第65話:ただの雪かきと、絶対零度の星狼の強制そり犬化(凍てつく悪意の迎撃)
第65話:ただの雪かきと、絶対零度の星狼の強制そり犬化(凍てつく悪意の迎撃)
黄金の城塞『日だまり郷』に、本格的な冬の到来を告げる冷たい風が吹き始めていた。
しかし、城塞の内部は元・魔界大帝サタナスが管理する『超・魔力融合炉』の床暖房と、大精霊女王ティターニアの気流コントロールによって、春の陽だまりのような極上の快適さが保たれている。
前回の出張任務で、王都の大穀物庫に湧いた次元喰らいの魔蟲を「特製燻煙剤」で一掃し、防虫バリア付きの神仙穀物へと昇華させたアルドは、大公からの莫大なボーナスを受け取り、ホクホク顔で冬の備えを充実させていた。
「いやぁ、穀物庫の害虫駆除も無事に終わってよかったね。おかげでアステリア王国の冬の食糧は安泰だ。さて、次の便利屋のお仕事は……おっ、大公様から急ぎの依頼が来てるぞ」
アルドは、暖かいリビングのソファに腰掛け、羊皮紙の依頼書を読み上げた。
「『王都と北部の穀倉地帯を繋ぐ要衝、ノースガルド大渓谷の巨大橋が、原因不明の異常寒波によって完全に凍りつき、通行不能になった。物資の輸送が止まって困っているので、除雪と橋の修繕をお願いしたい』……なるほど」
アルドはウンウンと頷き、立ち上がった。
「冬になると、雪崩や凍結で道が塞がるのは辺境の村でもよくあることだよね。でも、主要な街道の橋が使えないとなると、大勢の人が困ってしまう。よーし、今回は徹底的に『雪かき』と『融雪作業』をやって、安全に渡れる橋に直してこよう!」
アルドがニコニコと作業小屋へ向かった後。
リビングの奥で控えていたアーキヴァルと、元・大賢者ゾルタンは、冷え切った視線を交わした。
「……先輩。アルド様は『異常寒波』と仰っていますが、ただの自然現象ではありませんね。ノースガルド大渓谷の観測データ、空間の温度が『絶対零度』を突破し、時間の流れすらも凍結し始めているようです」
ゾルタンが、魔力測定器の数値を読み上げながら青ざめた。
「ええ、把握しています。前回の魔蟲に続き、またしても隣国ガレリア帝国の特級魔術ギルド長『ザンデ』の仕業です」
アーキヴァルは、手帳に羽ペンを走らせながら冷徹に呟いた。
「魔蟲による食糧強奪に失敗したザンデは、今度はアステリア王国の『物流の心臓部』を物理的に切断し、凍死と飢餓を同時に引き起こす作戦に出たのでしょう。奴が次元の底から喚び出したのは、大宇宙の熱量を喰らい尽くし、星々を氷の墓標へと変える災厄――『絶対零度の星狼』です」
「星の熱を喰らう宇宙の獣……! そんなものが大渓谷に居座れば、橋どころか、数日でアステリア王国全土が永久凍土に沈みますよ!」
「アルド様には、このまま『ただの雪かき』として楽しくお仕事をしていただきましょう。我々はアルド様の邪魔にならないよう、裏でザンデの放った監視の工作員たちを徹底的に狩り尽くします。……全ての証拠が出揃う数日後、ザンデの首には絶望の縄がかけられることでしょう」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、数話後に控える『完全なるざまぁ』に向けた、氷よりも冷たい光が煌めいた。
***
その頃、隣国ガレリア帝国の魔術ギルド本部。
豪奢な椅子にふんぞり返るギルド長ザンデは、水晶球に映るノースガルド大渓谷の「凍りついた地獄」の映像を見て、狂ったような高笑いを上げていた。
「クックック……! アハハハハハ!! 素晴らしいぞ、星狼グレイシャル・フェンリルよ! 奴の絶対零度の吐息の前では、空間も時間も、そしてあらゆる魔法も凍りついて砕け散る! これでアステリア王国の物流は完全に死んだ!」
ザンデは、勝利の美酒を煽りながら取り巻きたちに叫んだ。
