第69話:ただの庭木剪定と、死の邪樹の強制盆栽化(新たなる聖職者の悪意)
第69話:ただの庭木剪定と、死の邪樹の強制盆栽化(新たなる聖職者の悪意)
アステリア王国の隣国、ガレリア帝国の特級魔術ギルドを巻き込んだ大騒動から数週間。
黄金の城塞『日だまり郷』は、主であるアルドの知らぬところで一つの国家レベルの脅威が完全に消滅したことなど微塵も感じさせない、極めて穏やかで温かい冬の日常を満喫していた。
城塞の中庭では、アルドが先日「雪かき」のついでに拾ってきた巨大なサモエド犬(元・絶対零度の星狼)の『シロ』が、神竜ポチや海神イルカさんたちと一緒になって雪の上を無邪気に転げ回っている。
「いやぁ、平和だなぁ。最近は王都への出張修理がたくさんあって少し忙しかったけど、おかげでクランの貯金も随分貯まったよ」
アルドは、温かい暖炉の火にあたりながら、手作りの工具箱の整理をしていた。
「さて、大公様から届いた今日の依頼は……っと。えー、『王都の貴族街にある知人の邸宅で、庭に生えた木が急激に成長しすぎて困っている。日当たりも悪くなり、変な匂いもするので、綺麗に剪定してほしい』か」
アルドは、手入れをしていた大きな『剪定バサミ』をチョキチョキと鳴らして笑顔を見せた。
「庭木の剪定か! お庭のお手入れは便利屋の基本中の基本だね。冬の間に枝を綺麗に整えておけば、春にはきっと綺麗な花が咲くはずだ。よーし、今回は腕によりをかけて、お庭をすっきりお洒落な空間にしてこよう!」
アルドがニコニコと作業着に着替えるため部屋を出て行った後。
リビングの端で、大公からの極秘書簡を読み解いていた情報局長アーキヴァルと、元・大賢者ゾルタンは、氷のように冷ややかな視線を交わした。
「……先輩。アルド様は『急成長した庭木』と仰っていますが、この貴族邸の庭に突如出現した植物の魔力波形……神話に記された『クリフォトの死邪樹』と完全に一致します」
ゾルタンが、魔力測定器の針が不吉な黒色に染まっているのを見て顔をしかめた。
「ええ、間違いありません。ガレリア帝国の魔術ギルドが崩壊し、権力の空白が生まれた王都の裏社会において、次なる覇権を握ろうと動き出した愚か者がいます。……アステリア王国の国教を司る『聖サンクトゥス教団』のトップ、枢機卿ヴェインです」
アーキヴァルは、手帳に新たな「請求書(ざまぁ用)」のページを開きながら冷徹に呟いた。
「ヴェイン枢機卿は、最近王都で奇跡の癒やし(温泉や豊穣な穀物)が『教会の許可なく』無償で提供されていることに激怒しています。そこで彼は、異端の黒魔術を用いて貴族街の中心に『死の邪樹』の種を植え付けました。この邪樹が周囲の生命力を吸い尽くして呪いの瘴気を撒き散らせば、人々は教会にすがりつき、法外な値段で『偽りの聖水』を買わざるを得なくなる……という、実に下劣で腐りきったマッチポンプの算段です」
「人々の信仰を金と権力に変えるため、自ら国に死の呪いを撒くとは……聖職者の風上にも置けない外道ですね」
「ええ。ですが、アルド様の『庭木のお手入れ』の邪魔にはなりません。アルド様には気持ちよくガーデニングを楽しんでいただきましょう。我々は裏で、教団が放った監視の異端審問官たちを狩り、枢機卿の悪事の証拠を集め始めます」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、いずれ訪れる『完全なる破滅』を敵にもたらすための、残酷なまでの知の光が煌めいた。
***
その頃、王都の大聖堂の奥深く。
黄金の法衣に身を包んだ枢機卿ヴェインは、窓から貴族街の方角を見下ろし、傲慢な笑みを浮かべていた。
「フフフ……。育っているな。我が手で植え付けた『クリフォトの死邪樹』が。あの木は周囲の空間からあらゆるマナと生命力を奪い、致死の毒瘴気を吐き出し続ける。いかなる高位魔法でも燃やすことはできず、物理で切り倒そうとすれば、呪いの樹液を浴びて即死する大宇宙の理外の植物よ」
