第60話:ただの出張清掃と、王都地下水路の超浄化(迫る悪意の影)
**【第60話】**を執筆いたします。
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### 第60話:ただの出張清掃と、王都地下水路の超浄化(迫る悪意の影)
黄金の城塞『日だまり郷』に、秋の収穫の熱狂が落ち着き、静かで穏やかな日常が戻りつつあった。
夏から秋にかけて、大宇宙の脅威たち(星を喰らう獣や禁忌の魔書など)を次々と「季節の風物詩」や「便利な生活用品」へと変換してきたアルドであったが、彼の根底にあるのはあくまで「辺境暮らしのしがない便利屋」というアイデンティティである。
村(城塞)の設備もすっかり整い、備蓄も十分となった今、彼は本来の仕事である「依頼請負」を再開したいとウズウズしていた。
「いやぁ、最近はずっと村の中のDIYや畑仕事ばかりだったからね。そろそろ便利屋としての看板も磨き直さないと。どこかで僕の手を必要としている『ちょっとした困りごと』はないかなぁ」
リビングで愛用の工具箱を磨きながら、アルドはニコニコと笑った。
そんな彼の前に、音もなく現れたのは、クラン『黄昏の守護者』の記録係にして情報局長であるアーキヴァルだった。彼は銀のトレイに、蝋封が施された一通の豪奢な羊皮紙を乗せて恭しく差し出した。
「アルド様。タイミング良く、王都から当クラン……もとい、アルド様の『便利屋』宛てに、直々の指名依頼が届いております」
「おっ、本当かい? わざわざ王都からなんて珍しいね。どんな内容?」
「依頼主は、このアステリア王国の重鎮にして、我々の活動を全面的に支援してくださっている『レオハルト大公』閣下です。依頼内容は……『王都の地下水路の清掃および、原因不明の悪臭の除去』とのこと」
「地下水路の清掃か! なるほど、生活インフラのメンテナンスだね。排水溝の詰まり抜きやヘドロ掃除は便利屋の基本中の基本だよ。よし、すぐに出張の準備をしよう!」
アルドは目を輝かせ、作業小屋へと飛び出していった。
アルドが部屋を出た後、アーキヴァルの傍らに控えていた元・大賢者ゾルタンが、青ざめた顔で口を開いた。
「……先輩。レオハルト大公閣下からの極秘書簡、私にも読ませていただきましたが……『王都の地下水路に、古代の邪竜の呪いが込められた遺物が何者かによって仕掛けられ、王都全土に致死の瘴気が漏れ出している。国軍の精鋭も全滅し、もはや打つ手がない。どうか伝説のクランの力で王都を救ってほしい』という、国家存亡の危機でしたよね?」
「ええ、その通りです」アーキヴァルは眼鏡をクイッと押し上げた。
「ですが、アルド様の『圧倒的日常フィルター』にかかれば、古代の呪いも瘴気も、全ては『ちょっとガンコな排水溝の詰まりと悪臭』として処理されます。むしろ、この程度のスケールでアルド様の手を煩わせるなど、大公閣下には後で厳重に抗議しておく必要がありますね」
大宇宙の法則すら家事でねじ伏せるアルドにとって、一国の危機など「ただの水回り掃除」に過ぎないのだ。
***
その頃、王都アステリアの中心にそびえる豪奢な貴族の館では、一人の男がワイングラスを傾けながら下劣な笑みを浮かべていた。
彼の名は、バルバロス侯爵。レオハルト大公と権力を二分する政敵であり、自らの野望のためならば国を売ることも辞さない冷酷な野心家である。
「クックック……。計画は順調だな。王都の地下水路に仕掛けた『腐死の呪怨石』から漏れ出す瘴気は、すでに下層区を汚染し始めている。このまま放置すれば、王都は数日で死の都と化すだろう」
侯爵は、目の前に控える黒装束の暗殺者たちに傲慢な視線を向けた。
「レオハルト大公の奴め、自らの失態として責任を追求されるのを恐れ、最近懇意にしているという正体不明のクラン『黄昏の守護者』に処理を丸投げしたらしいな。フン、どこの馬の骨とも知れん冒険者くずれが、古代の呪いをどうにかできるわけがなかろう」
バルバロス侯爵はグラスをガンッと机に叩きつけた。
