第61話:ただの草刈りと、迷宮神の箱庭の強制ハイウェイ化
第61話:ただの草刈りと、迷宮神の箱庭の強制ハイウェイ化
王都の地下水路を「特大スッポン」で浄化し、国家の危機を単なる水回りトラブルとして解決した伝説のクラン『黄昏の守護者』。その名声は、王都の裏社会や上層部にジワジワと、しかし確実な恐怖と畏敬をもって広まりつつあった。
彼らの本拠地である黄金の城塞『日だまり郷』には、その後も大公レオハルトを通じて、様々な「難題」が便利屋の依頼として舞い込んでくるようになっていた。
ある秋晴れの午前中。
アルドは、城塞のリビングで依頼書の束をパラパラと捲りながら、嬉しそうに目を輝かせていた。
「いやぁ、便利屋の仕事が軌道に乗ってきて嬉しいな。今回はどんな依頼だろう? おっ、これは『隣街と王都を繋ぐ街道の整備・開拓』か。なんでも、最近急に森が広がって道が塞がれちゃって、行商人たちが困ってるらしい」
アルドは腕を組み、ウンウンと頷いた。
「街道の草刈りと道の舗装だね! 人の行き来を支える道作りは、便利屋にとってもやりがいのある仕事だ。よーし、今回は気合を入れて、誰もが歩きやすい綺麗な道を作ろう!」
アルドがニコニコと作業小屋へ向かった後、リビングの隅で控えていたアーキヴァルとゾルタンは、冷や汗を拭いながら依頼書を覗き込んだ。
「……先輩。この依頼、レオハルト大公からではなく、王都の『商人ギルド』を経由して持ち込まれたものですよね。しかも、塞がれた街道というのは……」
「ええ。数日前に突如として次元を食い破って出現した絶対禁足地、『迷宮神の箱庭』のことです」
アーキヴァルは、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「あの森に一度でも足を踏み入れれば、空間の無限ループと狂妖精たちの幻覚に囚われ、二度と出てくることはできません。すでに王国軍の先遣隊や、高ランクの冒険者パーティーがいくつも消息を絶っています。……明らかに、バルバロス侯爵派がギルドに圧力をかけ、我々を厄介払いするために押し付けた『死の依頼』ですね」
「なんて卑劣な……! すぐにアルド様をお止めして、依頼を破棄すべきでは!?」
ゾルタンが焦燥に駆られて声を上げたが、アーキヴァルは静かに首を振った。
「必要ありません。アルド様の『圧倒的日常フィルター』にかかれば、大宇宙の迷宮神など『ちょっとしぶとい雑草』と同義です。我々はただ、アルド様の草刈りに巻き込まれないよう、少し後ろからついて行けば良いのです」
***
その頃、王都のバルバロス侯爵邸。
「クックック……。どうやらあの『黄昏の守護者』とやらが、迷宮神の箱庭の開拓依頼を受理したようだな」
侯爵は、手元のワイングラスを揺らしながら下劣な笑みを浮かべていた。
「大公の息のかかった目障りな連中も、これで終わりだ。あの森は、空間そのものが生きており、入った者を永遠の迷路に閉じ込める。いかに腕の立つ者たちであろうと、方向感覚を失い、飢えと幻覚で発狂して死ぬ運命よ」
「閣下、念のため我ら暗殺部隊を森の入り口に配備し、万が一彼らが逃げ出してきたところを仕留める手はずを整えております」
配下の報告に、侯爵は満足げに頷いた。
「よかろう。だが、奴らが出てくることは決してあるまい。大公が絶望に顔を歪める様が、今から楽しみでならんわ!」
***
「よし、準備完了だ!」
アルドは、城塞の中庭に手作りの『開拓・整地用マシン』を二台引っ張り出してきた。
一台は、世界樹の枝で作られたフレームに、星海銀竜の鱗で作った超硬度の回転刃を取り付け、動力源として「イグニス・ノヴァ(超新星爆発の化身)」の火の粉を組み込んだ『事象切断のエンジン式草刈り機』。
もう一台は、次元創世龍ウロボロス・プライムが脱皮した際の抜け殻を車輪のゴム代わりにし、鉄の塊に見立てた「グラトニオン(暴食の星獣)の胃石」を超重量のローラー部分に用いた『次元平滑化のロードローラー』である。