ヴェインは、ワイングラスを揺らしながら、背後に控える黒衣の異端審問官たちに命じた。
「貴族街が死の瘴気に包まれれば、愚かな民共は神の救いを求めて我らにひれ伏すだろう。聞けば、大公の息の掛かった『黄昏の守護者』とやらが庭師として向かったそうだな。笑止! ただの便利屋風情が死邪樹に触れ、呪いに溶けて無惨に死ぬ様を、しかと見届けてまいれ!」
己の野望と金銭欲に溺れた枢機卿の高笑いが、神聖なるはずの大聖堂をドス黒く染め上げていた。
***
「よし、剪定の準備は完璧だ!」
アルドは、城塞の中庭で、手作りの『園芸用・剪定バサミ』を腰のベルトに差していた。
――当然ながら、その素材は常軌を逸している。かつて次元の狭間を彷徨っていた冥界の死神が落としていった『魂狩りの大鎌』を、サタナスの業火で溶かして打ち直し、世界樹の枝を柄として取り付けることで「生命力を極限まで活性化させる機能」を付与した、大宇宙の理すらも切り揃える『事象切断の神鋏』であった。
「今回は貴族のお屋敷の庭だから、粗相のないように気をつけないとね。レイヴンさん、シノンさん、今日も出張のお供をお願いできるかな?」
「承知した。庭を荒らす害虫(異端審問官)どもは、俺たちが先に『掃除』しておこう」
レイヴンが、肩に担いだ斧をポンと叩いて不敵に笑う。
かくして、アルド率いる便利屋一行は、王都の高級貴族街へと向かった。
***
依頼主である貴族の邸宅は、凄惨な「死の領域」と化していた。
広大な庭の中央には、天を覆い隠すほどの巨大で禍々しい黒い巨木がそびえ立っている。幹には苦悶に満ちた無数の亡者の顔が浮かび上がり、枝からは蠢く触手のようなツルが伸び、周囲の草花は完全に枯れ果て、大気は呼吸困難に陥るほどの猛毒の瘴気で満たされていた。
『ギギギギギ……!! 吸イ尽クセ……全テノ命ヲ……絶望ノ養分トシテ……!』
大宇宙の死を司るクリフォトの死邪樹は、新たな獲物の生命力を感知し、無数の触手をワサワサと蠢かせた。
「うわぁ……。これは想像以上にひどいな。木が伸び放題で、枝が四方八方に散らかっちゃってるぞ。おまけに、幹に『奇妙なコブ(亡者の顔)』がたくさんできてて、なんだか不格好だなぁ」
アルドは、お屋敷の門の前に立ち、腕を組んでプロの庭師としてのダメ出しを始めた。
彼の驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、大宇宙の生命を喰らう死の邪樹を、「長年放置されて枝がボサボサに伸び、木の病気ができてしまった、非常に見栄えの悪い庭木」だと完全に誤認していた。
「よし! 日当たりを良くして、お屋敷の景観を美しくするために、一気にボサボサの枝を切り落として『綺麗に形を整える(トピアリーにする)』ぞ!」
アルドは、腰から『事象切断の神鋏』を抜き放ち、猛毒の瘴気が吹き荒れる庭のど真ん中へと、軽やかに足を踏み出した。
『……ア? ナンダ、コノ矮小ナ人間ハ……? 我ガ絶対致死ノ瘴気ノ中デ、ナゼ平然ト歩イテイラレル!?』
死邪樹は、瘴気を全く意に介さず、鼻歌交じりに近づいてくるアルドを見て、驚愕にざわめいた。
アルドの事象改変オーラは、致死の瘴気を「ちょっとカビ臭い土の匂い」程度に強制的に緩和させていたのだ。
『コザカシイ! ナラバ直接、我ガ呪イノ触手デ魂ゴト串刺シニシテクレルワァァァッ!』
激怒した死邪樹は、数万本の猛毒の触手(枝)を、一斉にアルドめがけて突き出した。
「うわっ! この木、風に揺れて枝がすごく暴れるな! でも、このハサミなら一発だ!」
アルドは、両手で持ったハサミを構え、襲い来る数万本の触手に向けて「チョキッ!」と小気味良い音を立てて刃を交差させた。
――チャキンッ!!!!
