第74話:ただのサビ落としと、腐朽の錆海竜の強制コーティング化(悪徳商会の愚行、第二の手)
第74話:ただのサビ落としと、腐朽の錆海竜の強制コーティング化(悪徳商会の愚行、第二の手)
黄金の城塞『日だまり郷』の朝は、今日も大宇宙の覇者たちによる「究極の家事とくつろぎ」によって完璧に回っていた。
庭先では、かつて絶対零度の星狼であったサモエド犬のシロが、神竜ポチの背中に乗って楽しそうに駆け回り、それを縁側で眺めながら、アルドは手作りの工具箱のメンテナンスに励んでいた。
「うーん、やっぱり鉄製の道具は手入れを怠るとすぐにサビちゃうなぁ。でも、しっかり磨いて油を差してあげれば、一生モノの相棒になるんだよね」
アルドは、使い込まれたスパナを丁寧に布で磨きながら、にっこりと微笑んだ。
「さて、大公様から届いた今日の便利屋の依頼は……っと。『王都の玄関口である南の大港湾にて、一晩にして停泊中の船や桟橋が異常な速度でサビつき、木材は腐り落ちて使い物にならなくなってしまった。海運が完全にストップして困っているので、至急、船のサビ落としと修繕をお願いしたい』……なるほど」
アルドは、ウンウンと頷きながら腕を捲り上げた。
「港の船が全部サビちゃうなんて、潮風の影響にしても早すぎるね。海で働く漁師さんや商人さんたちにとって、船は命の次に大事なものだ。よーし、今日は超強力なサビ取りブラシと、特製の防錆ペンキを持って、港の船をピカピカの新品にしてこよう!」
アルドがニコニコと作業着に着替えるため部屋を出て行った後。
リビングの奥で、その依頼書の写しを読み解いていた情報局長アーキヴァルと、元・大賢者ゾルタンは、氷のように冷ややかな、見下すような視線を交わした。
「……先輩。アルド様は『潮風によるサビ』と仰っていますが、港湾を覆っている魔力波形は尋常ではありません。触れたあらゆる無機物を酸化させ、有機物を腐らせる大宇宙の災厄――『腐朽の錆海竜』が海中に放たれています」
ゾルタンが、魔力測定器の針がドス黒い緑色に染まっているのを見て、不快そうに顔をしかめた。
「ええ、把握しています。『黄金の天秤商会』の会頭、ギャリックの次なる一手ですね」
アーキヴァルは、手帳の『対商会・請求書』のページを開き、羽ペンを走らせた。
「先日の『常闇の影魔獣』による発光魔石の押し売り計画をアルド様(の街灯修理)に潰されたギャリックは、今度は王都の『海運物流』を物理的に破壊しにきました。港を腐らせて海路を封鎖すれば、王都への物資の流入は、彼が独占している陸路の馬車輸送に頼らざるを得なくなる。そこで運送料を十倍に跳ね上げ、莫大な利益を貪るという算段でしょう」
「人々の生活を支える物流の心臓を止め、自らの懐を潤すためだけに大宇宙の災厄を喚び出すとは……欲に目が眩んだ愚か者の思考は理解に苦しみますね」
「ええ。ですが、万物を腐らせる海竜など、アルド様の『船底のサビ落とし』の前には、ただのフジツボやガンコな汚れに過ぎません。アルド様には気持ちよく港のメンテナンスを楽しんでいただきましょう。我々は裏に潜む商会の工作員たちを狩り、ギャリック会頭を追い詰める【第二の証拠】を回収するのみです」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、数話後に訪れる『完全なる破滅』を悪徳商人に叩きつけるための、冷酷で完璧な計算の光が煌めいた。
***
その頃、王都の一等地に構える『黄金の天秤商会』の本部。
執務室の巨大な窓から王都の街並みを見下ろしながら、会頭のギャリックは最高級のワイングラスを揺らし、下劣な高笑いを上げていた。
「ガハハハハ! 見ろ、港が死んだことで、王都中の商人どもが我々の陸路輸送枠を求めて土下座しに来ておるわ! 運送料を二十倍にしても、奴らは泣きながら金を払う! 『腐朽の錆海竜』の放つ万物風化の呪いは、いかなる神聖魔法でも浄化できんからな!」
