第72話(閑話):ただの請求書と、腐敗枢機卿の完全なる破滅(神罰を騙った悪意の末路)
第72話(閑話):ただの請求書と、腐敗枢機卿の完全なる破滅(神罰を騙った悪意の末路)
アステリア王国の王都の中心にそびえ立つ、国教『聖サンクトゥス教団』の総本山たる大聖堂。
数百年の歴史を持ち、荘厳なステンドグラスと白亜の柱で彩られたその神聖なる奥の院で、教団のトップである枢機卿ヴェインは、自身の法衣を乱しながら信じられないほどの汗を流し、大理石の床を右へ左へと狂ったように歩き回っていた。
「……あり得ん。こんなことがあってたまるか! なぜだ、なぜ我が放った大宇宙の災厄どもが、悉く『観光名所』や『快適な設備』に成り下がっているのだ!」
ヴェインの怒声が、薄暗い奥の院にビリビリと響き渡る。周囲に控える側近の神官たちは、彼の尋常ならざる取り乱し方に顔を青ざめさせ、床に平伏していた。
ヴェインの絶望は深かった。
王都の権力を掌握し、民衆からの莫大な献金と信仰を独占するために仕掛けた三つの計画。
貴族街に植え付けた『クリフォトの死邪樹』は、今や王都一の癒やしスポットである「真ん丸の可愛いトピアリー(盆栽)」として貴族たちに愛でられている。
下層区の礼拝堂に仕組んだ『深淵の邪眼』と『狂気の叫び鐘』は、七色の希望の光を放つステンドグラスと奇跡の鐘へと変わり、教団本部よりも多くの巡礼者を集める始末。
そして極めつけに、孤児院の地下に封じた『怨嗟の氷獄魔神』は、子供たちをぽかぽかに温める「全自動エコ床暖房」と化し、王室からの評価と支援金は全てあの孤児院へと流れてしまった。
「あの『黄昏の守護者』とかいう田舎の便利屋……! 奴ら、一体何の狂った魔術を使っているのだ!? 異端審問官どもも一人として帰ってこん! このままでは、我が教団の威信は地に落ち、私の地位も……!」
ヴェインは血走った目で、祭壇に安置された『禁忌の聖遺物』を睨みつけた。
「ええい、こうなれば手段は選ばん! この王都の信徒数十万人の魂を贄とし、直接『天使の軍勢(という名の高位の魔族)』を召喚して王城ごと大公派を焼き尽くしてくれるわ!」
ヴェインが己の保身のために国を滅ぼす禁呪の詠唱を始めようとした、まさにその瞬間だった。
――ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
歴代の教皇が何重にも祝福と神聖結界を施し、「神の雷すらも防ぐ」と謳われた大聖堂の分厚い黄金の扉が、まるで安いビスケットのように粉々に砕け散り、奥の院の内部へと吹き飛んできた。
凄まじい衝撃波が祭壇を吹き飛ばし、高位の神官たちが悲鳴を上げて壁に激突する。
「な、なんだ!? 何事だァァァッ!」
もうもうと立ち込める粉塵の中から、コツリ、コツリと、神の裁きよりも恐ろしい絶望の足音が響いてきた。
「……やれやれ。神聖結界とやらが張られていたせいで、扉をノックするのに少しだけ力が入りすぎたな」
身の丈を超える巨大な神具の斧を肩に担ぎ、まるで散歩でもしているかのような軽やかな足取りで現れたのは、元・帝国最強の将レイヴンであった。彼が放つ『闘気と殺圧』だけで、残っていた神官たちは白目を剥いて泡を吹き、次々と床に崩れ落ちていく。
そして、レイヴンの背後の影から、音もなく滑り出たのは最強の暗殺者シノン。さらに、冷徹な執事服に身を包んだ情報局長アーキヴァルと、王家の紋章が入った重厚なマントを翻すアステリア王国の重鎮・レオハルト大公の姿があった。
「れ、レオハルト大公!? き、貴様、神聖なる教団本部に武装して押し入るとは、神への冒涜だぞ! ただで済むと……!」
ヴェインは腰を抜かしそうになりながらも、杖を構えて喚き散らした。
「神への冒涜? それはこちらの台詞だ、腐れ外道め」
