第78話:ただの害鳥駆除と、暴風の帝鳥の強制風見鶏化(悪徳領主の空回りする暴挙)
第78話:ただの害鳥駆除と、暴風の帝鳥の強制風見鶏化(悪徳領主の空回りする暴挙)
黄金の城塞『日だまり郷』の朝は、大宇宙の覇者たちが織りなす規格外の日常と、アルドの作る極上の朝食の匂いと共に幕を開ける。
だが今朝は、いつもなら心地よく吹き抜けるはずの朝の風が、どうにもギクシャクと乱れていた。
「あーもう、最悪ですわ! 東の空から、不自然で暴力的な気流が流れてきて、私のお気に入りの風の精霊たちが泣き叫んでいますのよ!」
ダイニングテーブルの上で、大精霊女王ティターニアが小さな羽をパタパタと苛立たしげに羽ばたかせながら、ミルクティーのカップの縁でご立腹の声を上げていた。
「……ティターニア殿の言う通りですね。この風には、人工的に圧縮された呪いのような魔力が混じっています」
元・大賢者ゾルタンが、指先で風の魔力波形を読み取りながら、情報局長アーキヴァルに視線を向けた。
アーキヴァルは、手元の分厚い情報ファイル――大公レオハルトの密偵から昨夜届けられたばかりの最新報告書――をパラリと捲り、冷徹な笑みを浮かべた。
「ええ、感知網の報告とも完全に一致しています。東部のガレオン領……先日の『大地の毒竜』の件で我々に裏山の土壌を(ただの畑として)完全に掌握されたガレオン伯爵が、いよいよ焦って次の一手を打ってきたようです」
アーキヴァルは、手帳の『対・ガレオン伯爵・請求書』のページを開いた。
「伯爵は、領内に隠し持っていた禁忌の瘴気鉱石を全てつぎ込み、山頂の遺跡に眠っていた『暴風の帝鳥』を強制的に目覚めさせました。このままでは、数時間後には王都全域が、家屋はおろか城壁すらも粉砕する超巨大な竜巻に飲み込まれるでしょう」
「自らの失態を誤魔化すために、今度は風の厄災で王都を物理的に吹き飛ばそうというわけですか。……どこまでも短絡的で救いようのない愚か者ですね」
「ええ。ですが、我々が事前にその兆候を察知できた以上、王都に被害が出る前に【未然に】刈り取ります。……風のトラブルといえば、ちょうど良い名目がありますからね」
アーキヴァルは、ニッコリと微笑みながら、またしても一枚の『特別な依頼書』をスラスラと書き上げた。
そこへ、キッチンからエプロン姿のアルドが、焼きたてのベーコンエピと、たっぷりの野菜を入れたコンソメスープを運んできた。
「みんなー! 朝ごはんができたよ! ティターニアちゃんも、そんなに怒ってないで温かいスープを飲んでね」
「アルド様! いつもありがとうございます。でも、東から吹いてくる嫌な風のせいで、お洗濯物も干せませんわ!」
「あはは、確かに今日はちょっと風が強いね」
「アルド様、実はその件で、大公閣下から急ぎの『出張依頼』が入っております」
アーキヴァルが、先ほど書き上げたばかりの依頼書をアルドに手渡す。
「えーっと、『東部の平原にある大型の風車群が、局地的な突風と、そこに巣食う巨大な害鳥のせいで羽が壊れそうになっている。小麦が挽けなくて困っているので、害鳥の駆除と風車のメンテナンスをお願いしたい』……なるほど!」
アルドは、依頼書を見て真剣な表情で頷いた。
「風車は、みんなのパンを作るための小麦を挽く、とっても大事な施設だ! そこに変な鳥が巣を作って、バタバタと羽ばたいて風を乱してるんだね。よーし、今日は特製の『防鳥ネット』と、風車の羽をスムーズに回すための『潤滑油』を持って、しっかりメンテナンスしてこよう!」
アルドが意気揚々と作業着に着替えるため部屋を出て行った後、レイヴンとシノンが音もなく立ち上がった。
「主の『高所作業』の邪魔をする、鳥の飼い主(伯爵の魔術師)どもは、俺たちが先に処理しておく。……さあ、請求書の項目を増やしに行くぞ」