「聞けば、またあの『黄昏の守護者』とやらがノコノコと大渓谷に向かっているそうだな。穀物庫の時は何らかの古代魔導具の偶然で魔蟲が消滅したのだろうが、今度はそうはいかん! 星の熱を奪う大宇宙の獣の前に、ただの冒険者が近づけば、一瞬で細胞の水分が凍りつき、氷像となって砕け散る運命よ!」
ザンデの傲慢な笑い声が、ギルドの広間に虚しく響き渡っていた。
***
「よし、除雪と融雪の準備は完璧だ!」
アルドは、城塞の中庭で、手作りの『雪かき用スコップ』と『携帯型・融雪ヒーター』を用意していた。
――当然ながら、その素材は常軌を逸している。雪かきスコップは、次元創世龍ウロボロス・プライムの巨大な鱗を削り出し、世界樹の枝を取り付けた『事象削岩の神匙』。そして携帯型ヒーターは、超新星爆発の化身イグニス・ノヴァの『星炎の欠片』を、神降る隕鉄で作った魔法瓶の中に閉じ込めた、大宇宙を丸ごと解凍できるほどの超絶熱源であった。
「渓谷は風が強くて寒いだろうからね。レイヴンさん、シノンさん、今回も荷物持ちと護衛をお願いできるかな?」
「承知した。凍えるような小虫どもは、俺たちが先に『掃除』しておこう」
レイヴンが、肩に担いだ斧をポンと叩いて不敵に笑う。彼らもまた、アーキヴァルの指示により、ガレリア帝国の工作員を捕縛する裏任務を帯びていた。
かくして、アルド率いる便利屋一行は、大公の手配した馬車に乗り、極寒のノースガルド大渓谷へと向かった。
***
ノースガルド大渓谷は、文字通りの「氷の地獄」と化していた。
両切り立った巨大な崖と、そこを繋ぐ数百メートルの巨大な石橋は、完全に青白い超高密度の氷塊に覆い尽くされている。大気中の水分はおろか、空間の魔力さえもが凍りつき、空から降る雪は、触れたものを原子レベルで停止させる「死の灰」のようであった。
『グルルォォォォォォォォォォッ……!! 凍レ……全テノ熱ヲ奪イ、絶対ノ静寂ニ沈メェ……!』
凍りついた大橋の中央に陣取っていたのは、体長五十メートルを超える、水晶のような透き通った氷の毛並みを持つ巨大な狼――『絶対零度の星狼』であった。
その瞳は冷酷な虚無を宿し、吐き出す息は空間そのものをパキパキとひび割れさせている。
「うわぁ……。これは想像以上にひどいな。橋が完全にカチンコチンだ。おまけに、すっごく大きな『野良犬』が橋の真ん中で寒そうに唸ってるぞ」
アルドは、大渓谷の入り口に立ち、手作りのマフラーを口元まで引き上げながら顔をしかめた。
彼の驚異的な「日常フィルター」は、大宇宙の熱を喰らう絶対零度の星獣を、「猛吹雪の中で迷子になり、寒さで凍えて唸っている、ちょっと大きくて白い野良犬」だと完全に誤認していた。
「よし! あの犬が凍死しちゃう前に、一気に雪かきをして、ヒーターで橋を暖めよう! みんなはここで待っててね!」
アルドは、巨大なスコップを肩に担ぎ、腰に携帯型ヒーターをぶら下げて、絶対零度の吹雪が吹き荒れる大橋へと軽やかに足を踏み出した。
『……ン? ナンダ、アノ矮小ナ熱源ハ……? 我ガ絶対零度ノ領域ニ入レバ、一瞬デ氷ノ像トナルハズダガ……』
星狼は、吹雪の中を鼻歌交じりに歩いてくるアルドを見て、怪訝そうに目を細めた。
アルドから無意識に放たれる『事象改変オーラ』は、星狼の絶対零度の空間を「ちょっと風が強くて寒い冬の日」程度に強制的に緩和させていた。アルドの周囲だけは、空間の凍結がシュルシュルと解け、ただの粉雪が舞う平和な気候に書き換えられているのだ。
『コザカシイ! ナラバ直接、我ガ吐息デ魂マデモ凍ラセテクレルワァァァッ!』
激怒した星狼は、巨大な顎を大きく開き、銀河を凍らせる極大の『絶対零度ブレス(アストラル・ブリザード)』をアルドめがけて放った。
空間が真っ白に染まり、絶対的な死の冷気がアルドを包み込もうとする。
「うわっ! 急に吹雪が強くなった! でも、こんな雪の塊、スコップで弾き飛ばしてやる!」
アルドは、両手で持った『事象削岩の神匙』を、野球のバットのように大きく振りかぶった。
「そぉいッ!!」
――ガギィィィィィィンッ!!!!
