの便利屋の『ただの暑さ対策』で潰されたというのか……!」
「た、退却だ! 直ちにこの異常事態を……」
密偵たちが踵を返そうとした、まさにその時。
「――誰が、逃げていいと言った?」
防風林の影の中から、音もなくシノンの短剣が閃き、密偵たちの急所を正確に峰打ちで叩き伏せた。
退路の先からは、レイヴンが凄まじい威圧感を放ちながら道を完全に塞いでいる。
「主の『日よけ設置』の邪魔をする害虫どもめ。貴様らが喚び出した変な陽炎のせいで、主がどれだけスプレーを噴射するのに手間をかけたと思っている」
レイヴンが、斧を肩に担いだまま冷酷に見下ろす。
「ヒィッ……! お、お許しを……! 我々はヴァンダル侯爵閣下の……!」
「貴様らは、我らが情報局長への【素晴らしい追加の証拠品】だ。……ヴァンダル侯爵。これにて、貴様を追い詰めるための真綿は、さらにきつく首に巻きついたぞ」
シノンの冷たい宣告と共に、侯爵の密偵たちは完全に意識を刈り取られ、通信用の魔導具ごと荷袋へと詰め込まれていった。
***
数日後。日だまり郷の黄金の城塞。
「……終わりましたね。星を焼く宇宙の太陽獅子が、アルド様の腕によって見事な農業用冷暖房コントローラーに成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、大公から送られてきた莫大な報酬と、西の農業ギルドから山のように届いた『極上のトロピカルフルーツ』を確認しながら、手帳の『対・ヴァンダル侯爵・請求書』の第二ページ目に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第八十二種・灼熱の太陽獅子の強制冷暖房化(ただの冷却とサンシェード設置)』。対象:大宇宙の災厄ソーラー・マンティコア、およびヴァンダル侯爵の密偵部隊。結果:アルド様の手作りスプレーと天幕によって太陽獅子は永遠の最適温度へと概念を書き換えられ、裏で蠢く工作員はクランメンバーによって完全捕縛。悪徳貴族を追い詰めるための【第二の証拠】として回収完了しました」
「アルド殿が直したあの農地、今では『奇跡の常夏果樹園』と呼ばれ、一年中極上のフルーツが収穫できる王都一の観光名所になっているそうだな。侯爵の干ばつ計画など、完全に極上のフルーツジュースにされたというわけだ」
レイヴンが、暖炉の前でシロ(星狼)に甘いメロンを食べさせるアルドを眺めながら、不敵に笑う。
「ええ。ですが、侯爵の絶望的な足掻きはまだ続きます。奴が次にどんな禁忌に手を出そうとも……我々の情報網とアルド様の家事スキルが、全てを未然に打ち砕きます。奴が完全に手駒を失い、自らの罪の重みに押し潰されるその瞬間まで、我々は淡々と【請求書】の項目を増やし続けるのみです」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、全てを計算し尽くした冷徹な死神の光が煌めいた。
最強の便利屋の「ただの暑さ対策」は、王都の危機をただの冷暖房修理として解決し、悪徳貴族の野望を粉砕するだけでなく、王国に無尽蔵のフルーツをもたらす奇跡の農園を誕生させてしまったのである。
城塞の住人たちによる「能動的な悪の粉砕」は、国家を裏で操る真の黒幕に完全なる破滅の引導を渡すための、着実で完璧な包囲網を築き上げつつあった。
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