クランメンバーたちによる、徹底的な事前情報に基づく「能動的な悪の粉砕」が、再び幕を開けたのである。
***
その頃、東部のガレオン領。
領内の高い岩山の頂上にある祭壇で、ガレオン伯爵は吹き荒れる暴風の中に立ち、狂ったような高笑いを上げていた。
「ガハハハハ! 見ろ、この圧倒的な暴風を! 『暴風の帝鳥』が完全に目覚めたぞ!」
上空には、両翼を広げれば数百メートルにも達する、漆黒の雷雲を纏った巨大な怪鳥が旋回し、その羽ばたき一つで巨大な竜巻をいくつも生み出していた。
「毒竜を失ったのは痛手だが、この帝鳥の巻き起こす真空の刃は、大公の騎士団だろうが城塞だろうが、全てをチリ芥に変える! 行け、暴風の帝鳥よ! 王都の全てを更地にしてしまえ!」
伯爵が勝利を確信して叫んだその時、魔術師の一人が水晶球を見て悲鳴を上げた。
「は、伯爵閣下! 帝鳥の進路にある大風車の前に、麦わら帽子を被った青年が立っています! なぜか真空の刃を浴びても、服の裾すら揺れておらず……!」
「なんだと? ええい、またあの時の邪魔者か! 構わん、帝鳥の『神滅の竜巻』で跡形もなく消し飛ばしてしまえ!」
***
「よし、害鳥駆除とメンテナンスの準備は完璧だ!」
アルドは、平原に立つ巨大な風車の前に立ち、手作りの『事象捕縛の防鳥ネット』と、木製の『絶対整流の風見鶏』を用意していた。
――当然ながら、その素材は常軌を逸している。防鳥ネットは、終末の織手アラクネが紡いだ『宇宙の終焉を縛る糸』を編み込んだもので、いかなる概念存在も物理的に捕獲する。そして風見鶏は、世界樹の枝を削り出して作った、周囲の気圧と大気の流れを「絶対的なそよ風」へと強制変換する究極の環境制御アイテムである。
「うわぁ……。ティターニアちゃんが言っていた通り、これはひどいな。風車が壊れそうなほどの突風が吹いてるし、風車のてっぺんに、トンビとカラスが混ざったようなすごく大きな鳥がバタバタと暴れてるぞ。おまけに、ホコリ(雷雲)を撒き散らしてて周りが真っ暗だ」
アルドは、風車を見上げて腕を組んでプロの便利屋としてのダメ出しを始めた。
彼の驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、大宇宙の暴風を放つ帝鳥と超巨大な竜巻を、「風車に巣を作ろうとしてパニックになり、異常なほど激しく羽ばたいて突風を起こしている、ちょっと大きくて迷惑な野鳥」だと完全に誤認していた。
「よし! こんなに風が乱れたら風車が壊れちゃう! 一気にあの鳥をネットで捕まえて、大人しくさせるぞ!」
アルドは、腰に防鳥ネットと風見鶏をぶら下げ、真空の刃が吹き荒れる中を、鼻歌交じりにトントンと風車の外階段を登っていった。
『……ピィィィィ……? ナンダ、コノ矮小ナ人間ハ……? 我ガ絶対真空ノ領域ノ中ヲ、ナゼ微塵モ切リ裂カレズニ登ッテイラレル!?』
暴風の帝鳥は、触れた瞬間に肉体がミンチになるはずの竜巻の中を、麦わら帽子を押さえながら平然と歩いてくるアルドを見て激しく動揺した。アルドの事象改変オーラは、帝鳥の放つ絶対の暴風を「ちょっと帽子が飛びそうなくらいの強風」程度に強制的に緩和させていたのだ。
『コザカシイ! ナラバ直接、我ガ『神滅の真空波』デ魂ノ底マデ切リ刻ンデクレルワァァァッ!』
激怒した帝鳥は、巨大な両翼を大きく振りかぶり、アルドを風車ごと粉砕しようと極大の竜巻を放った。
「うわっ! この鳥、すごく暴れて危ないな! でも、この特製ネットなら一発で捕まえられるぞ!」
アルドは、襲い来る超巨大な竜巻と帝鳥の本体に向けて、事象捕縛の防鳥ネットを大きく広げて「バサッ!」と投げ放った。
――スッポリッ!!!!