アルドがスコップを振り抜いた瞬間。
星を凍らせるはずの絶対零度のブレスは、まるで「ただの屋根から落ちてきた雪の塊」をスコップで跳ね返すかのように、アルドの軌道によって空間ごと「カキィン!」と弾き飛ばされ、明後日の方向の崖に激突して虚しく霧散してしまった。
『…………は?』
星狼グレイシャル・フェンリルは、己の全魔力を込めた必殺のブレスが、人間が振るった雪かき用のスコップで物理的にホームランされた光景を見て、思考が完全にフリーズした。
『ば、馬鹿ナ……!? 我ガ絶対零度ノ吐息ガ……タダノ鉄板デ……!? キ、貴様、何者ダァァァッ!』
「ごめんね! 寒くて気が立ってるんだろうけど、いま橋を暖めるからね!」
アルドは、空中で一気に距離を詰め、星狼の足元――完全に凍りついた橋のド真ん中へと到達した。
そして、腰にぶら下げていた『携帯型・融雪ヒーター(イグニス・ノヴァ入り)』の蓋を、カパッと開け、スイッチ(事象改変の着火)を入れたのである。
――ボワァァァァァァァァァァァンッ!!!!
その瞬間、大宇宙の法則が、アルドの「凍りついた橋と野良犬をポカポカに暖めてあげたい」という圧倒的で暴力的なまでの意思の前に完全にひれ伏した。
ヒーターから放たれたのは、超新星爆発の熱量と、アルドの『事象改変の優しさ』が融合した、究極の「コタツのような絶対的安心感を持つ温風」であった。
『ギ、ギィィィッ!? ナ、ナンダコノ熱ハ!? 我ノ、大宇宙ノ熱ヲ喰ラウハズノ氷ノ装甲ガ、マルデ春ノ雪解ケノヨウニ……!? イヤ、熱イトイウヨリ、コノ異常ナマデノ心地ヨサハ……!』
星狼の全身を覆っていた絶対零度の氷は、「融雪作業」という概念の書き換えを受け、シュルシュルシュルッ! と音を立てて猛スピードで溶け始めた。
同時に、大橋を覆っていた氷塊も一瞬にして清らかな水へと変わり、橋は本来の姿を取り戻していく。
「よし! ヒーターの出力バッチリだ! ほら、ワンちゃんもこれで暖まりなよ」
アルドは、ヒーターの温風を星狼に当てながら、リュックから取り出した『特製の温かいコーンスープ(※世界樹の野菜と精霊水で作った神仙スープ)』を、木のお皿に入れて星狼の鼻先に差し出した。
『ナ……人間ノ出シタ餌ナド、我ガ食ウハズ……』
星狼は抵抗しようとしたが、アルドの「さあ、冷めないうちに」という圧倒的な同調圧力と、スープから漂う宇宙の真理を凝縮したような香りに抗えず、無意識に舌を出してそれを舐め取ってしまった。
――その瞬間。
星狼の体内に、かつて経験したことのない異常な感覚が叩き込まれた。
温かいスープが喉(のような概念)を通り抜けるたび、彼の体内に数万年蓄積されていた「全ての熱を奪い、凍らせる」という冷酷な衝動が、圧倒的なぽかぽか感と「誰かに優しく世話をされることの至福」によって完全に洗い流され、漂白されていくのを感じたのだ。
『温カクテ……美味シイ……。ソレニ、コノ温風ノ、ナンテ心地ヨイコト……。私ノ身体ガ、周リヲ凍ラセルノデハナク、コウシテ温モリニ包マレ、安心感ノ中デ丸クナルコトガ、コレホドマデニ満タサレルコトダッタトハ……!』
絶対零度の星狼の凶悪な意思は、アルドの「冬の雪かきと世話焼き」によって完全に浄化され、書き換えられた。
巨大だった氷の肉体は、ヒーターの温風とスープの癒やし効果によってシュルシュルと圧縮され、気がつけば「アルドの腰の高さほどの、モフモフで真っ白なサモエド犬(のような大型犬)」へと姿を変えていたのである。
「よしよし! 氷が溶けて、すっかり可愛いワンちゃんに戻ったね! お腹もいっぱいになったみたいだし、もう寒くないだろ?」
アルドは、モフモフになった星狼の頭を、ポンポンと優しく撫でた。