アルドがハサミを鳴らした瞬間。
星の生命力を奪うはずの呪いの触手は、アルドの「邪魔な枝を綺麗に切り揃えたい」という圧倒的で暴力的なまでの意思の前に、物理的に「サクッ」と、まるで柔らかい芝生でも刈り取られるかのように、全て均等な長さに切り揃えられてしまった。
『…………は?』
クリフォトの死邪樹は、己の全魔力を込めた必殺の呪い枝が、人間が振るった庭仕事用のハサミによって「園芸的にお洒落な長さに揃えられた」光景に、思考が完全にフリーズした。
『バ、馬鹿ナ……!? 我ガ絶対ノ呪イガ……タダノ園芸用ノハサミデ……!? キ、貴様、何者ダァァァッ!』
「ごめんね! ちょっと枝が伸びすぎて見苦しいから、可愛らしい形にカットさせてもらうよ!」
アルドは、空中に跳躍すると、目にも留まらぬ神速でチョキチョキチョキッ!とハサミを動かし始めた。
大宇宙の法則が、アルドの「完璧な庭造り」という意思に完全にひれ伏す。生命を奪う死の邪樹の巨体は、切り落とされる痛みではなく「極上の庭のオブジェ(トピアリー)として最適化される」という概念の書き換えを受け、シュルシュルシュルッ! と音を立てて猛スピードで形を変え始めた。
『ギ、ギィィィッ!? ナ、ナンダコレハ!? 我ノ、大宇宙ノ死ヲ司ルハズノ身体ガ、マルデ都合ノイイ粘土細工ノヨウニ……!? イヤ、切ラレル度ニ、我ガ呪イノ魔力ガ、異常ナマデニ心地ヨイ【生命力ノ輝キ】ニ変換サレテイクゥゥゥッ!?』
「よし! 丸い形が綺麗に整ってきたぞ! 仕上げに、幹の不格好なコブも削り落として、ツルツルにしてあげよう!」
アルドは、幹に浮かび上がっていた亡者の顔(呪いの源)を、ハサミの峰でスリスリと削り落としていく。
削り落とされるたび、死邪樹の体内に数万年蓄積されていた「全ての命を滅ぼしたい」という絶望と怨念が、圧倒的な園芸の愛情と「誰かの庭を美しく彩るオブジェになることの至福」によって完全に洗い流され、漂白されていったのだ。
『美シイ……。ソレニ、コノ完璧ナ丸ミ、ナンテ心地ヨイコト……。私ノ存在ガ、周リヲ死ニ追イヤルノデハナク、コウシテ人々ノ目ヲ楽シマセル「極上ノ盆栽」トシテ愛デラレルコトガ、コレホドマデニ満タサレルコトダッタトハ……!』
死の邪樹の凶悪な意思は、アルドの「庭木剪定」によって完全に浄化され、書き換えられた。
数十メートルあった禍々しい巨木は、物理的に圧縮され、気がつけば「貴族の庭のド真ん中に鎮座する、信じられないほど見事な真ん丸の形をした、可愛らしい緑のトピアリー(巨大な盆栽)」へと姿を変えていたのである。
「よしよし! 完璧な丸型だ! おまけに、剪定したおかげで木の香りもすごく良くなったぞ! これでお庭の景観もバッチリだね!」
アルドは、ハサミを腰に戻し、満足げに額の汗を拭った。
『ワサワサ……♪(オ任セクダサイ、マスター! コノ身体、貴方様ト皆様ノタメニ、大宇宙デ最モ美シク、周囲ニ生命力ヲ与エル『究極ノ神仙盆栽』トシテ、生涯青々ト茂リ続ケマス!)』
緑のトピアリー(元・死邪樹)は、完全に毒気を抜かれた様子で、嬉しそうに癒やしのマイナスイオンを振りまいた。
その瞬間、枯れ果てていた庭の草花が一斉に息を吹き返し、大宇宙の生命力を凝縮したような、この世のものとは思えないほど美しい極上の庭園へと生まれ変わったのである。
一方、その光景から少し離れたお屋敷の塀の外。