ギャリックは、取り巻きの商人たちにふんぞり返った。
「聞けば、またあの大公の犬である『黄昏の守護者』とかいう便利屋が修繕に向かったそうだが、笑止千万! あの錆海竜は腐敗という概念そのものだ。ただの修理屋が近づけば、自身の肉体ごとドロドロに腐り落ちて海の藻屑となるわ! 奴らが無惨に溶けていく様を、しかと見届けてまいれ!」
金と権力に溺れた悪徳商人の高笑いが、豪華な部屋に虚しく響き渡っていた。
***
「よし、サビ落としと塗装の準備は完璧だ!」
アルドは、城塞の中庭で、手作りの『事象研磨のワイヤーブラシ』と、大きなバケツに入った『絶対防錆・概念コーティング塗料』を用意していた。
――当然ながら、その素材は常軌を逸している。ワイヤーブラシの毛は、星を丸かじりする宇宙獣マンティコアの剛毛を束ねたもので、空間の歪みすら物理的に削り落とす。そしてコーティング塗料は、世界樹の深部から採取した万年琥珀の樹脂と、大精霊の涙をブレンドした、大宇宙の終わりまで絶対に劣化しない『不滅の装甲塗料』である。
「港の作業は足場が悪いから気をつけないとね。レイヴンさん、シノンさん、今日も出張の荷物持ちと護衛をお願いできるかな?」
「承知した。港の周りをチョロチョロと嗅ぎ回るドブネズミどもは、俺たちが先に『掃除』しておこう」
レイヴンが、肩に担いだ神具の斧をポンと叩いて不敵に笑う。
かくして、アルド率いる便利屋一行は、王都の南の大港湾へと向かった。
***
王都の南の大港湾は、凄惨な「腐朽の領域」と化していた。
海はドス黒く濁り、停泊していた立派なガレオン船や商船は、まるで数百年放置された幽霊船のように赤茶色にサビつき、木材はボロボロに崩れ落ちている。海面からは、周囲の物質を強制的に酸化・腐敗させる不気味な緑色のガスが立ち込めていた。
『ボォォォォォォォォッ……!! 朽チロ……全テノ形アルモノヲ腐ラセ、我ガ錆ノ海ヘト還セ……!』
海中から巨大な鎌首をもたげた体長数百メートルの『腐朽の錆海竜』は、新たな獲物の接近を感知し、そのドス黒い瞳孔を収縮させた。
「うわぁ……。これは想像以上にひどいな。船底にガンコな赤サビがこびりついてるし、フジツボや海藻のオバケみたいなのが船にベッタリ張り付いちゃってるぞ。おまけに、なんだかヘドロの臭いがする」
アルドは、桟橋の先端に立ち、腕を組んでプロの便利屋としてのダメ出しを始めた。
彼の驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、大宇宙の万物を腐らせる海竜を、「長年のメンテナンス不足で船底に異常発生した、極度に巨大で悪臭を放つサビの塊とフジツボの化け物」だと完全に誤認していた。
「よし! 大事な船がこれ以上傷まないように、一気にサビを削り落として、特製の防錆ペンキでコーティングするぞ!」
アルドは、腰から『事象研磨のワイヤーブラシ』を取り出し、海竜の巨大な顔の真正面へと、軽やかな足取りで桟橋を蹴って飛び乗った。
『……ア? ナンダ、コノ矮小ナ人間ハ……? 我ガ絶対腐朽ノガスノ中デ、ナゼ肉体ガ崩壊セズニ立ッテイラレル!?』
錆海竜は、触れた瞬間に骨まで溶けるはずの腐敗ガスの中を、鼻歌交じりに近づいてくるアルドを見て激しく動揺した。アルドの事象改変オーラは、魔竜の放つ絶対腐朽を「ちょっと磯の香りが強くて鉄臭い」程度に強制的に緩和させていたのだ。
『コザカシイ! ナラバ直接、我ガ『万物風化の潮風』デ原子レベルマデ酸化サセテクレルワァァァッ!』
激怒した錆海竜は、極大の腐敗ブレスをアルドめがけて吐き出そうとした。
「うわっ! このサビの塊、動いて厄介だな! でも、このワイヤーブラシなら一発だ!」
アルドは、襲い来る海竜の顔(サビの塊)に向けて、ワイヤーブラシを勢いよく「ゴリッ!」とこすりつけた。
――ガリィィィィィィィンッ!!!!
