第76話(閑話):ただの請求書と、悪徳商会頭の完全なる破滅(黄金の天秤が崩れ落ちる時)
第76話(閑話):ただの請求書と、悪徳商会頭の完全なる破滅(黄金の天秤が崩れ落ちる時)
アステリア王国の王都、その経済の中心地である特区にそびえ立つ一際豪奢な高層建築。王国の物流と金融の三割を牛耳るとまで言われた巨大組織『黄金の天秤商会』の本部ビル最上階にて、会頭のギャリックは信じられないほどの汗を流し、豪華な調度品を次々と床に叩きつけていた。
「どういうことだッ! なぜだ! なぜ王都の奴らは苦しんでいない!? なぜ我が商会に泣きついてこないのだァァァッ!!」
ギャリックの怒声が、金箔張りの執務室にビリビリと響き渡る。周囲に控える幹部たちは、顔を青ざめさせてガタガタと震えていた。
ギャリックの絶望と混乱は、もはや限界に達していた。
彼が莫大な資金を投じて仕掛けた、王都の経済を完全掌握するための三つの大計画。
商業区に放った『常闇の影魔獣』は、光を奪うどころか街を七色に照らす**「永久イルミネーション」と化し、商会が買い占めた粗悪な発光魔石は完全に無用の長物として倉庫の肥やしになっている。
南の大港湾に放った『腐朽の錆海竜』は、船を腐らせるどころか「全自動の防錆コーティング・ドック」に成り下がり、海運はかつてないほどの活況を呈して、商会が独占を目論んだ陸路輸送は完全に干上がった。
そして極めつけに、大貯水池に仕組んだ『灰燼の猛毒蛇』は、水を毒に変えるどころか「極上の微炭酸ミネラルウォーター・サーバー」**へと変貌し、商会が高値で売りつけようと溜め込んでいた水は、ただの腐りかけの水として廃棄するハメになったのである。
「あの『黄昏の守護者』とかいう田舎の便利屋……! 奴ら、一体何の狂った魔術を使っているのだ!? 妨害に向かわせた暗殺者や工作員どもも、一人として帰ってこん! このままでは、我が商会は不良在庫を抱えて完全に破産してしまうぞ!」
ギャリックは血走った目で、机の上に置かれた『禁忌の魔導具(契約の宝玉)』を睨みつけた。
「ええい、こうなれば手段は選ばん! この宝玉に我が魂と残る全財産を捧げ、暗黒大陸の『強欲の魔王』を直接召喚し、大公の城もあの便利屋の拠点も、全て更地に変えてくれるわッ!」
ギャリックが己の保身と逆恨みのために、国そのものを滅ぼす禁忌の契約を交わそうとした、まさにその瞬間だった。
――ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
ミスリル鋼で補強され、最高級の物理・魔法防壁が何重にも施されていたはずの執務室の巨大な扉が、まるで安いビスケットのように粉々に砕け散り、部屋の奥深くまで吹き飛んできた。
凄まじい衝撃波が高級な調度品を吹き飛ばし、商会の幹部たちが悲鳴を上げて壁に激突する。
「な、なんだ!? 何事だァァァッ!」
もうもうと立ち込める粉塵の中から、コツリ、コツリと、借金取りよりも恐ろしい絶望の足音が響いてきた。
「……やれやれ。防犯用の結界とやらが張られていたせいで、扉をノックするのに少しだけ力が入りすぎたな」
身の丈を超える巨大な神具の斧を肩に担ぎ、まるで散歩でもしているかのような軽やかな足取りで現れたのは、元・帝国最強の将レイヴンであった。彼が放つ『絶対的な闘気と殺圧』だけで、残っていた幹部や護衛の傭兵たちは白目を剥いて泡を吹き、次々と床に崩れ落ちていく。
そして、レイヴンの背後の影から、音もなく滑り出たのは最強の暗殺者シノン。さらに、冷徹な執事服に身を包んだ情報局長アーキヴァルと、王家の紋章が入った重厚なマントを翻すアステリア王国の重鎮・レオハルト大公の姿があった。
「れ、レオハルト大公!? き、貴様、我が商会に武装して押し入るとは、不法侵入だぞ! 王都の経済を支える我々を怒らせて、ただで済むと……!」
