第67話:ただの雨漏り修理と、深淵の泥濘神の強制吸い上げ(王都を揺るがす黒い霧)
第67話:ただの雨漏り修理と、深淵の泥濘神の強制吸い上げ(王都を揺るがす黒い霧)
黄金の城塞『日だまり郷』に、冬の気配が濃く漂い始めていた。
先日の「給湯器(元・灼竜)」の件で、王都の貴族街では「あの伝説の便利屋が直した温泉に入れば、どんな不治の病も癒え、魔力が活性化する」という噂が、聖杯伝説にも等しい価値をもって広まっていた。
便利屋『黄昏の守護者』には、これまで以上に質の高い、しかし一見すると「ただの家事」にしか見えない依頼が山のように押し寄せている。
そんなある日の朝、アルドはリビングでトーストを齧りながら、新しい依頼書を手に取っていた。
「おっ、今回は王都の歴史ある図書館の『雨漏り修理』だね。本は湿気に弱いから、雨漏りは大敵だ。屋根の隙間を塞いで、雨どいを掃除すれば大丈夫かな」
アルドは、いつものように工具箱を準備する。
「図書館ってことは、古い資料や大事な本がたくさんあるんだろう? 濡らさないように、完璧な防水工事をしてあげよう!」
アルドがニコニコと作業小屋へ向かった後、リビングの隅でその依頼書を盗み見ていた記録係のアーキヴァルは、ゾルタンと静かに視線を交わした。
「……先輩。王立図書館の雨漏りですが、これは明らかに『自然現象』ではありませんね」
ゾルタンが、魔法の眼鏡を曇らせながら呟く。
「ええ。屋根の隙間から浸入しているのは雨水ではなく、次元の裂け目から漏れ出した『深淵の泥濘』です。王国の歴史を改竄し、知識を腐敗させることで国を洗脳しようとする、隣国ガレリア帝国の魔術ギルドによる新たな工作です」
アーキヴァルは、手帳に羽ペンを走らせながら冷徹に微笑んだ。
「ガレリア帝国魔術ギルド長ザンデは、これまでの失態(魔蟲や灼竜の件)を取り戻すため、図書館の奥深くに潜む歴史の保管庫に呪いの泥を流し込み、王国の叡智を全て消し去ろうとしています。……ですが、アルド様の『屋根の防水工事』は、図書館そのものを【宇宙で最も知識を守護する絶対聖域】へと強化してしまうでしょうね」
「またしても彼らの工作が、アルド様の手によって『城塞の防御力アップ』の材料に使われるわけですね」
「その通りです。我々は、屋根裏に潜むガレリア帝国の工作員たちを【法と武力の双方から】徹底的に排除し、今回こそザンデに直接的な『請求書』を叩きつけるための証拠を確保します」
***
その頃、王立図書館の地下深く。
ガレリア帝国の工作員たちは、屋根の亀裂から垂れ流される黒い泥を見ながら、卑怯な笑みを浮かべていた。
「クックック……。この黒い泥が浸透すれば、王国の歴史書はすべてドロドロに溶け、図書館の司書たちは我らの意のままに操れる歴史修正の傀儡となる。アステリア王国は、数日後には帝国の一部になるのだ」
彼らは自分たちの工作が成功しつつあると信じていたが、彼らの背後、図書館の屋根裏の闇の中に、音もなく二つの影が立っていた。
「……愚かな。アルド殿を、ただの便利屋としか見ていないのか」
レイヴンが、斧を担いだまま氷のような殺気を放つ。
「……彼らの主は、今まさにこの屋根の上で、宇宙を創り変える工事を始めようとしている。我々はただ、その邪魔をするこのゴミを掃き捨てるだけだ」
シノンが短剣を抜き放ち、影から滑り出る。
***
「よし、修理開始だ!」
アルドは、屋根の上に乗り、手作りの『絶対防水・究極パテ』と、世界樹の枝で作った『高圧吸引ポンプ』を設置した。
「まずは、この隙間から侵入してくる湿気を、このポンプで一気に吸い出すぞ!」
アルドが『高圧吸引ポンプ』のスイッチを入れると、世界樹の導管を通じて、図書館の屋根全体が驚異的な吸引力を帯び始めた。
――ズズズズズズズッ!!!!
