第77話:ただの土壌改良と、大地の毒竜の強制肥料化(悪徳領主の密かなる野望)
第77話:ただの土壌改良と、大地の毒竜の強制肥料化(悪徳領主の密かなる野望)
黄金の城塞『日だまり郷』の朝は、いつにも増して賑やかであった。
先日の「黄金の天秤商会」の一件を経て、伝説の便利屋『黄昏の守護者』の名声と信頼は王国内で絶対的なものとなっていた。大公レオハルトは頻繁に城塞を訪れ、国政の裏で蠢く様々な問題をアーキヴァルたちと共有するようになっていた。
さらに、城塞に居候している大宇宙の覇者たちも、アルドの作る極上の食事を毎日味わううちに、すっかりこの平和な日常を守るための「自主的な防衛・監視網」として機能し始めていたのである。
その日の早朝、リビングの片隅にある長テーブルでは、秘密の作戦会議が開かれていた。
「……大公閣下。昨日、庭で昼寝をしていた元・混沌の王アザトス殿が、『東の地中から、大地の理を捻じ曲げるような気色悪い振動が伝わってきて、安眠の妨げになる』とご立腹でした」
情報局長アーキヴァルが、淹れたてのコーヒーを大公に差し出しながら静かに報告する。
「うむ。我が大公領の密偵からも、符合する情報が入っている」
大公レオハルトは、眉間に皺を寄せて地図を広げた。
「東部のガレオン領。そこの領主であるガレオン伯爵が、領内の裏山で禁忌の『瘴気鉱石』の違法採掘を行っているというのだ。その影響で、神話の時代に地中深くに封じられた『大地の毒竜』が目覚めようとしているらしい」
「瘴気鉱石を精製し、毒竜の力を兵器として利用して、王都に反旗を翻すつもりですか。……愚かな」
元・大賢者ゾルタンが、魔力測定器を調整しながら冷たく吐き捨てた。
「ええ。これまでは敵の仕掛けた罠を事後処理してきましたが、今回からは違います。我々の情報網を駆使し、『未然に』悪意を摘み取りにいくのです」
アーキヴァルは、ニッコリと微笑みながら一枚の特別な依頼書を書き上げた。
「伯爵の裏山は、毒竜の瘴気で完全に土壌が腐りきっているとのこと。これをアルド様には、『領主の裏山の土がヘドロ化して作物が育たず困っている。美味しい野菜を育てるための土壌改良をお願いしたい』という名目でご依頼します。……アルド様の【ガーデニング】の前には、大宇宙の毒竜などただのミミズに等しいですからね」
そこへ、キッチンからエプロン姿のアルドが、焼きたてのクロワッサンとスクランブルエッグを乗せた大皿を運んできた。
「みんなー! 朝ごはんができたよ! おっ、大公様も朝早くからお仕事のご相談ですか? いつもご苦労様です!」
「あ、ああ。アルド殿、いつも美味い飯をすまない。実は、君にどうしても頼みたい『お仕事』があってな……」
大公がアーキヴァルの書いた依頼書をアルドに手渡す。
「えーっと、『ガレオン領の裏山がヘドロ化して困っている。安全で美味しい野菜を育てるために、土壌改良と雑草抜きをしてほしい』……なるほど!」
アルドは、依頼書を見て目を輝かせた。
「春に向けて、今の時期に土をしっかり耕しておくのはとっても大事だよね! 良い土からは、美味しくて元気な野菜が育つ。よーし、今日は僕の特製クワと肥料を持って、裏山をピカピカのフカフカな畑にしてこよう!」
アルドがニコニコと作業小屋へ向かった後、レイヴンとシノンが静かに立ち上がった。
「主の『畑仕事』の邪魔をする害虫(伯爵の私兵)どもは、俺たちが先に処理しておく。……さあ、また新しい【請求書】の準備を始めようか」
かくして、アルドとクランメンバーたちによる「能動的な悪の粉砕(出張ガーデニング)」が幕を開けた。
***
その頃、東部のガレオン領、裏山の最深部。
ガレオン伯爵は、防毒マスクを被った私兵たちを引き連れ、巨大なクレーターのような採掘場を見下ろして下劣な笑いを漏らしていた。
「クックック……素晴らしい。地脈に流し込んだ腐敗液のおかげで、ついに『大地の毒竜』の封印が解けかかっているぞ!」