『ワフッ! クゥゥン……♪(オ任セクダサイ、マスター! コノ身体、貴方様ノタメニ荷物ヲ引ク『最強ノそり犬』トシテ、生涯オ仕エ致シマス!)』
星狼(サモエド状態)は、完全に毒気を抜かれた顔で、アルドの足元にスリスリと擦り寄った。
「あはは! 人懐っこいワンちゃんだな! よーし、残った雪をスコップで片付けたら、村へ一緒に帰ろうか!」
アルドは、鼻歌交じりに巨大なスコップを振るい、大渓谷の橋の上の残雪を、わずか数分でチリ一つ残さず綺麗に「雪かき」してしまった。
一方、その光景から少し離れた大渓谷の岩陰。
ガレリア帝国の工作員たちは、絶対零度の星獣がたった一杯のスープとヒーターで「モフモフの犬」に成り下がった光景に言葉を失い、恐怖でガタガタと震えていた。
「ば、馬鹿な……。大宇宙の災厄が、ただの野良犬扱いだと……!? こ、こんな化物がいる国を相手にするなど……!」
「退却だ! ギルド長ザンデ様に、直ちにこの異常事態を報告しろ!」
工作員たちが逃げ出そうとした、まさにその時。
「――誰が、逃がすと言った?」
雪煙の中から、影に溶け込んだシノンの短剣が閃き、工作員たちの急所を正確に峰打ちで叩き伏せた。
背後からは、レイヴンが凄まじい威圧感を放ちながら退路を塞いでいる。
「主の『雪かき』の邪魔をするネズミどもめ。貴様らが持ち込んだ犬っころのせいで、主がどれだけ手間をかけたと思っている」
レイヴンが、斧を肩に担いだまま冷酷に見下ろす。
「ヒィッ……! お、お許しを……!」
「貴様らは、大公閣下への良い『手土産』だ。……ガレリア帝国のザンデとやらには、あと数日のうちに我々から直接、この手間の【請求書】を届けに行くとしよう」
シノンの冷たい声に、工作員たちは完全に意識を刈り取られ、荷袋へと詰め込まれていった。
***
数日後。日だまり郷の黄金の城塞。
「……終わりましたね。星を凍らせる宇宙の獣が、アルド様のそり犬に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、大公から送られてきた莫大な報酬と感謝状を確認しながら、手帳に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第六十五種・絶対零度の星狼の強制そり犬化(ただの雪かきと橋の修理)』。対象:大宇宙の災厄グレイシャル・フェンリル、およびガレリア帝国の工作員。結果:アルド様の手作りヒーターとスコップによって星狼はモフモフの飼い犬へと概念を書き換えられ、裏で蠢く工作員はクランメンバーによって完全捕縛、次なる反撃の証拠として回収完了」
「アルド殿が連れ帰ったあの白い犬、ポチ(神竜)やイルカさん(海神)とすっかり仲良くなって、庭を走り回っているな。……それにしても、あの犬のモフモフした毛並みを撫でるだけで、精神の疲労が一瞬で吹き飛ぶぞ」
レイヴンが、窓の外を眺めながらコーヒーを啜る。
「ええ。ガレリア帝国のザンデ……奴の送り込んできた刺客も、これで完全に打ち止めです。我々が集めた証拠はすでに大公閣下のもとへ。……さあ、次回はいよいよ、身の程知らずのギルド長に『完全なる破滅』をプレゼントする時間ですね」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、冷徹な光が煌めいた。
最強の便利屋の「ただの雪かき」は、国家の物流の危機をただの除雪作業として解決し、敵国の野望を粉砕するだけでなく、村に新たな「可愛いモフモフの家族」を追加させてしまったのである。
忍び寄る隣国の悪意すらも、アルドの「平凡な日常」を彩るための、ただの『ペットのお迎えイベント』に過ぎないのだ。
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