第68話(閑話):ただの請求書と、特級魔術ギルド長の完全なる破滅(大宇宙の理を侮った代償)
第68話(閑話):ただの請求書と、特級魔術ギルド長の完全なる破滅(大宇宙の理を侮った代償)
アステリア王国の隣国、軍事と魔術の国として名高いガレリア帝国。
その帝都の地下深くに建造された特級魔術ギルド本部『黒の塔』の最深部にて、ギルド長であるザンデは、苛立ちのあまり自身の爪を噛みちぎる勢いで玉座の上を歩き回っていた。
「……遅い。遅すぎる。アステリア王都に潜入させた工作員どもから、もう三日も定時連絡がないとはどういうことだ!」
ザンデの怒声が、薄暗い儀式の間にビリビリと響き渡る。周囲に控える高位の魔術師たちは、彼の逆鱗に触れまいと息を潜め、冷や汗を流しながら平伏していた。
ザンデの焦燥には理由があった。
バルバロス侯爵というアステリア王国内部の内通者が消された後、彼は自らの手で直接、アステリア王国を崩壊させるための四つの絶望的な工作を仕掛けた。
大穀物庫への『次元喰らいの魔蟲』の放逐。
ノースガルド大渓谷における『絶対零度の星狼』の召喚。
王都近郊の温泉脈を利用した『星融の灼竜』による大陸融解の儀式。
そして極めつけに、王立図書館の歴史を腐敗させる『深淵の泥濘神』の浸透。
これらはいずれも、神話の時代に封印された大宇宙の災厄であり、一つだけでも小国を滅ぼすに足る規格外の禁忌であった。ザンデは自らの寿命すら削り、確実な勝利を信じていた。
だが、現実はどうだ。
アステリア王国は飢えに苦しむどころか、「今年の穀物は神仙の味がする」と国中が沸き立ち、大渓谷の物流は止まるどころか「絶対に迷わない極上のハイウェイ」となり、温泉保養地は「万病を治す究極の神仙湯」として大繁盛し、王立図書館は「宇宙最高の絶対聖域」として改修されてしまったというではないか。
「あの『黄昏の守護者』とかいう便利屋……! 奴ら、一体何者だ!? 我が召喚した大宇宙の災厄どもを、どうやって『益獣』や『観光資源』に書き換えたというのだ!?」
ザンデは血走った目で水晶球を睨みつけた。
「ええい、構わん! 工作員どもが捕まったというなら、もはや国同士の全面戦争よ! 我が帝国軍と魔術ギルドの総力を挙げ、アステリアを物理的に焼き尽くしてやる!」
ザンデが狂乱の声を上げた、まさにその瞬間だった。
――ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
帝都の地下数十メートルに位置し、数百年にわたって何万重もの魔法防壁(ミスリル級の結界)が施されていたはずの『黒の塔』の正門が、まるで薄いガラス細工のように、いとも容易く物理的に粉砕された。
凄まじい衝撃波が儀式の間を吹き荒れ、高位の魔術師たちが木の葉のように吹き飛ばされて壁に激突する。
「な、なんだ!? 何事だァァァッ!」
もうもうと立ち込める粉塵の中から、コツリ、コツリと、絶望の足音が響いてきた。
「……やれやれ。防壁に『空間断絶』の術式が組み込まれていたせいで、ドアノブを回すより少しだけ手間がかかったぞ」
巨大な神具の斧を肩に担ぎ、まるで散歩でもしているかのような軽やかな足取りで現れたのは、元・帝国最強の将レイヴンであった。彼が放つ圧倒的な「覇気」だけで、残っていた魔術師たちは白目を剥いて泡を吹き、その場に崩れ落ちていく。
そして、レイヴンの背後から、一切の気配を消して影から滑り出たのは、最強の暗殺者シノン。さらに、冷徹な執事服に身を包んだ情報局長アーキヴァルと、王家の紋章が入った重厚なマントを翻すアステリア王国の重鎮・レオハルト大公の姿があった。
「き、貴様ら……! アステリアの大公が、なぜ我が帝国の魔術ギルドの最深部にいる!? 国境の警備はどうした!?」
ザンデは腰を抜かしそうになりながらも、杖を構えて叫んだ。
「国境の警備なら、我々が『素通り』させてもらった。……ああ、安心しろ。ガレリア帝国の皇帝陛下には、事前に『外交的なお話』を通してある」
レオハルト大公は、氷のように冷たい視線をザンデに突き刺した。
「皇帝陛下は、貴様が独断で大宇宙の災厄を喚び出し、自国すらも危険に晒す禁忌を連発していた証拠を見て、青ざめていたよ。そして、『ザンデは国家反逆者であり、アステリア王国によるいかなる処断も容認する』と、正式な親書をいただいた」
「なっ……皇帝陛下が、私を見捨てただと……!?」
「当たり前です。星を滅ぼしかねない厄災を四つも呼び出しておいて、政治的庇護が受けられるとでも思っていたのですか? 貴方はもはや、帝国からも見放されたただの犯罪者です」
アーキヴァルが、眼鏡をクイッと押し上げながら、分厚い書類の束――バインダーをドンッとザンデの目の前の机に投げ捨てた。
「さて、ザンデ元・ギルド長。本日は、我々『黄昏の守護者』から、貴方に【ご請求書】をお持ちしました」
「せ、請求書だと……?」
「ええ。アルド様は『ちょっとした害虫駆除や雪かき、ボイラー修理、雨漏り修理』として格安で依頼をお受けになりましたが……それらは全て、貴方が召喚した『次元喰らいの魔蟲』『絶対零度の星狼』『星融の灼竜』『深淵の泥濘神』という、大宇宙の理を狂わせる超特級の災厄の処理でした」