アルドが振るったブラシが、錆海竜の鱗に触れた瞬間。
星を腐らせるはずの強靭な呪いの装甲は、アルドの「ガンコなサビをピカピカに削り落としたい」という圧倒的で暴力的なまでの意思の前に、物理的に「ザリッ」と、まるで薄い汚れでも落とされるかのように、あっさりと削り取られてしまった。
『ギ、ギャァァァァァァァァッ!? な、何ダコノ激痛ハ!? 我ガ全テヲ腐ラセル絶対ノ鱗ガ、タダノ金タワシデ削リ落トサレテイクゥゥゥッ!?』
「よし、ガンコなサビが落ちて、下から綺麗な地金が見えてきたぞ! ここで一気に特製ペンキでコーティングだ!」
アルドは、巨大なハケに『絶対防錆・概念コーティング塗料』をたっぷりとつけ、悶絶する錆海竜の身体に向かって「ペタペタッ!」と小気味良い音を立てて塗りたくり始めた。
――ピカァァァァァァァァンッ!!!!
大宇宙の法則が、アルドの「完璧な防錆塗装」という意思に完全にひれ伏す。
塗料が塗られた軌跡から、錆海竜の禍々しい腐朽の魔力は完全に封じ込められ、代わりにアルドの塗料が持つ『不滅の装甲』の概念が、物理的な限界を超えて魔竜の存在そのものを書き換えていった。
『ア……ァァ……。我ノ、大宇宙ヲ腐ラセルハズノ力ガ、マルデ都合ノイイ【船ヲ守ル為ノ防護皮膜】ノヨウニ……!? イヤ、塗ラレル度ニ、我ガ呪イノ魔力ガ、異常ナマデニ心地ヨイ【絶対ニ傷ツカナイ安心感】ニ変換サレテイクゥゥゥッ! 私ノ存在ガ、船ヲ沈メルノデハナク、コウシテ港ノ船ヲ守ル「極上ノ防錆コーティング・ドック」トシテ機能スルコトガ、コレホドマデニ満タサレルコトダッタトハ……!』
錆海竜の凶悪な意思は、アルドの「サビ落としとペンキ塗り」によって完全に浄化され、書き換えられた。
万物を腐らせる禍々しい海竜は、気がつけば「港の海中に鎮座し、入港してきた船の汚れを一瞬で落とし、絶対不壊のコーティングを施す超高性能な『全自動・船舶洗浄&防錆ドック』」へと姿を変えていたのである。
「よしよし! サビは完全に落ちたし、ペンキの塗りムラもない! ついでに周りの船にもコーティング剤を撒いておくか!」
アルドがバケツに残った塗料を港の海にバシャッと撒くと、沈みかけていた王都の船たちが一瞬にして輝きを取り戻し、大砲の直撃すら弾き返す『不沈の神仙船』へと進化を遂げた。
港に集まっていた船乗りたちは、自らの船が新品以上に美しく輝き、傷一つない状態に蘇った光景に歓喜の声を上げ、抱き合って涙を流し始めた。
「よかったよかった! これで明日からまた、安全に航海に出られるね!」
アルドは、ペンキまみれの手を拭きながら、満足げに頷いた。
一方、その光景から少し離れた港の倉庫街の裏路地。
天秤商会のギャリック会頭が放った工作員たちは、大宇宙の災厄である錆海竜が、たった一本のブラシとペンキで「全自動の洗車機(船用)」に成り下がった光景に言葉を失い、恐怖でガタガタと震えていた。
「ば、馬鹿な……。腐朽の錆海竜が、ただの防錆ペンキ扱いだと……!? 会頭の計画が、またしてもただの掃除で……!」
「退却だ! 直ちにこの絶望的な異常事態を報告し、陸路輸送の荷物を隠さなければ!」