レオハルト大公は、氷のように冷たく、絶対的な怒りを孕んだ視線をヴェインに突き刺した。
「民の信仰を盾に取り、自らの私腹を肥やすために国中に呪いを撒き散らした罪。……国王陛下はすでに全ての証拠に目を通され、激怒しておられる。貴様の枢機卿としての権限は、たった今、国王の名において完全に剥奪された」
「なっ……証拠だと!? でたらめを言うな! 私がそんなことをしたという証拠がどこにある!」
「証拠なら、ここにたっぷりと揃っておりますよ、元・枢機卿閣下」
アーキヴァルが、眼鏡をクイッと押し上げながら、分厚いバインダーをドンッとヴェインの目の前の床に投げ捨てた。
同時に、大公の近衛兵たちが、ボロボロに縛り上げられ、猿ぐつわを噛まされた数十名の黒衣の男たち――ヴェインが放ち、クランメンバーに狩られた異端審問官たちを次々と引きずり出してきた。
「ヒィィッ……! か、閣下! 申し訳ありません、奴らはバケモノです! 魂を切り刻むと脅され、閣下の指示であることを全て吐かされました……!」
審問官の長が、泣き叫びながらヴェインにすがりつく。
「さて、ヴェイン元・枢機卿。本日は、我々『黄昏の守護者』から、貴方に【ご請求書】をお持ちしました」
「せ、請求書だと……?」
「ええ。アルド様は『ちょっとした庭木の剪定、窓拭きと鐘の修理、煙突掃除』として、極めて良心的な価格で依頼をお受けになりましたが……それらは全て、貴方が意図的に引き起こした『クリフォトの死邪樹』『深淵の邪眼』『怨嗟の氷獄魔神』という、大宇宙の理を狂わせる超特級の災厄の処理でした」
アーキヴァルは、悪魔よりも美しく、そして恐ろしい完璧な笑顔を浮かべた。
「これらを我々の主が『家事のついで』に片付けたとはいえ、大宇宙の事象改変には莫大な手間と、何より主の尊いお時間が割かれています。その正当な『事象改変経費』『大質量処理手数料』『星系存亡危機手当』、および貴方の放った害虫どもの『お掃除代』を加算した結果が、こちらの金額となります」
ヴェインが恐る恐るその書類に書かれた数字を見た瞬間、彼の呼吸が完全に止まった。
「ヒィィッ……!? ぜ、ゼロの数が……! こ、こんな額、教団が数百年かけて集めた全資産を売り払っても足りぬわァァァッ!」
「おやおや、たったの五千億Gですよ? 星を数十個買い取って、ようやく釣りが出る程度のささやかなお値段です。当然、貴方個人が裏で蓄財していた不正な資産を全て没収しても、利子の1パーセントにも満たないでしょうね」
「ふ、ふざけるなァァァッ! 誰がそんなイカれた請求書を支払うものか! 私は神の代行者だ! 貴様らのような下賤な便利屋どもに、舐められてたまるかァァァッ!」
ヴェインは完全に正気を失い、自身の魂すらも燃やし尽くす最凶の禁呪――大天使(魔族)の召喚魔法を詠唱し始めた。
『大空の覇者よ! 我が命を糧とし、この愚か者どもに神罰の光をォォォ――ッ!』
「――遅いし、うるさい」
ヴェインの呪文が完成するより早く、シノンの放った無数の短剣が、ヴェインの両手足の腱を寸分の狂いもなく貫き、大聖堂の柱へと物理的に縫い付けた。
「ギャァァァァァァァァッ!?」
「主の平穏な日常を脅かそうとした羽虫に、神を語る資格などない」
シノンの氷のような瞳が、ヴェインの眼前に迫る。
さらに、レイヴンが一歩前に出た。彼がただ「スゥッ」と息を吸い込み、凄まじい闘気を纏って睨みつけただけで、ヴェインが召喚しようとしていた魔法陣は、空中でパリンッとガラスのように砕け散った。
「な……我が命を削った禁呪が、ただの『睨み』で砕けただと……!?」
「主の足元にも及ばないくだらん手品だ。……見苦しいぞ、小悪党」
レイヴンが冷酷に吐き捨てる。
「ヒィッ……! ま、待て……! 命だけは……! 私は枢機卿だぞ!」