「みんな、今回は荷物や機材が多いから、レイヴンさんたちにも手伝ってもらうね。安全第一で作業しよう!」
アルドは麦わら帽子を被り、首にタオルを巻いて、満面の笑顔でクランメンバーたちを振り返った。
「承知した。俺たちがいれば、不届き者(侯爵の暗殺者など)が近づくこともないだろうからな」
レイヴンが、腰の神具の斧をポンと叩いてニヤリと笑う。
かくして、アルド率いる便利屋一行は、問題の『迷宮神の箱庭』へと向かった。
***
王都と隣街を繋ぐ主要街道の真ん中。
そこには、元々あったはずの平野の景色を完全に上書きするように、鬱蒼とした赤黒い木々が不気味に生い茂る「次元の森」が出現していた。
森の入り口からは、空間がグニャグニャと歪んでいるのが目視でき、不気味な妖精たちの笑い声と、方向感覚を狂わせる濃密な幻霧が立ち込めている。
『……ようこそ、哀れな迷い人ども。ここは我が無限の箱庭。踏み入れたが最後、出口なき絶望の回廊で永遠に狂い踊るがいい……』
森の深部から、大宇宙の次元迷宮を司る『迷宮神デダロス』の嘲笑が、テレパシーとして響き渡った。
「うわぁ……。これはひどいな」
アルドは、禍々しい森の入り口を前にして、深くため息をついた。
「雑草やツルが伸び放題で、道が完全に塞がっちゃってる。おまけに、なんだかモヤがかかってて視界も悪いし、これじゃあ馬車はおろか人も通れないよ」
アルドの驚異的な「日常フィルター」は、大宇宙の絶対迷宮と狂妖精たちの幻霧を、「長年放置されて荒れ果てた、ただの雑草だらけの獣道」だと完全に誤認していた。
「よし! それじゃあ、まずはこの草刈り機で、邪魔な草木を一気に刈り払って道幅を広げるぞ!」
アルドは、『事象切断のエンジン式草刈り機』のスターターロープを、力強く引っ張った。
――ブルルルルンッ!! ババババババッ!!!!
超新星爆発の火種を動力とするエンジンが、星を砕くような轟音と共に凄まじい回転を始めた。星海銀竜の鱗で作られた回転刃が、大気を切り裂き、空間そのものに火花を散らす。
「いくよー! そぉいッ!」
アルドは、草刈り機を押し出しながら、迷宮神の箱庭の中へとズンズンと足を踏み入れた。
『フハハハ! 愚か者め、自ら迷路の深淵へ……な、なんだと!?』
迷宮神デダロスは、己の目を疑った。
アルドが草刈り機を前に進めるたび、空間を捻じ曲げて作られた「無限ループの罠」や、幻覚を見せる「狂気の幻霧」、さらには襲いかかってきた凶悪な魔樹の触手が、まるで柔らかい芝生でも刈られるかのように、物理的に「シャオラァァァッ!」という快音と共に根こそぎ切断され、吹き飛ばされていくのだ。
『ギ、ギィィィッ!? 我が、我が構築した絶対の次元迷路が……ただの機械の刃で、物理的に【ショートカット】されているだとォォォッ!?』
アルドの事象改変オーラを纏った回転刃の前では、「空間が歪んでいる」という概念すらも、「ちょっと厄介なツル草の絡まり」として処理され、文字通り『迷路の壁ごと真っ直ぐに刈り取られていく』のである。
「うん! すっごく切れ味がいいぞ! この調子で、隣街まで一直線に草を刈っちゃおう!」
アルドは、迷宮のギミックを一切無視し、ただひたすらに「最短距離の直線」を猛スピードで刈り進んでいった。
『や、やめろォォォッ! 我が芸術的な迷宮を、ただの空き地にしないでくれェェェッ!』
デダロスは半狂乱になり、アルドの進行を防ぐために、森の中心にそびえる自身の本体(超巨大な次元の柱)をアルドの目の前へと移動させた。
「おっ、ちょっと大きな切り株があるな。草刈り機じゃ刃が欠けそうだから、ここは整地用のロードローラーの出番だ!」
アルドは草刈り機を一旦止め、背後に控えていた『次元平滑化のロードローラー』の運転席にヒョイッと乗り込んだ。
「よーいしょっと! そぉいッ!!」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!!!!