工作員たちが踵を返そうとした、まさにその時。
「――誰が、帰っていいと言った?」
倉庫の影の中から、音もなくシノンの短剣が閃き、工作員たちの急所を正確に峰打ちで叩き伏せた。
路地の出口からは、レイヴンが凄まじい威圧感を放ちながら退路を完全に塞いでいる。
「主の『船のメンテナンス』の邪魔をする害虫どもめ。貴様らが持ち込んだ変なサビのせいで、主がどれだけペンキ塗りに手間をかけたと思っている」
レイヴンが、斧を肩に担いだまま冷酷に見下ろす。
「ヒィッ……! お、お許しを……!」
「貴様らは、我らが情報局長への良い『証拠品』だ。……黄金の天秤商会とやら。いずれ迎える【完全なる破滅】への第二の布石、きっちりと拘束させてもらうぞ」
シノンの冷たい宣告と共に、工作員たちは完全に意識を刈り取られ、荷袋へと詰め込まれていった。
***
数日後。日だまり郷の黄金の城塞。
「……終わりましたね。星の万物を腐らせる宇宙の魔竜が、アルド様の腕によって見事な船舶メンテナンス・ドックに成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、大公から送られてきた莫大な報酬と、王都の海運ギルドからの感謝状を確認しながら、手帳の『対商会・請求書』のページに羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第七十四種・腐朽の錆海竜の強制コーティングドック化(ただのサビ落としとペンキ塗り)』。対象:大宇宙の災厄ディケイ・レヴィアタン、および黄金の天秤商会の工作員。結果:アルド様の手作りペンキによって魔竜は永遠の防錆皮膜へと概念を書き換えられ、裏で蠢く工作員はクランメンバーによって完全捕縛。悪徳会頭を追い詰めるための【第二の証拠】として回収完了しました」
「アルド殿が直したあの港、今では『不沈の神仙港』と呼ばれ、世界中の商船がこぞってコーティングを受けに集まり、以前の何十倍もの活気を見せているそうだな。ギャリックとやらの陸路輸送のボッタクリ商法は、完全に干上がっただろう」
レイヴンが、暖炉の前でシロ(星狼)を撫でるアルドを眺めながらコーヒーを啜る。
「ええ。ですが、強欲な商人の足掻きはまだ続きます。追い詰められた奴が次にどんな汚い手を使ってくるか……我々は裏で全ての証拠を集め、奴が自らの罪の重みに押し潰されるその時まで、淡々と【請求書】の項目を増やしていくのみです」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、全てを計算し尽くした冷徹な光が煌めいた。
最強の便利屋の「ただのサビ落とし」は、王都の物流の危機をただの船のメンテナンスとして解決し、悪徳商会の野望を粉砕するだけでなく、王国に無敵の海運力をもたらす奇跡のドックを誕生させてしまったのである。
忍び寄る商人の悪意の全ては、いずれ訪れる『圧倒的ざまぁ』の舞台を完璧に整えるための、ただの「汚れ仕事」として着実に処理され続けていくのであった。
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