ギャリックは腰を抜かしそうになりながらも、宝玉を握りしめて喚き散らした。
「王都の経済を支える、だと? それはこちらの台詞だ、腐れ外道め」
レオハルト大公は、氷のように冷たく、絶対的な怒りを孕んだ視線をギャリックに突き刺した。
「民の生活インフラを意図的に破壊し、自らの私腹を肥やすために国中に災厄を撒き散らした罪。……国王陛下はすでに全ての証拠に目を通され、激怒しておられる。貴様の商会が持つ全ての商業ギルド権限は、たった今、国王の名において完全に剥奪された」
「なっ……証拠だと!? でたらめを言うな! 私がそんなことをしたという証拠がどこにある!」
「証拠なら、ここにたっぷりと揃っておりますよ、元・会頭どの」
アーキヴァルが、眼鏡をクイッと押し上げながら、分厚いバインダーをドンッとギャリックの目の前の机に投げ捨てた。
同時に、大公の近衛兵たちが、ボロボロに縛り上げられ、猿ぐつわを噛まされた数十名の黒衣の男たち――ギャリックが放ち、クランメンバーに裏で狩られ続けていた商会の工作員たちを次々と引きずり出してきた。
「ヒィィッ……! か、会頭! 申し訳ありません、奴らはバケモノです! 魂を切り刻むと脅され、会頭の指示であることを全て吐かされました……!」
工作員の長が、泣き叫びながらギャリックにすがりつく。
「さて、ギャリック元・会頭。本日は、我々『黄昏の守護者』から、貴方に**【ご請求書】**をお持ちしました」
「せ、請求書だと……?」
「ええ。アルド様は『ちょっとした街灯の電球交換、船のサビ落とし、貯水池の清掃』として、極めて良心的な価格で便利屋の依頼をお受けになりましたが……それらは全て、貴方が意図的に引き起こした『常闇の影魔獣』『腐朽の錆海竜』『灰燼の猛毒蛇』という、大宇宙の理を狂わせる超特級の災厄の処理でした」
アーキヴァルは、悪魔よりも美しく、そして恐ろしい完璧な笑顔を浮かべた。
「これらを我々の主が『家事のついで』に片付けたとはいえ、大宇宙の事象改変には莫大な手間と、何より主の尊いお時間が割かれています。その正当な『事象改変経費』『大質量処理手数料』『星系存亡危機手当』、および貴方の放った害虫どもの『お掃除代』を加算した結果が、こちらの金額となります」
ギャリックが恐る恐るその書類に書かれた数字を見た瞬間、彼の呼吸が完全に止まり、目玉が飛び出んばかりに見開かれた。
「ヒィィッ……!? ぜ、ゼロの数が……! こ、こんな額、我が商会の全資産を百倍にして売り払っても足りぬわァァァッ!」
「おやおや、たったの一兆Gですよ? 星系をいくつも買い取って、ようやく釣りが出る程度のささやかなお値段です。当然、貴方個人が裏で蓄財していた不正な資産を全て没収しても、利子の1パーセントにも満たないでしょうね」
「ふ、ふざけるなァァァッ! 誰がそんなイカれた請求書を支払うものか! 私は黄金の天秤商会のトップだ! 貴様らのような下賤な便利屋どもに、舐められてたまるかァァァッ!」
ギャリックは完全に正気を失い、手にしていた『強欲の魔王』との契約の宝玉を床に叩き割ろうとした。
「――遅いし、見苦しい」
宝玉が床に落ちるより早く、シノンの放った無数の短剣が、ギャリックの両手足の腱を寸分の狂いもなく貫き、執務室の壁へと物理的に縫い付けた。
「ギャァァァァァァァァッ!?」
手から滑り落ちた宝玉は、レイヴンが空中で軽々とキャッチし、そのまま片手で**「パリンッ」**と握り潰して粉々にしてしまった。
「な……暗黒大陸の魔王を喚ぶ至高の宝玉が、ただの握力で砕けただと……!?」
「主の平和な日常を脅かそうとした羽虫に、魔王とやらを語る資格などない。……貧弱な石コロだな」
レイヴンが冷酷に吐き捨てる。
「ヒィッ……! ま、待て……! 命だけは……! 金ならある! 隠し財産を全て渡すから!」