枢機卿ヴェインが放った黒衣の異端審問官たちは、死の邪樹がたった一本のハサミで「可愛い丸型の庭木」に成り下がった光景に言葉を失い、恐怖でガタガタと震えていた。
「ば、馬鹿な……。大宇宙の災厄が、ただの盆栽扱いだと……!? こ、こんな化物を相手に、枢機卿閣下は喧嘩を売ったのか……!」
「退却だ! ヴェイン枢機卿閣下に、直ちにこの絶望的な異常事態を報告しろ!」
異端審問官たちが逃げ出そうとした、まさにその時。
「――誰が、逃がすと言った?」
影の中から、音もなくシノンの短剣が閃き、審問官たちの急所を正確に峰打ちで叩き伏せた。
背後からは、レイヴンが凄まじい威圧感を放ちながら退路を塞いでいる。
「主の『ガーデニング』の邪魔をする害虫どもめ。貴様らが持ち込んだ変な種のせいで、主がどれだけ枝切りに手間をかけたと思っている」
レイヴンが、斧を肩に担いだまま冷酷に見下ろす。
「ヒィッ……! お、お許しを……!」
「貴様らは、アーキヴァルへの良い『証拠品』だ。……教団の枢機卿とやら。これから始まる【破滅への取り立て】の第一弾として、まずは貴様らを拘束させてもらうぞ」
シノンの冷たい声に、審問官たちは完全に意識を刈り取られ、荷袋へと詰め込まれていった。
***
数日後。日だまり郷の黄金の城塞。
「……終わりましたね。星の命を喰らう宇宙の死邪樹が、アルド様の腕によって見事な丸型の盆栽に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、大公から送られてきた莫大な報酬と感謝状を確認しながら、手帳の『対教団・請求書』のページに羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第六十九種・死の邪樹の強制盆栽化(ただの庭木剪定)』。対象:大宇宙の災厄クリフォト、および聖サンクトゥス教団の異端審問官。結果:アルド様の手作りハサミによって邪樹は癒やしのトピアリーへと概念を書き換えられ、裏で蠢く工作員はクランメンバーによって完全捕縛。枢機卿を追い詰めるための【第一の証拠】として回収完了しました」
「アルド殿が剪定したあの貴族の庭、今では王都中で『奇跡の癒やし庭園』と呼ばれ、教会の聖水など誰も見向きもしなくなったそうだな。枢機卿とやらは、今頃ギリギリと歯を軋ませていることだろう」
レイヴンが、窓の外でシロ(星狼)と遊ぶアルドを眺めながらコーヒーを啜る。
「ええ。ですが、愚かな聖職者の悪あがきはまだ始まったばかり。彼が次にどんな滑稽な罠を仕掛けてくるか……我々は裏で全ての証拠を集め、奴が破滅を迎えるその時まで、淡々と【請求書】の項目を増やしていくのみです」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、全てを計算し尽くした冷徹な光が煌めいた。
最強の便利屋の「ただの庭木剪定」は、王都の呪いをただのガーデニングとして解決し、教団の野望を粉砕するだけでなく、王国に最高の癒やしをもたらす神仙庭園を誕生させてしまったのである。
忍び寄る新たなる悪意の全ては、いずれ訪れる『圧倒的ざまぁ』の舞台を完璧に整えるための、ただの「前座」として幕を開けたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!