「だが、万が一にも邪魔をされては面倒だ。お前たち、地下水路に向かい、その『黄昏の守護者』とやらがノコノコやってきたら、瘴気に当てられる前に暗殺してしまえ。大公の希望を完全にへし折ってやるのだ!」
「ハッ……! 御意のままに」
黒装束の影たちは、音もなく部屋から消え去った。
自らの放った些細な悪意が、のちに「大宇宙の理すら破壊する特異点」の逆鱗に触れることになるとは、この時の侯爵は知る由もなかった。
***
「よし、準備完了だ!」
アルドは、手作りの清掃用具を詰め込んだ大きなリュックを背負い、満足げに頷いた。
彼が用意したのは、世界樹の枝の柄に、深淵の海神リヴァイアサンの抜け落ちた巨大な吸盤を取り付けた『絶対事象吸引ラバーカップ(特大スッポン)』。そして、疫病の瘴気神ペストゥム(現在はアロマ香炉)が抽出した極上の浄化精油と、大精霊の清水をブレンドした『概念漂白のパイプクリーナー』である。
「今回は王都への出張だし、荷物も多いから手伝ってくれると助かるな。レイヴンさん、エルミナさん、シノンさん、一緒に行ってもらえるかな?」
「承知した。俺の剣は、主の往く道を切り拓くためにある」元・帝国最強の将レイヴンが、薪割り用の斧(神具)を腰に提げて頷く。
「アルド様のお供なんて光栄ですわ! 王都の案内は私にお任せください!」元・王国最高の天才賢者エルミナが、目を輝かせる。
「……主の背中は、私が死守する」最強の暗殺者シノンが、影に溶け込むように短剣を撫でた。
かくして、アルド率いる伝説のクラン『黄昏の守護者』の面々は、レオハルト大公が手配した特急の馬車に揺られ、王都の地下水路へと向かった。
***
王都の地下水路は、地獄のような惨状を呈していた。
バルバロス侯爵が仕掛けた『腐死の呪怨石』からとめどなく溢れ出すドス黒い瘴気が視界を遮り、水路には汚泥から生まれ出たアンデッドや腐敗した魔物たちがうごめいている。国軍の兵士たちが命からがら逃げ出したその魔境に、アルドたちは足を踏み入れた。
「うわぁ……これはひどいな。水が完全にドロドロに濁ってて、すっごく嫌な臭いがする。おまけに、湧いたヘドロに虫やネズミ(アンデッド魔物)がいっぱい群がってるぞ」
アルドは鼻をつまみながら、水路の奥を覗き込んだ。
彼の「日常フィルター」は、国を滅ぼす古代の邪竜の呪いを「何年も掃除をサボった結果の、極めて深刻な排水溝の詰まりと悪臭」として処理していた。
「よし、みんなは臭いがつかないように下がってて。僕が一気に配管の詰まりを抜くからね!」
アルドは、リュックから『概念漂白のパイプクリーナー』を取り出し、ドス黒い瘴気が吹き出す水路の源流(呪怨石が沈んでいる場所)に向かって、ボトボトと惜しげもなく液体を流し込んだ。
――ジュワァァァァァァァッ!!!!
精霊の清水と瘴気神の浄化精油が混ざり合った液体が水路に触れた瞬間、猛烈な浄化の反応が起きた。
古代の呪いとヘドロが、まるで熱湯をかけられた氷のようにシュゥゥゥッと音を立てて分解され、瞬く間に「清涼なミントとヒノキの香り」へと書き換えられていく。
アンデッドの魔物たちは、浄化の力に触れた途端に「心地よいマイナスイオン」へと昇華され、パァァッと光となって消え去っていった。
「よしよし、汚れが浮いてきたぞ。あとはこの詰まりの原因を、スッポンで引き抜くだけだ!」
アルドは、海神の吸盤で作られた『絶対事象吸引ラバーカップ(特大スッポン)』を、水路の奥底にある巨大なヘドロの塊(呪怨石が鎮座する核)にガシッと押し当てた。
「そぉいッ!!」
ズッ、ズボォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
アルドが柄を全力で引いた瞬間。
大宇宙のブラックホールすら凌駕する圧倒的な吸引力が地下水路に発生した。
水路を何百年も塞いでいた汚泥と、王都を滅ぼすはずだった『腐死の呪怨石』は、アルドの「ただの詰まりを抜きたい」という暴力的なまでの日常への執念の前に、一切の抵抗を許されず、文字通り「スポァンッ!」という間の抜けた音と共に根こそぎ引き抜かれた。
