第79話:ただの漏電修理と、万雷の雷獣の強制バッテリー化(悪徳領主の絶望的な足掻き)
第79話:ただの漏電修理と、万雷の雷獣の強制バッテリー化(悪徳領主の絶望的な足掻き)
黄金の城塞『日だまり郷』の朝は、今日も今日とて規格外の住人たちによる賑やかな日常から始まっていた。
庭の芝生では、神竜ポチとモフモフの星狼シロが転げ回って遊んでいたが、今日はどうにも様子がおかしい。二匹の毛が静電気でバチバチと逆立ち、まるで巨大な毛玉のようになっているのだ。
「うーん、今日はなんだか空気が乾燥しているのかな? 二匹とも静電気でパチパチ言ってるよ」
アルドは、ブラッシング用の櫛を片手に、苦笑いしながらポチとシロの毛並みを整えていた。
「主殿、これはただの静電気ではありませんぞ。東の空から、大気中のマナを強制的に摩擦させるような、極めて不自然で凶悪な雷気が流れてきております」
元・魔界大帝サタナスが、庭の掃き掃除をしながら渋い顔で東の空を睨みつけた。
リビングの長テーブルでは、その報告を受けた情報局長アーキヴァルと元・大賢者ゾルタンが、大公レオハルトの密偵から届いた最新の暗号通信を解読していた。
「……サタナス殿の感知した通りですね。ガレオン伯爵の奴め、裏山の『大地の毒竜』、平原の『暴風の帝鳥』を我々(アルド様)に無力化されて、いよいよ後がなくなったようです」
ゾルタンが、魔力測定器の針が雷属性の限界値を突破して激しく振動しているのを見て、深くため息をついた。
「ええ。伯爵は残された領内の全資産と引き換えに、古の雷鳴山に封印されていた『万雷の雷獣』の封印を解きました。あの雷獣が蓄電を終えれば、王都をまるごと黒焦げにする『神滅の極大雷光』が放たれるでしょう」
アーキヴァルは、手帳の『対・ガレオン伯爵・請求書』の三ページ目を開き、万年筆を優雅に走らせた。
「自らの野望が潰えそうになった途端、国そのものを道連れにしようとするとは。……まさに底なしの愚か者です。ですが、我々が事前に情報を得ている以上、王都に雷が落ちることは絶対にありません。雷のトラブルといえば、アルド様のお得意の分野ですからね」
アーキヴァルは、ニッコリと微笑みながら、またしても一枚の『特別な依頼書』をスラスラと偽造……いや、作成した。
そこへ、アルドが庭から戻り、手を洗いながらキッチンへと向かおうとしていた。
「アルド様、お忙しいところ申し訳ありません。実は先ほど、大公閣下から急ぎの『出張依頼』が入りました。なんでも、王都へ続く東の街道でトラブルが起きているそうです」
アーキヴァルが、インクの乾きたての依頼書をアルドに手渡す。
「えーっと、『東の街道沿いにある大型の魔導避雷針に落雷が直撃し、そこから巨大な漏電が発生している。バチバチと火花が散って旅人が通れないので、至急、漏電の修理と避雷針の点検をお願いしたい』……なるほど!」
アルドは、依頼書を見て真剣な表情で頷いた。
「雷の季節にはよくあることだね! 避雷針が壊れて漏電したまま放置すると、火事になったり人が感電したりしてすっごく危険だ。よーし、今日は特製の『絶縁テープ』と、雷を安全に逃がすための『アース線』を持って、街道を安全にしてこよう!」
アルドが意気揚々と作業着に着替え、工具箱を持って部屋を出て行った後、レイヴンとシノンが音もなく立ち上がった。
「主の『電気工事』の邪魔をする、雷獣の飼い主(伯爵の魔術師)どもは、俺たちが先に処理しておく。……これでいよいよ、奴を追い詰める全ての証拠が揃うというわけだ」
クランメンバーたちによる、徹底的な事前情報に基づく「能動的な悪の粉砕」が、着実に進行していく。
***
その頃、東部のガレオン領、雷鳴山の山頂。
ガレオン伯爵は、荒れ狂う雷雨の中で避雷針のような魔導杖を天に掲げ、狂乱の高笑いを上げていた。
「ガハハハハ! 見ろ、この圧倒的な雷の力を! 『万雷の雷獣』が、数万年分の雷気をついに蓄えきったぞ!」
山頂の空には、全身が青白い雷光で構成された、山のように巨大な四つ足の獣――万雷の雷獣が咆哮を上げている。その一鳴きで空が割れ、無数の稲妻が大地を穿っていた。