「安心してください。死なせはしません。貴方には、その莫大な借金を『労働』で返済してもらう義務がありますからね」
アーキヴァルが、無慈悲に宣告する。
「アルド様の城塞の裏山で、元・混沌の王アザトス殿が率いる農業組合が、新たな『暴食の星獣用・手回しエサやり機』の動力を求めておりましてね。貴方のような金に執着する商人ならば、星喰いバクテリウムの棲むエサ箱のクランクを素手で回し続ける単純作業を、不眠不休で三百年ほど続ければ、少しは借金も減るでしょう」
「なっ……手回しエサやり機……!? 嫌だ! 助けてくれェェェッ! 私は商会のトップ……!」
「連行しろ。そして、このビルにある不正な隠し財宝や魔導具は全て差し押さえ、国庫への返還と、クランの備品(アルド殿のボーナス)として回収する」
大公の無慈悲な命令により、ギャリックは猿ぐつわを噛まされ、ズタ袋に詰め込まれて物理的に拉致されていった。
かくして、アステリア王国の経済を混乱に陥れ、民の命を金に換えようとした悪徳商人の巨悪は、アルドがその顔を知ることも、名前を聞くことすらもないまま、クランメンバーたちの「完璧な裏の事務処理」によって社会的に完全に抹殺され、永遠の家畜用エサやり機へと変換されたのである。
その頃。
全てが終わったアステリア王国の辺境、黄金の城塞『日だまり郷』のキッチンでは。
「ふんふふーん♪」
アルドは、のんきに鼻歌を歌いながら、巨大なフライパンで特大のシーフードパエリアと、大精霊の天然水を使ったスパークリング・フルーツポンチを作っていた。
「いやぁ、最近は出張の便利屋仕事がたくさんあって大忙しだったけど、やっぱり自分の家でゆっくり作るご飯が一番だね。大公様から『一連のトラブル解決の特別ボーナス』ってことで、また山のように金貨をもらっちゃったし、港を綺麗にしたお礼にって、漁師さんたちがとびっきり新鮮な魚介類をたくさん送ってくれたんだ!」
足元では、サモエド犬のシロ(元・絶対零度の星狼)が、パエリアから漂う極上のサフランと海鮮の匂いに釣られて、尻尾を千切れんばかりにパタパタと振りながらお座りをしている。
「よしよし、シロにも後で美味しいエビの尻尾をあげるからね。おっ、みんな帰ってきたみたいだ!」
玄関の扉が開き、王都での「ざまぁ」の総仕上げを完璧に終えたレイヴン、シノン、アーキヴァル、ゾルタンたちが、一切の殺気や疲労を感じさせない、清々しく爽やかな笑顔で帰還した。
「ただいま戻りました、アルド様。王都での『事務処理(借金の取り立てとゴミ掃除)』、滞りなく完了いたしました」
「お帰り、アーキヴァルさん! みんなも外は寒かっただろう? ちょうど熱々のシーフードパエリアと、シュワシュワのフルーツポンチができたところだよ!」
アルドの満面の笑顔と、キッチンから漂う宇宙の真理を凝縮したような極上の香りが、メンバーたちを出迎える。
「……ああ、この香りを嗅ぐと、本当に帰ってきたと実感するな。どれだけ外で薄汚い掃除をしようと、主の作る温かい飯が俺たちの魂を全て浄化してくれる」
レイヴンが、神具の斧を土間に置き、ふっと表情を緩ませた。
「アルド様のパエリア……これさえあれば、世界が何度滅びようとも我々は戦い抜けますね」
ゾルタンも、すでに胃袋を完全に掌握されている大賢者としての威厳をかなぐり捨て、ダイニングテーブルへと小走りで向かう。
大宇宙の法則を捻じ曲げるような巨悪の陰謀も、アルドにとっては「ただの出張清掃」であり、クランメンバーにとっては「主の食卓を守るためのゴミ拾い」に過ぎない。
伝説のクラン『黄昏の守護者』のリーダーは、今日も自らの規格外の力にも、裏で蠢いていたドロドロの陰謀劇にも全く気づかぬまま、世界で一番温かく、平凡で幸せな「究極の日常」をエンジョイし続けるのであった。
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