「おっ、抜けた抜けた! 原因はこの黒くて丸い石ころだったみたいだね。誰だよ、こんな大きなものを排水溝に落としたのは」
アルドは、完全に呪いを漂白されてただの「ツヤツヤの黒曜石」に成り下がった呪怨石を拾い上げ、ポンポンと土を払った。
その瞬間、詰まりが解消された地下水路に、大精霊の清らかな水が轟音と共に流れ込み、王都の地下はまるでクリスタルのように透き通った、極上の清流空間へと一変したのである。
「ふう、綺麗になった! 臭いもすっかり消えたし、これなら王都のみんなも安心して水を使えるね!」
アルドは、額の汗を拭いながら満面の笑顔を浮かべた。
一方、その光景から少し離れた暗闇の奥。
バルバロス侯爵が放った黒装束の暗殺者たちは、ガタガタと震えながらその「神の如き所業」を監視していた。
「ば、馬鹿な……。古代の呪怨石が、ただの棒で引き抜かれて浄化されただと……!? あ、あんな化物に我々が勝てるわけが……!」
「退却だ! 侯爵閣下に、直ちにこの異常事態を報告しろ!」
暗殺者たちが身を翻そうとした、まさにその時。
「――誰が、生きて帰すと?」
暗闇の中から、氷のように冷たい声が響いた。
「なっ……!?」
暗殺者たちが振り返るより早く、影から音もなく滑り出たシノンの短剣が、彼らの武器を持つ手首の腱を正確に、かつ一瞬で切り裂いていた。
さらに背後からは、レイヴンが凄まじい威圧感を放ちながら退路を塞いでいた。
「我らが主の『大掃除』を、貴様らのような泥虫の血で汚させるわけにはいかんからな」
レイヴンが低く唸る。
「ヒィッ……! お、お前たちは……ッ!」
「殺しはしない。主は無益な殺生を好まれないからな。だが……」
シノンが、暗殺者たちの首筋に冷たい刃を当てて囁いた。
「せいぜい、貴様らの雇い主である侯爵に震えて眠るよう伝えろ。我ら『黄昏の守護者』に喧嘩を売った代償は、いずれ必ず払わせると」
恐怖に顔を引きつらせた暗殺者たちは、武器を捨て、這うようにして地下水路から逃げ出していった。
それが、のちにバルバロス侯爵に降りかかる「絶対的な絶望とざまぁ」の、ほんの小さな序曲であるとは知らずに。
「レイヴンさーん! シノンさーん! 掃除終わったよー! 帰ったら大公様がご馳走してくれるって!」
奥からアルドの無邪気な声が響く。
「ああ、今行く! アルド殿、ご苦労だったな!」
レイヴンとシノンは、一瞬で「気のいい仲間」の顔に戻り、主のもとへと駆け寄っていった。
***
数日後。日だまり郷の黄金の城塞。
「……終わりましたね。王都を滅ぼす古代の呪いが、スッポンで解決されました」
記録係のアーキヴァルが、大公から送られてきた莫大な報酬(アルドは「掃除のチップにしては多すぎる」と困惑していた)を確認しながら、手帳に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第六十種・王都地下水路の超浄化と暗殺者の影(ただの出張清掃)』。対象:王都の呪怨石と、敵対派閥の暗殺者。結果:アルド様の手作りスッポンによって呪いが完全に引き抜かれ、裏で蠢く悪意はクランメンバーによって物理的に排除・牽制された」
「……ついに、アルド殿の力が本格的に外の世界に影響を及ぼし始めたな」
レイヴンが、報酬で買ってきた高級な茶葉の香りを楽しみながら呟く。
「ええ。バルバロス侯爵とやらが、このまま大人しく引き下がるとは思えません。ですが……次にアルド様やこの城塞にちょっかいを出してきた時が、彼らの『完全な破滅』の時となるでしょう」
アーキヴァルの眼鏡の奥で、冷徹な光が煌めいた。
最強の便利屋の「ただの出張清掃」は、国家の危機をただの水回りトラブルとして解決し、伝説のクラン『黄昏の守護者』の名を、恐るべきものとして王都の裏社会に刻み込んだのである。
忍び寄る敵対者の悪意すらも、アルドの「平凡な日常」を彩るための、ただの「ざまぁのスパイス」に過ぎないのだ。
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