「もはや私の野望を邪魔する者は誰もいない! 行け、万雷の雷獣よ! あの忌まわしい王都に、神の裁き(極大雷光)を落として更地にしてしまえ!」
伯爵が勝利を確信して叫んだその時、観測係の魔術師が悲鳴を上げた。
「は、伯爵閣下! 雷獣の真下にある街道の避雷針に、麦わら帽子を被り、腰に工具箱をぶら下げた青年が登っています! なぜか致死の雷撃を浴びても、髪の毛一本焦げておらず……!」
「なんだと? ええい、またあの便利屋か! なぜどこにでも湧いて出る! 構わん、雷獣の最大出力で一瞬にして炭の塊に変えてしまえ!」
***
「よし、電気工事の準備は完璧だ!」
アルドは、街道にそびえ立つ巨大な鉄塔(避雷針)のてっぺんに立ち、手作りの『事象絶縁のビニールテープ』と、『絶対放電のアース線』を用意していた。
――当然ながら、その素材は常軌を逸している。絶縁テープは、雷神の衣を世界樹の樹液でコーティングしたもので、大宇宙のいかなるエネルギーの流出も完全に遮断する。アース線は、大地の精霊の髪の毛を編み込んだ、どんな超高電圧でも一瞬で安全に地脈へと逃がす『究極の導線』である。
「うわぁ……。大公様が言っていた通り、これはひどいな。避雷針の許容量を完全に超えちゃって、ものすごい量の電気がバチバチと漏電してるぞ。おまけに、電気の塊が『大きな獣の形』みたいになって暴れ回ってる」
アルドは、鉄塔の上で腕を組んで、プロの電気技師としてのダメ出しを始めた。
彼の驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、大宇宙の雷気を束ねた雷獣の本体を、「避雷針の故障によって異常発生した、極度に巨大で危険な静電気と漏電のプラズマの塊」だと完全に誤認していた。
「よし! こんなに漏電していたら、街道を通る人たちが感電しちゃう! 一気にこの『漏電オバケ』に絶縁テープを巻いて、アース線で電気を逃がしてやるぞ!」
アルドは、腰に絶縁テープをぶら下げ、致死の雷が降り注ぐ中を、鼻歌交じりに鉄塔のさらに高い場所へとヒョイヒョイと登っていった。
『……グルルル……? ナンダ、コノ矮小ナ人間ハ……? 我ガ絶対雷撃ノ領域ノ中ヲ、ナゼ微塵モ焦ゲズニ登ッテイラレル!?』
万雷の雷獣は、触れた瞬間に細胞がプラズマ化するはずの雷雨の中を、平然と歩いてくるアルドを見て激しく動揺した。アルドの事象改変オーラは、雷獣の放つ絶対の雷撃を「ちょっと冬場のドアノブみたいにパチッとする」程度に強制的に緩和させていたのだ。
『コザカシイ! ナラバ直接、我ガ『神滅の極大雷光』デ魂ノ底マデ炭ニシテクレルワァァァッ!』
激怒した雷獣は、口の中に数万年分の雷のエネルギーを圧縮し、アルドを鉄塔ごと蒸発させようと極大の雷光を放った。
「うわっ! この漏電オバケ、ショートして火花を散らそうとしてるな! でも、この特製絶縁テープなら一発で電気を止められるぞ!」
アルドは、襲い来る極大の雷光と雷獣の顎に向けて、事象絶縁のビニールテープを勢いよく引き出し、ぐるぐると巻きつけ始めた。
――キュルキュルキュルッ!!!!
アルドが巻きつけたテープが、万雷の雷獣の顎(雷光の出口)を塞いだ瞬間。
星を焦土にするはずの強靭な雷エネルギーは、アルドの「危険な漏電をテープで塞いで安全にしたい」という圧倒的で暴力的なまでの意思の前に、物理的に「ピタッ!」と、まるでちぎれたコードが修理されたように、完全に遮断されてしまった。
『ギ、ギャガァァァァァァァッ!? な、何ダコノ絶対的ナ絶縁力ハ!? 我ガ全テヲ焦ガス雷の身体ガ、タダノ黒イテープデ縛リ上ゲラレテイクゥゥゥッ!?』
「よし、漏れは止まったぞ! 次は体に溜まりすぎた電気を、このアース線で安全なところへ逃がしてあげるからね!」
アルドは、雷獣の本体(漏電の塊)の背中に『絶対放電のアース線』のクリップを「ガチャン!」と取り付け、もう片方の端を鉄塔の根元深く、大地のマナ脈へと繋ぎ込んだ。
――ギュイィィィィィィィンッ!!!!