「おっ、すごい勢いだ! 詰まっていたゴミも、湿気も、全部吸い出されていくぞ!」
アルドの吸い出した先にあるのは、本来であれば『深淵の泥濘神』という、全宇宙の歴史を溶かすはずの概念存在であった。
しかし、アルドの「ただの掃除機」の前では、泥濘神など「ただの溜まったヘドロ」に過ぎない。
『ギ、ギィィィッ!? な、何だこの吸引力は!? 我ガ全テヲ腐敗サセル泥ノ身体ガ、タダノ配管用ノ掃除機ニ吸イ込マレテイク……!』
泥濘神が叫び声を上げるが、アルドは鼻歌を歌いながら、屋根の割れ目に防水パテを塗り込んでいく。
「よし、これで水漏れは完璧に止まった! おまけに、この『絶対防水パテ』を塗ったおかげで、これからはどんな嵐が来ても、この図書館は宇宙の果てまで浸水しなくなったぞ!」
アルドがパテを塗った瞬間、図書館は「あらゆる外部からの悪意や物理干渉を遮断する、超高密度な結界」で覆われ、中の歴史書は永遠の輝きを放つ『神仙叡智』へと昇華された。
***
その光景を屋根裏で見ていた工作員たちは、あまりの現実に言葉を失っていた。
「ば、馬鹿な……。伝説の泥濘神が、ただの掃除機で吸い上げられただと……!?」
彼らが愕然としていると、背後から無数のナイフが飛来し、彼らの武器を壁に縫い付けた。
「おや? 掃除の邪魔をする羽虫がまだ残っていたのか」
レイヴンが、斧を床に叩きつけながら工作員たちを睨みつける。
「お前たちが流したあの泥のせいで、屋根の修理に余計な時間がかかった。……主が『ただの掃除』を終わらせた後だ。今度は我々が貴様らに対する『お掃除』を始めさせてもらう」
工作員たちは、シノンによって音もなく首をへし折られ、意識を刈り取られた。
彼らはそのまま大公の騎士団に引き渡され、「ガレリア帝国の工作員、王立図書館破壊工作の現行犯」として、全ての証拠と共に王都の中央広場で公開処刑される運命が決定したのである。
***
数日後。日だまり郷の黄金の城塞。
「……終わりましたね。王国の歴史を腐らせる宇宙の泥濘神が、図書館の防水工事の資材に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、手帳に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第六十七種・深淵の泥濘神の強制吸い上げ(ただの雨漏り修理)』。対象:深淵の泥濘神、およびガレリア帝国の工作員。結果:アルド様の手作り吸い上げポンプによって泥濘神は完全に除去・浄化され、裏で蠢く工作員はクランメンバーによって物理的に制圧、公開処刑という形でガレリア帝国への外交的報復も完了しました」
「アルド殿が直した図書館、今では王都で最も知識が深まる『聖域』と呼ばれているそうだ。大公閣下も大喜びで、また莫大なボーナスを運んできてくれたぞ」
レイヴンが、満足げに笑う。
「おーい! みんな! 今日の夕食は修理のご褒美に、ちょっといいお肉で贅沢なステーキを焼くよ! 湧き水で作ったスープもあるから、たっぷり食べてね!」
アルドの明るい声が、黄金の城塞に響き渡る。
最強の便利屋の「ただの雨漏り修理」は、王国の歴史を腐敗から救い、敵国の悪意を法と武力で徹底的に叩き潰し、伝説のクランの地位を不動のものにした。
アルドの「平凡な便利屋の日常」は、今日も誰かを救い、悪を滅ぼし、美味しいご飯に繋がっていく。
次なる「ざまぁ」の舞台は、準備されている。ガレリア帝国のギルド長ザンデの破滅は、もうすぐそこまで来ていた。
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