第63話(閑話):ただの領収書と、悪徳侯爵の完全なる破滅(裏で蠢いた悪意 の末路)
第63話(閑話):ただの領収書と、悪徳侯爵の完全なる破滅(裏で蠢いた悪意
の末路)
王都アステリアの中枢に位置する、レオハルト大公の執務室。
普段は冷静沈着で知られる王国随一の重鎮である彼が、今、額に滝のような冷や汗を流し、執務机の
上でワナワナと両手を震わせていた。
「……アーキヴァル殿。今、なんと言った? もう一度、正確に報告してくれ」
レオハルト大公の目の前には、伝説のクラン『黄昏の守護者』の情報局長アーキヴァルが、いつもと
変わらぬ完璧な執事の微笑みを浮かべて立っていた。その足元には、全身を魔封じの縄で縛り上げら
れ、完全に白目を剥いて泡を吹いている男――バルバロス侯爵お抱えの地脈呪術師ネザードが転がって
いる。
「はい、大公閣下。ご報告いたします」
アーキヴァルは、手帳を開き、極めて事務的なトーンで読み上げた。
「先般、王都郊外の開拓村にてお引き受けした『井戸掘り』の依頼ですが、無事に完了いたしまし
た。しかし、その地下深くには、バルバロス侯爵の差し金により、大宇宙の渇きを司る『乾渇の冥砂神
アヌビス・サンド』の封印が解かれようとしておりました。この男が、アルド様を砂地獄
に生き埋めにするための罠を張っていたのです」
「お、大宇宙の渇き……冥砂神だと!? 神話の時代に創世神が封印したとされる、触れるもの全てを
砂に変える最悪の厄災ではないか! そ、それで、どうなったのだ!?」
「ご安心ください。アルド様が放った『事象切断のドリル』により地下空洞は数秒で粉砕され、目覚
めた冥砂神は、アルド様特製の『精霊水ブレンド・パイプクリーナー』によって概念を漂白されまし
た。その後、深淵の海神の吸盤によって物理的に圧縮され、現在は『極上の湧き水を精製するための、
井戸のろ過フィルター』として地下配管に就職しております」
シンッ……と、執務室に沈黙が降りた。
「……神が、ろ過フィルターに」
「はい。おかげで開拓村には、万病を治す大精霊の神仙霊水がこんこんと湧き出ております。アルド
様は『美味しいお水が出てよかったね』と大変ご満悦でした。……しかし、大公閣下」
アーキヴァルの眼鏡の奥が、冷酷な光を放った。
「王都の地下水路に呪怨石を仕掛けた件、迷宮神の箱庭へ誘導した件、そして今回の地脈の罠。……
バルバロス侯爵の度重なる妨害工作は、我々『黄昏の守護者』の業務を著しく阻害しております。これ
以上、アルド様の『平穏な日常』にくだらない悪意のノイズが混じるのは、我々としても看過できませ
ん。そろそろ、大掃除の時期かと存じますが?」
レオハルト大公は、ドスリと椅子に深く腰掛けた。
大公の怒りは、すでに頂点に達していた。バルバロス侯爵の愚行は、単なる政争の枠を完全に超えて
いる。もし、あの特異点たるアルドの逆鱗に触れれば、王国はおろか、この星そのものが「家事のつい
で」に消し飛ばされかねないのだ。
「……バルバロスめ。己の矮小な権力欲のために、大宇宙の理を破壊する至高の存在に喧
嘩を売るとは。まさに自ら破滅を望む愚か者よ」
大公は立ち上がり、王家の紋章が入ったマントを翻した。
「アーキヴァル殿。レイヴン殿とシノン殿に伝えてくれ。これより、害虫駆除を行う。我が名と王家
の権威にかけて、バルバロス侯爵を社会的に、そして完全に抹殺するとな」
* * *
その夜。王都の一等地にそびえ立つバルバロス侯爵の豪邸では、夜な夜な繰り返される退廃的な晩餐
会が開かれていた。
煌びやかなシャンデリアの下、高級なワイングラスを片手に、侯爵は取り巻きの貴族たちと共に下劣
な高笑いを響かせていた。
「クックック……。皆様、今宵の酒は格別ですな。何せ、目障りなレオハルト大公が頼みにしていた
冒険者崩れのクランどもが、今頃、開拓村の地下深くで流砂の底に沈んでいる頃合いですからな!」
「おお、さすがはバルバロス閣下! 邪魔者を排除し、大公の権威を失墜させるとは、王国の次代を担
うのは閣下しかおられませんな!」
「あのような胡散臭い『便利屋』など、所詮は下賤の輩。閣下の知略の前には、虫ケラ同然ですな!