「安心してください。死なせはしません。貴方には、その莫大な借金を『労働』で返済してもらう義務がありますからね」
アーキヴァルが、無慈悲に宣告する。
「アルド様の城塞の裏山で、元・混沌の王アザトス殿が率いる農業組合が、新たな『開墾用ヒューマン・トラクター(手押し)』を求めておりましてね。貴方のような生命力のしぶとい聖職者ならば、星喰いバクテリウムの棲む土を素手で耕す単純作業を、不眠不休で二百年ほど続ければ、少しは借金も減るでしょう」
「なっ……ヒューマン・トラクター……!? 嫌だ! 助けてくれェェェッ! 私は高貴なる……!」
「連行しろ。そして、この大聖堂の地下にある不正な隠し財宝は全て差し押さえ、国庫への返還と、クランの備品(アルド殿のボーナス)として回収する」
大公の無慈悲な命令により、ヴェインは猿ぐつわを噛まされ、ズタ袋に詰め込まれて物理的に拉致されていった。
かくして、アステリア王国の民を絶望の淵に突き落とそうとした腐敗聖職者の巨悪は、アルドがその顔を知ることも、名前を聞くことすらもないまま、クランメンバーたちの「完璧な裏の事務処理」によって社会的に抹殺され、永遠の農業トラクターへと変換されたのである。
***
その頃。
全てが終わったアステリア王国の辺境、黄金の城塞『日だまり郷』のキッチンでは。
「ふんふふーん♪」
アルドは、のんきに鼻歌を歌いながら、大きなオーブンで特大のミートパイと、とろけるようなチーズグラタンを焼き上げていた。
「いやぁ、最近は出張の便利屋仕事がたくさんあって大忙しだったけど、やっぱり自分の家でゆっくり作るご飯が一番だね。大公様から『一連のトラブル解決の特別ボーナス』ってことで、また山のように金貨をもらっちゃったし、今日は高級なお肉とチーズをたっぷり使ったご馳走だ!」
足元では、サモエド犬のシロ(元・絶対零度の星狼)が、オーブンから漂う極上の匂いに釣られて、尻尾を千切れんばかりにパタパタと振りながらお座りをしている。
「よしよし、シロにも後で美味しいお肉の切れ端をあげるからね。おっ、みんな帰ってきたみたいだ!」
玄関の扉が開き、王都での「ざまぁ」の総仕上げを完璧に終えたレイヴン、シノン、アーキヴァル、ゾルタンたちが、一切の殺気や疲労を感じさせない、清々しく爽やかな笑顔で帰還した。
「ただいま戻りました、アルド様。王都での『事務処理(借金の取り立てとゴミ掃除)』、滞りなく完了いたしました」
「お帰り、アーキヴァルさん! みんなも外は寒かっただろう? ちょうど熱々のミートパイとグラタンが焼き上がったところだよ!」
アルドの満面の笑顔と、キッチンから漂う宇宙の真理を凝縮したような極上の香りが、メンバーたちを出迎える。
「……ああ、この香りを嗅ぐと、本当に帰ってきたと実感するな。どれだけ外で薄汚い掃除をしようと、主の作る温かい飯が俺たちの魂を全て浄化してくれる」
レイヴンが、神具の斧を土間に置き、ふっと表情を緩ませた。
「アルド様のグラタン……これさえあれば、世界が何度滅びようとも我々は戦い抜けますね」
ゾルタンも、すでに胃袋を完全に掌握されている大賢者としての威厳をかなぐり捨て、ダイニングテーブルへと小走りで向かう。
大宇宙の法則を捻じ曲げるような巨悪の陰謀も、アルドにとっては「ただの出張清掃」であり、クランメンバーにとっては「主の食卓を守るためのゴミ拾い」に過ぎない。
伝説のクラン『黄昏の守護者』のリーダーは、今日も自らの規格外の力にも、裏で蠢いていたドロドロの陰謀劇にも全く気づかぬまま、世界で一番温かく、平凡で幸せな「究極の日常」をエンジョイし続けるのであった。
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