大宇宙の法則が、アルドの「完璧な漏電修理」という意思に完全にひれ伏す。
アース線が繋がれた瞬間、雷獣が撒き散らしていた禍々しい破壊の雷気は完全に整流・蓄電され、代わりにアルドの導線が持つ『安全で効率的な電力供給』の概念が、物理的な限界を超えて周囲のエネルギーそのものを書き換えていった。
『ア……ァァ……。我ノ、大宇宙ヲ焦ガスハズノ雷撃ガ、マルデ都合ノイイ【魔導具ヲ動カス為ノ安全ナ電流】ノヨウニ……!? イヤ、整流サレル度ニ、我ガ呪イノ魔力ガ、異常ナマデニ心地ヨイ【安定シタ高品質ナ魔力供給】ニ変換サレテイクゥゥゥッ! 私ノ存在ガ、街ヲ破壊スルノデハナク、コウシテ人々ノ生活ヲ豊カニスル「極上ノ全自動・大容量バッテリー」トシテ機能スルコトガ、コレホドマデニ満タサレルコトダッタトハ……!』
万雷の雷獣の凶悪な意思は、アルドの「絶縁テープとアース線による電気工事」によって完全に浄化され、書き換えられた。
万物を炭にする禍々しい雷の獣は、気がつけば「街道の鉄塔の真下に鎮座し、王都全体に安全で無尽蔵の魔力(電力)を供給し続ける、超高性能な『全自動・エコ魔力充電ステーション(見た目は青く光る巨大な水晶の狼)』」へと姿を変えていたのである。
「よしよし! 漏電は完全に直ったし、アース線のおかげで安全なバッテリーとして再利用できそうだな! これで王都の魔導具も、バッテリー切れの心配なくたっぷり使えるぞ!」
アルドが額の汗を拭って立ち上がると、雷鳴が轟いていた空は一瞬にして晴れ渡り、太陽の光を浴びてキラキラと輝く美しい青空が広がっていた。
街道を通っていた行商人たちは、激しい雷雨がピタリと止み、鉄塔の下にできた『充電ステーション』から、自分たちの持っている魔導ランプや馬車の魔力石がフル充電されていく光景に歓喜の声を上げている。
「よかったよかった! これでみんな、夜道も明るく安全に旅ができるね!」
アルドは、腰に手を当てて満足げに頷いた。
一方、その光景から少し離れた雷鳴山の山頂。
ガレオン伯爵と魔術師たちは、大宇宙の災厄である雷獣が、たった一つの黒いテープと導線で「街の充電器」に成り下がった光景に言葉を失い、恐怖と絶望で完全に腰を抜かしていた。
「ば、馬鹿な……。万雷の雷獣が、ただのバッテリー扱いだと……!? 我が長年の計画が、全て、全てあの便利屋の『ただの作業』で潰されたというのか……!」
「た、退却だ! 直ちに領地を捨てて逃げ……」
伯爵たちが踵を返そうとした、まさにその時。
「――誰が、逃げていいと言った?」
山頂の岩陰の中から、音もなくシノンの短剣が閃き、魔術師たちの急所を正確に峰打ちで叩き伏せた。
退路の先からは、レイヴンが凄まじい威圧感を放ちながら道を完全に塞いでいる。
「主の『電気工事』の邪魔をする害虫どもめ。貴様らが喚び出した変な静電気のせいで、主がどれだけ鉄塔を登るのに手間をかけたと思っている」
レイヴンが、斧を肩に担いだまま冷酷に見下ろす。
「ヒィッ……! お、お許しを……! 我はガレオン伯爵だぞ!」
「貴様は、我らが情報局長への【最後の証拠品】だ。……ガレオン伯爵。これにて、貴様を追い詰めるための材料は全て揃った」
シノンの冷たい宣告と共に、伯爵の魔術師たちは完全に意識を刈り取られ、荷袋へと詰め込まれていった。
***
数日後。日だまり郷の黄金の城塞。
「……終わりましたね。星を焦がす宇宙の雷獣が、アルド様の腕によって見事な魔力充電ステーションに成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、大公から送られてきた莫大な報酬と、王都の魔導具ギルドからの感謝状を確認しながら、手帳の『対・ガレオン伯爵・請求書』の最後のページに羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第七十九種・万雷の雷獣の強制バッテリー化(ただの漏電修理)』。対象:大宇宙の災厄ボルト・ベヒーモス、およびガレオン伯爵の魔術師部隊。結果:アルド様の手作り絶縁テープとアース線によって雷獣は永遠の安全な魔力供給源へと概念を書き換えられ、裏で蠢く工作員はクランメンバーによって完全捕縛。悪徳領主を追い詰めるための【最後の証拠】として回収完了しました」
「アルド殿が直したあの街道の鉄塔、今では『奇跡の神仙充電所』と呼ばれ、そこに立ち寄った魔導具は性能が通常の十倍に跳ね上がると大評判になっているそうだな。伯爵の雷撃兵器の野望など、完全に電池代わりにされたというわけだ」
レイヴンが、暖炉の前でシロ(星狼)の毛玉を優しくブラッシングするアルドを眺めながら、不敵に笑う。
「ええ。これで、愚かな領主の足掻きも完全に底を突きました。大公閣下と国王陛下の承認も降り、我々の手元には、奴の悪逆非道を証明する完璧な『証拠の束』が完成しています」
アーキヴァルは、分厚くなったバインダーをドンッと机に置いた。
「いよいよ次回。自らの罪の重さを知らぬ愚か者に、【完全なる破滅の請求書】を直接叩きつける時間がやってまいりました」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、全てを計算し尽くした冷徹な死神の光が煌めいた。
最強の便利屋の「ただの漏電修理」は、王都の危機をただの電気工事として解決し、悪徳領主の野望を粉砕するだけでなく、王国に無尽蔵の魔力をもたらす奇跡のステーションを誕生させてしまったのである。
城塞の住人たちによる「能動的な悪の粉砕」は、ついに国家を脅かす愚か者に完全なる破滅の引導を渡すための、完璧な舞台を完成させたのであった。
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