ガハハハ!」
侯爵派の貴族たちがグラスを打ち合わせ、勝利の美酒に酔いしれていた。
ネザードの腕ならば、間違いなく罠は成功している。明日には「伝説のクラン全滅」の報が王都を駆
け巡り、依頼を斡旋した大公の責任問題に発展する。そうすれば、長年の政敵を完全に失脚させること
ができる。
侯爵が、己の完璧な勝利を確信し、ワインを喉に流し込もうとした、まさにその時である。
――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
侯爵邸の頑強な純金の正門が、まるで紙屑のようにひしゃげ、凄まじい轟音と共に晩餐会の広間へと
吹き飛んできた。
「な、なんだッ!? 何事だ!?」
悲鳴を上げて逃げ惑う貴族たち。もうもうと立ち込める粉塵の中から、コツリ、コツリと重厚な足音
を響かせて現れたのは、フルアーマーの近衛騎士団を引き連れた、冷酷な怒りを纏うレオハルト大公そ
の人であった。
そして大公の両脇には、身の丈を超える巨大な神具の斧を肩に担いだレイヴンと、影のように音もな
く歩を進めるシノンの姿があった。
「レ、レオハルト大公!? 貴様、狂ったか! 夜会に武装した兵を連れて乱入するなど、明らかな反
逆行為だぞ!」
バルバロス侯爵は、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。しかし、内心では得体の知れない恐怖が湧き
上がっていた。
「反逆行為? それはこちらの台詞だ、バルバロス」
大公は、氷のように冷たい声で宣告した。
「王都の地下水路への呪怨石の設置。迷宮神の箱庭への虚偽の依頼斡旋。そして、開拓村における地
脈封印の意図的破壊……。これら全て、国家反逆および大質量破壊兵器の不法行使に該当する大罪であ
る」
「なっ……! な、何のことだ! 証拠もないのに適当な言いがかりを……!」
「証拠なら、ここに全て揃っておりますよ、バルバロス侯爵閣下」
広間の奥から、完璧な執事服に身を包んだアーキヴァルが、分厚いバインダーを抱えて進み出た。
彼が指を鳴らすと、近衛兵たちがボロボロに縛り上げられた数名の男たちを広間の床に放り投げた。
それは、侯爵が放った暗殺部隊の生き残りと、白目を剥いて涎を垂らしている地脈の呪術師ネザードで
あった。
「ヒィィッ……! か、閣下、お許しを! 奴らはバケモノだ! 全て閣下の指示だと吐かなければ、魂
をすり潰すと……ッ!」
暗殺者が泣き叫びながら侯爵にすがりつく。
「き、貴様ら……! ええい、私兵ども! 何をしている、この暴漢どもを直ちに斬り捨てよ!」
侯爵が叫ぶと、広間の影から数十名の凄腕の私兵たちが武器を構えて飛び出してきた。
しかし。
「――主の仕事を邪魔する羽虫どもが。少しは身の程を知れ」
レイヴンが、肩に担いでいた斧を「ドンッ!」と床に突き立てた瞬間。
元・帝国最強の将が放つ『絶対的な闘気と殺圧』が、物理的な衝撃波となって広間全体を吹き荒れ
た。
「ガハッ……!?」
「ひ、息が……ッ!」
私兵たちは、レイヴンが放つ圧倒的なプレッシャーの前に、誰一人として一歩も動くことができず、
次々と白目を剥いて気絶し、床に崩れ落ちた。さらにシノンが影から無数のナイフを放ち、彼らの武器
を壁に縫い付けて完全に無力化する。
「ば、馬鹿な……。我が精鋭が、ただの覇気だけで……ッ」
侯爵は、腰を抜かして床にへたり込んだ。
「さて、バルバロス侯爵。証拠は全て揃い、国王陛下からの『全権委任状』もここにあります」
アーキヴァルが、国王の国璽が押された羊皮紙を突きつけた。
「国家への反逆、および大宇宙の理を管理する特異点への度重なる妨害。これらの罪により、貴方の