アルドが放ったネットが、暴風の帝鳥の頭から完全に被さった瞬間。
星を滅ぼすはずの強靭な呪いの嵐と怪鳥の巨体は、アルドの「暴れる鳥を安全に捕獲したい」という圧倒的で暴力的なまでの意思の前に、物理的に「キュッ!」と、まるで虫取り網に捕まったただの小鳥のように、一瞬にして空中で丸く圧縮されてしまった。
『ギ、ギャピィィィィィィィッ!? な、何ダコノ絶対的ナ拘束力ハ!? 我ガ全テヲ吹キ飛バス大気の身体ガ、タダノ網デ巾着袋ノヨウニ縛リ上ゲラレテイクゥゥゥッ!?』
「よし、無事に捕まえられたぞ! 暴れないように、風車のてっぺんにこの『特製風見鶏』を設置して、風の通り道を綺麗に整えてあげよう!」
アルドは、ネットの中でもがく帝鳥(すでにサイズがアルドの両手で抱えられるほどに圧縮されている)を小脇に抱え、風車の屋根の頂上に『絶対整流の風見鶏』をカコンッと設置した。
――ピタァァァァァァァァンッ!!!!
大宇宙の法則が、アルドの「完璧な気流調整」という意思に完全にひれ伏す。
風見鶏が設置された瞬間、帝鳥が撒き散らしていた禍々しい暴風の魔力は完全に中和・整流され、代わりにアルドの風見鶏が持つ『絶対的なそよ風』の概念が、物理的な限界を超えて周囲の気候そのものを書き換えていった。
『ア……ァァ……。我ノ、大宇宙ヲ切リ裂クハズノ暴風ガ、マルデ都合ノイイ【風車ヲ回ス為ノ心地ヨイ気流】ノヨウニ……!? イヤ、整流サレル度ニ、我ガ呪イノ魔力ガ、異常ナマデニ心地ヨイ【穏ヤカナ春ノ風】ニ変換サレテイクゥゥゥッ! 私ノ存在ガ、街ヲ破壊スルノデハナク、コウシテ美味しい小麦粉ヲ挽ク「極上ノ風力ジェネレーター」トシテ機能スルコトガ、コレホドマデニ満タサレルコトダッタトハ……!』
暴風の帝鳥の凶悪な意思は、アルドの「害鳥捕獲と風見鶏の設置」によって完全に浄化され、書き換えられた。
万物を粉砕する禍々しい巨鳥は、気がつけば「アルドが設置した風見鶏のてっぺんにちょこんと留まり、風車の羽を最も効率的に回すための完璧な微風を絶え間なく送り続ける、超高性能な『全自動・エコ風力マスコット鳥(見た目は可愛いオカメインコ)』」へと姿を変えていたのである。
「よしよし! 鳥さんもすっかり大人しくなって、風見鶏の上に居座ってくれたね。おまけに、風がすごく心地よくなって、風車も元気よく回り始めたぞ!」
アルドが額の汗を拭って立ち上がると、漆黒の雷雲が渦巻いていた空は一瞬にして晴れ渡り、太陽の光を浴びてキラキラと輝く『奇跡の神仙気候』へと進化を遂げていた。
風車小屋の中から出てきた粉引きの職人たちは、激しい暴風がピタリと止み、風車がかつてないほど滑らかに、そして力強く回り始めた光景に歓喜の声を上げている。
「よかったよかった! これで王都のみんなも、美味しいパンがたくさん食べられるね!」
アルドは、腰に手を当てて満足げに頷いた。
一方、その光景から少し離れた岩山の祭壇。
ガレオン伯爵と魔術師たちは、大宇宙の災厄である帝鳥が、たった一つの虫取り網と木彫りの風見鶏で「可愛いマスコットの小鳥」に成り下がった光景に言葉を失い、恐怖と絶望で完全に腰を抜かしていた。
「ば、馬鹿な……。暴風の帝鳥が、ただの風見鶏の飾り扱いだと……!? 我が長年の計画が、またしてもただの便利屋の作業で……!」
「た、退却だ! 直ちにこの絶望的な異常事態を……」