クレーターの底では、大地の瘴気が濃密な紫色のヘドロとなって渦巻き、そこから毒竜の巨大な触手や、鉱石化した背びれがズブズブと姿を現し始めていた。
「この毒竜の瘴気を込めた鉱石兵器があれば、大公派の騎士団など一網打尽だ。我がガレオン家が、この国の新たな王となる日も近いわ!」
伯爵が野望に燃えていたその時、私兵の一人が慌てて駆け寄ってきた。
「は、伯爵閣下! 麓の検問を突破して、麦わら帽子を被った青年がこちらに向かってきます! なぜか濃密な瘴気の中を、平然と歩いており……!」
「なんだと? ええい、どうせ迷い込んだ愚民だろう。毒竜の触手の餌にしてしまえ!」
***
「よし、土壌改良の準備は完璧だ!」
アルドは、裏山の入り口に立ち、手作りの『事象耕運の神鍬』と、背負いカゴにたっぷり入れた『超栄養・神仙腐葉土』を用意していた。
――当然ながら、その素材は常軌を逸している。クワの刃は、冥界の門を削り出して作った『概念反転の刃』。そして腐葉土は、星喰いバクテリウムの堆肥に世界樹の落ち葉を混ぜ込み、サタナスが業火で完全発酵させた『大宇宙の生命を極限まで活性化させる究極の肥料』である。
「うわぁ……。大公様が言っていた通り、これはひどいな。土が完全にドロドロの紫色のヘドロになってるし、変な臭い(致死の瘴気)もする。おまけに、すっごく硬そうな太い雑草の根っこ(毒竜の触手)が地面から飛び出してるぞ」
アルドは、クレーターの縁に立ち、腕を組んでプロの便利屋(農家)としてのダメ出しを始めた。
彼の驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、大宇宙の毒を放つ竜の本体と瘴気を、「長年放置されて土壌が完全に腐りきった荒れ地と、非常にガンコで厄介な雑草の群れ」だと完全に誤認していた。
「よし! こんな悪い土じゃ、美味しいトマトもキャベツも育たない! 一気にクワで耕して、土の中に新鮮な空気と肥料を混ぜ込んでやるぞ!」
アルドは、麦わら帽子を被り直し、長靴を履いた足で、致死の瘴気が渦巻くクレーターの底へとズンズンと降りていった。
『……ルォォォォ……? ナンダ、コノ矮小ナ人間ハ……? 我ガ絶対毒素ノ沼地ノ中ヲ、ナゼ溶ケズニ歩イテイラレル!?』
大地の毒竜は、触れた瞬間に骨まで溶けるはずのヘドロの中を、鼻歌交じりにチャプチャプと歩いてくるアルドを見て激しく動揺した。アルドの事象改変オーラは、魔竜の放つ絶対の毒を「ちょっと肥料の臭いがキツい泥」程度に強制的に緩和させていたのだ。
『コザカシイ! ナラバ直接、我ガ『大地の腐毒牙』デ魂ノ底マデ溶カシテクレルワァァァッ!』
激怒した毒竜は、ヘドロの中から巨大な顎を突き出し、アルドを丸呑みにしようと襲い掛かった。
「うわっ! この雑草の根っこ、すごく太くて暴れるな! でも、この特製クワなら一発で土ごと引っくり返せるぞ!」
アルドは、襲い来る毒竜の巨大な顎(太い根っこ)に向けて、事象耕運のクワを大きく振りかぶった。
「そぉいッ!!」
――ズガァァァァァァァァンッ!!!!
アルドがクワをヘドロの大地に、そして毒竜の顎に思い切り叩き込んだ瞬間。
星を腐らせるはずの強靭な呪いの肉体と大地は、アルドの「ガンコな土をフカフカに耕したい」という圧倒的で暴力的なまでの意思の前に、物理的に「ボコンッ!」と、まるで柔らかい畑の土でも起こされるかのように、天地が逆転するほどの勢いで引っくり返されてしまった。
『ギ、ギャァァァァァァァァッ!? な、何ダコノ物理法則ヲ無視シタ衝撃ハ!? 我ガ全テヲ溶カス大地の身体ガ、タダノ農具デ土塊ノヨウニ砕カレテイクゥゥゥッ!?』
「よし、土がほぐれてきたぞ! ここで一気に、特製の神仙腐葉土を混ぜ込む!」
アルドは、悶絶してのたうち回る毒竜の身体(耕された土)に向かって、背負いカゴから『究極の肥料』をバッサバッサと豪快に振り撒き始めた。
――フワァァァァァァァァンッ!!!!