家督は今この瞬間をもって剥奪されます。そして……こちらが、我がクラン『黄昏の守護者』からの
【ご請求書(領収書)】となります」
アーキヴァルが差し出した一枚の紙。そこには、恐ろしい額の数字が書き込まれていた。
「な、なんだこのふざけた金額はァァァッ!? 我が侯爵家の全財産を三度売り払っても足りぬほどの
額ではないか!」
「当然です。大宇宙の災厄である呪怨石の浄化、迷宮神の箱庭のハイウェイ化、および冥砂神のろ過
フィルターへの加工。これらは本来、星をいくつ買い取っても釣り合わないほどの超特級の依頼です。
アルド様は『村人たちのために』と格安で請け負っておりますが……これらが全て【貴方の妨害工作の
尻拭い】である以上、正式な『特別危険手当および事象改変経費』を加算し、貴方に請求させていただ
くのが筋というもの」
アーキヴァルは、ニッコリと、悪魔よりも恐ろしい笑顔を浮かべた。
「安心してください。全財産を没収し、領地を大公閣下に割譲した後、足りない分については『体を
張って』労働で返済していただきますから」
「ろ、労働だと……?」
「ええ。アルド様の城塞の裏山で、アザトス殿(元・混沌の王)が率いる農業組合が、新たな『開墾
要員(肥料運び)』を求めておりましてね。大宇宙の覇者たちと共に、毎日泥まみれになりながら、己
の罪を大地の恵みへと変換していただきます」
「ヒィィィィィィッ!? や、やめろォォォッ!! 我は侯爵だぞ! 高貴なる血筋の……!」
「――連行しろ」
大公の冷酷な命令と共に、近衛兵たちが侯爵を引きずっていく。
豪奢な晩餐会は、悪徳貴族の完全なる破滅と絶望の悲鳴によって幕を閉じた。
バルバロス侯爵派は一夜にして完全に壊滅し、彼らが蓄積していた莫大な富と領地は、全てクラン
『黄昏の守護者』への正当な報酬と、国家予算へと還元されたのである。
* * *
翌朝。日だまり郷の黄金の城塞。
「おや? 王都の大公様から、またお手紙と……うわぁ、なんだこれ!?」
アルドは、中庭に届けられた山のような金貨の箱と、最高級の資材の数々を見て、目を丸くしてい
た。
「えーっと、『先般の地下水路、街道整備、および井戸掘りの特別報酬。並びに、一部の不届き者が
ご迷惑をおかけしたことへの慰謝料としてお納めください』……だって」
アルドは、金貨の山を前にしてニコニコと笑った。
「いやぁ、大公様は本当に気前がいいなぁ! 僕たちはただ、詰まりを直して、草を刈って、井戸を
掘っただけなのに。便利屋の仕事って、本当に儲かるんだね!」
テラスでお茶を飲んでいたレイヴンとシノンが、その様子を見てクスリと笑う。
「まあ、あの男が成し遂げた『大宇宙の平和維持』に比べれば、侯爵家の全財産など安いものだろ
う」
「……ええ。主の笑顔が守られた。それだけで十分」
「よーし! こんなにボーナスをもらったんだから、今日は村のみんなで特大のバーベキュー大会を開
こう! お肉も野菜も、一番いいやつをドーンと買ってくるよ!」
アルドの無邪気で明るい声が、秋晴れの空に響き渡る。
最強の便利屋の「ただの出張清掃」に隠された裏側で、彼を陥れようとした悪意は、仲間たちの完璧
な連携と大公の権力によって文字通り「根こそぎ」消し去られた。
大宇宙の理すらねじ伏せる特異点の青年は、自らの周囲で起きたドロドロの権力闘争や政治的破滅な
ど一切知る由もなく、今日も最高の仲間たちと共に、平凡で幸せな「究極の日常」をエンジョイし続け
るのであった。
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