伯爵たちが踵を返そうとした、まさにその時。
「――誰が、帰っていいと言った?」
祭壇の影の中から、音もなくシノンの短剣が閃き、魔術師たちの急所を正確に峰打ちで叩き伏せた。
退路の先からは、レイヴンが凄まじい威圧感を放ちながら道を完全に塞いでいる。
「主の『高所作業』の邪魔をする害虫どもめ。貴様らが喚び出した変なカラスのせいで、主がどれだけ階段を登るのに手間をかけたと思っている」
レイヴンが、斧を肩に担いだまま冷酷に見下ろす。
「ヒィッ……! お、お許しを……! 我は伯爵だぞ!」
「貴様は、我らが情報局長への良い『証拠品』だ。……ガレオン伯爵とやら。いずれ迎える【完全なる破滅】への第二の布石、きっちりと拘束させてもらうぞ」
シノンの冷たい宣告と共に、伯爵の魔術師たちは完全に意識を刈り取られ、荷袋へと詰め込まれていった。
***
数日後。日だまり郷の黄金の城塞。
「……終わりましたね。星を吹き飛ばす宇宙の暴風が、アルド様の腕によって見事なエコ風力ジェネレーターに成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、大公から送られてきた莫大な報酬と、王都のパン屋ギルドからの大量の極上パンの差し入れを確認しながら、手帳の『対・ガレオン伯爵・請求書』の第二ページ目に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第七十八種・暴風の帝鳥の強制風見鶏化(ただの害鳥駆除と風車修理)』。対象:大宇宙の災厄テンペスト・ロック、およびガレオン伯爵の魔術師部隊。結果:アルド様の手作りネットと風見鶏によって帝鳥は永遠のそよ風へと概念を書き換えられ、裏で蠢く工作員はクランメンバーによって完全捕縛。悪徳領主を追い詰めるための【第二の証拠】として回収完了しました」
「アルド殿が直したあの風車、今では『奇跡の神仙風車』と呼ばれ、そこで挽かれた小麦粉で作ったパンは、一口で病を治し寿命を延ばすと大評判になっているそうだな。伯爵の暴風兵器の野望など、完全に小鳥のさえずりにされたというわけだ」
レイヴンが、暖炉の前でシロ(星狼)に焼きたてのパンを食べさせるアルドを眺めながら、不敵に笑う。
「ええ。ですが、愚かな領主の足掻きはまだ続きます。我々の情報網は、伯爵が追い詰められてさらに危険な禁忌に手を出そうとしていることを察知しています。奴が次にどんな汚い手を使ってこようとも……我々は裏で全ての証拠を集め、奴が自らの罪の重みに完全に押し潰されるその瞬間まで、淡々と【請求書】の項目を増やしていくのみです」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、全てを計算し尽くした冷徹な死神の光が煌めいた。
最強の便利屋の「ただの害鳥駆除」は、王都の危機をただの風車メンテナンスとして解決し、悪徳領主の野望を粉砕するだけでなく、王国に最高の恩恵をもたらす奇跡の気候を誕生させてしまったのである。
城塞の住人たちによる「能動的な悪の粉砕」は、国家を脅かす愚か者たちに完全なる破滅の引導を渡すための、着実な第二歩として完璧に遂行されたのであった。
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