大宇宙の法則が、アルドの「完璧な土壌改良」という意思に完全にひれ伏す。
肥料が撒き散らされた軌跡から、毒竜の禍々しい腐毒の魔力は完全に中和・分解され、代わりにアルドの肥料が持つ『生命の爆発的活性化』の概念が、物理的な限界を超えて魔竜の存在そのものを書き換えていった。
『ア……ァァ……。我ノ、大宇宙ノ生命ヲ滅ボスハズノ毒ガ、マルデ都合ノイイ【作物ヲ育テル為ノ極上ノ有機成分】ノヨウニ……!? イヤ、混ゼ込マレル度ニ、我ガ呪イノ魔力ガ、異常ナマデニ心地ヨイ【豊穣ノ大地のエネルギー】ニ変換サレテイクゥゥゥッ! 私ノ存在ガ、大地ヲ腐ラセルノデハナク、コウシテ美味しい野菜ヲ育ム「極上ノ天然肥料・ソイルドラゴン」トシテ機能スルコトガ、コレホドマデニ満タサレルコトダッタトハ……!』
大地の毒竜の凶悪な意思は、アルドの「土壌改良と肥料撒き」によって完全に浄化され、書き換えられた。
万物を溶かす禍々しい巨大竜は、気がつけば「裏山の大地そのものと完全に同化し、どんな種を蒔いても一晩で奇跡の神仙作物が実る、超高栄養な『全自動・豊穣の有機肥料ドラゴン』」へと姿を変えていたのである。
「よしよし! ヘドロは完全にサラサラの土になったし、肥料もしっかり混ざって、すっごく良い匂いのフカフカな畑になったぞ! これなら、明日には立派な野菜が育つはずだ!」
アルドが額の汗を拭って立ち上がると、紫色の瘴気が渦巻いていたクレーターは一瞬にして輝きを取り戻し、太陽の光を浴びてキラキラと輝く『奇跡の神仙農地』へと進化を遂げていた。
足元からはすでに、アルドが適当に撒いたトマトやキャベツの種が、信じられない速度で芽を出し、青々とした葉を広げ始めている。
「よかったよかった! これで領主さんも、美味しい野菜がたくさん食べられるね!」
アルドは、クワを肩に担いで満足げに頷いた。
一方、その光景から少し離れた裏山の尾根。
ガレオン伯爵と私兵たちは、大宇宙の災厄である毒竜が、たった一本のクワと肥料で「極上のフカフカな畑」に成り下がった光景に言葉を失い、恐怖と絶望で腰を抜かしていた。
「ば、馬鹿な……。大地の毒竜が、ただの家庭菜園の肥料扱いだと……!? 我が長年の計画が、またしてもただの農作業で……!」
「退却だ! 直ちにこの絶望的な異常事態を……」
伯爵たちが踵を返そうとした、まさにその時。
「――誰が、帰っていいと言った?」
森の影の中から、音もなくシノンの短剣が閃き、私兵たちの急所を正確に峰打ちで叩き伏せた。
退路の先からは、レイヴンが凄まじい威圧感を放ちながら道を完全に塞いでいる。
「主の『畑仕事』の邪魔をする害虫どもめ。貴様らが持ち込んだ変なヘドロのせいで、主がどれだけクワを振るうのに手間をかけたと思っている」
レイヴンが、斧を肩に担いだまま冷酷に見下ろす。
「ヒィッ……! お、お許しを……! 我は伯爵だぞ!」
「貴様は、我らが情報局長への良い『証拠品』だ。……ガレオン伯爵とやら。自らの野望が完全に潰えるその日を、震えて待つがいい」
シノンの冷たい宣告と共に、伯爵の私兵たちは完全に意識を刈り取られ、荷袋へと詰め込まれていった。
***
数日後。日だまり郷の黄金の城塞。
「……終わりましたね。星を腐らせる宇宙の毒竜が、アルド様の腕によって見事なフカフカの有機肥料に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、大公から送られてきた莫大な報酬(と、その畑で一晩で育った神仙野菜の山)を確認しながら、手帳の『対・ガレオン伯爵・請求書』の第一ページ目に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第七十七種・大地の毒竜の強制肥料化(ただの土壌改良)』。対象:大宇宙の災厄ヴェノム・アース・ドラゴン、およびガレオン伯爵の私兵。結果:アルド様の手作りクワと肥料によって毒竜は永遠の豊穣エネルギーへと概念を書き換えられ、裏で蠢く工作員はクランメンバーによって完全捕縛。悪徳領主を追い詰めるための【第一の証拠】として回収完了しました」
「アルド殿が耕したあの裏山、今では『奇跡の神仙農場』と呼ばれ、大公閣下の管理のもとで王都中に極上の野菜を出荷しているそうだな。伯爵の違法採掘の野望など、完全に更地(畑)にされたというわけだ」
レイヴンが、暖炉の前でシロ(星狼)に特大の神仙キャベツを食べさせるアルドを眺めながら、不敵に笑う。
「ええ。ですが、これはまだ始まりに過ぎません。我々の情報網は、伯爵の背後でさらに大きな悪意が蠢いていることを察知しています。奴らが次にどんな汚い手を使ってこようとも……我々は裏で全ての証拠を集め、奴らが完全に手駒を失い、自らの罪の重みに押し潰されるその瞬間まで、淡々と【請求書】の項目を増やしていくのみです」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、全てを計算し尽くした冷徹な死神の光が煌めいた。
最強の便利屋の「ただの土壌改良」は、大地の危機をただのガーデニングとして解決し、悪徳領主の野望を粉砕するだけでなく、王国に最高の豊穣をもたらす奇跡の畑を誕生させてしまったのである。
城塞の住人たちによる「能動的な悪の粉砕」は、国家を脅かす愚か者たちに完全なる破滅の引導を渡すための、着実な第一歩として幕を開けたのであった。
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