アーキヴァルは、悪魔のような完璧な笑顔を浮かべた。
「これらを我々の主が『ついで』に片付けたとはいえ、大宇宙の事象改変には莫大な手間と、何より主の尊いお時間が割かれています。その正当な『事象改変経費』『大質量処理手数料』『星系存亡危機手当』、そしてガレリア帝国の工作員たちの『お掃除代』を加算した結果が、こちらの金額となります」
ザンデが恐る恐るその書類に書かれた数字を見た瞬間、彼の呼吸が止まった。
「ヒィィッ……!? ぜ、ゼロの数が……! こ、こんな額、ガレリア帝国の国家予算を百年間つぎ込んでも足りぬわァァァッ!」
「おやおや、たったの数百億Gですよ? 星を四つ買い取って釣りが出る程度の、良心的なお値段です。当然、貴方個人の全財産や魔導具を全て売り払っても、利子の1パーセントにも満たないでしょうね」
「ふ、ふざけるなァァァッ! 誰がそんなイカれた請求書を支払うものか! 私は特級魔術ギルド長ザンデだ! 貴様らのような下賤な便利屋どもに、舐められてたまるかァァァッ!」
ザンデは完全に正気を失い、自身の魂すらも燃やし尽くす最凶の禁呪を詠唱し始めた。
『深淵の闇よ! 全ての概念を喰らい尽くす虚無の暴風トナレ――ッ!』
「――遅い」
ザンデの呪文が完成するより早く、シノンの放った短剣が、ザンデの両手首と両足首の腱を寸分の狂いもなく貫き、壁に縫い付けた。
「ギャァァァァァァァァッ!?」
「主の日常を脅かそうとした羽虫に、魔法を詠唱する資格などない」
シノンの氷のような冷たい瞳が、ザンデの眼前に迫る。
「ヒィッ……! ま、待て……! 命だけは……!」
「安心しろ。死なせはしない。貴方には、その莫大な借金を『労働』で返済してもらう義務がありますからね」
アーキヴァルが、冷酷に宣告する。
「アルド様の城塞の裏山で、元・混沌の王アザトス殿が率いる農業組合が、新たな『肥料の攪拌作業員』を求めておりましてね。貴方のような優秀な魔術師ならば、星喰いバクテリウムの堆肥を素手で混ぜる単純作業を、不眠不休で百年ほど続ければ、少しは借金も減るでしょう」
「なっ……バクテリウムの堆肥……!? そんなものを素手で混ぜれば、魂まで発酵して溶けてしまうわ! 嫌だ! 助けてくれェェェッ!」
「連行しろ。そして、この黒の塔にある魔導具と財宝は全て差し押さえろ。クランの備品としてアルド殿の足しにする」
レイヴンの無慈悲な命令により、ザンデは猿ぐつわを噛まされ、ズタ袋に詰め込まれて物理的に拉致されていった。
かくして、アステリア王国を幾度となく存亡の危機に陥れようとした隣国の巨悪は、アルドがその顔を知ることも、名前を聞くことすらもないまま、クランメンバーたちの「完璧な裏仕事」によって社会的に抹殺され、永遠の労働力へと変換されたのである。
***
その頃。
全てが終わったアステリア王国の辺境、黄金の城塞『日だまり郷』のキッチンでは。
「ふんふふーん♪」
アルドは、のんきに鼻歌を歌いながら、大きな寸胴鍋で温かい冬野菜のクリームシチューを煮込んでいた。
「いやぁ、最近は出張続きだったけど、やっぱり自分の家で作るご飯が一番落ち着くね。大公様からまた特別ボーナスをもらったから、今日は特大のベーコンもたっぷり入れちゃおう!」
足元では、元・絶対零度の星狼である「シロ」が、シチューの匂いに釣られて尻尾をパタパタと振りながらお座りをしている。
「よしよし、シロにも後で美味しいお肉をあげるからね。おっ、みんな帰ってきたみたいだ!」
玄関の扉が開き、王都での「ざまぁ」の総仕上げを完璧に終えたレイヴン、シノン、アーキヴァル、ゾルタンたちが、一切の殺気や疲労を感じさせない、清々しい笑顔で帰還した。
「ただいま戻りました、アルド様。王都での『事務処理(借金の取り立てと悪党の排除)』、滞りなく完了いたしました」
「お帰り、アーキヴァルさん! みんなも外は寒かっただろう? ちょうど温かいシチューができたところだよ!」
アルドの満面の笑顔と、鍋から漂う極上の香りが、メンバーたちを出迎える。
「……ああ、この香りを嗅ぐと、本当に帰ってきたと実感するな。どれだけ外で血生臭い掃除をしようと、主の作る温かい飯が全てを浄化してくれる」
レイヴンが、神具の斧を土間に置き、ふっと表情を緩ませた。
「アルド様のシチュー……これでまた、我々の魂が限界突破してしまいますね」
ゾルタンも、すでに胃袋を掴まれている大賢者としての威厳をかなぐり捨て、テーブルへと小走りで向かう。
大宇宙の法則を捻じ曲げるような巨悪の陰謀も、アルドにとっては「ただの出張清掃」であり、クランメンバーにとっては「主の食卓を守るためのゴミ拾い」に過ぎない。
伝説のクラン『黄昏の守護者』のリーダーは、今日も自らの規格外の力にも、裏で蠢いていた陰謀にも全く気づかぬまま、世界で一番温かく、平凡で幸せな「究極の日常」をエンジョイし続けるのであった。
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