アルドがレバーを倒した瞬間。
次元創世龍のゴムと暴食の星獣の重りで作られたローラーが、大地と空間をミシミシと押し潰しながら前進を始めた。
迷宮神の本体である巨大な次元の柱が、ロードローラーの圧倒的な質量と、アルドの「道を平らにしたい」という暴力的な意思の前に、まるで粘土細工のように押し潰されていく。
『ギャァァァァァァァァッ!? 潰れるッ! 次元の概念が、アスファルトのようにペシャンコに平らにされていくゥゥゥッ!!』
「やっぱりこのローラーは最高だな! デコボコした道も、切り株も、一瞬で真っ平らになるぞ!」
アルドは、迷宮神の断末魔を「ローラーの小気味良い駆動音」として聞き流しながら、そのまま隣街までの数十キロの道のりを、真っ直ぐに、完璧に平らにならしながら進んでいった。
数時間後。
かつて「迷宮神の箱庭」と呼ばれた死の森は、跡形もなく消え去っていた。
代わりにそこにあったのは、草一本生えていない、驚くほど平坦で、どこまでも真っ直ぐに隣街へと続く『極上の舗装道路』であった。
『ア……ァァ……。我ガ絶対迷宮ガ……ただの、見通しの良い一本道に……』
迷宮神デダロスは、完全に自我を残したまま、ロードローラーによってペシャンコに圧縮され、道路の脇にポツンと立つ「隣街まであと〇〇キロ」と書かれた『道案内のマイルストーン(石碑)』へと強制的に成形・設置されていた。
「ふう、完了! これで馬車も人も、安全に隣街まで行けるね!」
アルドは、ロードローラーから降りて、額の汗を爽やかに拭った。
『お任せください、マスター……』
マイルストーン(デダロス)の表面に浮かび上がった顔が、感動の涙(朝露)を流しながら輝いた。
『このデダロス、貴方様と皆様に、決して迷うことのない「安全で快適な道標」を提供することをお誓いいたしますッ! もう誰も迷わせません、最短ルートを完璧に案内してみせましょう!』
「あはは! なんか石碑が光って見やすいね! 夜でも安全に通行できそうだ!」
***
その頃、森の入り口で待ち伏せをしていたバルバロス侯爵の暗殺部隊は、目の前に広がる光景に言葉を失い、武器を取り落としていた。
「な……森が……次元の迷宮が、たった数時間で、見通しの良い一本道になっているだと……!?」
「あ、あれは人間の業じゃない! 神の御業だ! 侯爵閣下は、あんな化物どもを相手に喧嘩を売ったのか!?」
恐怖に震え上がり、逃げ出そうとした暗殺者たちの背後に、音もなくシノンとレイヴンが降り立った。
「おや? 随分と熱心な見学者がいるようだな。うちの主の仕事ぶりが、そんなに参考になったか?」
レイヴンが、斧の峰を肩に乗せながら凄絶な笑みを浮かべる。
「ヒィッ……! お、お許しを……!」
「安心しろ、ここで殺せば主の作った綺麗な道が汚れる。……その代わり、貴様らの主に伝えておけ。『次はない』とな」
シノンの冷たい眼光に射られ、暗殺者たちは泣き叫びながら王都へと逃げ帰っていった。
***
「……終わりましたね。大宇宙の迷宮神が、道路標識の石碑に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、真新しいハイウェイの上で、もはや完全に解脱した笑顔で手帳に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第六十一種・迷宮神の箱庭の強制ハイウェイ化(ただの草刈り)』。対象:次元迷宮の主デダロス。結果:アルド様の手作り草刈り機とロードローラーによって次元ごと物理的に平坦にされ、【迷わず安全な道を提供する喜び】に目覚め、永久の道標へと強制就職。および、侯爵派への物理的警告完了」
「アルド殿が通った後には、文字通り『道』ができるのだな。しかも、絶対に迷わない極上のハイウェイだ。これで王都との流通もさらに活発になるだろう」
レイヴンが、感心したように頷く。
「みんなー! 終わったよー! 綺麗になった道を歩いて帰ろう!」
アルドの明るい声が、秋晴れの空と、新しく開通した安全なハイウェイに心地よく響き渡る。
最強の便利屋の「ただの草刈り」は、大宇宙の迷宮を「極上の安全な街道」へと物理的に整地し、忍び寄る悪意すらも一掃して、伝説のクランの威名をさらに絶対的なものへと押し上げたのであった。
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